朝鲜半岛动态
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朝鲜半岛动态 2003/10/26 到 2003/10/29 最新动态、发展趋势、背景资料、专家研判 朝鲜英译简析
2003-10-27 01:17
前
�啄辏�好�R�]出了一部由美��著名大��小�f作家�可‧克�R奇�D(Michael Critchton)同名作品改��,由史恩康�{�R,以及魏斯里‧史耐普��合主演的The Rising Sun,台���⑺�想��然地�g�椤感袢��|�N」。�@��然是不�Φ姆��g。
因�椋�近代人在�����e��事���r,��常��根��譬喻之���T,而以固定之譬喻�碚���某些��家。日本在隋代大�I三年(�o元607年),曾派遣小野妹子出使,到任����上有「日出��天子致��日�]��天子」之句。�@��句子乃是後�砣毡���的��名起源,也是西方�Q日本�� The Land of The Rising Sun 的出��,�K因而��The Rising Sun 用�砗�喻日本,因此,「旭日�|�N」�@部描述1980年代日本在泡沫����鼓�酉拢�到美��大�e投�Y,�乐��盒����钪�事�映霾桓F的��影,它用 The Rising Sun �@��名字,乃是一�N反�S,更�蚀_一�c的翻�g,或�S����是《日本佬》!
由 The Rising Sun �@����喻日本的字�,就��人想到最近在���H青商��上�O受重��的北�n���}了。北�n���}和伊拉克���},乃是��今最重大的�������}。南�n自�Q「大�n民��」,北�n自�Q「朝�r民主主�x人民共和��」,但�@�s�a生一系列��人�X得迷惑的英�Z�Q呼:
��家名��翻�g 太不一致、不相�Q了
(一)南�n自�Q「大�n民��」,英�Z�t是 Republic of Korea;北�n自�Q「朝�r民主主�x人民共和��」,英�Z�t被�Q Democratic People's Republic of Korea,在�@�e,Korea 和「�n」、「朝�r」等到底有何�P�S?一����家的名�Q在被�g�橛⒄Z�r,�楹稳绱说夭灰恢拢�
(二)近年�恚�西方媒�w在��到北�n�r,��常都���Q之�椤鸽[士王��」(The Hermit Kingdom),�@���Q呼又是由何而�恚�
而要回答上述���},�t可能必��先行回溯漫�L而又�}�s的朝�r半�u��要之�v史。根��中��及朝�r的古籍���d,以及近代考古�W的�l�F,我��已知道在上古�r期,�闹����|北到朝�r海�{之�g,乃是一��多�N族的地�А3�了�h人、扶�N人、沃沮人、�枳濉Ⅴ鲎濉⒍鼓��淙酥�外,朝�r半�u的南半部�t以�n族�槎啵��@些�N族的活�涌梢赃h溯到�o元前5000年之前的�f石器�r代。但因古代中��的�l展相���^早,因而在近代之前有相���L的�r�g,朝�r半�u的北部都在中��的影������之�取R蚨�到了今天,除了朝�r半�u之外,朝�r人在中���|北的吉林、黑��江、�|��、�让勺灾��^、河北,以及北京等地的,��有差不多200�f人,乃是中��主要少�得褡逯�一。
�P於朝�r半�u古代建�����},流�髦��煞N神��,它都���T古籍之中。一是《三���z事》、《帝王����》、《�|��李相��集》等��所�^的「��君神��」;一是《史��》�c《後�h��》�e所�^的「周代封箕子於朝�r」的神��。根��中��古籍的���d,大�s距今3000年前,商代�q王的近�H箕子,即在周武王�缂q後,被封於朝�r。���r朝�r北部主要���枳迮c貊族,他��是游牧�c游�C的部落,箕子教之「以�Y�x田�Q,又制八�l之教」;而在朝�r半�u的南部�t仍�轫n族的部落�r代。�|���椤赋巾n」、西��「�R�n」、南���椤港晚n」,合�Q「三�n」。我��今日所�^的「朝�r」及「�n」,均首��於《後�h��》等古籍之���d。而《�|����地�儆[》�t曰:「朝�r��在�|方,先受朝日之光�r,故名朝�r。」
根��「武王封箕子於朝�r」之�f延伸,箕子後代在古朝�r四十�N代之後,由於中���m值秦�h交替、天下大�y之�H,燕人�l�M率��千�N人�|渡�炙�(即今���G江),根��《三��志》所��,�l�M到了古朝�r後,即劫�Z了���r的淮王政�啵�定都王�U(即今平壤),淮王�t往南逃,投奔今日南�n西��的「�R�n」部落,�r在�o元前195年。由「古朝�r」到「�l�M朝�r」,它指的都是朝�r半�u的北方政�唷�
不�^,�l�M�@��外�碚��嗟搅怂�的�O子右渠�r暴虐�o道,原住民�枳迨最I�T��遂率��28�f逃亡到中��的�|�|,�@在���r乃是罕��的民族大�w徙,於是�h武帝遂派兵�缌恕感l�M朝�r」,分置�防恕⑴R屯、玄菟、真番四郡,朝�r半�u的西北到平壤一�В�成了中��的�I土。不�^,�h代�y治朝�r北部�K不��利,到了�h昭帝始元5年(�o元前82年),遂「�T�R屯、真番,以���防恕⑿�菟,玄菟�歪憔泳潲�」。
「�n」�c「朝�r」都被「高��」(Korea)替代
朝�r半�u的北方�m在中��的影������之�龋�但中部以南的朝�r半�u原住民,即所�^的「三�n」,�s在�o元前3世�o逐�u�y一成了一��「古代辰��」,但辰��在中���|�h�r分裂,�R�n地�^(即今日�h江下游)成�榘�����;辰�n地�^(即今南�n�|部�c州和洛�|江下游)成�樾铝_��,原�淼某����w到今日全�北道益山地�^,但被百����所兼�恪l妒牵�朝�r地�^中南部由�|而中而西,成了新�、高句��、百��「三��鼎立」的局面。但百����於�o元660年被新�_��所�纾�高句���t於668年被新�所�恪5�到了9世�o後半,新���又告分裂,成�榘���、泰封、新�的「後三���r代」,但�o元918年泰封��的武�⑼踅ǜZ起,政��成功,改名「高��」,�o元936年��「後三���r代」再告�y一,即所�^「王建高���r期」,它�S�M了大�s500年。到了14世�o又告���y,1392年李成桂又告崛起,�M入「李氏朝�r�r代」,�@��李氏王朝一直延�m到1910年被日本�阃��橹埂K�最後一��君王高宗李熙少年登基(在位�r�g��1863年至1910年),由於���n外患,一度由其父大院君�z政,力行君主�V疲���行�]�P�i��政策,曾先後於1866年和1871年�敉朔ㄅ�和美��的入侵,但因大院君造成人民�����^重,在指��下於1873年停止�z政。李熙本人於 1897年改��名「朝�r」�椤复箜n」,但不旋踵即被日本�阃蹋�「大�n」�缤觥5搅�1948年,始又出�F「大�n民��」及「朝�r民主主�x人民共和��」。
�C合朝�r半�u��家名��演��的��史,我��可以�w�{出下列����要�c:
其一,乃是今日的南北�n,�p��其��是有�O大差��的,北�n方面的�N族及文化�}�s度大於南�n。北�n所�^的「高句��」,乃是一��多重混合的「民族」,而非「�N族」,它�c後�硪欢瘸霈F的��名「高��」�K不相同。由於北�n乃是古朝�r��的起源,而朝�r半�u中南部�t以�n族�橹鳎��@�N差�e乃是1948年它��分�e以「�n」�c「朝�r」定����名的原因。
其二,朝�r半�u居於中���|北和日本之�g。北�n受中��影��至深,而南�n�O南的伽 地�^,由於隔著���R海�{而�c日本相望,因而�@��地�^一度曾�O受日本影��,但�@�N影��已因後�淼娜毡局趁窠y治及反日情�w而告瓦解。
接下�恚�我��可能已需根��上述的理解,而�硎∫�西方世界�Τ��r半�u的理解及�Q��的起源了。
英�g�e� 始自荷�m水手哈梅�� 西方世界�Τ��r半�u之相遇,最早始於1653年,一艘荷�m船「�_����」(sperwer,英�Z�t�Q�� sparrowhawk)在赴日本的途中�l生海�y,它的船�T在朝�r半�u被捕,其中一名船�T哈梅��(Hendrick Hamel)在被囚13年之後�@��,然後再到日本。他後�碓谥�作中�⑹鲈庥��r�f道:「那����家,我���Q之��Korea,他��自�Q Chosn Kuk。」 哈梅��的�o��,�@然是有差�e的。17世�o的朝�r半�u,乃是「李氏朝�r王朝」的�r代,因而他所�^「他��自�Q Chosn Kuk」,乃是事��,Chosn Kuk 乃是「朝�r��」之�g名,但�ν庠谑澜缛缛毡镜龋�或�S由於受制於「王建高���r代」�L�_500年的����和���T,�s仍�Q之�椤父啕�」,因而他所�^的 Korea,其��乃是「高��」之音�g。而�@�N情�r其��也不是例外,就以中���|北人而言。�v使到了今天,在�f到大��的朝�r族以及南北�n人的�r候,不仍然�Q之�椤父啕�棒子」�幔恳舱�因�檫@�拥腻e�,到了今天,��管南�n已自�Q「大�n民��」,但它��名的「�n」,�s不出�F在英�Z或任何西方�Z言中;北�n自�Q「朝�r民主主�x人民共和��」,但「朝�r」也同�颖弧父啕�」(Korea)所替代。��家名��在翻�g�r如此不相�Q,朝�r半�u的����可�^�e世再也�]有第二��的特例。而大概很少人知道,�@一切都起源於那��荷�m水手哈梅��的第一次�e�,因而也就一�e�装倌辏� �Υ耍�美��《中央情�缶���情��介》(The CIA World Fact Book)�e倒是�⑹龅煤苊靼祝� ――「北�n一般用『朝�r』(Choson)�碚f他��的��家,而南�n�t用『�n��』(Han'guk)�碚f他��的��家。」 有�P朝�r半�u的各�N�v史名�~,由於上述�e�,其他方面被�y一的程度其��也相��地低,�P於「朝�r」,即有 Choson、Chosen、Chosn 等�g法,而北�n官方的�g法�t是 Chosun;除此之外,有些�g名我��也不能不知道,如「高句��」被�g�� Koguryo,「高��」被�g�� Koryo、Koryeo;「新���」被�g�� Silla、Sila;「百��」被�g�� paekche 等。
除了�n��被�g�� Korea 外,19世�o的美��甚至��出�F Corea 的�g法。1881年,美��人格雷�M斯(William Elliott Griffis)曾著有《�n��:�[士王��》(Corea: The Hermit Kingdom)一��。���r美��一度要入侵朝�r半�u,但被大院君�敉耍����r李氏朝�r王朝�袢¢]�P�i��政策,俾��抗帝��主�x之入侵,因而格雷�M斯遂以「�[士王��」�Q之。由於他�l明了�@��譬喻式的�Q��,因而到了今天,美��在�f到北�n�r,��常都��用「�[士��」(Hermit Nation)�Q之,�@也是反�S修�o,用�碇副表n自己躲起�恚�不理睬�e��的自�]。
相�Χ�言,�Τ��r半�u的譬喻�e,�o有一��是正面的。那就是1886年波士�D人�_威��(Percival Lowell)所著的《朝�r:朝�o之��》(Choson:The Land of the Morning Calm)。�@��作者大概知道一�c「朝�r」在命名之初,有「��在�|方,先受朝日之光�r,故名朝�r」的典故,�o是把「朝�r」的�@�右饬x翻�g成 Morning Calm,�f成「早上的安��平�o」,�@然又是一�N「在懂得中有不懂得」之�e�`。但�Q��角度看,朝�r半�u在近代��受欺凌,怎�N算是「平�o之地」?�Q之�� Merning Calm,它或�S可以用�沓爸S��它不平�o的美��吧!(
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日本防�l大�VQ&A
2003-10-27 00:38
Q1
新防�l大�Vでは、前大�Vにあった「限定的かつ小��模な侵略」には独力で���Iする能力を保有するという考え方をとっていないのは何故ですか。
また、これにより防�l力の��模や�|があいまいなものになるのではないでしようか。
A1
(1)
前大�Vにおいては、いわゆる「限定小��模侵略原�t独力���I」という考え方を�裼盲筏皮い蓼筏郡�、これに��しては、
ア
限定小��模侵略の�w然性が特に高いというような�解を招く向きがあったこと、 イ 限定小��模侵略までの事�Bとそれ以外の事�Bで日米�f力を含め、防�l力の�\用の在り方が大きく��なるような�解を与えかねないこと、
ウ
「日米防�l�f力のための指��」が作成されるなど日米防�l�f力が�M展していることやあり得る事�Bの多��性等からみても必ずしも�m当でないと考えられること、
という���}点がありました。こうした点に加え、更に、冷�椁谓K�Yにより�|西�gの��事的��峙の��造が消�绀贰⒐��H情�荬�不透明・不��gな要素をはらむ一方、国�H�v�Sの安定化のための一�婴闻�力が�Mめられている中で、防�l力の役割として、より安定した安全保障�h境の���Bに向け、�m�r�m切にその役割を担うべく我が国としても�e�O的な取�Mが求められていること等も考�]した�Y果、限定小��模侵略原�t独力���Iという我が国に��する侵略のみに焦点を当てたような表�Fは、新防�l大�Vにふさわしくないと判断したものです。
ただし、�g�H的な意味では、基�P的防�l力��想を墓本的に踏�uするので、防�l能力の�u��の前提や手法等に�vしては、�纠搐慰激ǚ饯却螭�く��なるものではありません。
(2)
また、基�P的防�l力��想に基づく防�l力は、防�l上必要な各�Nの�C能を�浃ㄡ岱街г�体制を含めてその�M��及び配�浃摔�いて均衡のとれた体制を有することを主眼とし、我が国の置かれている�槁原h境、地理的特性等を踏まえて�Г�出されたものです。
新防�l大�Vでも、このような保有する防�l力を�Г�出す考え方自体はこれまでと同��です。したがって、限定小��模侵略原�t独力���Iといった表�Fをとらないからといって、防�l力の��模や�|があいまいなものになるとは考えていません。
Q2
新防�l大�Vとわが国の防�l政策基本方��とはどのような�v�Sになっているのですか。
A2
(1)
新防�l大�Vは、国防の基本政策として、国防の目的とこの目的�成の方��を明らかにした「国防の基本方��」に基づいているものであり、防�l力の整�洹⒕S持及び�\用に�vする基本的方��であり、自�l��の管理、�\�婴沃匾�な����の一つとなるものです。
(2)
また、その他の基本方��との�v�Sについては、新防�l大�Vにおいても引き�Aき�猿证筏皮い�ことを、「Ⅲ 我が国の安全保障と防�lの基本方��」において明��してしています。
Q3
我が国周�x�T国の具体的な��事情�荬摔膜い啤⒌泵妗�どのように��ているのですか。
A3
(1)
朝�r半�u
朝�r半�uにおいては、�n国、北朝�r合わせて150万人を超える地上��が非武装地�・蛐�んで��峙しており、冷�榻K�Y後も依然として��事的�o��が�Aいています。
また、北朝�rの核兵器��k疑惑や��道ミサイルの�L射程化のための研究��kの�婴�は、我が国周�xのみならず、国�H社会全体に不安定をもたらす要因として、��く�夷瞍丹欷蓼埂�
他方、北朝�rの核兵器�_�k疑惑の解�Qに向けた米朝�gの「���Mみ合意」などに��られるように、朝�r半�u情�荬伟捕�化の�婴�も��られます。
いずれにせよ、朝�r半�uの平和と安定は、我が国を含む�|アジア全城の平和と安定にとって重要であり、今後とも十分注目していく必要があると考えています。
(2)
�O�|ロシア��(
�恚�
参照)
�O�|ロシア��は、近年量的な�s小�A向を示しており、また、��しい��政事情などにより活�婴先�般的に低�{になっています。
他方、�O�|ロシア��は、依然として大��模な�榱Δ�蓄�eされた状�Bにあり、欧州方面からの新型装�浃我栖�などにより、ペ�スは��やかになったものの近代化も�Aいています。 更に、ロシア��の�酉颏稀�ロシア国内の不安定かつ流�拥膜收�治・�U�g情�荬趣�いまって不透明であり、�O�|ロシア��の今後の�酉颏獠淮_�gなものとなっています。 このような�O�|ロシア��の存在は、依然として我が国周�x地域の安全に��する不安定要因となっていると�J�Rしています。 (3) 中国の��事力( �恚� 参照) 中国は、国防力について「量から�|」への���Qを�恧盲皮�り、近年国防�Mを大幅に���~するとともに、核�榱Δ浜�・空��力の近代化を�Mめています。 しかしながら、中国は�U�g建�Oを当面の最重要�n�}としていること、インフレ基�{、��政赤字という困�yに直面していることなどから、国防力の近代化は�u�M的に�Mむとみられます。 また、中国は、近年、南沙群�u等を含め、海洋における活�庸��欷���大する�婴�を��せています。 中国のこのような�婴�が、中�L期的にアジアの��事バランスにどのような影��を与えるか、十分注目していく必要があると考えています。 Q4 新防�l大�Vでは、日米安保体制は「我が国周�x地域における平和と安定を�_保」するとありますが、これは日米安保条�sにある「�O�|」の区域どどのような�v�Sにあるのですか。 A4 新防�l大�Vは、前述のように日米安全保障体制の重要性を再�_�Jし、我が国の安全�_保にとって必要不可欠なものであり、また、我が国周�x地域における平和と安定を�_保し、より安定した安全保障�h境を���Bするためにも、引き�Aき重要な役割を果していくとの�J�Rを示しています。これは、日米安全保障体制に基づく米��の存在と米国の�v与が我が国周�x地域の安定要因となっていること、また、日米安全保障体制を基�{とする日米�I国�gの安全保障、政治、�U�gなど各般の分野における幅�冥��o密な�f力�v�Sが我が国周�x地城の平和と安定に��献していることを示したもので、ここでいう「我が国周�x地域における平和と安定を�_保し」との表�Fは、日米安全保障条�sにいう「�O�|」の���欷谓忉�に�vする�纠搐握�府�y一��解を�涓�するようなものではありません。 Q5 旅�猡趣悉嗓韦瑜Δ胜猡韦扦工�。���猡趣芜いはどのような点なのですか
A5
旅�猡趣稀⒁话愕膜摔稀⑵胀�科、特科、�C甲科等の�殛L部��、�殛L支援部��及び後方支援部��といった各�Nの部��が�Mみ合わされた部��であって、地域的・期�g的に独立し、一正面の作�椁蛩煨肖工肽芰Δ虮S肖工毪长趣扦����猡韧���ですが、���猡吮趣伽埔�模が小さく能力が限定されたものとなっているものです。(���猡我�模=�s6,000~9,000人、旅�猡我�模=�s3,000~4,000人)
Q6
即�暧��渥孕l官とはどのようなものですか。�纠搐斡��渥孕l官との�いはどのようなものですか A6 �纠搐斡��渥孕l官は第一��の部��が移�婴筏酷幛务v屯地の警�浃溽岱街г�部�Tの比�^的�X易な任�栅�主体でしたが、即�暧��渥孕l官については、第一��の部��に充当できるだけの��度、即�晷预蛴肖筏郡猡韦趣工毪长趣蚩激à皮い蓼埂¥长韦郡嵊���日数の��加、これに伴う�h境の整�涞取⒈匾�な施策について�视�を行っています。(部��の��成の考え方等については防�l大�V解�hを参照) Q7 新防�l大�Vは、コンパクト化を前面に出していますが、コンパクト化することで、「我が国の防�l」「大��模�暮Φ雀鞣Nの事�Bへの���辍埂�「より安定した安全保障�h境の���Bへの��献」といった防�l力の役割を十分果たせなくなるのではないでしょうか。 A7 新防�l大�Vでは、�F行の防�l力の��模及び�C能について��直しを行い、防�l力の合理化・�柯驶�・コンパクト化を一�舆Mめることとしていますが、他方、国内外の情�荬��浠�に加え、大��模な�暮Φ雀鞣Nの事�Bへの���辍⒐��H平和�f力�I�盏趣瑜臧捕à筏堪踩�保障�h境の���Bへの��献といった分野への防�l力の役割に��する期待の高まりを踏まえ、必要な�C能の充�gと防�l力の�|的な向上を�恧毪长趣摔瑜辍⒍���な事�Bに��して有�郡����辘返盲敕佬l力を整�浃工毪长趣趣筏皮�り、コンパクト化を行ったとしても、新防�l大�Vに�鳏菠椁欷皮い敕佬l力の役割を十分に果たすことはできると考えています。 Q8 前大�Vにあったいわゆる「エクスパンド条��」を、新防�l大�Vはどうして引き�@がなかったのですか。 A8 前大�Vにおいては、「情�荬酥匾�な�浠�が生じ、新たな防�l力の�B�荬�必要とされるに至ったときには、�一�にこれに移行し得るよう配意された基�P的なものとする」といったいわゆるエクスパンド条��がありました。 これは、一定の�T情�荬蜗陇摔い铯衅��rにおける警戒�B�荬蛑魈澶趣筏凭�衡のとれた防�l力を整�浃工毪长趣趣筏郡长趣摔瑜毪猡韦扦�り、そのため防�l力の具体的な内容としては、量的には必ずしも十分でなくとも、良�|の基�忠��Tを保有しておくなど、�|的には必要とされる水�胜蚓S持していて、いつでもより��固な�B�荬艘菩肖工毪郡幛沃泻摔趣胜甑盲肓Δ��浃à郡猡韦蚰��摔趣筏皮い蓼筏俊� 新防�l大�Vにおいては、 (1) 情�荬酥匾�な�浠�が生じた�龊悉朔佬lの�B�荬蚣彼伽���大するということは、�F�g的に�yしく、むしろこのような�龊悉摔稀⑿陇郡史佬l力の�B�荬��视�するため、防�l力の在り方自体の��直しが必要とされること、 (2) すでに前大�V�e表で示された防�l力の水�胜�概ね�_成されたことにより、前大�V策定�rとは��なり、量的にも�|的にも基�P的な防�l力の基�Aが概成していること、 を踏まえ、新たな�B�荬丐我菩肖伪匾�性について��定されていた前大�Vの趣旨は取り入れつつ、移行については、防�l力の在り方の��直しを行う一つのケ�スとして整理することとしました。
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日本防�l大�V解�h
2003-10-27 00:28
Ⅰ
防�l大�Vの前提となる我が国の防�l政策の基本事��
1
安全保障と防�l努力の重要性
我が国は、第2次世界大�獒幛���墟から立ち上がり、世界第2位の�U�g力を有する�U�g大国となりました。このような繁�绚浒k展は、国民一人ひとりの英知や努力のたまものであることはいうまでもありません。ただ、この背景には�獒岚胧兰o、外国からの侵略をうけることもなく、国の安全が保たれてきたという事�gがあることを忘れてはいけません。
今日、国�H社会においては、国�Bの活�婴蚴激幛趣筏啤�より安定した国�H秩序の�_立を目指した��々な努力が�Aけられているものの、安定的な安全保障�h境の�_立には至っていないのが�F�gです。こうしたことも踏まえ、各国は各々が置かれた�槁原h境に即し、自国の安全�_保に努めています。
我が国としてもこのような国�H社会の�F状に照らし、国の安全を�_保するための努力を怠ってはなりません。我が国の安全を�_保するための手段としては、国�H政治の安定を�_保するための外交努力、内政の安定による安全保障基�Pの�_立、みずからの防�l努力及び日米安全保障体制の�猿证�ありますが、その中で、外国からの�g力をもってする侵略を排除する意思と能力を示すことにより、侵略を未然に防止し、また�g�Hに排除することができるのは、防�l力のみです。この意味で防�l力の持つ�C能は他のいかなる手段や力によっても代替できないもので、
防�l力は国の安全保障を最�K的に担保するもの
なのです。
我が国としては、自ら�m切な��模の防�l力の整�浃蜻Mめるとともに、
米国との安全保障体制を�猿�
することにより、我が国の安全を�_保していくとの方��に基づいて、�@�A的な努力を行ってきました。
このような我が国の安全の�_保のための努力は、我が国のみならず、アジアひいては世界の平和と安定に��献することとなるのです。
2
我が国の防�l政策の基本方��
(1)
「国防の基本方��」
我が国の防�l政策は昭和32年5月に国防会�h及び�w�hで�Q定された
「国防の基本方��」
にその基�Aを置いています。この国防の基本方��は国防の目的について、
「直接及び�g接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行われるときはこれを排除し、もって民主主�xを基�{とする我が国の独立と平和を守ることにある。」
とし、それを�_成するための手段として、まず、
国�H�f�{など平和への推�M
と
民生安定などによる安全保障基�Pの�_立
を、次いで
�柯实膜史佬l力の整��
と
日米安全保障体制を基�{
とすることを基本方��として�鳏菠皮い蓼埂�
(2)
その他の防�lの基本方��
国防の基本方��を受けて、これまで、我が国は、日本国��法の下、��守防�lに�丐贰⑺�国に�{威を与えるような��事大国にならないとの基本理念に�兢ぁ⑷彰装踩�保障体制を�猿证工毪趣趣猡恕⑽拿窠y制を�_保し、非核三原�tを守りつつ、��度ある防�l力を自主的に整�浃筏皮�ました。
3
前大�V(「昭和52年度以降に�Sる防�l��画の大�W」)
我が国は、昭和33年度以降、3年又は5年を��象とする防�l力整�溆�画を4次にわたって策定し、防�l力の整�浃蛐肖盲皮�ましたが、これらの��画には、ややもすると装�浃稳〉糜�画でしかないとの批判が生じ、その前提となる我が国の防�l力の在り方や具体的な整�淠��摔蚊魇兢蚯螭幛肷�が生じていました。このような声に�辘à毪伽�、第4次防�l力整�溆�画が昭和51年度をもって�K了することに伴って、昭和51年10月
前大�V(「昭和52年度以降に�Sる防�l��画の大�V」)
を国防会�h及び�w�hにおいて�Q定しました。
前大�Vは、当�r、防�l力整�浃说堡郡盲浦泵妞筏皮い拷U�g��政上の制�s、���T�_保上の制�s、施�O取得上の制�sという点をも考�]した上で、我が国が平�rから保有すべき防�l力の水�胜蛎鳏椁�にし、我が国の防�l力を整�洹⒕S持及び�\用するための指��を示したものでした。
それ以降、この前大�Vの考え方に基づき、�F在に至るまで防�l力の整�浃�行われてきました。この前大�Vの概要について�h明すると次の通りです。
(1)
前大�Vの国�H情�荬握J�R
前大�Vの策定にあたって、国�H情�菡J�Rについては、
①
核相互抑止を含む��事均衡や各般の国�H�v�S安定化の努力により、�|西�gの全面的��事�n突又はこれを引き起こすおそれのある大��模な武力��争が生起する可能性は少ない。
②
我が国周�xにおいては、限定的な武力��争が生起することは否定できないが、米・ソ・中という大国�gの均衡的�v�S及び日米安全保障体制の存在が国�H�v�Sの安定�S持及び我が国に��する本格的侵攻の防止に大きな役割を果たし�Aけるものと考えられる。
との�J�Rに立っていました。
(2)
防�lの��想
前大�Vは、このような国�H情�菡J�Rの下に、「防�lの��想」を示しています。我が国の防�lは、我が国自ら�m切な��模の防�l力を保有し、日米安全保障体制と相まって、いかなる�B��の侵略にも���辘返盲敕佬l体制を��成することにより、侵略を未然に防止することが基本であると定めていました。
また、万一、侵略事�Bが�k生した�龊悉摔稀⑶致预蛟缙冥伺懦�することなどを定めていました。
(3)
基�P的防�l力の��想
前大�Vは(1)の国�H情�菡J�R及び国内�T情�荬�当分の�g大きく�浠�しないという前提に立って、
基�P的防�l力��想
を取り入れました。
基�P的防�l力��想とは、
我が国に��する��事的�{威に直接��抗するよりも、自らが力の空白となって我が国周�x地域における不安定要因とならないように、独立国として必要最小限の基�P的な防�l力を保有するという考え方
です。
この基�P的防�l力��想を�裼盲筏郡长趣�、前大�Vのポイントとなっています。
また、この��想に基づき我が国が平�rから保有すべき防�l力の水�胜摔膜い皮稀⒁韵陇慰激ǚ饯嘶�づいていました。
①
防�l上必要な各�Nの�C能を�浃ā⑨岱街г�体制を含めてその�M��及び配�浃摔�いて均衡のとれた�B�荬虮S肖工毪猡韦扦�ること。
②
平�rにおいて十分な警戒�B�荬颏趣甑盲毪猡韦扦�ること。
③
限定的かつ小��模な侵略までの事�Bに有�郡����Iし得るものであること。
④
情�荬酥匾�な�浠�が生じ、新たな防�l力の�B�荬�必要とされるに至ったときには、�一�にこれに移行し得るよう配意された基�P的なものであること。
(4)
各自�l��の体制
前大�Vは以上のような考え方に基づいて、保有すべき防�l力の具体的��模については、「��上、海上及び航空自�l��の体制」及び
�e表
において、各自�l��の基�植筷�や主要装�浃胜嗓����Mみを明示しています。
(�e表)
前大�Vにおける各自�l��の��成・装�涞�
��上自�l��
自�l官定数
18万人
基�植筷�
平�r地域配�浃工氩筷�
12������
2��混成��
�C�舆\用部��
1���C甲����
1��特科��
1��空挺��
1��教����
1��ヘリコプタ��� 低空域防空用地��空�T����部�� 8��高射特科群 主要装�� �檐� 主要特科装�� �s1,200�I �s1,000�T/�I 海上自�l�� 基�植筷� �o�l��部��(�C�舆\用) �o�l��部��(地方��) 潜水��部�� �吆2筷� ��上��潜�C部�� 4���o�l��群 10���� 6���� 2���吆j�群 16���� 主要装�� �o�l�� 潜水�� 作�橛煤娇��C �s60�b 16�b �s220�b 航空自�l�� 基�植筷� 航空警戒管制部�� 要���殛L�C部�� 支援�殛L�C部�� 航空�刹觳筷� 航空��送部�� 警戒�w行部�� 高空域防空用地��空�T����部�� 28��警戒群 10���w行�� 3���w行�� 1���w行�� 3���w行�� 1���w行�� 6��高射群 主要装�� 作�楹娇��C �s430�C (注)この表は、この大�V策定において�F有し、又は取得を予定している装�涮逑丹蚯疤幛趣工毪猡韦扦埂� Ⅱ 新防�l大�W 1 新防�l大�W策定の�U��及び趣旨 (1) 我が国の防�l力を取り��く�h境の�浠� 我が国は、前大�Vに示された基本的な考え方の下、�柯实膜枪�度ある防�l力の整�浃伺�めてきましたが、前大�V策定後�s20年が�U�^し、我が国の防�l力を取り��く�h境も以下のように�浠�しました。(�Y料1参照) ① 冷�椁谓K�Y等に��られるように国�H情�荬�大きく�浠�したこと ② 自�l��の主たる任�栅扦�る我が国の防�lに加え、大��模な�暮Φ雀鞣Nの事�Bへの���辍⒐��H平和�f力�I�栅��g施等より安定した安全保障�h境の���Bへの��献という分野においても、自�l��の役割に��する期待が高まってきていること(�Y料2参照) このような、国�H情�荬��浠�や自�l��の役割に��する期待の高まり、そして更に、近年における科学技�gの�M�i、若年人口の�p少�A向、格段に��しさを��している�U�g��政事情等を踏まえ、前大�Vを��直しました。( �Y料3 参照) (�Y料1) わが国の防�l力の整�浃趣饯欷颏幛挨氕h境の�浠� 年 主な事象 昭和51年 ・ ・ ・ 平成元年 平成2年 平成3年 平成4年 平成5年 平成6年 平成7年 「前大�V」策定 ・ ・ ・ ベルリンの壁崩�病⒚抓绞酌�会��(マルタ会��) 中期防�l力整�溆�画(平成3~7年度)策定 湾岸危�C、ペルシャ湾に海上自�l��の�吆MУ扰汕病� ��仙普�t岳��火に�Hし�暮�救助活�樱ā�平成7年)、 ソ�B邦解体 国�H平和�f力法、国�H�o急援助法改正案成立、 カンボジアPKO(~平成5年)、 中期防�l力整�溆�画(平成3~7年度)修正 モザンビ�クPKO(~平成7年)、
北海道南西�_地震への�暮�救援活��
第1回ASEAN地域フォ�ラム�_催、 ルワンダ�y民救援活�� 阪神・淡路大震�膜丐��暮�救援活�印� 地下��サリン事件への�暮�救援活�� (�Y料2) 今後の自�l��の役割に�vする世���{�耍ㄆ匠桑纺辏吩戮t理府�g施) Q:自�l��の存在する目的は何か(�}数回答) �暮ε汕� 国の安全�_保 国内の治安�S持 国�H��献 民生�f力 66.0% 57.2% 33.8% 17.3% 8.9% (2) 新防�l大�V策定の�U�^ 平成2年に策定された中期防�l力整�溆�画(平成3年度~7年度)では、「将来における人的�Y源の制�sの��大等に的�_に���辘工毪郡帷⒆孕l官定数を含む防�l力の在り方について�视�を行い、本��画期�g中に�Y��を得る。」との文言が盛り�zまれました。その後のソ�Bの崩�菠摔瑜辍��|西冷�椁�名�gともに�K�Yしたことなどを受けて、平成4年に上��中期防が修正された�Hには、上��の文言については、国�H情�荬��浠�をも考�]して防�l力の在り方について引き�Aき精力的に�视�を行うこととされました。 この�视�の��象は、自�l��の�M��・��成・配置などを含む防�l力全般であり、この�视�の�Y果によっては、前大�Vの��直しにつながるものと考えられていました。 防�l�啬冥��视� 防�l�丐扦稀�これを受けて事�盏膜��视�作�Iに入るとともに、平成5年6月には、�冥�国民各�婴我庖�に耳を�Aけることが重要との�Q点から、防�l局�Lの下に「新�r代の防�lを�Zる会」を�k足させ、6回の会合を�_催し、幅�冥びQ点から�h��がなされたところです。 また、平成6年2月には、防�l�亻L官の下に�啬谔逯皮蛘�えて�视�を�Mめ、もって政府としての�视�に�Yするために、�L官を�h�Lとする「防�l力の在り方�视�全�h」を�k足させ、20回以上に及ぶ�h��を行ってきました。 防�l���}�┱�会 前に述べた我が国の防�l力をめぐる�h境の�浠�の中で、今後の我が国の防�l力の在り方について前�冥��视�に着手し、新たな防�l��画の大�Vの骨子について有�R者から意��を��取することを目的として、平成6年2月、��川�t理(当�r)の下に「防�l���}�┱�会」が�Oけられました。 同�┱�会は、20回にわたる�嵝膜首h��を�Uて、同年8月、�蟾妗溉毡兢伟踩�保障と防�l力のあり方21世�oへ向けての展望」を村山�t理(当�r)に提出しました。 本�蟾妞稀⑽窑�国のこれまでのどちらかと言えば受�拥膜拾踩�保障上の役割から脱すべきとの�Q点から、「能�拥�・建�O的な安全保障政策」を追求すべきとしました。また、国�H情�莸趣��浠�に���辘筏啃陇筏し佬l力についての基本的考え方として、前大�Vの基�P的防�l力の概念を生かしつつ、新たな�槁原h境に�m�辘丹护毪韦吮匾�な修正を加えることが�m切であるとして、その上でこのような考え方に立った防�l力の改革・改��が、今後10年程度を目途に、��を追って、�g施されることを期待するとしました。 安全保障会�hにおける�视� 政府全体として、今後の防�l力の在り方についての�视�を�_始する安全保障会�hが平成7年6月に�_催されました。それ以降、�v�S省�氐趣摔�いて各�Nの�视�を行うとともに、同会�hを都合10回�_催し、今後の防�l力の在り方について幅�冥びQ点から�t合的に���hを行った上、平成7年11月28日に新防�l大�V(「平成8年度以降に�Sる防�l��画の大�V」)を安全保障会�h及び�w�hにおいて�Q定しました。(�Y料4参照) (�Y料4) 新防�l大�Vに�vする安全保障会�hの�_催状�r �_催日 主な���h内容 ( )は�h明省�� 7.6.9 国�H情�荩ㄍ��帐。� 国�H��事情�荩ǚ佬l�兀� 7.8.22 国�H情�菅a足(外�帐。� 国�H��事情�菅a足、「防�l��画の大�V」の考え方(防�l�兀� 7.8.29 ��政的���s(大�i省) 人的�Y源、��事科学技�gの�酉颉⒔襻幛畏佬l�丐韦�り方の基本的方向と平成8年度防�l�v�S�M概算要求(防�l�兀� 7.9.8 日米安保体制(外�帐 ⒎佬l�兀� 7.9.29 安定的な安全保障�h境の���B(外�帐。� 今後の防�l力の役割(防�l�兀� 7.10.18 防�l�b�I(防�l�亍⑼ób省) 今後の防�l力のあり方の基本的考え方、防�l��画の��算方式(防�l�兀� 7.10.27 自�l��の将来体制と同体制への移行要�I、今後の防�l力のあり方についての考え方(防�l�兀� 7.11.7 新「大�V」案文(安保室) 7.11.24 案文修正(安保室) 7.11.28 新「大�V」についての答申案の�Q定 2 新防�l大�Vの基本的考え方 前大�Vは、我が国への侵略を未然に防止することを基本とし、侵略が生起した�龊稀�これに有�郡����Iすることに重点が置かれていましたが、新防�l大�Vではこうした考え方を引き�@ぐことは当然として、さらに、国内外の�浠�や国�H社会において我が国が置かれている立�訾蚩��]し、大��模な�暮Φ雀鞣Nの事�Bへの���辘浃瑜臧捕à筏堪踩�保障�h境の���Bに向けて、防�l力を�e�O的に活用することを目指しています。 (1) 我が国の防�l力の在り方を示す ① 基�P的防�l力��想を基本的に踏�u 前大�Vは以下の国�H情�荬蚯疤幛趣筏� 基�P的防�l力��想 を �裼� しました。 ア �|西冷�橄陇扦悉�るが、国�H�v�Sの安定化努力が�@�Aしていること イ 日米安全保障体制の存在が我が国の安全と周�x地域の平和と安定に大きな役割を果たし�Aけること 今回、新防�l大�Vを策定するに当たり、以上の点に�vしては、 ア 今後の国�H情�荬韦工��荬趣筏啤⒉煌该�・不�_�gな要素をはらみながらも、国�H�v�Sの安定化を�恧毪郡幛胃靼悚闻�力が�@�Aされていく イ 日米安全保障体制が我が国の安全及び周�x地域の平和と安定にとって引き�Aき重要な役割を果たし�Aける と考えました。 このことから、新防�l大�Vでも、 基�P的防�l力��想を基本的に踏�u していくこととしたものです。( �Y料5 参照) ② 保有すべき防�l力の具体的内容については��直す 新防�l大�Vでは、保有すべき防�l力の具体的内容について、前に述べた我が国の防�l力をめぐる�h境の�浠�に���辘工毪郡幛恕��F行の防�l力の��模及び�C能について��直しを行い、その 合理化・�柯驶�・コンパクト化 を一�婴工工幛毪趣趣猡恕⒈匾�な�C能の�|的な向上を�恧毪长趣摔瑜辍� 多��な事�Bに��して有�郡����� し得る防�l力を整�浃贰⑼��rに事�Bの推移にも�一�に���辘扦�るよう�m切な ��力性を�_保 し得るものとすることが�m当であるとしています。 (2) 日米安全保障体制の重要性を再�_�J 日米�gにおいては、前大�V策定後の昭和53年に「日米防�l�f力のための指��」が作成され、以後、��々な分野における�I国の�f力�v�Sが�M展してきました。 冷�榻K�Y後の今日の国�H社会では、国�H情�荬��浠�、それに伴う国�H的な�n�}の�浠�、そしてその解�Qに向けた国�H社会の�e�O的な取�Mを背景として、 日米安全保障体制が地域の平和と安定及びより安定した安全保障�h境の���Bという面で果たす役割について再�J�Rされるようになってきています。 このような�J�Rの下、 新防�l大�Vではこれまでの日米防�l�f力の成果を再�_�Jしつつ、将来に向けての日米安全保障体制の意�x及びその信�m性の向上を�恧辘长欷蛴��郡��C能させていくための具体的な取�Mの重要性について、整理して述べている ところに特�栅�あります。このための施策の具体的な内容については後ほど解�hします。 なお、米国も平成7年2月に�k表した「�|アジア太平洋�槁��蟾妫ǎ牛粒樱遥�」の中で、アジア・大平洋地域における�s10万人の兵力の�S持を再�_�Jすると同�rに、日米�v�Sについては、「最も重要な二国�g�v�Sであり、アジアにおける米国の安全保障政策の要である」などとして、日米安全保障体制を重��する立�訾��Oめて明�_に打ち出しているところです。 (3) 今後の我が国の防�l力が果たすべき役割を打ち出す 新防�l大�Vでは、今後、我が国の防�l力が果たすべき役割として、自�l��の主たる任�栅扦�る 「我が国の防�l」 に加え、 「大��模�暮Φ雀鞣Nの事�Bへの���辍� 及び 「より安定した安全保障�h境の���Bへの��献」 を主要な柱として�鳏菠皮�り、ここに新しい防�l力の��想を示しています。( �Y料6 参照)これは、阪神・淡路大震�膜涞叵骡�サリン事件を契�Cとして大��模�暮Φ雀鞣Nの事�Bにおける自�l��の活�婴摔膜い破诖�が高まっていること、また、近年、自�l��による国�H平和�f力�I�栅��g施が相次ぎ、その�g��が高く�u��されること等を反映したものです。 3 新防�l大�Wの内容 (1) 新防�l大�Vの国�H情�菡J�R 新防�l大�Vでは国�H情�荬摔膜い啤� ① 全般情�� �|西�gの��事的��峙の��造は消�绀筏郡猡韦巍⒆诮躺悉���立や民族���}に根ざす��立が��在化するなど依然として国�H情�荬喜煌该�・不�_�gな要素をはらむ一方、国�H�v�Sの一�婴伟捕�化を�恧毪郡幛胃靼悚闻�力が�@�Aされていく ② 我が国周�x地城の情�� �O�|ロシアの��事力の量的削�p等の�浠�は��られるものの、依然として大��模な��事力が存在し、多数の国が��事力の近代化を行っており、また、朝�r半�uにおける�o��が�@�Aするなど、依然として不透明・不�_�gな要素が残されていますが、同�rに、二国�g����の��大や地域的安全保障への取�M等地域の安定を�恧恧Δ趣工���々な�婴�が��られるとともに、日米安全保障体制の存在が我が国の安全及び地域の平和と安定を�恧肷悉且�き�Aき重要な役割を果たしていく との�J�Rに立っています(�Y料7参照)。 (�Y料7) 国�H情�荬翁厣� 全般 わが国周�x地域 国 �H 情 �� の 特 色 世界的な��模の武力��争の生起の可能性の低下 国�H情�荬弦廊护趣筏撇煌该�・不�_�gな要素を内包 宗教や民族���}等に根ざす��立の��在化(地域��争) 各�Nの�I土���}の存�A 大量破�脖�器等の��散等新たな危�Cの��大 �O�|ロシアの��事力の量的削�pと��事�B�荬��浠� 不透明・不�_�gな要素の残存 核�榱Δ蚝�む大��模な��事力の存在 朝�r半�uにおける�o��の�@�A (地域��争、�I土���}、大量破�脖�器の��散等) 各 国 の 安 定 化 努 力 国�H安定化を�恧毪郡幛闻�力の�@�A 米ロ�g・欧州での���涔芾�・���sの�M展 他国�g及び二国�g����の��大 地域的な安全保障の���Mみの活用 国�Bの役割の充�gへ向けた努力 地域の安定を�恧恧Δ趣工肱�力 二国�g����の��大 地域的な安全保障への取�Mみ等 (ASEAN地域フォ�ラムなど)
各
国
の
国
防
努
力
大��模侵略���晷捅�力については再��・合理化
地域��争等多��な事�Bへの���昴芰Δ未_保
�U�g�k展等を背景に��事力の��充ないし近代化
米
国
の
役
割
引き�Aき世界の平和と安定に大きな役割
日米安保体制は引き�Aき重要
わが国の安全と国�H社会の安定に不可欠
米国の�v与と米��の前方展�_を�保する基�P
(2)
日米安全保障体制
新防�l大�Vは、前にも述べたとおり、日米安全保障体制の重要性を再��Jし、我が国の安全�_保にとって必要不可欠なものであり、また、我が国周�xの地域における平和と安定を�_保し、より安定した安全保障�h境を���Bするためにも引き�Aき重要な役割を果たしていくとの�J�Rを示しています。
そして、日米安全保障体制の信�m性の向上を�恧辍�これを有�郡��C能させていくために、新防�l大�Vでは以下のとおり、各�N施策に努める必要があるとしています。
さらに、新防�l大�Vにおいては、このような日米安全保障体制を基�{とする日米�I国の安全保障、政治、�U�g等各般の分野における幅�冥��o密な�f力�v�Sは、地域的な多国�gの安全保障に�vする����・�f力の推�Mや国�Bの�T活�婴丐��f力等、国�H社会の平和と安定へのわが国の�e�O的な取�Mに�Yするものとしています(
�Y料8
参照)。
(3)
防�l力の役割
新防�l大�Vでは、前に述べたように、今後、我が国の防�l力が果たすべき役割として、自�l��の主たる任�栅扦�る「我が国の防�l」に加え、「大��模�暮Φ雀鞣Nの事�Bへの���晟稀袱瑜臧捕à筏堪踩�保障�h境の���Bへの��献」を主要な柱として�鳏菠皮い蓼埂�
①
我が国の防�l
新防�l大�Vでは、
周�x�T国の���浃伺湟猡筏膜摹⑽窑�国の地理的特性に�辘阜佬l上必要な�C能を�浃à窟m切な��模の防�l力を保有する
とともに、これを最も�抗�的に�\用し得る�B�荬蚝Bき、我が国の防�l意思を明示することにより、日米安全保障体制と相まって、我が国に��する侵略の未然防止に努めることとしています。
また、核兵器の�{威に��しては、世界で唯一の被爆国として、
核兵器のない世界を目指した�F�g的かつ着�gな核���sの国�H的努力の中で�e�O的な役割を果たす
としつつ、核兵器を保有する国が存在し、またその��散といった新たな危��をはらんでいる�F�gを考�]し、
核兵器の�{威に��しては米国の核抑止力に依存する
ものとしています。
�g接侵略事�B又は侵略につながるおそれのある��事力をもってする不法行�椁��k生した�龊悉摔稀�これに即�辘筏菩��婴贰⒃缙冥耸��Bを��拾することとしています。
直接侵略事�Bが�k生した�龊悉摔稀�これに即�辘筏菩��婴筏膜摹⒚坠�との�m切な�f力の下、防�l力の�t合的・有�C的な�\用を�恧毪长趣摔瑜盲啤��O力早期にこれを排除することとしています。
②
大��模�暮Φ雀鞣Nの事�Bへの����
新防�l大�Vでは、まず、大��模な自然�暮Α�テロリズムにより引き起こされた特殊な�暮Δ饯嗡�の人命又は���bの保�oを必要とする各�Nの事�Bに�Hして、�v�S�C�vから自�l��による���辘�要��された�龊悉胜嗓恕㈤v�S�C�vとの�o密な�f力の下、�m�r�m切に�暮�救援等の所要の行�婴��g施することとし、もって民生の安定に寄与するとしています。
�暮Δ丐����辘系谝涣x的には消防や警察の役割ですが、社会の高度化等が�Mむ中で�暮Δ韦猡郡椁褂绊�はより大きいものになっています。先の阪神・淡路大震�膜韦瑜Δ�
大��模な自然�暮Δ涞叵骡�サリン事件のような有毒ガスによるテロリズムによる特殊な�暮�
には、消防、警察だけでは十分に���辘扦�ないことが��く�J�Rされるようになりました。このような�暮Δ���して、国の�v�S�C�vや地方公共�馓澶趣尉o密な�f力の下、自�l��が�暮�救援を�抗�的に行うことが一�又匾�となっています。
次に、
我が国周�x地域において我が国の平和と安全に重要な影��を与えるような事�Bが�k生した�龊悉摔稀���法及び�v�S法令に�兢ぁ⒈匾�に�辘腹��Bの活�婴蜻m切に支持しつつ、日米安全保障体制の�一�かつ�抗�的な�\用を�恧毪长鹊趣摔瑜赀m切に���辘工�
としています。
我が国の平和と安全に重要な影��を与えるような事�Bとして、特定の事�Bを念�^においているわけではありませんが、例えば、我が国に大量の�y民が押し寄せたり、在外邦人の�o急避�yのために我が国への��送が必要になる�龊稀⑦z���C雷が我が国周�x海域に浮�[している�龊系趣�これに当たると考えられます。また、それに加えて国�Bが�U�g制裁を�Q�hした�龊悉摔稀⒈匾�に�辘赣证献��rにより、日米安保条�sに基づく施�O・区域の提供や自�l��法に基づく�暮ε汕菠浒钊溯�送の�g施など、政府として�m切な措置をとることなどが考えられます。
③
より安定した安全保障�h境の���Bへの��献
新防�l大�Vでは、第一に、
国�H平和�f力�I�栅��g施
を通じ、国�H平和のための努力に寄与するとともに、
国�H�o急援助活�婴��g施
を通じ、国�H�f力の推�Mに寄与するとしています。地域��争などが��在化している�F在の国�H�h境においては、国�H��献を行っていくことは我が国の国�H的���栅扦�り、この努力は国�H社会の平和と安定に寄与し、ひいては我が国の安全保障にも�Yすることになります。
第二に、
安全保障����・防�l交流を引き�Aき推�M
し、我が国の周�x�T国を含む�v�S�T国との�gの信�m�v�Sの���Mを�恧毪趣筏皮い蓼埂�
これは、各国がその保有する��事力及び国防政策の透明性を高め、相互の信�m�v�Sを深めることによう、�o用な��������や不�yの事�Bにおける危�Cの��大を抑えていくことが重要であるとの�Q点から、��々なレベルで国�H情�荬渌�方の国防政策について意��交�Qを行うなど交流を深めていくということです。
第三に、大量破�脖�器やミサイル等の��散の防止、地雷等通常兵器に�vする��制や管理等のために国�B、国�H�C�v等が行う
���涔芾�・���s分野における�T活�婴��f力
するとしています。
冷�榻K�Y後の国�H社会における大量破�脖�器等の��散や通常兵器の流出等という新たな危��の��大に��して、その防止に向けて国�B、国�H�C�v等が行う活�婴恕⒆孕l��の�f力が期待されています。これを促�Mさせるために、平成7年10月に、「国�H�C�v等に派遣される防�l�丐温��Tの�I遇等に�vする法律」が成立するなど、�B�菡��浃��Mめられているところです。
(4)
��・海・空自�l��の体制
新防�l大�Vは、��・海・空自�l��の体制・��模については、以上のような考え方の下、国�H情�荬��浠�等を踏まえ、任�栅我�直し、�B�荬尉�和等の�Q点から、各�Nの要素を�t合的に勘案し、�F在の防�l力を��直して、以下のように述べています。
①
��上自�l��の体制
第一に、
我が国の�I域のどの方面においても、侵略の当初から�M��的な防�l行�婴蜓杆伽�つ�抗�的に�g施
し得るよう、我が国の地理的特性等に�兢盲凭�衡をとって配置された���饧挨勇��猡蛴肖工毪长趣趣筏皮い蓼埂>咛宓膜摔稀⑶按缶Vにおいて12�����狻�2��混成�猡坤盲科��r地域配�浃工氩筷�については、4�����饧挨樱���混成�猡蚵��猓ㄔ��tとして定数�s3,000~4,000人)に改��し、
8�����狻�6��旅�猡翁逯皮趣工毪长�
としています(
�Y料9
参照)。
第二に、
主として�C�拥膜诉\用する各�Nの部��を少なくとも1���樾g�g位有すること
としています。具体的には、引き�Aき、�C甲���狻�ヘリコプタ��狻⒖胀��猡蚋鳎����g位有することとしています。 第三に、 ���獾燃挨又匾�地域の防空に当たり得る地��空�T����部��を有することとし、8��高射特科群を�S持すること としています。 第四に、高い��度を�S持し、侵略等の事�Bに迅速に���Iし得るよう、部��等の��成は、常�渥孕l官をもって充てることを原�tとし、一部の部��については第一��の部��に充当し得る��度と即�晷预蛴肖工� 即�暧��渥孕l官を主体として充てること としています( �Y料10 参照)。 これに伴い、��成定数を18万人から16万人とし、うち常�渥孕l官定�Tを14万5千人、即�暧��渥孕l官�T数を1万5千人としています。 このほか、��上防�l力の���Mみをよりわかりやすく示すため、�檐�及び主要特科装�浃蛐陇郡��e表に���dすることとしています。�檐�は�s900�Iで�F在の定数から2割程度の�p、主要特科装�浃霞s900�T/�Iで1割程度の�pとなっています(�Y料11参照)。 (�Y料11) ��上自�l��の体制の��直し 区分 新防�l大�V 前大�V �� 上 自 �l �� ��成定数 常�渥孕l官定�T 即�暧��渥孕l官定�T 16万人 14万5千人 1万5千人 18万人 基 �� 部 �� 平�r地域配�浃工氩筷� 8������ 6��旅�� 12������ 2��混成�� �C�舆\用部�� 1���C甲���� 1��空挺�� 1��ヘリコプタ���
1���C甲����
1��空挺��
1��ヘリコプタ�`��
地��空�T����
8��高射特化群
8��高射特化群
主
要
装
��
�檐�
主要特化装��
�s900�I
�s900�T/�I
�s1,200�I
�s1,000�T/�I
②
海上自�l��の体制
第一に、
海上における侵略等の事�Bに���辘返盲毪瑜��C�拥膜诉\用する��艇部��として、常�r少なくとも1���o�l��群を即�辘��B�荬蔷S持し得る1���o�l����を有すること
としています。具体的には、前大�Vと同��、
4���o�l��群を保有すること
としています(
�Y料12
参照)。
第二に、
沿岸海域の警戒及び防�浃蚰康膜趣工肱�艇部��として、所定の海域ごとに少なくとも1���o�l��を有すること
としています。具体的には、�F在5つに区分した海域の警戒、防�浃说堡郡耄���の地方��があり、その下に2���o�l��ずつ、合��10���o�l��を保有していますが、新防�l大�Vでは、5つの海域と津�X、���R�I海峡にそれぞれ1���o�l��を配�浃返盲毪瑜�
7���o�l��を保有すること
としています(
�Y料13
参照)。
第三に、
必要とする�龊悉恕⒅饕�な港湾、海峡等の警戒、防�浼挨��吆¥��g施し得るよう、潜水��部��、回��翼哨戒�C部��及び�吆2筷�を有すること
としています。具体的には、潜水��部��については、6����を�S持し、��上回��翼哨戒�C部��については、教育体制の�柯驶�といった�Q点から6����のうち1����を教育���Tの部��とし、�吆2筷�については、2���吆j�群を1���吆j�群に集�s化することとしています。
第四に、
周�x海域の�O��哨戒等の任�栅说堡郡甑盲牍潭ㄒ砩诮��C部��を有すること
としており、具体的には、前大�Vにおける10����100�Cを
8����80�C
にすることとしています(
�Y料14
参照)。
これに伴い、主要装�浃摔膜い皮稀⒆o�l��は�s60�bを�s50�bに、潜水��は引き�Aき16�b、作�橛煤娇��Cは�s220�Cを�s170�Cにすることとしています(�Y料15参照)。
(�Y料15)
海上自�l��の体制の��直し
区分
新防�l大�V
前大�V
海
上
自
�l
��
基
��
部
��
�o�l��部��(�C�舆\用)
�o�l��部��(地方��)
潜水��部��
�吆2筷�
��上哨戒�C部��
4���o�l��群
7����
6����
1���吆j�群
13����
4���o�l��群
10����
6����
2���吆j�群
16����
主
要
装
��
�o�l��
潜水��
作�橛煤娇��C
�s50�b
16�b
�s170�C
�s60�b
16�b
�s220�C
③
航空自�l��の体制
第一に、
我が国周�xのほぼ全空域を常�r�@�A的に警戒�O��するとともに、必要とする�龊悉司�戒管制の任�栅说堡郡甑盲牒娇站�戒管制部��を有すること
としています。具体的には、前大�Vで28��警戒群であったところを、任�栅屋X�p等を�恧辍�20��警戒群については、定�Tを�s小した警戒��に改��し、
8��警戒群及び20��警戒��の体制とすること
としています(
�Y料16
参照)。また、
警戒�O��等を行うための1���w行��を引き�Aき有すること
としています。
第二に、
�I空侵犯及び航空侵攻に��して即�r�m切な措置を�vじ得る�B�荬虺��r�@�A的に�S持し得るよう、�殛L�C部��及び地��空�T����部��を有すること
としています。具体的には、要���殛L�C部��については、�B�荬蛞徊烤�和し�F在の10���w行��を9���w行��にすることとしています(
�Y料17
参照)。また、地��空�T����部��については、6��高射群を�S持することとしています。
第三に、
必要とする�龊悉恕⒆派详�侵攻阻止及び��地支援の任�栅��g施し得る部��を有すること
としており、具体的には支援�殛L�C部��を引き�Aき3���w行��有することとしています。
第四に、
必要とする�龊悉恕⒑娇��刹臁⒑娇蛰�送等の�抗�的な作�橹г�を�g施し得る部��を有する
こととしています。具体的には、前大�Vと同��、航空�刹觳筷�1���w行��、航空��送部��3���w行��を有することとしています。
これに伴い、主要装�浃摔膜い啤⒆��橛煤娇��Cは�s430�Cを�s400�Cに、そのうち�殛L�Cは�s350�Cを�s300�Cにすることとしています(�Y料18参照)。
(�Y料18)
航空自�l��の体制の��直し
区分
新防�l大�V
前大�V
航
空
自
�l
��
基
��
部
��
航空警戒管制部��
要���殛L�C部��
支援�殛L�C部��
航空�刹觳筷�
航空��送部��
警戒�w行部��
高空域防空用地��空�T����部��
8��警戒群
20��警戒��
1���w行��
9���w行��
3���w行��
1���w行��
3���w行��
6��高射群
28��警戒群
1���w行��
10���w行��
3���w行��
1���w行��
3���w行��
1���w行��
6��高射群
主
要
装
��
作�橛煤娇��C
うち�殛L�C
�s400�C
�s300�C
�s430�C
�s350�C
④
体制移行の�Mめ方
以上述べた新しい体制は、�F在の体制から大きく�浃铯毪韦恰�ある程度の期�gをかけて、��画的かつ段�A的にこの新たな体制に移行していきたいと考えています。具体的な移行��画については、中期防�l力整�溆�画等において�Q定していくことになります。
(5)
各�Nの�B��
各�Nの�B�荬摔膜い皮稀⒔y合幕僚会�hの�C能の充�g等による各自�l��の�y合的かつ有�C的な�\用、�v�S各�C�vとの有�C的�f力�v�Sの推�Mに特に配意しつつ、侵略事�B等に���辘工��B�莸雀鞣Nの�B�荬颏趣毪长趣趣筏皮い蓼埂�
①
侵略事�B等に���辘工��B��
ア 日米安全保障体制の信�m性の�S持向上に努めるとともに、直接侵略事�Bが�k生した�龊稀⒏鞣Nの防�l�C能を有�C的に�Mみ合わせることにより、その�B��に即�辘筏菩��婴贰⒂��郡誓芰Δ虬k�]し得ることとしています。なお、前大�Vにおける直接侵略事�Bに���Iする�B�荬摔撙椁欷肯薅ǖ男∫�模侵略原�t独力���Iの表�Fは、前に述べたような理由から使用していません。
イ �g接侵略及び��事力をもってする不法行�椁��k生した�龊悉摔稀�これに即�辘筏菩��婴贰⑦m切な措置を�vじ得ることとしています。
ウ �I空侵犯等に��しても、即�r�m切な措置を�vじ得ることとしています。
②
�暮�救援等の�B��
�暮�救援等の�B�荬摔膜い皮稀⒐�内のどの地域においても、大��模な�暮Φ热嗣�又は���bの保�oを必要とする各�Nの事�Bに��して、�m�r�m切に�暮�救援等の行�婴��g施し得ることとしています。
③
国�H平和�f力�I�盏趣��g施の�B��
国�H平和�f力�I�盏趣��g施の�B�荬摔膜い皮稀⒐��H社会の平和と安定の�S持に�Yするため、国�H平和�f力�I�占挨庸��H�o急援助活�婴蜻m�r�m切に�g施し得ることとしています。これはより安定した安全保障�h境の���Bに��献していくため、新防�l大�Vにおいて新たに保持すべき�B�荬趣筏萍婴à椁欷郡猡韦扦埂�
④
警戒、情�蠹挨又��]通信の�B��
警戒、情�蠹挨又��]通信の�B�荬摔膜い皮稀⒊��r�@�A的に警戒�O��を行うとともに、多��な情���Ъ�手段の保有と能力の高い情�����T家の�_保を通じ、�槁郧��螭蚝�む高度の情���Ъ�・分析等を�g施し得ることとしています。また、高度の指�]通信�C能を保持し、防�l力の有�C的な�\用を迅速・�m切になし得ることとしています。
情�荬��浠�を早期に察知し、それに�m切に���辘工肷悉恰⒕�戒、情�蠹挨又��]通信の�B�荬虮3证工毪长趣戏浅¥酥匾�です。具体的な施策としては、情�蟊静郡涡略Oなどが�い菠椁欷蓼埂�
⑤
後方支援の�B��
後方支援の�B�荬摔膜い皮稀⒏鞣Nの事�Bへの���I行�拥趣��抗�的に�g施するため、��送、救�y、�a�o、保守整�洹⑿l生等の各後方支援分野において必要な�C能を�k�]し得ることとしています。
⑥
人事・教育����の�B��
人事・教育����の�B�荬摔膜い皮稀⑦m正な人的��成の下に、��正な��律を保持し、各自�l��・各�C�v相互�g及び他省��・民�g等との交流の推�M等を通じ、高い士�菁挨幽芰��Kびに�冥ひ�野を�浃à筷��Tを有し、�M��全体の能力を�k�]し得るとともに、国�H平和�f力�I�盏趣��一�な�g施にも配意しつつ、���Tの募集、�I遇、人材育成・教育����等を�m切に�g施し得ることとしています。特に、他�C�v・民�g等との交流を推�Mすること等を通じ、���Tに高い士��・能力のみならず�冥ひ�野を�浃à丹护毪伽�こととしたのは、自�l��の果たすべき役割が一����がり、���辘工伽�事�Bも多��化していることから、これまで以上にかかる措置に�e�O的に取り�Mむ必要性が高まっていることを反映したものです。
(6)
防�l力の��力性の�_保
防�l力の��力性の�_保については、防�l力の��模及び�C能についての��直しの中で、�B成及び取得に�L期�gを要する要�T及び装�浃颉⒔逃�����部�T等において保持したり、即�晷预胃撙び��渥孕l官を�保することにより、
事�Bの推移に�一�に���辘扦�るように�m切な��力性を�保すること
としています。
(7)
留意事��
留意事��については、�U�g��政事情等を勘案しつつ、中�L期的な��通しの下に�U�M配分を�m切に行うこと、防�l施�Oの�柯实膜示S持と�一�な�y��合のための所要の�B�荬握��浃伺湟猡工毪长取��柯实膜收{��a�o�B�荬握��浃伺湟猡工毪长取⒓夹g研究��kの�B�荬纬��gに努めることなどがあげられています。
また、
将来情�荬酥匾�な�浠�が生じ、防�l力の在り方の��直しが必要になると予想される�龊悉摔稀�その�rの情�荬苏栅椁筏啤⑿陇郡���
Post by
bird-dog
@
00:28
日本防卫厅组织构成
2003-10-26 23:58 Post by bird-dog @ 23:58 “后冷战时代军控形势的回顾与展望”研讨会综述
2003-10-26 22:44 中国社会科学院美国研究所军备控制与不扩散研究中心与清华大学国际问题研究所军备 控制项目于7月8日在京联合举办了“后冷战时代军控形势的回顾与展望”研讨会。会议由 美国研究所副所长、军控中心主任顾国良和清华大学军备控制项目负责人李彬教授共同主持, 来自外交部、商务部、国防大学、宇航学会、国际战略学会、国际战略研究基金会、国防科 技信息中心、国际问题研究所、中国人民争取和平与裁军协会、北京应用物理与计算数学研 究所、北京大学、清华大学、外交学院等单位的40多位专家学者出席了会议。此次研讨会由 七位年轻研究人员就七个议题发表主旨发言,七位资深学者分别进行评论,然后与会专家学 者进行讨论,主要观点综述如下。 (一)莫斯科条约确立的美俄核战略框架 国防科技信息中心的王连成认为,虽然《莫斯科条约》从总体上体现了美国调整战略的 需求,但它确立的美俄核战略框架仍然是稳定的。 到2012年12月31日,如果按照作战部署弹头来计算,俄在洲际导弹方面具有重大优势, 美国在潜射导弹和战略轰炸机方面具有绝对优势和重大优势,但总的权衡,美俄仍能够保持 战略稳定性。如果按照部署运载器最大运载核弹能力估算,美国则获得了全面的重大优势, 尽管俄对美仍可保持相对的战略稳定性,但稳定度明显下降。 如果运用兰德公司的FALCON模型进行交战模拟分析,可以看到,在当前美俄核态势下, 美国能够用大约2900枚战略核弹头消灭俄罗斯大约80%的战略核力量,但俄在经受第一次打 击后生存下来的核弹头仍足以报复美国,美俄仍处于“相互确保摧毁”的状态。在美俄调整 战略力量的2012年、美国的导弹防御系统还远不具备拦截200-300枚弹头的情况下,不论 是按照作战部署弹头计算,还是按照运载器的最大投放能力计算,俄罗斯仍能经受第一次打 击并有200-300枚核弹头生存下来报复美国,亦即在未来10-15年内美俄战略核态势仍具有 一定的稳定性。但是,如果在美俄关系没有突破性进展、俄罗斯经济没有重大发展的条件下, 15-20年后美俄战略稳定性可能会发生不利于俄罗斯的变化。 也有学者指出,这种分析考虑的是最坏情况,但事实上未必如此,美俄战略武器的高度 预警状态表明,两国战略关系的稳定性仍然是很大的。 (二)朝鲜核问题 始于2002年10月的朝核危机迄今尚未获得解决,朝鲜是否拥有核武器?如果有,有多 少?北京应用物理与计算数学研究所的师学明通过对公开资料的分析认为,朝鲜在1989年到 1991年间的确分离出了武器级的钚,按照英国专家阿莱布莱特的分析,朝鲜已经分离了6-9 公斤武器级钚的可能性还是存在的。对于另外一种核材料――铀,一般认为朝鲜曾尝试从多 个渠道获取浓缩铀的相关技术和设备,或许朝鲜确如其宣称的那样正在实施浓缩铀计划,即 便如此,其计划也是处于前期阶段。 那么,目前朝鲜是否具有制造核装置的能力?师学明认为,朝鲜制造出铀弹的可能性可 以排除;至于钚弹,如果假设朝鲜拥有6-9公斤钚,它拥有1枚比较粗糙的钚弹的可能性是 存在的。师学明认为,朝核问题的前景将取决于美朝双方是否有意愿和平解决。 朝鲜为什么会主动承认浓缩铀计划?多数学者认为,这可能是布什总统的安全战略以及 对朝政策的大幅调整所致。 (三)伊拉克战争与国际不扩散机制 中国国际战略学会的陈戎认为,美国以消除伊拉克的大规模杀伤性武器为借口的战争对 国际不扩散机制造成了广泛而深远的负面影响。美国的不扩散政策随着国际安全环境的变化 不断进行调整,“9・11”恐怖袭击不但改变了美国的威胁判断,也改变了美国的不扩散政策, 美国的不扩散政策重点从消除大规模杀伤性武器转移到铲除拥有大规模杀伤性器的政权。美 国在没有充分证据的情况下对伊拉克进行打击,这破坏了国际不扩散机制的基础;美国抛开 联合国武器核查另起炉灶的做法也损害了国际核查的权威性和公正性;美国在不扩散政策中 强调先发制人,可能使那些被怀疑的国家产生危机感,并刺激这些国家加快寻求大规模杀伤 性武器的步伐。 伊拉克战争是对那些试图获取大规模杀伤性武器国家的震慑还是刺激?有的学者认为, 美国的意图是震慑这些国家,防止大规模杀伤性武器的扩散,但结果很可能是刺激了扩散。 (四)中国与国际不扩散机制 清华大学国际问题研究所的周宝根从建构主义的视角分析了中国与国际不扩散机制的互 动过程。他认为,1964年到1983年,中国对自我身份的认定是“特殊核国家”,因此对国际 核不扩散机制持批评态度。1983年到1992年,中国从“特殊核国家”的身份逐步向“一般 核国家”身份转变,对国际不扩散机制采取了部分参与的政策。1992年至今,中国完全认同 “一般核国家”身份,全面参与国际不扩散机制。身份的改变必然导致利益的重新界定,从 而出现政策的调整。强调非物质因素的存在并不是否定物质因素的重要作用,但是,物质的 因素唯有通过非物质的因素才能产生它所具有的作用。 与会学者认为,这种建构主义的学理分析解释了中国与国际不扩散机制互动中的主动性, 部分解释了中国政策变化的过程,但仍然存在其他多种解释方式。在赞同这种分析方法的同 时,也有学者认为以1983年作为一个分界点似乎不妥,将改革开放政策的提出作为分界点更 有说服力。 (五)中美在不扩散领域的共同利益 北京大学王君博士提交会议的论文探讨了冷战后中美在不扩散领域的共同利益。她认为, 冷战后中美不扩散合作受到多方面因素的推动:中美在不扩散领域的共同利益、两国对不扩 散问题的认知以及中美两国的国内政治等。其中,共同利益因素是中美不扩散合作的主要动 因。从认知角度而言,冷战后中美在不扩散问题上出现的共识可以看作是两国共同利益的认 知基础。王君还分析了制约中美在不扩散领域合作的一些因素,诸如两国尚未建立一个新的 战略框架、台湾问题、不扩散问题本身的局限性以及部分技术性因素等。 多数学者同意王君的分析,同时指出两国在冷战后比较显著的合作主要体现在四个方面: 《核不扩散条约》的无限期延长,《全面禁止核试验条约》的谈判,1994年朝鲜核危机的化 解,1998年印巴核试验问题上的共同立场等,中国不扩散政策的变化大致与国际环境的变化 同步。 (六)技术发展与军备控制 国防大学的仲晶分析了技术发展对军备控制产生的影响。她认为技术发展必将对军控的 方向、领域、重点、手段等产生深远的影响,这些影响包括使军控和裁军应从过去关注军备 的数量规模转而更加强调质量效能;军控的内容从限制和禁止某些类型的武器到设计一个综 合的框架结构;强弱国家之间的军事力量差距拉大,一些国家可能更加迫切地试图获得大规 模毁伤性武器;技术发展使民用与军用界限模糊,军控和裁军面临更大的难题;技术发展同 时使军控难以跟上技术发展的步伐;太空将成为军控和裁军的重要领域。 与会专家认为,除了上述影响外,技术的发展还导致核武器向实战方向发展,常规武器 已经成为战略力量,精确制导武器在战争中频繁得到使用,信息技术愈益重要,指挥控制系 统已经成为不可或缺的组成部分。 (七)国会对美国军控与不扩散政策的影响 中国社科院美国研究所的樊吉社讨论了国会对美国军控与不扩散政策的影响。他认为, 第二次世界战结束到60年代末,国会更多地认同行政部门在军控和不扩散问题上的主导权, 这种状况在60年代末以及整个70年代经历了重大的变化,经过越南战争、水门事件以及后 来的国会改革,国会逐步具备了影响美国军控和不扩散政策的意愿和能力,这就使得80年代 以来的军控政策都烙上了国会的印记。国会虽然不能制订美国的军控和不扩散政策,但可以 通过正式的手段包括批准军控和不扩散条约、拨款、批准军控与不扩散相关的内阁成员的任 命、改变行政部门的结构,以及非正式手段包括获取信息,了解军控政策的形成进程�沼跋� 这个进程、塑造公众舆论、充分利用程序影响政策等来影响美国军控与不扩散政策的形成、 制订与实施。国会影响美国军控与不扩散问题的后果表现为: 军控和不扩散问题在美国外交 政策中的分量产生了变化;美国的军事力量结构受到影响;国会在军控和不扩散问题上的政 策偏好得到了体现;不扩散政策得到了加强。 樊吉社 Post by bird-dog @ 22:44 “安全保证”问题立场有所松动后朝鲜谴责美国
2003-10-26 21:46 中国日报网站消息:朝鲜于昨天在美国所提出来的“多边安全保证”问题上立场有所松动并表示会认真考虑这一问题,使得各界看到了持续一年多的核危机取得突破的一点希望。但是,朝鲜今天在其官方媒体上面又再次重申了对美国进行谴责的立场。朝鲜官方报纸《民主朝鲜报》今天所发表的一份声明当中指出,如果华盛顿方面不取消其封锁朝鲜的计划,朝核争端有可能会走向一个“无法控制的阶段”。 朝鲜国内的《民主朝鲜报》报道说:“如果美国真的是有诚意想要解决朝核问题,它应该在采取一些不负责任的行动上采取克制的态度,因为这样的不负责任的行动有可能会使形势陷入无法收拾的境地。美国一味的向朝鲜施加压力只会迫使朝鲜进一步采取扔措施加强自己的自卫能力。” 周六,朝鲜政府发表了一份声明称,平壤方面准备认真考虑美国总统布什所提出来的提供一份书面的安全保护以换取朝鲜放弃其核计划的建议。朝鲜外长表示,如果朝鲜“建立在同时采取行动原则基础上达成一揽子解决方案”的建议能够得以实现的话,核危机是有可能得到解决的。他同时还暗示说,朝鲜的新立场是在充分考虑了美国总统布什建议的基础上做出的。 韩国方面也对此前朝鲜政府立场的转变表示了欢迎的态度。(章田) Post by bird-dog @ 21:46 北韩表示将考虑美国“书面安全保证”的提议
2003-10-26 21:45 25日,北韩外务省发言人就朝中社记者的提问回答表示,将考虑美国总统布什20日在韩美首脑会谈上所提出的“在多方框架内对北提供书面安全保证”的建议。 发言人表示,布什总统在泰国举行的亚太经济合作组织(APEC)首脑会议期间表示,可以以书面方式向我国保证互不侵犯,并希望举行六方会谈。如果布什总统关于书面保证互不侵犯的发言出于希望与北韩共存的意图,而且有助于在同步实施基础上实现北韩提出的一揽子解决方案,北韩将予以考虑。 发言人还表示,“我们已通过(北韩与美国之间的)纽约接触渠道,向美国转达了我们的这一立场,并正在确认美国的真正意图。美国方面表示,非常重视在纽约的接触渠道,并将维系这一渠道”,以暗示美国与北韩正在就书面安全保证进行协商。 我国政府有关人士表示,“北韩的这种反应,将使和平解决北韩核问题前景变得明朗,这是鼓舞人心的事情,我们对此表示欢迎。以后将持续进行与相关国家之间的协商。”他还表示,“希望中国全国人大常委会委员长吴邦国在29~31日访问北韩的期间进一步进行积极的协商。” 据《华盛顿邮报》26日报道,美国白宫发言人吉米・奥尔也表示,“我们正在研究北韩的意见。希望北韩能重返六方会谈。” 《纽约时报》也援引白宫高级官员的话报道说,24日美国通过北韩驻联合国代表部得知北韩可以考虑布什总统的书面安全保证方案的立场。文章来源:韩国朝鲜日报 Post by bird-dog @ 21:45 朝美的纽约沟通管道暂时“休业”
2003-10-26 21:34
북핵 사태의 고비 고비마다 극단적 충돌을 막는데서 효자 노릇'을 톡톡히 했던 북-미간 뉴욕채널이 개점휴업' 상태다.
부시 미 행정부는 겉으로는 뉴욕채널이 여전히 열려있다는 입장을 취하고는 있으나 실제로는 뉴욕채널을 닫았으며 당분간은 이런 상태를 계속 유지할 태세다.
애덤 어럴리 미 국무부 부대변인은 23일 정례브리핑에서 "뉴욕채널이 필요하고 유용하다면 이는 계속 열려있다는 사실을 거듭 밝혀둔다"면서도 "그러나 현 시점에서 뉴욕채널을 통한 (대북) 접촉에 대해 아는 바 없다"고 말했다.
뉴욕채널이 사실상 가동 중지에 들어간 것은 지난 8월 중순 잭 프리처드 미 국무부 대북교섭 담당 대사가 사임하면서 부터다. 프리처드 대사는 사임하기 전까지 북한의 한성렬 유엔 차석대사와 파트너가 되어 실무교섭을 해왔다.
이에 앞서 공개된 것 가운데 마지막 뉴욕접촉은 지난 7월 8일. 당시 접촉에는 북한에서 박길연 주유엔 대사와 한성렬 차석대사, 그리고 미국에서는 국무부의 프리처드 대사와 데이비드 스트라우브 한국과장이 각각 참석한 바 있다.
이 자리에서 북한은 "영변 5MW 원자로에서 꺼낸 폐연료봉 8천여개에 대한 재처리 작업을 완료했다"고 통보, 미국을 상당히 당혹스럽게 만들었다.
이처럼 뉴욕채널의 가동이 100일 이상 중지된 데 대해 평양의 불만은 크다.
지난 16일 북한 외무성 대변인이 "때가 되면 핵 억제력의 물리적 공개조치를 취할 것"이라고 경고하고 나선 데는 뉴욕채널 폐쇄에 대한 불만도 섞여 있다.
당시 평양에서 제12차 남북장관급회담에 수석대표로 임하고 있었던 정세현 통일부장관은 김령성 북측 단장에게 "대화 상대방에 대한 최소한의 예의도 없는 행위"라고 강력히 항의하자 김 단장은 "6자회담 이후 미국의 태도가 변하지 않고 있고 뉴욕 접촉 마저 꺼리고 있다. 외무성 대변인의 발언은 이런 상황에서 우리가 우리의 방식대로 대화를 요구하는 것이라는 점을 이해해 달라"고 말했다고 정 장관은 전했다.
그렇다면 미국은 파국 직전의 상황에서도 유지해오던 뉴욕채널을 사실상 닫아 놓게 된 것일까.
우선은 지난 8월 베이징 6자회담이 열린 만큼, 미국은 그 어떤 경우에도 북-미 양자 대화가 이뤄진다는 인상을 주지 않으려는 의도를 갖고 있는 것으로 보인다.
특히 북한이 미국과 직접 접촉을 할 때마다 '위협성' 발언으로 일관하는데다 일부 협의 내용이 외부로 알려지고 있는 데 따른 불신도 담겨 있는 듯 하다.
그렇기에 2차 6자회담 개최 문제 등을 포함한 북핵 현안에 대한 외교적 협의는적어도 당분간 중국 채널을 활용하겠다는 의지가 강한 것으로 분석되고 있다.
정부 당국자는 "미국은 북한이 단 둘이 만났을 때 하는 얘기와 국제사회에 하는 얘기가 다르다고 본다"며 "뉴욕 채널의 재가동은 쉽지 않을 것"이라고 내다봤다.
그러나 일각에서는 미 국무부의 도널드 카이저 부차관보가 지난 달 뉴욕을 방문한 리 근 북한 외무성 미주국 부국장을 접촉했던 사실을 들어 카이저 부차관보가 조만간 대북 접촉창구로 나설 가능성도 있다는 관측도 내놓고 있다.
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21:34
日本称:北朝鲜25日又发射短程导弹
2003-10-26 21:27 북한이 25일 동해안에서 단거리 미사일을 시험발사한 것으로 보인다고 일본 정부가 밝혔다. 일본 언론은 앞서 북한이 지난 20일과 21일에도 동해안에 단거리 지대함 미사일을 발사한 것으로 보인다고 보도한 바 있어 언론의 보도대로라면 이번 미사일 발사실험은 이번주 들어서만 3번째인 셈이다. 오쿠야마 지로 일본 외무성 대변인은 이날 오전 동해로 지대함 미사일이 발사됐다는 확인되지 않은 보고를 접수했으나 아직 이 정보를 확인하지는 못했다고 말했다. 일본 정부의 이 같은 발표는 북한이 전격적으로 핵무기프로그램 폐기에 대한 대가로 안보보장을 해줄 수 있다는 조지 부시 미국 대통령의 제안을 고려할 수 있다고 말한 가운데 나온 것이다. 미국과 한국 정부는 최근 잇따르고 있는 북한의 미사일 발사에 대해 한반도의 긴장을 완화하려는 노력에 반하는 것이라며 비난해왔다. 그러나 일본 관리들은 북한의 단거리 미사일의 경우 사거리가 100�N정도에 불과하기 때문에 인근 국가들에게 위협이 되지 않는다면서 이는 통상적인 군사훈련의 일환이라고 말했다. 앞서 한국의 합동참모본부는 북한이 지난 20일 올들어 3번째로 지대함 미사일을 동해로 발사했다고 확인했으나 21일 발사실험에 대해서는 부인했었다. Post by bird-dog @ 21:27 朝鲜的居民的文化活动逐渐多样化
2003-10-26 21:23
북한 주민들의 여가생활이 점차 다양하게 변하고 있다.
여가 활동의 내용도 과거 정치성 위주에서 오락성 짙은 분야로 변모하고 있다.
이같은 현상은 2000년 이후 북한에서 나타나고 있는 신사고' 현상과 경제난으로 인한 주민불만을 누그러뜨리려는 북한 당국의 정책적 배려에서 비롯된 것으로 분석된다. 북한은 지난해 북한 최초의 전국 낚시대회를 연 데 이어 지난 15일 평양 대동강에서 도와 시의 예선을 거친 41명의 선수가 참가한 가운데 두 번째 전국대회를 개최했다. 북한 자연보호연맹 산하에는 낚시인들의 단체인 낚시질애호가협회'가 구성돼 있으며 도, 시, 군(구역)에도 하부조직을 두고 있다.
낚시협회는 회원들로부터 일정한 회비를 받고 회원증을 발급하며 낚시대회 개최, 낚시도구 대여 및 낚시정보 제공 등의 역할을 한다.
낚시인구가 늘어남에 따라 최근 평양시 대동강구역에는 낚시 전문점이 등장하기도 했다.
노래방 이용도 눈에 띄게 늘어나고 있다. 평양 시내 주요 호텔과 대형음식점에는 화면반주음악실'로 불리는 노래방이 속속 들어서고 있다. 고려호텔이나 량강호텔, 옥류관, 평양면옥 등 대표적인 접객업소에는 이미 노래방이 영업을 하고 있다. 평양시내 청년중앙회관 노래방은 주민들이 쉽게 이용할 수 있어 인기가 매우 높다. 바둑이나 컴퓨터도 여가활동의 주요 대상이다. 2001년에는 전문 바둑선수와 인재양성, 바둑의 대중적 보급을 위해 평양바둑원이 문을 열었고 지난 2월과 8월에는 평양시 어린이바둑대회'가 열렸다.
컴퓨터 오락장은 평양 인민대학습당은 물론 학생소년궁전, 청소년회관, 청년중앙회관 등에 설치돼 청소년들로부터 폭발적인 인기를 얻고 있고 최근에는 청소년들 사이에 기타 열풍이 불고 있다.
최근에 북한에 유원지나 공원이 잇달아 조성되고 있으며 경쾌한 리듬의 가요가 인기를 얻고 있는 것도 여가생활의 다양화 추세와 연관이 있다.
북한 언론매체들은 최근 주민들에게 일요일이나 공휴일에 집에서 TV 시청 등으로 시간을 보내지 말고 가족과 함께 공원, 유원지, 극장 나들이를 하거나 민속놀이, 취미생활을 적극적으로 즐길 것을 촉구하고 있다.
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21:23
卢武铉访华,同情与无奈
2003-10-26 21:19 7月7日,韩国当选总统卢武铉访华,这是他就任总统以来的首次访华,核心议题就一个:朝核问题。他就任总统才百日,为了朝核问题就先后访问了美、日、俄、中四大国。对其忙碌与奔波,我们除了表示钦佩外,似乎还怀有一丝同情与无奈。 朝核危机最直接的受害者应该是朝鲜南北双方,无论怎样,“本是同根生,相煎何太急”。毕竟南北双方都是同一个民族,50多年的人为分离怎能割断几千年的血脉关系。一方面朝核危机僵持不下,一方面南北双方的经贸合作不断,人员交流频繁。这就是隔不断的血脉关系。 也许,对于南北双方来说,朝核问题发展到现在是双方都不愿看到的,也是双方都想力图避免的。 韩国的尴尬与无奈 对于韩国来说,无论美国对朝进行封锁还是军事打击,或者美国放任朝研制拥有核武器,都是不愿意看到的。对朝封锁或军事打击只能带来朝鲜的报复,正如伊拉克打不着美国,只能向科威特、以色列发射导弹一样,作为进攻力量有限的朝鲜只能选择韩国作为报复的对象,韩国将成为美朝军事对抗的砧板。因此,对朝动武是韩国所竭力反对的。 但韩国同样明白,如果任凭朝鲜开发核武器,发展军事,那么,韩国将面对一个拥有核武器且难以捉摸的北方强国,无异于与虎做伴。更为可怕的是,那时,不但朝鲜可以随时扬起核武器的大棒进行核威慑,日本却也因此为借口,突破国内和平宪法限制,研制核武器。那时,韩国除了发展核武器或者接受美国的核武器部署外,别无选择。很难想象,东北亚地区中日韩朝都拥有核武器,而韩国夹在其间,其安全环境可想而知。 正是这种忧郁与矛盾,造就了韩国对于朝核问题的切身关注,也造就了韩国与美日在朝核问题上立场的既相同又相异,这也是卢武铉四处奔波的主要原因。 朝鲜的初衷与适得其反 朝鲜的尴尬也是明显的。美国指责朝撕毁了核不扩散条约,有意制造核威胁,主动挑起朝核危机。但我们换一种思维想一想,如果站在朝鲜的立场上来看,情况或许就不同了。1994年朝美就朝核危机曾经达成框架协议,要点就是美国等国对朝提供经济援助与补偿,朝鲜停止核研制计划。但几年来,美国口惠而实不至,承诺的很多援助根本没有到位,却对朝鲜的核计划密切监视。与美国动辄几百亿美元发动伊拉克战争,对巴基斯坦一挥手就是30多亿美元相比较,美国在对朝援助上的吝啬与食言不能不使人们猜测美国对朝另有政治目的。 而伊拉克战争更让朝鲜坐立不安。朝鲜从伊拉克战争中萨达姆的迅速溃败得出的最主要的结论就是美国敢于对伊动武,并且迅速取胜的根本原因在于萨达姆没有核武器甚至大规模杀伤性武器。朝鲜还得出了一个结论就是,只要美国认定你是敌人,要攻打你,无论你怎么妥协,最终都无济于事。萨达姆的不断妥协与把希望寄托在法德俄大国及联合国上的外交战略最终证明没有能够挽救自身的灭亡,这点是朝鲜得出的第二个结论。正是出于这样的忧郁与担心,伊拉克战争后,朝鲜不但没有息事宁人,反而不断的发表自己发展核武器的言论,甚至主动公布已拥有了核武器,目的只有一个,显示自己具有打击报复的能力,打消美国武力打击朝鲜的念头。 但朝鲜并不是真的想跟美国一直唱反调,朝鲜也很清楚,在目前美国独霸的国际格局下,任何一个和美国公开为敌的国家最后都不会有好的结果。可以这么说,朝鲜的一些列强硬表态最终的目的还是在于向美国求和。具体来说就是在政治上实现美朝直接对话,安全上签订美朝互不侵犯条约,经济上得到美国的大量经济援助。朝鲜的武伐是为了达到文和的目的。 问题是,美朝关系中,美是全球性唯一超级大国,而朝仅仅是一个封闭的处于贫困边缘的国家,因此,无论从那个方面来说,朝希望发展与美关系的愿望与所获得利益远远大于美希望发展与朝的愿望与所获得回报。这点,朝鲜明白,美国也清楚。正是因为这样,朝鲜的一相情愿不一定能够换来美国的乐意与回应。朝鲜只有通过核武器威胁来迫使美国回到谈判桌上。朝鲜同时明白,朝不同于伊拉克,东北亚不同于中东,美国不敢轻易对朝动武,朝有利地利用了东北亚各大国的反战立场尤其是韩国的惧战不断走核边缘政策。 但问题的另外一面是,核边缘政策走的过度、过分,往往会适得其反,不但刺激美对朝的敌视与动武,强化了美日韩军事同盟,而且增加了东北亚各国对朝鲜的不信任与疑虑,加剧了东北亚的军备竞赛,激化了东北亚的安全形势,也为美国借机加强对日韩的军事控制与在东北亚的军事渗透提供了绝好的机会,使朝核危机逐步步入死胡同。 日本就以朝核危机为借口,不断突破国内和平宪法限制,通过有事三法案,授权政府与自卫队随时应付突发甚至认为可能的危机的更大权力。而且,日本还决定将在2008年与美国建立导弹防御系统,矛头直接对准朝鲜。 美国调整驻韩美军的部署,把原本部署在朝鲜半岛三八线附近的美军南撤,以便在战争爆发时避免美军的首当其冲,让韩国军队顶在第一线。同时,美韩还达成了一项协议,美国在3 年内将投资110亿美元以增强驻韩美军的军力(这笔巨额军费将相当于韩国国防预算总额的80%)。美加强了对韩国的控制与在东北亚的军事存在与战略渗透。卢武铉访美及访日期间发表的朝美、朝日联合声明也协调了三国在朝核问题上的立场,强化了三国原有的同盟关系。 牌在谁手中? 当前,美蔑视全球,一意孤行,可以不顾法德传统盟友的掣肘,不顾土耳其、沙特等中东盟友的顾忌,也不顾国际社会及联合国的强烈反对,执意对伊动武。我们很难想象,一旦美国决定对朝动武的话,日韩能够坚持反战到最后吗?回顾刚结束不久的伊拉克战争中,韩日最后坚定站在美国一边,支持美对伊动武,不得不让人对日韩的主张和平解决朝核问题的立场的坚定性抱有一定的怀疑。话又说回来,即使日韩能够像法德在伊拉克战争中的那样始终反战,美国在乎吗?也许韩国的反对将决定美国对朝战争能否打起来,因为韩国是唯一可以进攻朝鲜的陆上通道(除了中国),没有韩国支持,美国似乎就打不起来了。但正如伊拉克战争初期,人们普遍预测,如果没有土耳其的北方战线,美国单纯依靠南方战线取胜是困难的,更不用说速战速决了,但最后证明没有了北方战线美国照常开战,并迅速取得了战争的胜利。形势在变,老是以以前的战争经验来判断分析今天的形势往往会出现保守主义的错误与经验主义错误。别忘了美国正在改变其海外的驻军模式,加强海外驻军的多样化,加强小型军事基地与海上浮动军事基地的建设,提高远程打击能力与远程运载能力,而且美国在研发具有可实战的小型核武器。 值得关注的是,近期美国公布了朝鲜拦截美国战斗机的图片,在进一步渲染朝鲜的进攻与挑衅。 卢武铉已经跑遍了涉及朝核问题的四个相关大国了。对他来说,避免武力解决是其最大的也是最根本的目的。解铃还需系铃人,卢武铉虽然尽心尽力,诚心苦心溢于言表,但真正掌握朝核危机决定权的恐怕不是卢武铉,朝核危机的真正解决恐怕还有待美朝双方的动作,而主要是美国的举措。 朝核危机再度激化发生在去年10月,这个时机是与伊拉克核查危机不谋而合。因此,朝核危机是与美国在中东的战略密切相关的,是美国全球战略中的一部分。因此,美国想不想解决朝核危机?什么时候解决?以什么方式解决?恐怕都与美国的全球战略密切相关。当前,在中东,伊拉克重建能否解脱?中东和平路线图计划实行如何?美伊(朗)关系何去何从?在欧洲,美欧关系能否缝合?美俄关系如何发展?在非洲,美国出兵利比里亚后果如何?在亚洲,印巴能否实现历史和解?美国在东亚的下一步战略扩张将如何发展?从美国国内来看,美国国内的新保守主义将如何发展?美国大选将会发生什么样变化?所有这些都将决定和牵制美国对朝核危机解决的决心与进程。当中东等其他地区的矛盾激化,冲突加剧时,美国可能把主要精力放在那些地区,朝核危机可以再放一放,但当其他地区矛盾暂时缓和,恐怖活动处于低潮时,美国可以把朝核危机提一提。朝核问题成为套在东亚的一个紧箍圈,美国想起来就过来念念紧箍咒,痛的是东亚各国,主要是韩国。 说到底,朝核问题实际上是一个冷战遗留的历史问题,是冷战的遗产。半个多世纪都没有解决的难题,要想在短期内获得彻底解决恐怕是不可能的,除非国际格局发生大的变动或者发生大的动荡。 作者: 李双伍 Post by bird-dog @ 21:19 邪恶轴心和邪恶化身――谈朝鲜半岛新局势
2003-10-26 21:11 九一一事件的主要副作用之一,便是中国和韩国的关系进一步加强,对美国的东亚战略形成新的挑战。作者认为,在近年中国对美外交关系处境日益困难的情况下,中韩关系是北京手头少有的强牌,对解决台湾问题也有极大的作用。 无庸讳言,由于布什政府的出色运作,九一一事件成为“坏事变好事”的天赐良机。在美国国内,“国土防卫”为只获得少数民众选票、靠最高法院共和党法官多数上台的布什政府最终提供了政治“法统”;在全球范围内,“反恐”战争成为美国向全球扩展军力的最佳藉口。美国不仅在中国新疆的大门外和俄罗斯几百年来的“后院”建立了永久性的军事存在,甚至还直接挥军进入斯大林的故乡格鲁吉亚。 但是从美国角度,九一一也有其副作用。主要副作用之一,便是中国和韩国的关系进一步加强,对美国的东亚战略形成新的挑战。 扶日制华和挺日抑韩 布什近日的东亚之行,在韩国的经历可说最不称心:汉城是三个亚洲首都中唯一出现反美示威的地方。更有甚者,在布什到访前夕,韩国总统金大中所属的执政党中,居然有国会议员反用布什“邪恶轴心”讲话的语言,公开称美国总统本人为“邪恶化身”,在韩国政坛掀起轩然大波。 这里反映的,是当前国际局势的两项变化。第一个是长期趋向:随着中国经济的迅速发展和综合国力的增强,东亚正在向其一千多年的传统秩序回归。第二个便是布什政府上台以来,以沃尔福威茨为代表的“火神”外交顾问团当道,美国传统外交界内的“泛亚派”压倒了“中国派”,沃尔福威茨得以推行其扶日制华、挺日抑韩的战略主题。 先讲第一项发展。1996年11月,笔者在《联合早报》评论中日钓鱼台列岛争执时,曾强调了亚洲大陆中韩同盟抗衡岛国日本的长期传统,并预言:随着中国国力的发展,东亚将逐渐向其传统政治秩序回归,而中韩千年睦邻同盟关系必然得到恢复和增强。五年多来的事实发展,完全证实了笔者的上述断言。 500年来东亚地缘政治中的一个常数,便是中国和朝鲜同盟,对抗来自日本海的外来势力。具体实例便是明神宗万历年间日本权臣丰臣秀吉侵犯朝鲜的“壬辰倭乱”、清末由日本侵占朝鲜而引发的中日甲午战争、以及上世纪50年代的朝鲜战争。 与之相应的,是朝鲜人民因日本在历史上侵略和殖民朝鲜的深刻民族仇恨,以及清末美国长期鼓励日本占领朝鲜的历史梗结,包括老罗斯福总统派员与日本首相桂太郎谈判,达成各自永久占领菲律宾和朝鲜的“谅解”。韩国民间一直潜在仇美情绪,良有以也。 中韩关系获得空前扩展 与此对比,从袁世凯、康有为、吴佩孚到孙中山、于右任和蒋介石,中国朝野各界始终以支持韩国复国为共识和基本国策,韩国复国运动一开始便以中国为基地,获得了历届中国政府的巨大经济、政治、军事支持。在中国外交的不懈努力之下,《开罗宣言》奠定了韩国二战之后的独立地位。 笔者手头有一份2001年华东师范大学编制的最新上海旅游地图,上面清楚标志着马当路304号的“大韩民国临时政府旧址”。这是绝大多数访沪的韩国旅客必去的景点,是美、日两国无法抗衡的中国对韩外交资本。 在韩国政界中,金大中本人原先其实是比较亲美、亲日的人物。可是他就任总统以来,中韩关系却获得了空前的扩展,证明基于悠久文化传统和历史模式的国际地缘政治,不受个人偏爱左右。 金大中在今年的新年致词中,居然破天荒地使用与外国盟友的“特殊关系”,来指汉城同北京的友好关系,这一词汇原来一直只是指汉城同华盛顿的长期关系,因此可知中韩历史同盟关系,实在不是政客们的主观意志所能改变。 英国《金融时报》因此以“中韩关系威胁美国影响”为标题发表文章,惊呼两国关系深化,对美国的影响构成威胁。《金融时报》以西方中心的观点评论,尽管美国“继续成为韩国最坚定的保护者”,金大中却在新年致词中对中国保留了最热情的语言,金说“我们对于(韩中)关系极端满意,这两个国家正在进入全面伙伴关系成为更强大的盟友。”《金融时报》认为汉城对于华盛顿的忠诚向北京的转移,将对东北亚的大国势力平衡产生深远影响。 意图维持朝鲜半岛紧张局面 与这一长远历史性趋向成对比的,便是布什政府上台以来的扶日制华、挺日抑韩的外交战略。在这一战略下,布什政府放弃了原克林顿政府与朝鲜缓和接近的政策,从而破坏了了金大中政府的“阳光政策”的实施基础,使得朝鲜半岛近年的缓和趋向出现逆转。 从国际战略讲,这是十分自然的发展。韩朝接近和最终统一的最大反对者不是别人,正是日本。美国如果要扶日制华,便必须维持朝鲜半岛的分裂对峙局面,作为美军继续驻韩的口实,防止朝鲜统一以后向日本清算历史旧帐的局面。 将朝鲜算在“邪恶轴心”之中,便是布什政府意图维持朝鲜半岛紧张局面的明证。但是这样公开为美国一己私利而损及韩国和朝鲜民族利益的做法,自然引起韩国朝野上下极大的反感。韩国执政党议员公开将布什称为“邪恶化身”,只是这种反美情绪的冰山顶端而已。 说穿了,许多韩国人支持美国在远东驻军,是想借美国来制约日本。九一一之后,布什政府借机鼓励日本提高其军事姿态,向海外扩展军力影响,自然加剧了和日本有深仇的韩国不满。 把与奥萨马实在不相干的伊拉克、伊朗、朝鲜归成一个“邪恶轴心”,是布什政府借九一一之后的“反恐”战争机会,推行其右翼保守国际政策的例证。近日布什政府一反主张自由贸易和竞争的高调,大幅度增加各国对美出口钢铁的关税,更加暴露了美国“高尚”道德原则后面的自私实质,对长期被美国钢材关税困扰的汉城同华盛顿的贸易关系,无疑雪上加霜,与中韩商贸关系的飞速发展,形成鲜明对比。 在近年中国对美外交关系处境日益困难的情况下,中韩关系是北京手头少有的强牌,对解决台湾问题也有极大的作用。但是由于朝鲜政权和中国境内的朝鲜族人口等现实问题,运作中不乏微妙之处和可能的陷井。以笔者之见,北京除了大力支持朝鲜民族的历史性统一运动,还应该公开保证包括韩国在内的整个朝鲜半岛的安全,以取得东北亚外交的主动权。 作者: 都人 文章来源:联合早报 ・作者在北美从事科研工作 Post by bird-dog @ 21:11 海湾战争与朝鲜半岛核危机的原因及影响分析
2003-10-26 21:01 内容提要: ● 在世界资本主义的新阶段,美国的国家利益集中体现为可以不事物质生产,用其所创造的债券、股票等虚拟资产与世界各国交换物质产品,但前提是美国必须握有世界货币霸权,否则国际资本的流出就会导致美国虚拟经济泡沫的破灭,进而摧垮美国经济。 ● 对美国货币霸权的现实挑战来自欧元,因此美国打击伊拉克的目的不是为了控制国际石油,而是为了打击欧元,这是自科索沃战争后美国用军事力量对欧元进行的第二次打击。 ● 美国用科索沃战争打击欧元是利用了科索沃在欧洲腹地的特殊地理位置,造成欧洲资本市场的不安全局势,伊拉克与欧洲隔着地中海,对欧洲的安全局势影响有限,所以打击伊拉克进而影响欧元的途径是通过打击国际石油供应来影响欧洲的石油供求。 ● 欧元的“软肋”是只有共同的货币政策而没有财政政策,在欧洲出现石油短缺和油价飞涨,欧盟各国的公共赤字就难以控制,“稳定与增长公约”的基础就会被破坏,结果是欧元解体。 ● 伊拉克的石油出口只有200万桶,而国际石油后备供应能力有700万桶,OPEC组织将会启动后备产量以平抑油价,所以美国将可能把战争扩大到伊朗和利比亚,而两伊和利比亚的产量之和正好等于国际石油的后备供应能力。去年10月以来委内瑞拉的石油出口已经停止,这四国加起来已大大超过了国际石油供应后备能力,而委内瑞拉动乱也有美国的影子,这说明美国已经为打击欧元作了铺垫。所以第二次海湾战争在美国攻伊后有扩大化的可能。 ● 美国在攻伊后将等待国内恐怖事件发生,然后再以此为借口对伊朗和利比亚甚至其他阿拉伯产油国进行打击。 ● 如果美国打击海湾产油国威胁到欧元和欧盟的生存,欧盟国家很可能与阿拉伯国家联手抗美,以保卫欧盟的石油供应稳定,甚至对美反施石油禁运,就会形成欧、美两大军事集团的大规模军事冲突,隐现世界大战的危险。 ● 美国进行海湾战争的目的是用军事霸权维护货币霸权,而保持货币霸权的目的是为了能用美国的“虚拟资产”向东亚国家换取物质产品,因此美国的战略是“扰乱欧洲、稳定亚洲”,美国在朝鲜半岛核危机问题上对北朝鲜的退让是战略不是策略,美国不会在攻伊完成后再打北朝鲜。 ● 中国应利用美、欧冲突所引起的世界局势变化,加速与日、港、韩、台等东亚各经济体进行经济、政治、外交和军事整合,并争取建立与俄罗斯和中亚产油国的联盟。 一、战争的阴云与迷雾 去年底今年初,国内外的各著名研究机构与国际组织纷纷拿出了自己对今年世界经济走势的分析,总的来说大家都认为今年的世界经济和主要国家增长率会高于去年,但都无一例外地要加上一条,就是“海湾战争对世界经济的影响,现在还很难估计”。即是说,这些估计和预测,还都没有把即将爆发的海湾战争的影响加进去。是大家认为影响不大吗?当然不是!我看是谁也说不清这场战争的可能规模和走势,这当然是有原因的。 首先,美国为什么要打伊拉克?美国的理由是伊拉克参与了“9・11”事件,是基地组织的同谋,但是没有证据。然后是说伊拉克拥有大规模杀伤武器,但是到目前为止,联合国的核查人员已经进入伊拉克一个月之久,还是什么也没有查出来,伊拉克自己也坚决否认拥有核子和生化武器,而美国国务卿鲍威尔最近宣称“就是没有证据也要打”,那美国的战争动机是什么呢?有人猜测是为了石油,那么伊拉克的存在是否影响了美国的石油供应呢?或者说,美国目前是否已经失去了对国际石油的控制了呢? 说不清的还有攻伊的时机问题。据说布什总统在“9・11”事件后仅五天,就作出了打击伊拉克的计划,但整整一年过去了,美国在海湾却没有动静,目前虽然在调兵遣将,但直到一月末兵力才可能到达15万人,而据美国和国际军事专家估计,攻伊需要的兵力在35万人左右。目前美国媒体放消息说,根据可靠渠道的信息,攻伊时间可能在2月,但按照美国目前的兵力调动情况,2月份也打不起来,那么美国在等待什么事情呢? 自去年下半年以来,美元开始走软,国际油价也一个劲往上涨,究其原因,都是因为害怕美国在海湾动武会引发又一次在美国本土的严重恐怖活动,以及石油供应短缺。美元走软和油价上涨都对美国经济的复苏造成沉重打击,战争还没有打响已经是如此,战争打响了对美国经济的伤害恐怕会更大,以美国人的精明不会算不清这笔帐,那么美国愿意付出如此代价,期待的是什么结果呢? 这些问题本就似一团团迷雾,使人们看不清美国人葫芦里卖的是什么药,使世界经济走势受到十年以来前所未有的国际政治、军事和外交形势的干扰,无独有偶,1月10日,又发生了北朝鲜断然宣布退出国际反核扩散条约的事件。事情的起因是去年10月初美国特使访朝的时候,朝方官员宣称朝鲜正在研制核武器,11月17日,朝鲜官方电台又宣称朝鲜已经掌握了核武器,虽然在此之后朝官方一再解释朝鲜的意思是“我们有权拥有核武器”,但已在国际社会引起轩然大波。在此情形下,美国被迫宣布中止对北朝鲜的重油供应,结果又遭到北朝鲜的进一步报复,于12月下旬赶走了联合国国际原子能组织的核查人员,并重新揭开了宁边的核反应堆。美国对北朝鲜的强硬一让再让,国务卿鲍威尔去年12月17日公开表示美国没有对北朝鲜进行军事打击的计划,紧接着布什总统在12月31日的元旦讲话中重申美国不会对朝动武和愿意以对话形式解决朝鲜半岛的核危机问题。而北朝鲜并不领情,终于在今年1月10日宣布退出国际《不扩散核武器条约》。 一边是北朝鲜公然宣称自己拥有核武器,并且不接受任何国际组织核查与美国的任何对话要求,一边是伊拉克卑恭谦辞,不仅否认自己拥有核武器,也敞开大门迎接联合国的核查人员,甚至同意美国的中情局人员来参与核查,甚至连总统府都允许核查人员进入,即使这样,美国仍然不干,用美国国防部长拉姆斯菲尔德的1月15日的话讲“没有证据就是证据”,找不着证据也挡不住美国对伊动武。为什么同样以毁灭大规模杀伤武器为理由,美国对待北朝鲜和伊拉克的态度区别会如此之大呢?由此引出的问题之一,是美国对伊动武的目的,是否真的是为了对付拥有大规模杀伤性武器的敌对国家?其次是美国目前对北朝鲜的软弱是否只是“缓兵之计”,是因为攻伊而忙不过来,而将把打击北朝鲜放在打击伊拉克之后?如果是如此,中国人以及日、韩等国倒真应该紧张了,因为北朝鲜已经拥有几百枚短、中程导弹,而且可能真的拥有核武器,美国攻朝亦可能动用核武,这与美国在远离中国的伊拉克打仗,对中国和其他东亚国家的影响不可同日而语。 那么,我们应当怎样透过重重迷雾,分析、判断与看清美国的战略意图,以及海湾战争和朝鲜半岛核危机对世界、东亚和中国经济的影响呢? 二、再论世界资本主义的新阶段 “自古用兵非好战”,战争是政治的延续,政治则是经济利益的延续。美国在海外用兵从来都有明确的目的,但这些目的往往不能宣之于口,就需要我们透过现象看本质,即看清什么是美国最根本的经济利益,而离开了这一点就会被美国的许多表面文章与战略佯动所迷惑。 看清美国最根本的经济利益,必须从世界资本主义新阶段的历史高度来认识。我在2002年3月曾写过一篇题为《警惕全球金融风暴》的文章,提出了世界资本主义新阶段的观点,写完这篇文章之后,我又有了一些新认识,这些认识更坚定了我必须从这个角度出发才能看清美国的信心。 我的主要观点是,世界资本主义曾经经历了自由资本主义和垄断资本主义两个历史阶段,但在这两个历史阶段,世界各主要资本主义国家的资本家还是以生产物质产品为主,因此资本主义经济的基本矛盾和基本运行规律、帝国主义战争的性质等等,都是围绕物质产品的生产和流通产生的。但是从上世纪50年代中期开始,美国率先完成了工业化,进入到“后工业化”时代,70年代中期,英、法、德、意、日等主要资本主义国家也相继完成工业化,进入到这一时代,资本开始具有从物质生产领域向外游离的趋势。70年代初,二战后确立的“布雷顿森林”体系宣告瓦解,货币脱离黄金,世界货币体系开始进入到不受物质生产增长约束的时代,加上各种金融衍生工具的发展,虚拟经济急剧膨胀,并成为世界资本主义经济的主体。例如, 1970年,在美国的货币交易中与物质生产和流通有关的货币交易还占到80%,而在“布雷顿森林体系”解体后仅仅5年,就演变成“倒二八”,即与生产流通有关的交易比重只剩下20%,根据有关资料,到1997年已经只剩下0・7%。1985~2000年,美国的物质生产只增加了50%,但是货币却增长了三倍,即是说,货币增长率是物质生产增长率的6倍。从全球看,1997年国际货币交易额高达600万亿美元,而其中与生产流通有关的货币交易只占1%。此外根据有关资料,目前全球的货币存量已相当于全球GDP年总值的60倍。这些情况都说明,世界资本主义经济的主体已经从物质生产部门转移到非物质生产部门,由此引出资本主义经济的一系列深刻变化,我们也许可把这个新阶段叫做“虚拟资本主义”。 首先,传统的资本主义生产过程是从货币资本出发,经过产业资本、商业资本等环节再回到货币资本,在这个过程中,产业资本占据最重要的位置,因为它担负着创造剩余价值的职能,但是在“虚拟资本主义”阶段,由于货币脱离了黄金,资本的膨胀可以摆脱物质生产过程的束缚,产业资本和物质生产过程就变得可有可无了。马克思早就指出“・・・・资本主义生产的动机就是赚钱。生产过程只是为了赚钱而不可缺少的中间环节,只是为了赚钱而必须干的倒霉事情。”(《资本论》第二卷第68页)。在货币与物质生产相联系的年代,虽然也有所谓生息资本,但那只是货币资本对产业资本所创造的剩余价值的分割,而在进入虚拟资本主义时代后,通过对虚拟资产的炒作也可以实现货币资本“帐面价值”的增值,因此货币资本真正实现了从货币资本出发而不需要与物质生产相关联就又回到货币资本的过程,可以不再干物质生产那些“倒霉的事情”。 在实际过程中,股票、债券、外汇和房地产等虚拟资产的所有者,往往是以这些资产为抵押向商业银行申请贷款,然后再到市场上去炒作,经过多次资产与货币的交换,资产价格就获得升值,而新的资产拥有人又可以用这些已经升值了的资产作抵押,从商业银行获得更多的贷款,如此循环往复。在这个过程中,货币需求的产生已经主要不是来自于物质生产与流通规模的扩张,而是来自资产价格的膨胀,70年代以来各类金融衍生工具的发展又极大地放大了各类资产价格的膨胀速度。由于在“布雷顿森林”体系解体后,中央银行的货币创造可以摆脱物质生产的限制,因此从理论上讲,可以无限制地满足虚拟经济膨胀对货币的需求,这就是自80年代以来,主要资本主义国家的虚拟资产与货币供应增长率大大超过其物质产品增长率的根本原因。 这个过程也是产业资本家向金融资本家复归的过程。本来,从货币资本家演化出产业资本家,是资本主义所代表的历史进步,马克思由此提出了产业资本“居高”的理论。但是到了“虚拟资本主义”阶段,由于货币资本的膨胀比起产业资本的扩张速度要高得多和轻松得多,就引起产业资本家向货币资本家的回归。美国在90年代以来出现了大量这样的事情,例如最先引发企业丑闻的安然公司,本来也是一家规模庞大和经营不错的国际能源公司,但是在虚拟经济恶性膨胀的形势下经不起诱惑而“怦然心动”,大量进行场外能源衍生产品交易,为此不惜造假。2000年安然公司的营业额中与能源物质生产有关的部分居然只占到3%,难怪有人说安然已经变成了一家投资银行。美国著名的通用汽车公司,其金融子公司原本的业务内容是进行汽车贷款业务,但就是这么个资本和人员只占全公司3%的单位,由于参与了证券市场业务,所创造的利润居然能占到通用公司的30%,以至于在通用公司的许多高层领导都在想“我们是否还应该继续造汽车”。 所以,在“虚拟资本主义”时代,金融资本家又重新成为资本主义国家经济的主体,国家利益也由此更集中表现为金融资本家的利益。美国在90年代初以来长期奉行“强势美元政策”,就是因为只有保持美元的强势,才能吸引世界各国的投资持续不断地流向美国,从而把美国的股票、债券和地产价格推高,从而符合美国金融垄断寡头的利益。至于产业资本家由于高价美元政策而导致产品出不去、进口又挡不住的恶劣形势,那只好是说声“对不起”了。美国在整个90年代GDP总值增加了4万多亿美元,其中制造业所占的比重还不到10%,制造业在全部GDP中所占的比重也从90年代初期的24%掉到目前的18%,美国目前的商品进口已相当于国内制造业产出的40%。2000年美国的资产泡沫也开始破灭,但美国的强势美元政策并没有变,因此美国物质生产部门的困境不仅没有改善,还在经济衰退中更加恶化。2001年美国的制造业是3・5%的负增长,刚刚过去的2002年又下降了0・6%。根据美国商务部今年1月份新公布的数字,在去年12月美国又新增了10・1万失业人口,其中6・5万都是制造业工人。到去年四季度,美国的企业投资已经连续下降了七个季度,到目前为止仍然没有回升迹象,因此今年美国的制造业仍然可能是下降局面。美国政府如此不顾本国物质产业生产部门的衰退而坚持强势美元,所代表的利益集团是谁不是显而易见的吗? 其次,“虚拟资本主义”时代的资本主义更加寄生与腐朽。虚拟资产只是一张“纸”,或者是电脑硬盘中的一个记录信号,本来是再增值也不能当饭吃,为什么会成为主要资本主义国家狂热追求的目标呢?这是因为,主要资本主义国家都可以用债券、股票、外汇和地产等虚拟资产来与其他国家交换物质产品。主要资本主义国家都拥有“硬通货”,其他国家的政府、企业和居民则都需要借助这些“硬通货”来进行国际贸易的计价、结算和作为外汇储备与储蓄,因此主要资本主义国家所发行的货币会有相当一部分被国外持有,但这些货币往往不会停留在国外,而主要是以购买资产的形式流回货币发行国,以求生息,这些回流的货币就会在主要资本主义国家国际收支的资本项下形成顺差,并被用于从国外进口产品的支付。资本主义国家的虚拟资产价格越高,就越可以吸引更多的外资流入,虽然也需要对国外的资产持有人支付利息或红利,但仍然是以货币形态支付,所以仍然是用虚拟资产与他国交换物质产品。所以,“虚拟资本主义”时代的资本主义更加寄生与腐朽,主要资本主义国家可以不事生产,仅凭创造货币资产的游戏就无偿地占有和剥削他国人民所创造的物质产品。 第三,在“虚拟资本主义”时代,帝国主义霸权的内容也发生了改变。在“虚拟资本主义”时代以前,帝国主义国家之间争夺世界霸权,主要是为了独占生产物质产品的资源与市场,争夺的焦点则集中于控制国际贸易的流向。而在这个新阶段,争夺的内容则从物质产品转向国际资本,争夺的焦点也转移到控制国际资本的流向。因为并不是所有拥有“硬通货”的资本主义国家,都可以充分享受到虚拟经济带来的好处,而只有拥有“货币霸权”的国家才能作到,在当代,拥有货币霸权国家只有美国。有资料说明,美国一个国家自1996年以来,就通过国际资本的流入再转为支付进口,消耗掉了全球每年70%以上的剩余产品或净储蓄。 美元在二次战后就已经取得了“世界货币”的地位。直到目前,美元在国际结算和储备货币中仍然占有60~70%的比重。然而在“虚拟资本主义”时代以前,更具体的说是在90年代初以来虚拟经济疯狂发展以前,仅凭美元的特殊地位也不可能如此大规模地掠夺他国人民创造的剩余产品。因为在这一时期,美国只能用从经常项下输出美元,还作不到从资本项下向国外大规模输出虚拟资产,而经常项下的逆差平均年份也就在200~300亿美元左右。美国从90年代中期开始才出现贸易逆差的急剧扩大,这与国际资本流入的急剧扩大和国内资产泡沫的膨胀是同时发生的,也是互为条件的。国际资本流入急剧扩大的主要原因,是由于在欧元统一过程中从欧洲流出了大量避险资金,根据有关资料,1996~2000年,美国吸纳的国际资本大约有2・3万亿美元,其中70%是从欧洲流入的。这些从国外流入的国际资本,主要是在美国“新经济”概念的吸引下,流入证券市场购买美国资产,从而创造了美元的持续强势与美国股市的异常繁荣。 但是,世间一切事物都是“一分为二”的,“虚拟资本主义”也不例外,它在给美国带来经济繁荣和货币霸权好处的同时,也有其先天不足的病根,就是为了维持这种经济繁荣与货币霸权的地位,美国必须保持国际资本向美国的单向流动。强势美元与美国资产价格的上升实际也只是国际资本流动的结果,一旦国际资本流出,经济繁荣就走到了尽头,美元势必疲软,股市势必崩溃,其他资产价格也会一落千丈,美国就无法再用虚拟资产确保锦衣玉食的生活。美国目前的商品进口已相当于国内消费的30%,进口的消费品更相当于国内消费的40%,2002年,美国的贸易逆差已接近5000亿美元,即美国必须保持每天净流入13亿美元左右的国际资本,才能够维持对进口帐单的支付。所以失去货币霸权的结果就是美国的国民消费水平要猛降30~40%,对美国经济所造成的破坏程度,将相当于1929~1933年的大危机,甚至更严重。 第四,随着生产方式的变化,资本主义的经济危机也出现了新形态,在这种运行状态下所形成的资本主义经济危机,也已经不是物质产品的生产过剩危机,而是证券、外汇、地产等虚拟资产的供应过剩危机,是资产泡沫破灭后引发金融系统崩溃,这个现象从90年代初日本的资产泡沫破灭过程可以清楚的看到。传统的资本主义经济危机一般都具有周期的特征,即在爆发危机后总会出现复苏和繁荣,但日本自从90年代初期爆发金融危机开始,至今已经历了12个年头,不仅始终没有走出衰退,反而有危机深化的趋势,按现价计算,日本的GDP总值已经倒退到90年代中期的水平,证券市场的市值更是倒退到80年代中期的水平,说明虚拟经济危机所造成的衰退,可能使一个国家的经济在长期内都走不出来。 从全球范围看,90年代初期开始,在美、英等国的推动下,出现了金融全球化的浪潮,国际金融寡头裹挟长期以来用虚拟经济创造的庞大货币资本,象洪水猛兽一样在世界各国的金融市场上横冲直撞。90年代的10年中,世界接连不断的爆发了一场场金融与货币危机,先是1990年日本由资产泡沫破灭引起的金融危机,然后是1992年的英镑危机,1995年的墨西哥金融危机,1997年的亚洲金融危机,1998年的俄罗斯金融危机,和2000以来的阿根庭和委内瑞拉金融危机。从2000年4月开始,以美国纳斯达克股市泡沫破灭为起点,美国主要资本市场的股票指数也出现狂泻,金融危机的风暴已经开始席卷到美国。 到目前为止美国之所以还没有出现金融系统的崩溃,主要是因为美国的资产泡沫还没有彻底破掉,是房地产泡沫的兴起还在支持美国经济的繁荣。这与日本在股市泡沫破灭后出现的情况极为类似,日本在1990年2月股市蹦盘后,从股市逃离出来的资金又进入了房地产,大约在两年后,房地产泡沫也破了,才进入以后长达10年的萧条。有资料说明,从2000年初以来,美国股市大约蒸发掉了7万亿美元市值,但房地产又出现了约3万亿美元的增值,这在很大程度上抵消了股市泡沫破灭的影响,使“财富效应”所产生的消费热潮仍能持续一段时间。但从去年三季度以来,住房投资已经出现了连续下降,在美国的许多主要城市,房屋租金的上涨已开始低于房产价格的上涨,此外,去年11月美国个人消费信贷第一次出现了负增长,当月的减少额度高达22亿美元,这些都是美国房地产泡沫也走到了尽头的标志,而房地产泡沫的破灭,则预示着美国很可能和日本一样,进入一个难于确定其复苏期限的长衰退期。与美国不同的是,日本是一个储蓄率很高的国家,个人负债并不多,而美国的消费繁荣则几乎全部是建立在个人负债的基础上。此外,日本即便在资产泡沫极度膨胀的年代,其物质产业的发展状态也不错,泡沫破了还能靠物质产业的增长支撑国家经济,而美国在资产泡沫形成的过程中却伴随着本国物质产业的严重衰退。所以,美国如果爆发金融风暴,其程度与后续影响可能会比日本惨烈得多。 言至于此,我们已经可以对美国的国家利益所在作出一些概括:第一,在世界资本主义的新阶段,美国的国家利益集中体现为用其所创造的庞大虚拟资产与其他国家交换物质产品,因此必须拥有世界货币霸权;第二,货币霸权的内容就是维持国际资本向美国的单向流动,美国如果不能维持其货币霸权,出现了国际资本转向外流,则庞大的虚拟资产不仅不会继续给美国经济带来好处,还会因资产泡沫的破灭引发金融风暴;第三,如果发生金融崩溃,则会使美国进入长期严重衰退。 美国会爆发金融风暴并非只是假设,因为美国的货币霸权地位正在受到欧元统一的威胁,捅破美国资产泡沫的最大可能性,就是国际资本从美国流向欧洲,从美元流向欧元。 在“冷战”结束后,世界出现了所谓“一超多强”的格局,美国成为目前世界上唯一的超级大国。但是美国的“超”只体现在其拥有军事霸权与货币霸权,就经济与贸易而论,欧盟国家在80年代末期就已经与美国旗鼓相当。但是在国际货币舞台上,欧洲货币只能扮演小角色。在“冷战”时代,欧盟各国为了寻求美国的军事保护,还不敢与美国分庭抗礼,而在来自东方的威胁解除后,欧盟国家则要团结起来寻求与其经济规模相称的国家地位。欧元的出现,固然有欧盟国家希望藉此来整合欧洲的目的,但在很大程度上也是要与美元争夺世界货币霸权。 当1992年欧盟国家提出要建立欧元的时候,美国人根本不相信这会成为可能,其实就是欧洲人自己也缺乏信心,否则就不会出现欧洲资本出于避险目的向美国的大规模流动。但是,1999年欧元开始进入使用,2002年欧元现钞又顺利进入流通,这些都标志着欧元的成功。欧洲整合的成功不仅限于经济层面,也扩展到政治层面,不仅已经提出了欧盟“宪法条约草案”,并且决定将在明年接纳10个新成员国,届时,将出现一个前所未有的“大欧洲”,不仅将在人口和幅员面积上超过美国,也将在经济规模上超过美国。 美国在21世纪的战略是维持“单极”世界格局,即不允许任何霸权对美国形成挑战。欧元以及欧盟的整合成功当然不符合美国的战略。在美国已经酝酿着巨大资产泡沫危机的条件下,欧元的成功并不只是会分享美国的货币霸权,而是会导致“一盛一衰”的局面,会因国际资本从美国流向欧洲从而捅破美国的资产泡沫,使美国由于爆发金融风暴而陷入长期衰退,其结果是欧洲取代美国而掌握世界霸权,美国则会向日本一样沦为世界的“二流”国家。 在欧元启动前夕美国就已经看清了欧元启动成功后的可怕前景,因此在欧元启动仅仅两个多月后就发动了科索沃战争。美国进行科索沃战争的目的,就是为了在欧洲的心脏地带制造战争恐惧,阻吓国际资本流向欧洲。欧元在启动初期的10天内就对美元升值了近19%,但在科索沃战争开始立即迅速下滑,在其后的两年中,最低曾接近0・8欧元兑1美元上下,即从启动时的最高点下跌了40%。欧元对美元的一路下跌,的确曾动摇过欧洲各国和国际资本的持有者对欧元能否整合成功的信心。 从这点来说,在世界资本主义的新阶段,帝国主义战争的目的也发生了变化,就是从为控制资源转向为控制资本,而科索沃战争就是帝国主义为控制国际资本流向所打响的第一枪。 但是2000年4月以来美国的资产泡沫开始破裂,2001年又相继发生了大公司造假和“9・11”事件,美国经济由此开始进入衰退。欧洲的经济虽然也不好,但股市相对于美国健康,也没有出现普遍的公司丑闻,利率水平也高于美国,因此从2001年开始,国际资本出现了流出美国的趋势,2002年下半年则出现了加速的趋势,欧元也随之对美元逐步坚挺起来。2002年7月,欧元对美元的汇率超出平价,之后虽有回落,但在11月后就稳定地停在平价以上,到今年1月已出现加快上升趋势。去年初还有许多人预测,欧元对美元可能要到今年年中才能达到1:1・08的水平,但在1月20日以后,已轻松地升到1:1・074。对欧元的这种强势,美国从经济上已难有所作为。 所以,美国所能采取的唯一手段就是再发动一次战争,以打击国际资本向欧洲的转移。美国发动打击伊拉克战争的目的正在于此。为什么在去年7月欧元超出平价后美国还没有动手?原因是美国打击欧元的战争必须考虑两个条件,一是欧元出现强势,一是国际资本在欧洲“落地”,即开始购买欧洲资产。如果只是欧元上涨而没有购买欧洲资产,国际资本就只是停留在货币形态,或者说虽然离开了美元却也没有进入欧洲,但如果这些货币转为欧洲资产就难以回头了。美国的战争时机,就是选择在国际资本开始在欧洲落地的时候。从去年四季度起,每个月净流入欧洲的国际资本都在150亿欧元以上,并开始购买欧洲的债券,这是自1995年以后欧洲资本大规模流向美国后第一次趋势明确的转向,如果任由这种趋势发展,美国的资产泡沫很快就会破掉,金融风暴就会扫荡美国。所以,美国动手的时机已经到了。 三、打软欧元还是打垮欧元? 美国进行此次海湾战争的目的应该是打垮欧元而不是打软欧元,这是一个重要的判断,因为打垮欧元与打软欧元所需的战争力度与政治结果会有很大不同。打软欧元的重点在于经济方面,只要打得国际资本回头就行,但是上次科索沃战争的经验证明,只要欧元不垮,欧元的软就是暂时的,凭借欧元,欧洲的经济整合步伐不会停下来,东扩的步伐也不会停下来,美元的世界霸权就始终受到来自欧元的威胁,美国就总得考虑发动新的战争来打击欧元,只有打垮欧元才能一劳永逸。欧元是欧盟实行经济与政治统一的动力源泉,欧元不复存在,欧盟自然瓦解。 英国目前还没有加入欧元,在这次攻伊战争中仍然与美国跟得最紧,但是如果欧盟经济整合与东扩的步伐不停,英国早晚也会为形势所迫加入欧元,如果是如此,下次美国再要做同样的事,英国就很难再跟得这样紧了。此外,发动一场战争总需要借口,前面是科索沃的民族问题,后面是伊拉克的大规模杀伤性武器问题,下一次打击欧元还能找到什么借口呢? 更重要的是,在目前阶段欧盟国家还不是一个整体,还不能用一个声音说话,在军事方面更远非美国的对手,可一旦欧盟作大势成,美国再想通过战争手段撼动欧元就没那么容易了。所以,美国这次打击欧元的机会可能是打垮欧元的最后机会,美国进行第二次海湾战争的目的不会仅仅停留在打软欧元,而是要打垮欧元,瓦解欧盟。 那么美国怎样才能达到打垮欧元的目的呢?上次对欧元的打击是通过科索沃战争,科索沃位处欧洲腹地,美国进行科索沃战争对欧洲的安全局势造成威胁,由此阻吓了国际资本流向欧洲。伊拉克虽然也离欧洲不远,但毕竟隔着地中海,打击伊拉克对欧洲安全虽有影响,但也不大,那么美国打击伊拉克怎么才能影响到欧元呢? 是通过石油。 欧盟国家除英国北海地区有一些石油,连煤炭都不多,因此60%以上的能源都需要进口,如果不包括英国,石油进口依赖率更高达80~90%,其中德国最高,达到98%。对高度依赖进口石油的欧盟国家来说,能源供应短缺必然会沉重打击欧洲的经济增长,从而使欧洲国家的财政经济情况发生严重困难。为了解决增长、就业等经济社会问题,欧洲国家的财政赤字就必然会扩大。欧元的“软肋”在于欧元区国家只有统一的货币政策而没有统一的财政政策。“稳定与增长公约”(即“马约”)虽然也要求参与欧元的国家必须把年度公共赤字限制在年度GDP的3%以下,累积赤字要在年度GDP的60%以下,但只能要求成员国采取自律的形式,而无法向建立欧洲央行一样,建立统一的财政部,使公共赤字可以进行有效的统一控制。在欧元启动的时候,欧元区国家的平均赤字水平在2・4%,但去年欧元区的核心国家德、法两国,都由于国内经济情况不好,德国的赤字水平已突破了3%,达到3・75%,法国则达到2・8%,正向3%逼近。如果欧元区的经济情况继续恶化,成员国的公共赤字恐怕都难以控制,“稳定与增长”公约就会成为一纸空文,欧元的基础就会动摇。 此外,欧洲央行为了稳定货币,规定欧元区的通货膨胀率不能超过2%,一旦超出这个水平就要收紧银根。进口能源在欧洲国家的经济中占有很大比重,如果因国际石油供应短缺而造成国际油价上涨,欧元区的通货膨胀率必然难以控制,欧洲央行如果为了稳定货币而采取紧缩措施,就会进一步窒息欧洲经济。2000年以来,由于国际油价的上涨,欧元区的通胀率一度超过2%,上涨的原因80~90%是因为石油进口价格提高,这也是欧洲经济复苏虽然面临重重困难,欧洲央行却始终不敢放松货币政策的原因。 伊拉克虽然是世界重要产油国,在海湾地区的石油产量和蕴藏量都居沙特之后。如果美国对伊拉克进行军事打击,大约会减少世界每天200万桶的石油供应,但从全世界范围看,还有700万桶的后备能力,主要掌握在OPEC国家手中,仅沙特就可以立即增加300万桶的日产量,一旦出现国际石油供应短缺,OPEC国家的平抑油价机制就会启动,所以仅仅打击伊拉克还不会造成世界石油供应的紧张。 这正是这次海湾战争的可怕之处。因为美国的战争目的是通过战争造成石油短缺,进而摧垮欧元,如果国际石油“短而不缺”,美国的战争目的就没有达到,由此可以判断,美国肯定还有其他“后招”,就是把战火烧到其他产油国家。 我们应当注意到,美国在“9・11”事件后不久就宣布了伊拉克、伊朗和北朝鲜为“邪恶轴心”,美国也早就宣布了非洲的重要产油国利比亚是“恐怖国家”,而这三个重要的石油出口国,其产量加起来正好等于世界石油的全部后备产量。去年10月份以来,OPEC的重要成员国委内瑞拉又因国内动乱而石油出口断绝,如果把这4个国家的石油产量加起来,就会大大超出世界石油的后备能力,这样就会造成人为的全球石油供应短缺,从而对欧洲经济造成致命影响。所以,第二次海湾战争与上一次可能很不一样,会出现扩大化的趋势,先打伊拉克、后面是伊朗,可能还会扩大到利比亚。在打击伊拉克开始后,美国也会面临伊斯兰国家恐怖组织的报复,美国可以说正在等待这样的报复,就可以为战争的扩大化找到合理借口,以取得国内民众的支持。美国将会根据战争对欧洲经济与欧元的影响,确定扩大打击的范围与步骤。 根据国外媒体报道,委内瑞拉动乱的背后已经浮现出美国的影子,可以说,美国早就在为通过国际油价来打击欧元作了铺垫。 目前在欧洲虽然也有反战的强烈呼声,但主要是欧洲国家的政府与民众反感美国的单边主义行为和担心恐怖组织的战火烧进家门。对于美国进行第二次海湾战争的险恶用心,欧盟的主要国家可能还没有真正察觉到,否则也不会出现意大利、西班牙等几个欧洲国家跟随英国发表所谓拥护美国的攻伊的“八国联合声明”。可如果美国把战争扩大到伊朗和利比亚等国家,真正会打垮欧元乃至影响到欧洲经济的生存,欧盟国家会无动于衷吗?起码作为欧洲统一发动机的法、德两国不会坐以待毙,而是会联合其他国家奋起反抗,而且很可能与阿拉伯国家联手抗美。战争的结果固然有可能以欧元解体告终,但也不能排除反而促进欧盟国家团结的前景,欧盟国家可能会以接受海湾产油国家请求保护的名义出兵海湾地区,以保护自己的石油供应,甚至会对美国反施石油禁运,战争的规模与范围就可能会变得难以控制,这是否会酿成世界大战呢? 美国在二战中之所以可以在欧洲轻松取胜,是因为利用了欧洲主要资本主义国家斗得两败俱伤的时机,而这次欧美经济力量的对比则有着根本不同,欧盟国家也有能力迅速把经济实力转换为军事实力,美国毕竟是在远离本土的地方作战,能否最终胜出也很难说。美国当然也会对战争前景进行分析,也未始看不到这场战争的可怕前景,但美国拥有“冷战”结束后世界唯一的军事霸权,欧盟国家所有的军费加起来也大不过美国,所有的航母加在一起也不足美国的零头,况且还有英国站在美国一边。如果美国“打也是死,不打也是死,不打可能死得更快”,又怎能不出手呢? 石油供应短缺对美国也会有很大影响,但自90年代初以来,美国由于新经济的发展,能源消费在GDP中所占比重已经从9%下降到目前的3%,进口能源也只占20%,而欧盟这两个指标却高达15%和60%。美国本土石油蕴藏丰富,只是从优先利用国外能源的战略出发减少了本国生产,又有150天的石油储备,而欧盟国家不仅没有石油,储备也只有90天。此外,美国从海湾地区的石油进口只占其全部石油进口的四分之一,而欧盟各国的石油进口则大部分来自海湾。所以战争所造成的海湾地区石油供应量减少不会对美国造成致命伤害,却必定会对欧洲经济造成窒息,而且时间越长,这种优劣形势的对比就越明显。对即将发生经济窒息的欧盟国家来说,除了拼命就是交枪,美国的胜算也很大。 所以,这场战争必然会打大,时间也不会象许多人猜测的那样,在几个星期内就结束,而是会持续很长,直到美欧之间分出胜负才会结束。 四、“扰乱欧洲、稳定亚洲” 美国在伊拉克问题和朝鲜半岛核危机问题上表现出来的截然相反的态度是战略还是策略?如果是策略,美国在完成海湾战争后就会掉过头来收拾北朝鲜,这就会对我国和其他东亚国家产生极为重大的影响。如前所述,美国的国家利益是仅用玩资产游戏就可以取得他国的物质产品,维持货币霸权的目的也不过是为了实现对世界剩余产品的独占,所以判断美国的国家行为,还要看美国取得剩余产品的来源,这反映为美国贸易逆差的地区结构。 到目前为止,美国的贸易逆差中有82%是来自环太平洋地区,其中日、港、韩、台和中国大陆这5个国家和地区又占了65个百分点,美国对欧盟国家的贸易逆差只占12%,所以,东亚地区是美国取得物质产品的最主要来源。从这个意义上讲,美国所担心的并不是国际资本流向欧洲,因为国际资本的主体也是虚拟经济的产物,美国所真正担心的是这种流动的结果,会导致货币霸权易手,亚洲人从此不再喜欢美元,就会断绝了物质产品“进贡”的来源。 如果美国在解决海湾问题后又在朝鲜半岛用兵,北朝鲜手中可能真有核弹,战争的结果就会在东亚地区产生严重的核污染,美国还敢从东亚地区进口产品吗?美国人付出了极大代价才有可能保住货币霸权,却又不能用它保证自己的物质利益,进行两场战争的结果是“鸡飞蛋打”,美国人不是疯了吗?美国人当然不是疯子,而是绝顶聪明,持有这种看法的人才是傻子。 所以,美国的战略必然是“扰乱欧洲、稳定亚洲”,美国在朝鲜半岛核危机上所表现出来的步步退让态度不是策略而是战略,东亚地区只要能够充当“美国工厂”的角色,美国是不会在这一地区发动战争的。 但是,如果海湾战争演化成美、欧之间的大规模军事冲突,东亚的国家与地区也很难置身事外,前两次世界大战的历史经验说明,如果是世界大战,没有哪个国家不会被卷进去,特别是大国。二战中日本对美国不宣而战,偷袭了珍珠港就是一个典型例子。互相冲突的两大军事集团必然会对所谓的中立国家采取“非友即敌”的政策。对东亚的国家与地区来说,如果继续充当“美国工厂”的角色,实际上就是以物质力量支持美国,不管你主观上如何,客观上已经站到了美国一边。 还有石油供应问题。东亚地区除中国大陆的进口石油依赖率在30%上下,日、港、韩、台等都在90%以上,海湾地区爆发战争,对这一地区的影响可以说并不亚于欧洲。即使从保障起码的石油供应出发,东亚地区也需要向美国靠拢,因为不如此美国只要封锁海上石油运输线,这些经济体就会垮台。但在海湾国家与欧洲结盟的可能前景下,东亚各经济体如果与美国结盟又会遭到海湾产油国的石油禁运,结果还是得不到石油。 如果从海湾地区得不到石油,东亚地区就必须考虑其他来源。美国是石油消费大国,海湾战争开始后自己尚且不够用,不会为东亚地区提供石油保障,因此唯一的选择是从俄罗斯的远东地区和中亚地区获得。俄罗斯在“冷战”结束后仍然拥有强大的军事实力,又有石油,在这场战乱中自保有余。自2000年以来俄罗斯的经济明显好转,重要原因是由于国际油价上涨,通过增加原油出口极大改善了财政经济状况,去年原油出口已超过沙特为世界第一。如果海湾战争爆发导致石油价格进一步上涨,对俄罗斯来说好处会更大,因此俄罗斯在战争初期会取观望态度,对欧、美两不相帮,并充分利用油价上涨增加出口,获得好处。此外,中亚地区的石油蕴藏量也很大,东亚地区也许可以通过与俄罗斯和中亚诸国合作,获得部分石油供应。东亚地区如果能够保证起码的石油供应,在美、欧冲突中就有可能走出一条中间路线。 日、港、韩、台都是高度依赖美、欧市场的出口型经济,但是在战争扩大、持久的前景下美、欧市场的非军事产品需求都会萎缩,就会严重影响到他们的经济增长。特别对日本来说,在长达12年的衰退中,出口是唯一亮点,受到的打击会更大。近年来,在东亚地区,只有中国能保持7%以上的经济增长率,随着中国国内市场和贸易规模的扩大,已经开始突显出拉动东亚各经济体增长的作用,因此海湾战争的结果,很可能会促进日、港、韩、台以中国大陆市场为中心的经济整合,促进“西太平洋经济区”的加速形成。在国际经济、政治和军事冲突日甚的形势下,以中、日为核心的“西太平洋经济区”,其整合的内容也不会仅停留在经济层面上,而是可能会迅速扩大到政治和军事领域,以求在美、欧军事冲突中自保。 五、 结 语 当我得出这样结论的时候,被这些结论吓了一跳,进而不寒而栗。我真诚的希望这些分析结论都是错误的,海湾战争的范围和烈度都不会扩大。 而客观世界运动永远不会以人们的主观愿望为转移。美国和前苏联都是国土辽阔、人口众多和资源丰富的国家,都可以作到既不过度依赖出口,也不过度依赖进口就可以实现经济长期发展的国家,因此“冷战”时代的冲突只会停留在意识形态领域而不会酿成世界大战。“冷战”结束后,世界格局又回到了一战、二战时期各帝国主义国家经济利益对立的基础上,这种经济利益冲突才会导致战争,而且已经出现过两次。所以“冷战”的结束并不意味着世界大战离我们更远了,而是更近了。 克劳塞维茨说“战争是从遭遇抵抗开始的”,如果美国把战争范围从伊拉克扩大到伊朗和利比亚而法、德等主要欧盟国家不反抗,这场战争就打不起来,结果是欧元和欧盟解体,所以一旦战争出现了扩大化会否酿成美、欧之间的军事冲突,关键取决于欧盟主要国家的态度,是否会形成大规模军事冲突,也关键取决于欧盟国家的抵抗程度。 美国在海湾地区动武,胜在军事实力强大,但劳师远征,缺乏进攻基地,也没有世界民心的支持。美国的优和劣正是欧洲的劣和优,当海湾战争的扩大已威胁到欧元和欧盟的生存,说欧盟主要国家会束手待毙而不奋起反抗,可能性不大。 美国人民是伟大的人民,在上个世纪长达100年中,美国人民以制度创新和技术创新,始终领导着人类文明的前进,但在今天却被几个美国的金融寡头为了一己私利送上战争道路,真是美国人民的莫大悲哀。 战争阴云正在聚集,如果最终不可避免,对中国来说最重要的就是: 1、反对美国的战争行为,但若发生两大军事集团的冲突则保持中立。 2、从目前情况看,美国的胜面大,欧洲的胜面小,因此要调整外汇储备结构,不宜持有过多欧元。 3、利用目前庞大的外汇储备紧急进行战略物资储备,特别是石油储备。战争爆发后美元与欧元都不值钱,因为有钱也买不到东西,所以早花钱比晚花钱有利。 4、如果海湾战争扩大,石油进口剧减和出口需求萎缩会同时出现,正常的国民经济运行就会被突然打乱,今年的经济增长速度可能会下滑,因此必须有对国民经济进行应急管理的各种预案,例如对主要战略物资和国计民生产品进行统一流通与分配的管理方案,这样出现问题时就可以作到有备无患、忙而不乱。 5、这场战争可能会持续一年甚至更长时间,在此期间内,庞大的国际资本美国去不成,欧洲去不了,流到中国的可能性很大,要有政策准备,迎接国际资本流入中国。 6、加强国防军备。 7、抓住有利时机与日、港、韩、台加速经济整合。 (作者:王建 作者单位:中国宏观经济学会常务副秘书长、研究员) Post by bird-dog @ 21:01 东亚的历史与地缘战略
2003-10-26 20:57 在过去的一百年当中,东亚一直是处于混乱与冲突之中。这种不愉快的历史,近来由于日本窜改教科书以及日本首相参拜靖国神社而重新引起争议,日本不能过对于过去的历史做出适切的反省,恐怕是东亚长远未来发展有关系的结构性障碍,而且很不幸的,日本过去军国主义(militarism)式的思想,现在正被认为未来东亚安全潜在的威胁。 试着从过去的历史来推断未来的发展,在社会科学的研究方法上,这是有其局限性。有人认为,日本拒绝对于过去历史的道歉,这是由于其背后试图重拾过去的‘军国思想’。然而这样的推论理由是不充分的,为什么日本会要重新掌控东亚?今天东亚的地缘政治、人口分布以及联盟关系,均和1930年代的东亚并不全然相同。 审视东亚在二十世纪纷纷扰扰的历史,尚并不足以透露二十一世纪的发展。在二十一世纪当中,中国将不再衰弱,韩国也不会再成为‘人为刀俎’的境界,甚至南北含有可能还会统一。俄罗斯与日本已经放弃过去帝国主义(imperialism)的思想,甚至当俄罗斯逐渐步向民主之际,帝国主义的重返是难以想像的。在一百年之前尚未有够具份量向联合国(United Nations)这种国际组织存在。在今天,尽管联合国的角色令人质疑,但他可以发挥世界舆论的力量,还制裁与吓阻侵略者。 这区域内的国家至少还满意目前权力平衡的状态,而且还有意愿与耐心来解决这区域内的领土争端。台海两岸或是个例外,但是两造的政府都还是宣称要以和平的方式来解决两方之间的歧见。 思考东亚传统的军事力量,可以发现中国与俄罗斯军事力量的逆转。在今天,中国的国立持续上升,并去除过去‘东亚病夫’的角色,而俄罗斯现今成为东亚的‘病夫’。但是俄罗斯不像一百年前的中国,俄罗斯邻近的国家未对于俄罗斯在远东的领土存有野心,这不只是表示帝国主义的政策已经过时,同时也是因为俄罗斯还保有相当的核武力量。并且,美国也在东亚扮演平衡的角色。 在过去,中国与朝鲜政治与军事的衰落导致了不稳定,中国与朝鲜均没有能力保卫自己,这反而让日本与俄罗斯以他们的方式来维护这个地区的稳定。而其结果就是,以朝鲜半岛的分裂作为二十世纪的收场。 在二十世纪初期,日本是崛起中的强权,相较于这地区的其他国家,日本所面对的是军事力量与经济力量差距极为大的周边国家。在今天,中国可能可以也视为崛起中的强权,中国也以其军事与经济力量来影响其他国家,但是中国今天尚未达到一百年前‘东亚中心’的地位,充其量,中国拥有相较于周边国家庞大的传统军事力量,以及庞大市场所带来的吸引力,更何况还有美国在此的平衡力量与东亚各国都还有足以自保的力量。 二十世纪东亚竞逐的结果,就是造成了朝鲜的分裂。在今天,各国的力量基本上在朝鲜半岛已经形成平衡的力量。是以美国所关注的是在朝鲜统一或再度纷乱之后,中国与日本的关系。 今天美国以多边的联盟关系以及军事力量,在东亚形成较为稳定安定力量。美国的目标有三:反对任何力量对于南韩的侵略,防止陆地国家或其他国家的侵略,以及防止海岛国家进犯其他国家。 台湾今天就处在美国与中国之间的夹缝当中。在过去的一百年当中,台湾一直自外于中国之外,在过去的五十年当中,台湾被美国当作在东亚重要的海军力量,同时,日本又协助台湾防止中国市立的介入。这样的历史发展对等到台北与北京双方都思考出都能接受的解决方式,才能告结束。 美国也防止台湾来自中共以军事力量追求的统一,北京则必须思考如何以军事力量以外的方式,来与台湾共同解决历史上所遗留下来的问题。 作者: Damien Post by bird-dog @ 20:57 聚焦北京六方会谈
2003-10-26 20:53 《人民日报》驻外记者赵嘉鸣、任毓骏、徐宝康、孙东民、吕岩松 《人民日报》国际部编辑王莉 8月27日―29日,中国、朝鲜、美国、韩国、俄罗斯和日本六方会谈在北京举行。此次会谈引起了国际社会的广泛关注。 朝鲜:美须改变对朝政策 赵嘉鸣(本报驻朝鲜记者):朝鲜外务省发言人在会谈前夕发表长篇谈话,针对六方会谈阐明了朝方三项原则:一、必须确认美国方面有意改变对朝政策;二、朝方反对“书面安全保障”或“多国集团安全保障”的形式,要求缔结具备法律约束力的朝美互不侵犯条约;三、在美国抛弃敌视朝鲜政策之前,朝鲜不能同意进行“早期核查”。 发言人强调,只要美国不放弃敌视朝鲜政策,朝鲜就不可能放弃核遏制力。他还就确认美国改变对朝政策提出了三项标准:美与朝缔结互不侵犯条约、朝美建立外交关系、美不再阻挠朝与他国进行经济合作。发言人说,由于朝美处于极其敌对的关系,美国改变对朝政策和解决核问题的措施应该完全基于同时行动的原则进行。如果美国要求朝鲜先行动,其本质就是为了解除朝鲜的武装并将朝吃掉。也正因为如此,朝鲜坚决反对在美国改变对朝政策之前就对朝核设施进行“早期核查”。发言人说,“早期核查”是对朝鲜内政的粗暴干涉和对主权的粗暴侵犯,朝鲜在核查问题上始终保持着最大的警惕。发言人强调,只有在确认美国放弃了对朝敌视政策、消除了对朝鲜的核威胁之后,才能讨论通过核查进行验证的问题。 朝鲜一直强调,核问题本身就是美对朝敌视政策的产物,因而解决核问题的基本途径就是美从根本上改变对朝政策。朝鲜外务省发言人的上述谈话明确了朝在此次六方会谈中的立场,其核心就是美国必须改变对朝政策,朝方认为这是解决核问题的“关键”。 美国:朝须先放弃核武计划 任毓骏(本报驻美国记者):布什日前在得克萨斯州的克劳福德牧场表示,美国仍希望通过谈判解决朝核问题。据《纽约时报》报道,布什政府正在考虑,如果朝鲜答应完全放弃核武器计划,或者允许国际核查人员进驻朝鲜,美国将考虑向朝鲜作一些较大的让步:由国会向朝鲜提供某种形式的书面保证,说明美国无意进攻朝鲜;放弃某些国际制裁措施,帮助朝鲜解决经济问题;美国甚至考虑给朝鲜提供一些资金。而美国作出让步的前提是“全面、可核查、不可逆转地废除朝鲜的核武计划。”美国决定再次派出曾参加北京三方会谈的助理国务卿凯利作为代表团长参加六方会谈。 六方会谈前夕,美日韩在华盛顿进行了为期两天的磋商,出台了所谓“对朝鲜共同战略”,其主要内容为,如果朝鲜首先冻结核设施,允许多国核查团访问朝鲜,分阶段采取针对废除核计划的措施,三国将采取措施,履行“保障现存体制的承诺”。 另外,美国与韩国正在进行一场大规模联合军事演习。9月份,由美国和澳大利亚领导的11国阻截武器运输的海上演习也将在澳大利亚附近的珊瑚海举行,主要内容是对怀疑运载导弹部件、核材料、毒品以及其他禁运物资的船只演练所谓的“强行登船”。有分析人士认为,这些军事演习的目的是要向朝鲜发出一个强烈的信号,那就是朝鲜要尽快放弃发展大规模杀伤性武器。 韩国:呼吁保持对话势头 徐宝康(本报驻韩国记者):韩国认为,采用外交手段和平解决朝鲜核问题是实现朝鲜半岛无核化的正确途径,六方会谈是一个良好的开端。韩国总统卢武铉表示,尽管六方会谈不可能没有困难,但有关各方要保持对话的势头。他希望参加六方会谈的有关各方密切合作,推动朝鲜核问题的和平解决。 韩国外交通商部长官尹永宽明确阐明,韩国的基本立场是彻底解决朝鲜核问题。在解决朝鲜核问题时,有必要消除朝鲜对其安全的担心。韩国的基本目标是,通过首次六方会谈,奠定继续对话的基础,增强通过对话解决核问题的势头,使与会各方都感到会谈是有益的和有必要继续进行的,从而确定下一次会谈的日程。 韩国强调,六方会谈是解决核问题的场合,在解决核问题之后,再通过继续会谈探讨建立半岛和平机制问题。韩国希望在会谈中能够举行韩朝双边会谈,以便推动朝鲜半岛问题的全面解决,发挥其特有的优势。 值得一提的是,韩国政府任命外交通商部长官助理李秀赫为六方会谈韩方首席代表,并由外交通商部长官尹永宽向其特别颁发了委任状。韩国政府官员说,这种向谈判代表团成员颁发委任状的做法在韩国是没有先例的,足见其对此次六方会谈的重视。 日本:对朝援助有前提 孙东民(本报驻日本记者):近来,北京六方会谈是日本舆论最为关注的话题。日本的主流媒体近来一直把朝核问题和日本人被绑架问题作为追踪报道的对象。着眼于今后的大选,为争取选民,一些政治家也在朝核与绑架问题上做出对朝强硬姿态。在对朝的政策策略上,是以施压为主,还是重视对话?一直是政府内部争论的内容。 经与美国、韩国协调,日本派出外务省亚洲和大洋洲局长薮中三十二作为代表出席六方会谈。据披露,日本的方针是,综合解决朝核问题、导弹问题和日本人被绑架问题,上述问题的全部解决,是日本对朝经济援助的前提。日本与美国、韩国协商,争取以文件的形式在会上向朝方提出“完全、彻底”废除核开发计划。 日本人被绑架问题是最能激起民族情绪的敏感问题。为施加压力,由受害者家属组成的“家属会”、“救援会”以及议员联盟提出了同时解决绑架问题的希望书。刚被委任为大使级代表的薮中表示“一定在会谈中提出绑架问题,迫使朝方解决这一问题”。此间报纸报道说,在中方的协调努力下,日朝双边会谈可望在28日举行。如能实现,日本届时将具体提及受害者家属的归国问题。但因会谈的主要议题是朝核问题,针对日本在绑架问题上的强硬态度,朝方表示将“被迫采取强硬措施”,日本对双边协商能否谈得拢实在把握不大。外务省人士表示,此次会谈只是“漫长行程的第一步”。日本首先争取确定下一次的会谈,今后争取通过双边协商使绑架问题有具体进展。 俄罗斯:提出“一揽子”解决方案 吕岩松(本报驻俄罗斯记者):六方会谈之前,俄罗斯展开了一系列积极的外交活动,先后同中国、朝鲜、韩国和日本就此进行了外交磋商。 在发表的相关公报中,俄方对朝鲜决定参加缓和朝鲜半岛局势的六方会谈表示欢迎,希望在确保朝鲜半岛无核地位和该地区各国安全的基础上找到建设性的朝核问题解决办法,以缓解朝鲜半岛紧张局势和巩固该地区和平与安全。俄方强调,朝鲜半岛应该保持无核地位。向朝鲜半岛地区提供国际安全保障、确保该地区国家经济和社会的正常发展,是保证朝鲜半岛保持无核地位的先决条件。 通过外交谈判使朝鲜半岛的局势稳定下来是俄罗斯的一贯主张。俄方认为,朝鲜希望拥有安全保障是符合逻辑的,不应对朝鲜实行制裁,否则只能产生相反的效果。俄罗斯在提出的“一揽子”解决朝核问题的方案中,除维护朝鲜半岛的无核地位、严格遵守有关不扩散核武器方面的条约、在核查问题上同国际原子能机构等国际组织合作等内容外,尤其强调要保证该地区包括朝鲜在内的各国安全,对朝鲜提供必要的援助。 作为俄方代表团团长与会的俄副外长洛修科夫表示,种种迹象表明朝鲜将坚持获得安全保障的要求,向朝鲜提供什么样的安全保障也将是六方会谈应讨论的问题。他还指出,美国和朝鲜之间的分歧现在仍十分尖锐。六方会谈的主要目的是消除朝美之间的分歧。 中国:希望谈出结果谈出和平 国际部编辑:中国的主张是确保朝鲜半岛无核化,同时也应解决朝鲜所关切的安全问题,并通过对话与和谈这一唯一有效途径维护朝鲜半岛的和平与稳定。为启动新一轮北京会谈,把朝核问题纳入和平解决轨道,中国与相关国家高层进行了深入接触,逐步形成了重要共识。六方会谈的召开,是4月北京三方会谈的延续,标志着和平解决朝核问题又向前迈出了重要一步。中国作为东道主,愿为会谈做好各项准备,并与其它各方合作,努力推动对话进程向前发展。 北京六方会谈中国代表团团长、外交部副部长王毅分别于25日和26日会见了已经抵京的另外五方代表团团长。王毅欢迎各国代表团出席北京六方会谈,表示这显示了各方寻求通过对话解决核问题的政治意愿。北京六方会谈得到六国政府和人民的支持,也得到国际社会的关心和期待,希望各团在会谈中充分阐述自己的立场,认真听取他方的意见,使此次讨论为北京会谈进程继续下去奠定基础。 《人民日报》2003年08月27日第七版 Post by bird-dog @ 20:53 朝鲜战争原本是可以避免的
2003-10-26 20:51 半个世纪前的朝鲜战争一直是海内外研究的热门话题。朝鲜战争是二战后发生在两个大国间的第一场也是唯一一场战争,朝鲜战争是中国近代以来唯一一场大规模的境外战争,对中美关系、国际关系产生了巨大影响。这场本可以避免的朝鲜战争为什么未能避免?中国在这场战争中得到了什么?失去了什么?中美苏韩朝谁是战争最大受益者?本着对历史负责的精神我们需要全面地客观地解读并反思这场战争。搜狐新闻中心特邀中国人民大学美国研究中心主任时殷弘教授7月27日19时30分作客搜狐聊天。 朝鲜战争本来是可以避免的。只要斯大林事先不同意,或者只要中国事先 反对,或者只要美国事先表示将以武力干涉朝鲜战争。遗撼的是,事后卷入朝鲜战争的中美苏事先都没说NO。因此可以说,朝鲜战争是因中苏误认为美国不会干涉而爆发的。 中美军队在朝鲜对抗不是因为彼此误会对方立场,而是一场不可避免的对抗。美军越过三八线并不是误认为中国不敢出兵而是认为即使中国出兵也无碍占领北朝鲜,而中国出兵并不是误认为美国占领北朝鲜后会把战火烧到中国,而是面临朝鲜将亡党亡国的一种唇亡齿寒的威胁。一种美国对中国不敢出兵,出兵也没用的轻视。因此,美军越过三八线使中国出兵朝鲜不可避免。 朝鲜战争的性质三段论:开始时是朝鲜急于实现统一、同时错误估计美国可能反应的一场战争。 其后美国干涉 朝鲜内战,具有比较明显的帝国主义战争性质。最后,中国参战以后战争性 质,从中国方面来讲,很简单 就是保家卫国。 苏联是朝鲜战争最大的输家。朝鲜战争刺激出这么一个美国 :在朝鲜战争爆发后急剧扩军备战,以至于苏联在很长时间内难以与美国进行军事力量竞争。 中国是赢家,但赢得很辛苦,赢的长远代价也不算小 中国大致实现了参战目的,而且建立了具有长远意义的对美根本战略威 慑,当然中国也有代价,入朝参战的志愿军总人数约三百万。1951年我方的战费占当年中国财政支出总额的近4 5%。,还有一个长远的代价, 就是中美处于激烈的冷战对抗状态达二十年之久,这个对中国的国际环境,甚至中国国内的发 展确实有相当严重的负面作用。同时由于朝鲜战争爆发,有了一个同朝鲜的“纠缠不清的联盟”。朝鲜战争的爆发确实是使我们失去了尽早实现中国统一的机会。 但是当时为解放台湾所必须的渡海作战能力严重不足,所以在这个意义上来说,即使没有朝鲜 战争,我们要解放台湾,也仍然需要进行相当时间的军事建设。 朝鲜的现状跟我们当初出兵的想法是有相当距离的。我们的血没有白流。从中国现在和未来国家利益考虑,我并不认为如果因为核问题爆发新的朝鲜战争 ,中国将或应该出兵朝鲜。 美国没有实现占领北朝鲜和消灭其政权的目的,但是达到了 决定军事干涉时保住南朝鲜及其政权的问题,同时经过朝鲜战争美国在欧洲、东亚和美苏力量 对比方面,得到了一系列出乎意料的巨大利益。 美国有一个巨大的损失,就是二十年同中国进行冷战对抗,并且由 此在很大程度上引发了美国陷进去,失败了的越南战争 假如历史可以重演,假如没有朝鲜战争,美国很可能长时间不会用武力来阻止大陆和台湾的统一,中国有可能在不多几年内实现当年我们说的解放台湾。中美走 向正常化的过程,可能也会早一些,快一些。 朝鲜战争的爆发不是中国的主动决定,朝鲜战争得到的教训就是,我们对于任何同我国的利益关系如此重大的战争,我们一定要从自己的国家 利益出发来作出自己的决定 我们今后在决定中国是不是要加入任何冲突和战争的时候,要根 据我们做决定时候的实际需要。我本人并不认为我们现在和可预见的未来会有必要向当年那样 大规模出兵朝鲜。 朝鲜战争遗撼:朝鲜战争原本是 可以避免的。可以缩短的。朝鲜战争停战的谈判拖了那么长的时间,我们当年是不是可 以采取一种略微更灵活的方式,把这场我们已经达到目的的战争,变得短一点,从而大大减少 我们的生命牺牲和物资损耗?假如历史可以重演,假如没有朝鲜战争,美国很可能长时间不会用武力来阻止大陆和台湾的统一,中国有可能在不多几年内实现当年我们说的解放台湾。中美走 向正常化的过程,可能也会早一些,快一些。朝鲜半岛如果没有朝鲜战 争,统一大概仍然很难
- 朝鲜战争的爆发,毛主席说,我们三驾马车,有两匹 硬要往前拉,第三匹马也没有办法。对事关中国重大国家利益的朝鲜战争中国没有反对,只是做了保留,否则朝鲜战争可以避免。中国为什么没有反对?有对朝的国际主义义务,也有稳固中苏同盟。还有苏、朝对朝鲜战争迅速取胜前景的乐观估计。 主持人说:今天是朝鲜停战协定五十周年纪念日,关于朝鲜战争的爆发的原因,和它对整个国 际关系的影响,半个世纪以来一直是国内外学术界研究的热门话题,今天我们很高兴请来了著 名学者中国人民大学美国研究中心主任的时殷弘教授来和大家一起分析和反思朝鲜战争发生的 原因,以及它的影响。首先跟时教授请教一个问题,朝鲜战争的爆发以及中国人民志愿军的 赴朝作战这两件事是不是历史必然的。 时殷弘说:这是一个很有意思的问题,实际上是两个问题,第一个是朝鲜战争本身有没有可能 避免,第二个问题是中国出兵朝鲜有没有可能避免。 时殷弘说:大家知道朝鲜战争是朝鲜领导人在 斯大林的积极支持下开始的。在战争开始之前,档案材料证明,苏朝的双方都同中国领导人, 特别是毛泽东主席商议过。可能许多网友都知道毛主席有这么一句话,我们三驾马车,有两匹 硬要往前拉,第三匹马也没有办法。这个话的意思,就是朝鲜战争发生的决定,不是中国人决 定的。中国领导人当时也预见到朝鲜战争可能带来的某些后果。 时殷弘说:对朝鲜战争本身的发生,中国领导人从中国国家利益和东亚全局考虑,是有相当大 的保留的。因此简单地说,只要斯大林事先不同意,朝鲜战争就可以避免,或者只要中国事先 反对,朝鲜战争也很有可能不发生。 时殷弘说:中国为什么事先没有反对,只是做了保留,是因为毛泽东当时有国际主义的意识形 态考虑,他感到在中国革命过程中,苏联曾经多次要求中国共产党“不要革命”毛泽东主席当 时也感到,我们对朝鲜不能做这样的要求。另外,中国领导人当时也有中国的利益考虑,主要 就是斯大林对中国共产党当时是否“忠于”是有疑问。 时殷弘说:如果我们在这个问题上违拗斯大林的意思,可能加剧中苏关系的的困难,当时建国 初期,中国很需要有一个比较密切的中苏关系。另外还有一个原因,中国事先对战争前景的估计 不很准确,大概也像斯大林和金日成预料的那样,对这次战争的胜利可以迅速取得 的。是少有疑问的。 网友:按照您的说法,这场战争是苏联策划的,但是苏联不敢出兵,中国出兵,把斯大林 吓坏了,你能把苏联作为这场战争的策划者矛盾的态度说一说吗?。 时殷弘说:当斯大林发觉战局远不像他先前设想的那样,他确实着急,因为从他的眼光来看, 这意味着苏联在东亚的阵地将遭到一非常严重的毁伤。 时殷弘说:他确实希望中国出兵参战,与此同时,苏联通过现在史学界都知道的苏联空军秘密参战的途径,为中朝在半岛的作战提供了至关重要的空军力量。另外苏联为中朝之战提供了大量武器装备和一定的资金,他对中国出兵朝鲜及所作出的巨大牺牲心里是非常感激的。 网友:到底朝鲜战争是谁先打第一枪,谁先发动的? 时殷弘说:谁先打第一枪?朝鲜和美韩有完全不同的说法,我这里不直接做结论,我只提供可 以使大家来思考的间接证据。 时殷弘说:第一 现有大量档案材料证明,战争爆发前不久苏联和朝鲜确实做了关于战争的战略规划和决定。第二 全世界都看到,战争爆发时1950年6月25号,北朝鲜的进击势如破竹 ,占有压倒性优势,一个没有充分战前准备的国家是不可能取得如此迅速的压倒性优势的。 时殷弘说:第三 美国战前相当长时间,由于害怕南朝鲜李承晚政权轻举妄动拒绝向南朝鲜提供进攻性重武器。 时殷弘说:第四 美国1949年完成从南朝鲜撤军。第五 有大量美国档案材料证明战争爆发时,美国政府急为震惊,处于无备状态。最后 我们还可以注意到,美国在干涉朝鲜战争的初期时 候,在军事尚处于一个被动状态,在至少大概两个月内,军力严重不足。 2.关于中国出兵朝鲜不可避免之关键。 不是中国误认为美国占领北朝鲜后会进攻中国,而是一种唇亡齿寒的威胁。一种唇亡齿也不敢作为、作为也无用的轻视。当时中国不相信美国不会对中国发生战争,即使不会,北朝鲜被占领,中国东北就将直接处于美国军事威胁之下,中国将年复一年地处于防不胜防的被动地位。 唇亡齿寒 ,唇亡的威胁不仅是地理空间上的,也是精神心理上、政治威望上。 1.美国为什么无视中国的再 三警告决意进占北朝鲜,逼中国不得不出兵?。美国决策者无法理解中国的安全概念--唇亡齿寒。认为中国不必出兵,不敢出兵,即使 中国参战也丧失了 战机。美军仍然能占领北朝鲜。 主持人说:你刚才谈的是朝鲜战争的可避免性,志愿军入朝有没有可避免性,如果美军不越过三八线,志愿军会不会不去朝鲜? 时殷弘说:中国出兵朝鲜是否不可避免是个比较复杂的问题,但是我事先可以先讲一句非常肯 定的话,如果美军不越过三八线,中国志愿军绝对不会去朝鲜。 时殷弘说:我现在讲这个问题的全部,总的来说从中国当时作出参战决定时的全部情况判断, 中国当时出兵朝鲜几乎不可避免。为什么?这涉及到两个问题,第一美国为什么无视中国的再 三警告决意进占北朝鲜,从而使中国参战不可避免?第二,中国出兵朝鲜有什么样的基本考 虑或者基本目的?关于第一个问题,我过去曾经做过详细的研究。 时殷弘说:概括起来说,有五大原因:第一 美国决策者认为,中国不敢承受参战必然造成的 巨大代价和牺牲,中国对美军越过三八线占领北朝鲜的企图,接连发出警告后,美国行政当局 的看法,用著名的和消息灵通的《纽约时报》专栏作家的话说“毛泽东将对自杀犹豫不决”。 所以美国判断中国大规模参战是不大可能的。第二个原因,就是仁川登陆的成功以及其后美军 的急速推进,使美国政府在得意之余认为,中国已经由于朝鲜战局的剧变,丧失了任何合理的 战机。 时殷弘说:所以他们认为,中国很少有可能以卵击石,同强大无比稳操胜券的联合国军较量。第 三大原因,美国当时认为中国是苏联的仆从,美国决策者主要是研究和估计苏联是否会参战, 他们的结论是苏联不会参战,所以中国不大可能出兵朝鲜。 主持人说:可我记得著名的兰德智囊团的研究结论是中国必然参战。 时殷弘说:政府内部也有一些认为中国人很可能参战,但是决策层没有理会。 时殷弘说:还有第四大原因,美国完全低估北朝鲜的生存对当时中国的重要性,美国政府认为 ,占领北朝鲜对中国安全毫无威胁,他们无法理解中国的安全概念。实际上美国是认为,中国 可以坐视美国占领中国的一个重要邻邦,这是由傲慢自大引起的极端短视。最后一个原因,可 能是最有说服力的,美国政府到最后关头,已经认为中国有可能参战。但是他当时自信,即使 中国参战,美军仍然能占领北朝鲜。 时殷弘说:现在说第二个问题,中国出兵朝鲜的基本考虑和基本目的。根据现在学者从各方面 可以了解到的档案资料,概括地说第一毛泽东等中国领导人认为,如果 朝鲜被美军占领,中国东北就将直接处于美国军事威胁之下,尽管华盛顿方便一再公开保证不 会对中国发生战争,但是中国领导人认为这是不大靠得住的。 时殷弘说:第二 中国领导人还倾向于认为,即使美国尚无进攻中国的意图,但美军占领朝鲜,很可能大大刺激其侵略胃口和侵略气焰。特别是侵略胃口很强的麦克阿瑟当时在美国政府中 有很大的发言权和影响力。第三 中国领导人预计,即使美国不打进中国,但大军压境,威胁 常在,中国将年复一年地处于防不胜防的被动地位。 时殷弘说:第四 北朝鲜如果被占领,而中国无动于衷,那么在中国共产党领导人看来,是等于自行宣告缺乏力量和胆魄。这对于中国未来的安全,对于中国人民对新中国政权的尊敬和信 任都是非常不利的。最后 中国领导人还估计,如果朝鲜被占领,意味着第一次可以从外部消 灭一个共产党领导的国家,世界力量对比将发生很不利的巨大的心理变化。 时殷弘说:当然 毛泽东还有一种强烈的要帮助和援救另外一个共产党领导的国家的国际主义 的情感。所有这些,当年毛泽东等人的考虑,从现在看以及从后来美国政府公布的档案所表明 的美国政府当时的考虑来看,某些方面略有过头估计,但是总的来说是相当有道理的,而且在 危机形势下决策者自然比较倾向于做最坏情况估计。总的来看,我个人仍然同意毛泽东等人当 时总判断。所以一句话,从当时美国政府的决策根据和中国政府的决策根据两者来看,中国当 时出兵朝鲜,几乎是无法避免的。 3.朝鲜战争的性质三段论:开始时是朝鲜急于实现统一、同时错误估计美国可能反应的一场战争。 其后美国干涉 朝鲜内战,具有比较明显的帝国主义战争性质。最后,中国参战以后战争性 质,从中国方面来讲,很简单 就是保家卫国。 网友:美国打这场战争算不算是侵略,中国跑到韩国境内算不算侵略? 时殷弘说:这个问题请原谅我要做比较长的答复,朝鲜战争是一个多面的战争,也是有多方参 加的战争,它的性质可以从各个角度来界定。 时殷弘说:首先可以从朝鲜战争的远因和近因(起源)来看朝鲜战争性质。也可以从朝鲜战争 爆发以后,美国的军事干涉来定义朝鲜战争的性质。还可以从朝鲜战争升级以后(即中国参战 以后)的战争来定义其性质。首先,我们从朝鲜战争的远因和近因看朝鲜战争的性质。 时殷弘说:朝鲜战争的远因,第一条来自于美苏冷战,特别是在东亚的冷战,从这个意义上说 我们可以把朝鲜战争的性质说成是冷战的最高潮,也就是冷战变成热战。第二 朝鲜战争远 因还包括,朝鲜南北从1947到1948年之间开始形成对抗,包括在三八线南北进行军事对峙和摩 擦,也包括北方在南方组织广泛的游击战争,到朝鲜战争爆发的时候,前一种军事对峙和摩擦已 经经常出现,而北方在南方组织的游击战争处于失败的边缘,因此从这个形势来看,朝鲜战 争是朝鲜南北国内对抗和斗争的继续。 时殷弘说:从朝鲜战争爆发的近因来看,很重要的除了刚才讲的北方在南方武装斗争的形势之 外,最重要的是:第一,斯大林当时对于美国复兴日本和结成美日同盟的趋势有一种地缘战略 的对策考虑,在他的算盘里,如果说日本即将变成全部由美国控制,苏联应该争取朝鲜半岛全 部由苏联控制,以便抵消日本被纳入美国阵线的地缘战略影响。 时殷弘说:美国国务卿艾奇逊1950年1月,在美国全国新闻俱乐部做了一个重大的讲话,其中 明确地把美国在西太平洋的战略防线规定为从阿留申群岛经日本和冲绳到菲律宾。 时殷弘说:他宣布这条线要由美国武装力量来保卫,而东亚的其他部分,包括朝鲜半岛要依靠 当地力量守卫。这个讲话使得斯大林和金日成得到一个结论,就是美国不会出兵干涉朝鲜战争 。同时美国此前对中国解放战争的基本政策也给苏联和朝鲜留下了一个重要印象,就是美国不 会大规模出兵在亚洲大陆进行军事干涉。这加强了他们上面一个结论。所以从这些近因判断, 朝鲜战争在开始时是朝鲜急于实现统一、同时错误估计美国可能反应的一场战争。 时殷弘说:在斯大林来说朝鲜战争开始时,是一场加强苏联在东北亚的战略地位、同时也错误 估计美国可能反应的一场战争。还有两个问题,我可以非常简单地回答,第一就是朝鲜战争爆 发以后,美国进行军事干涉是毫无疑问,美国进行的朝鲜战争是一个干涉性质的战争,是干涉 朝鲜内战,具有比较明显的帝国主义战争性质。另外朝鲜战争升级以后,中国参战以后战争性 质,从中国方面来讲,很简单 就是保家卫国。
- 朝鲜战争是二战后发生在两个大国间的第一场也是唯一一场战争,对中美关系、国际关系的巨大影响。中美朝韩苏谁是这场战争最大受益者? 苏联是朝鲜战争最大的输家。朝鲜战争刺激出这么一个美国 :在朝鲜战争爆发后急剧扩军备战,以至于苏联在很长时间内难以与美国进行军事力量竞争。 中国是赢家,但赢得很辛苦,赢的长远代价也不算小 中国大致实现了参战目的,而且建立了具有长远意义的对美根本战略威 慑,当然中国也有代价,眼前的生命和经济代价刚才说过了,还有一个长远的代价, 就是中美处于激烈的冷战对抗状态达二十年之久,这个对中国的国际环境,甚至中国国内的发 展确实有相当严重的负面作用。同时由于朝鲜战争爆发,而不是由于中国参战,而引起了解决台湾问题 的巨大困难。有了一个同朝鲜的“纠缠不清的联盟”。 美国没有实现占领北朝鲜和消灭其政权的目的,但是达到了 决定军事干涉时保住南朝鲜及其政权的问题,同时经过朝鲜战争美国在欧洲、东亚和美苏力量 对比方面,得到了一系列出乎意料的巨大利益。 美国有一个巨大的损失,就是二十年同中国进行冷战对抗,并且由此在很大程度上引发了美国陷进去,失败了的越南战争 朝鲜战争双方的作战目标是什么?实现了多少? 网友:朝鲜战争为什么停战,如果不停战中国的经济是不是拖垮了,我们战 争的目的是什么?美国人也觉得莫名其妙,说赢也不是,说输也不是。打仗交战双方的目的实 现了吗? 时殷弘说:当时的停战是中苏朝与美韩共同的需要。从美国方面看它已经实现了战争爆发时规 定的美国的战争目的,就是恢复战前现状。同时美国当时早就明白,它没有能力来实现仁川登 陆以后定的另外一个目标,消灭北朝鲜。 时殷弘说:就中国来说,我们已经达到了我们出兵朝鲜的战争目的,就是保住北朝鲜,由此保 护中国的各项安全利益。就苏联来说,苏联是朝鲜战争最大输家。 时殷弘说:到1953年7月斯大林去世以后,苏联新领导急于结束朝鲜战争。 网友:有苏联策划这场战争之说,苏联又没付出什么代价,你评价一下涉及到朝鲜战争的中 美苏韩朝这六方当中,谁是最大的受益者? 时殷弘说:首先我肯定苏联是朝鲜战争最大的输家。 时殷弘说:战争的直接目的即由北朝鲜统一朝鲜没有达到,同时朝鲜战争刺激出这么一个美国 :在朝鲜战争爆发后急剧扩军备战,以至于苏联在很长时间内难以与美国进行军事力量竞争。 时殷弘说:朝鲜战争爆发后,美国在欧洲建立美国军事存在,即美国驻欧部队,同时《北大西 洋公约》从一个只有条约没有机构和部队的组织变成一个有指挥系统和有大量部队的军事实体 。另外朝鲜战争大大加速了美国复兴日本和日美军事同盟关系的建立和发展。日本成了美国可 借以遏制苏联的军事盟国。 时殷弘说:另外对苏联最终不利的是中国经过朝鲜战争,成了一个对苏独立得多、自信得多的 东亚强国,而且中苏以后分裂的某些因素,就是在朝鲜战争中浮现的,包括军援偿还问题,台 湾问题,还有毛泽东因为朝鲜战争爆发的教训,定下了明确的政策独立决心。 时殷弘说:毛泽东主席1956年对苏共中央政治委员米高扬说苏朝双方决定南进是个错误的决策 ,并认为这一决策“给民族带来了灾难”。 主持人说:您简单把其他几方主要的得失说一下。 时殷弘说:先讲中国,中国大致实现了参战目的,而且建立了具有长远意义的对美根本战略威 慑,以至于美国以后,例如在进行越南战争的时候,对中国出兵的可能急为害怕急为当心,不 敢走得过远。当然中国也有代价,眼前的生命和经济代价刚才说过了,还有一个长远的代价, 就是中美处于激烈的冷战对抗状态达二十年之久,这个对中国的国际环境,甚至中国国内的发 展确实有相当严重的负面作用,但是这是我们很难避免的。 时殷弘说:同时大家都知道由于朝鲜战争爆发,而不是由于中国参战,而引起了解决台湾问题 的巨大困难。还有一个很重要的,同中国参战密切相关的,我们有了一个用美国开国元勋华 盛顿的话来说,有了一个同朝鲜的“纠缠不清的联盟”。 时殷弘说:这个联盟在朝鲜战争结束以后的几十年里不止一次地给我们带来了麻烦。 时殷弘说:简而言之,中国是赢家,但赢得很辛苦,赢的长远代价也不算小。关于朝鲜的得失 ,朝鲜完全没有实现为之开始战争的目的。 时殷弘说:关于朝鲜的得失,朝鲜完全没有实现为之开始战争的目的,而且若无中国参战,将 在开始战争的约四个月内亡党亡国。 时殷弘说:关于韩国的得失我认为,韩国在朝鲜战争中有巨大和深远的得益和损失。得益何在 ?从那时以来,韩国始终得美国的巨大注意和美国的巨大援助,而且美国从朝鲜战争爆发以后 ,一直到当今,坚定地承诺保卫韩国的安全。但是韩国的损失也是巨大和深远的。从朝鲜战争 以来,韩国几乎有永久性的不安全感,而且不时碰到严重的军事冲突危机甚至战争危险。 时殷弘说:与此同时,韩国从此依附与美国对外政策。最后韩国要实现民族统一的梦想一直到 当今仍很困难。关于美国的得失:美国没有实现占领北朝鲜和消灭其政权的目的,但是达到了 决定军事干涉时保住南朝鲜及其政权的问题,同时经过朝鲜战争美国在欧洲、东亚和美苏力量 对比方面,得到了一系列出乎意料的巨大利益。 时殷弘说:除这些得失外,美国有一个巨大的损失,就是二十年同中国进行冷战对抗,并且由 此在很大程度上引发了美国陷进去,失败了的越南战争。 网友:朝鲜战争双方的作战目标是什么,实现多少,是不是都是实现自己的最低目标? 时殷弘说:战争分成三个基本阶段,战争基本阶段不同双方各自的战争目的就有所不同,或有 所变化。就美国来说还是上面讲的,它实现了战争开始时它的目的。但没有实现它扩大战争时 的目的。苏联和朝鲜完全没有实现战争开始时的目的。中国实现了入朝参战时我们自己规定的 战争目的,就是保住北朝鲜,从而保家卫国。 网友:这场战争是不是实际上是导致了朝鲜分裂状态长期维持下去,与朝鲜双方实现统一的目的背道而驰是 不是这样? 时殷弘说:我不敢肯定,如果没有朝鲜战争,在朝鲜战争以前就已经处于严重的军事对抗和意 识形态对抗的南北双方就能够实现统一。但是毫无疑问,朝鲜战争一打,而且打了三年,大大 加剧了南北实现和平统一的困难。 是从近年来的情况看我认为朝鲜和韩国在统一问题上,还有一个重大的差别。韩 国政府奉行阳光政策,为朝鲜半岛的和平统一创造了必要的条件之一,但是朝鲜政府搞核武器 ,并且用不止一次地对韩国进行核威胁,从而显著加剧了紧张局势和和平统一的困难。 网友:既然是朝鲜战争打出了中国的国际威望,中国是不是现在也需要一场战争? 时殷弘说:当年我们出兵朝鲜,首要目的不是为了威望是为了安全,如果说是为了这个威望,也因 为这个威望有利于我们的安全。我完全看不到在当今我们为了自己的安全和国际威望而需要一 场对外战争,相反 假如我们现在发动一场对外战争,我们的安全环境将急剧恶化。总之 朝鲜 战争以来五十年,中国发生了巨大变化,世界也发生巨大变化,我们决定现在的战略和政策要 根据变化了的中国和世界。 网友:对于中国在朝鲜战争的得失,从现在眼光发展眼光看,有这么三个,一个就是说中国一场战争带来几十年的和平,第二就是一场战争带来西方对中国几十年 的封锁,第三句话带来中国经济上的几十年的自力更生和经济高速发展,您来评价一下。 时殷弘说:我在相当大程度上同意中国入朝参战及其胜利确立了中国对美国根本的战略威慑。 时殷弘说:朝鲜战争确实导致了西方、主要是美国长期的对华经济封锁,但是我要对一场战争 带来中国经济上几十年的自力更生和高速发展做一个保留,这个保留就是:我们这个高速发展 一定程度上由于朝鲜战争对我国国内方针的构建作用,我们在几十年里过多地模仿了畸形发展 重工业和僵化的计划经济的斯大林模式,当然 毛泽东对于这些问题还是有一定的认识和政策 上做了缓解。 5.朝鲜的现状跟我们当初出兵的想法是有相当距离的。我们的血没有白流。从中国现在和未来国家利益考虑,我并不认为如果因为核问题爆发新的朝鲜战争 ,中国将或应该出兵朝鲜。 朝鲜的现状跟我们当初出兵的想法有很大区别,我们的血是不是白流了? 网友:我们出兵帮北朝鲜,美国帮的那边 是韩国,最后,朝鲜的现状是不是跟我们当初的想法有很大区别?从现状看,我们当初的判断是不是需 要修正,我们的血是不是白流了? 时殷弘说:中国当时出兵朝鲜,首先是为了中国的安全,这样的出兵决定是完全符合中国的国 家利益的。 时殷弘说:但是恐怕我们当时也不会想到,例如现在的朝鲜在很大程度上制造了对中国安全,有严重隐患的朝鲜核问题,所以在这个意义上朝鲜现状和我们当初想法应该是有距离的。还有 一个问题,我们从改革开放以来,我们对应该有一个什么样的社会主义制度,我们的想法有了 很大进步,我们自己也进行了伟大的改革开放实践,从改革开放以来我们形成的基本想法来看 ,朝鲜的现状同这样一种想法是很不一致的。 时殷弘说:至于我们的血是不是白流了?我认为要从朝鲜战争的整个后果来做全面判断,我可 能下面还要谈这个问题。但是我现在先说一句,我们的血没有白流。 网友:你认为朝鲜问题是一个麻烦,不能认为朝鲜问题是一张牌吗? 时殷弘说:你要有牌,这张牌就必须是你能够操作的,你能够用的,如果这个牌你要打到左边 ,它飞到右边,它是不是你的牌?第二 打牌就怕打险牌,如果这张牌是个对整个东亚局势和对 中国局势危险的牌,我觉得最重要的是要对这张牌有警惕,或者说要争取把这张牌改成不危险牌。 网友:如果现在再打朝鲜战争的话,中国还会出兵吗? 时殷弘说:如果现在爆发朝鲜战争,我们还是首先要从这个战争是怎么来的进行判断,然后才 判断我们参战或不参战是否符合中国的根本利益。如果现在爆发朝鲜战争,我想是直接原因是 来自于朝鲜核武器的问题。我们中国非常明确地一再强调,反对朝鲜半岛有核武器,同时坚持 主张朝鲜核问题必须和平解决。五十年来,世界发生了很大的变化,中国也发生了很大变化。 时殷弘说:从中国现在和未来国家利益考虑,我并不认为如果因为核问题爆发新的朝鲜战争,中国将或应该出兵朝鲜。 6.朝鲜战争的爆发确实是使我们失去了尽早实现中国统一的机会。 但是当时为解放台湾所必须的渡海作战能力严重不足,所以在这个意义上来说,即使没有朝鲜 战争,我们要解放台湾,也仍然需要进行相当长时间的军事建设。 网友:朝鲜和台湾的关系问题,出兵朝鲜的代价是我们失去了解放台湾的机会,你怎么看? 时殷弘说:当然朝鲜战争爆发以前,从1949年底,到1950年6月,美国在台湾问题上政策,并 且是公开宣布的政策,台湾问题是中国内战的继续,美国不会用军事干涉的方式来对待台湾问题。 时殷弘说:但是朝鲜战争爆发后,美国从眼前的军事和长远的政治考虑出发,急剧改变了这样 一种态度和政策,将第七舰队开入台湾海峡,宣布如果中国大陆进攻台湾,美国一定进行军事 干涉。从这个意义上来说,朝鲜战争的爆发确实是使我们失去了尽早实现中国统一的机会。 时殷弘说:但是另一方面,当时为解放台湾所必须的渡海作战能力严重不足,所以在这个意义上来说,即使没有朝鲜 战争,我们要解放台湾,也仍然需要进行相当长时间的军事建设。 中国财政支出总额的近4 5%。 网友:中国到底在朝鲜伤亡代价比联合国军少还是多? 时殷弘说:据国外某些机构和学者作的估计,据说志愿军伤亡三十余万人。这个数字同中国政 府曾经公布的数字基本一致。 时殷弘说:与此相关的是整个朝鲜战争中,入朝参战的志愿军总人数约三百万。这是一 个很大的数字,而且确实伤亡占的比例也是相当高的。在经济上,战费数字就我国当时的经济能力来说是很高的,据说达到六十亿元,而1951年我方的战费占当年中国财政支出总额的近4 5%。
- 中国从朝鲜战争得到的教训是什么? 朝鲜战争的爆发不是中国的主动决定,朝鲜战争得到的教训就是,我们对于任何同我国的利益关系如此重大的战争,我们一定要从自己的国家 利益出发来作出自己的决定定中国是不是要加入任何冲突和战争的时候,要根 据我们做决定时候的实际需要。我本人并不认为我们现在和可预见的未来会有必要向当年那样大规模出兵朝鲜。 网友:中国从这次战争当中有什么经验教训供今后汲取的,再遇到这个事情怎么办?毕竟我们付出很大的代价。 时殷弘说:我觉得中国可以从朝鲜战争中吸取的主要的经验和教训,应该分成两方面谈,第一 方面就是关于朝鲜战争爆发,中国可以有什么借鉴。 时殷弘说:上面已经说过朝鲜战争的爆发不是中国的主动决定,也没有得到中国的真正的支持 ,但是这场战争的爆发涉及中国至关重要的安全利益、国家发展和统一问题。因此 我们可以 得到的教训就是,我们对于任何同我国的利益关系如此重大的战争,我们一定要从自己的国家 利益出发来作出自己的决定。 时殷弘说: 第二方面 中国出兵朝鲜这段历史,对我们今天有什么借鉴?我觉得完全可以像当 年毛泽东等开国元勋那样,在问题涉及中国至关紧要的安全的时候。 时殷弘说:既有大无畏的战略决心,又有精细的战略估算。同时历史的经验不能乱搬。毛泽东 决定出兵是根据当年的情况,我们今后在决定中国是不是要加入任何冲突和战争的时候,要根 据我们做决定时候的实际需要。我本人并不认为我们现在和可预见的未来会有必要向当年那样 大规模出兵朝鲜。 主持人说:您曾经说过一个观点,从中国目前的战略讲,应该和头号国家美国搞好关系,咱们朝鲜战争 恰恰给头号国家打了一仗,正好反过来,当初我们不那么做的话,是不是中国的发展可能是另 外一个样子? 时殷弘说:这个问题如果要详细谈,要谈一大堆,因为它很复杂。但是最简单地谈就是,构建 历史的因素有很多是超出人的控制的。设想一下经过了几十年中国武装革命,经过了美国对中 国解放战争的反对和干涉,再考虑到中国共产党在几十年里的意识形态和同苏联的密切关系, 再考虑到新中国建立以后美国对中国的敌视态度等等,我很难设想,我们在决定是否在朝鲜要 同美国打仗的问题上,在当时有多大的选择余地。今天 中国及中国的国际环境发生了巨大变化! 时殷弘说:我们可以一方面争取同美国搞好关系,另一方面就像美国对华战略警戒一样,也要 对美国有所警戒。同时,我们无论是在国外交结朋友,甚或盟友,还是同国外的对手做斗争, 都必须从自己的利益出发,由自己来做决定,避免朝鲜战争爆发时我们吃的亏。 9.朝鲜战争遗撼:朝鲜战争原本是 可以避免的。可以缩短的。朝鲜战争停战的谈判拖了那么长的时间,我们当年是不是可 以采取一种略微更灵活的方式,把这场我们已经达到目的的战争,变得短一点,从而大大减少 我们的生命牺牲和物资损耗?假如历史可以重演,假如没有朝鲜战争,美国很可能长时间不会用武力来阻止大陆和台湾的统一,中国有可能在不多几年内实现当年我们说的解放台湾。中美走 向正常化的过程,可能也会早一些,快一些。 主持人说:网友有一个观点,我们 并不否认志愿军所做的贡献,这是不可磨灭的,但希望从现在的角度,客观反省 这场战争。他们认为因为这个战争是付出巨大的生命代价的,我们是不是应该有个更好 的把握。 时殷弘说:我还是认为当年朝鲜战争原本是 可以避免的。我们在朝鲜战争酝酿期间假如把我们的保留变成比较明确的反对,我想斯大林和 金日成是很难一意孤行的,但是中国参战如同上述几乎是不可避免的,主要是因为当时的美国 非要严重损害我们的安全利益,即使他当时不一定很自觉地意识到这一点。 时殷弘说:当然比较遗憾的就是,朝鲜战争停战的谈判拖了那么长的时间,我们当年是不是可 以采取一种略微更灵活的方式,把这场我们已经达到目的的战争,变得短一点,从而大大减少 我们的生命牺牲和物资损耗? 时殷弘说:我认为现在来看是可以的。我们当时没有做到这点可能是一个缺憾。 主持人说:假如朝鲜战争没有爆发,你能设想一下现在的中美关系是什么样的,现在的台湾问 题是什么样子吗?包括朝鲜半岛的统一问题? 时殷弘说:当然从事后做设想,都是冒险的,甚至可以说都很可能出现错误。但是既然主持人 希望我讲一讲这个非常有趣的问题,我也不妨冒险回答一下。如果朝鲜战争没有爆发,中美的 敌对由于美国当年的敌视态度,仍可能存在,但是可能不会那么激烈,那么漫长,后来中美走 向正常化的过程,可能也会早一些,快一些。 时殷弘说:另外如果没有朝鲜战争,美国很可能长时间不会用武力来阻止大陆和台湾的统一,而且由于台湾当年总的来说政治虚弱,经济困难大,军事力量不强,经过一段时间我们的渡海 作战能力的建设,有可能在不多几年内实现当年我们说的解放台湾。朝鲜半岛如果没有朝鲜战 争,统一大概仍然很难,但是不会有那么经久、那么激烈、不时出现战争危险的严重不幸的局面。 主持人说:最后请您用几句话概括一下您今天讲话的观点,您对朝鲜战争的评价。 时殷弘说:中国由于朝鲜战争的爆发承担了巨大的民族代价。但是中国在战争爆发约四个月后 入朝参战是正确的,并且基本成功,为我们民族的现当代史写下了永远值得自豪的一页。 然而,战争也给中国留下了种种困难和某些负面效应,其中许多我们已经,特别在改革开放过 程中克服了,但还有一些至今仍然存在,并且给我们造成显著的麻烦和困难,我们必须根据我 们自己现今和未来的国家利益认真对待,不让朝鲜半岛事态毁伤我们的重大利益和东亚稳定。 主持人说:非常感谢时老师今天的精采的发言,我们今天这场聊天已经大大超额了时间,也感 谢网友的参与,我们希望有机会再继续交流。 时殷弘说:非常感谢主持人,非常感谢网友 Post by bird-dog @ 20:51 从朝鲜半岛看美国政策
2003-10-26 20:44 ●如果按照从伊拉克引申而来的模式推断,几乎可以肯定美国会非常强硬地对待朝鲜。然而实际上,美国的做法是谨慎地谋求接触和谈判的机会,继而争取讨价还价基础上的互相妥协 ●科索沃战争的确提醒人们,军事强权是构成美国最重要的政策工具之一,但对于美国的朝鲜政策乃至整个东亚战略,起作用的历史经验与其说将是科索沃战争的“胜利”,不如说将仍然是朝鲜战争和越南战争的教训 ●军事打击和军事干涉,固然是美国霸权行径最突出也最令人警惕的表现,但它们并不代表当今或未来美国对外干预的一般甚或主要形态 大凡观察冷战后美国对外政策行为、并且对此系统思考的人士,大都会认定冷战后美国有两项政策目标是其核心目标,或者说被其奉为至关紧要的国家利益,那就是:(1)防止或制止大规模毁灭性武器及其运载工具的扩散;(2)防止在美国认为的至关紧要的地区兴起与美敌对的地区性强国,或者是在这种强国已经存在的情况下,对其加以遏制、削弱甚或剪除。由于它们被当作了至关紧要的利益,所以一般认为,无论代价多大,美国都会为此付出努力,包括在需要时大规模动用武力。据此,当这两项利益同时存在于一个事态、一个场合的时候(也就是说,存在一个反美的、实在或潜在的地区性强国,而且它被断定、或者被怀疑已拥有或正在研制大规模毁灭性武器及其运载工具时),美国会动用一切手段,包括需要时使用武力。于是现在存在一种相当广泛的观点,认为当今的世界是美国霸权肆无忌惮的世界,是对那些“异类国家”存在莫大威胁的单极或准单极世界。 然而,当今美国关于朝鲜远程导弹问题的政策,连同不久前对于朝鲜半岛核问题所采取的方针都表明,实际情况要比上面所说的复杂得多,需要作出远为精细的思考和判断。 朝鲜毫无疑问是一个与美国敌对的国家,而且尽管它的经济在总体上落后于周边国家,近年来经济形势更由于天灾而遇到困难,但考虑到它那有相当规模、装备尚属良好的武装力量,以及必要时能及时进行全民战争动员的组织制度,我们仍可认为它是东亚(或至少东北亚)的一个地区性强国。不仅如此,在美国那多有偏见、甚至往往荒谬背理的国家分类名单上,它被置于非常不利的位置,同时在美国政府看来,它的行为触犯了头等大戒,即:先前是发展核能力并被美国政府严重怀疑为“研制核武器”,现在是准备发射试验性的远程导弹。如果按照从伊拉克引申而来的模式推断,几乎可以肯定美国会非常强硬地对待朝鲜。 然而实际上,美国的做法是谨慎地谋求接触和谈判的机会,继而争取讨价还价基础上的互相妥协。美国愿意付出的“酬赏”(借用国际政治理论的常用术语)不仅包括取消部分经济制裁,给予经济援助和民用技术资助,也包括一种事实上的外交承认和一定的政治尊重;而朝鲜作出的让步不过是同意让美国在严格限定的条件下作些有限的干预,即先前是拆换“不安全”的核反应堆和检查被美国怀疑可能有(实际上证明根本没有)核武器研制设施的某个地点,现在是得到暂不试射现成的新型远程导弹的允诺。美国这样的行为表明,同上面所说的固定模式比较,美国近年来,特别是当前的对朝政策有其鲜明的特殊性。倘若忽视世界各地区间地缘政治和国际格局差别、忽视美国能力的有限度,则对这一特殊性将难以觉察。 美国对朝鲜政策的审慎和节制主要来自几项基本原因。 其中最主要的,无疑是它对朝鲜政府之处境、可能行为方式和大规模军事冲突的后果的判断。美国政府内外近年来一直在议论:朝鲜目前的困难以及来自美国及其盟友的大的军政压力,有可能迫使朝鲜激烈对抗,并引发新的半岛战争。对于美国及其韩国盟友,即使他们能在这场战争中取得“最后胜利”,那也是在韩国经济和社会基本设施遭到严重损伤之后,而且一个在物质资源和西式民主政治经验两方面远不如前西德的韩国,将不得不面对一个远比当年统一的德国更难整合和重构的国家。不仅如此,很难设想美国国会和公众舆论会乐意足数提供必需的巨量援助。实际上,韩国人这样的担忧甚至比美国人更真切、更强烈,金大中端出的“阳光政策”正是以此为根本成因。换句直截了当的话说,韩国的根本利益要求帮助维持朝鲜的相对稳定,而不是乘人之危相逼太甚,美国则必须顺应韩国的这种选择。当然,这并不是说美国的本意是促使朝鲜剧变,哪怕这意味着很可能引发大规模战争。 科索沃战争的确提醒人们,军事强权是构成美国最重要的政策工具之一,华盛顿在自认为必要和可行时确会大打出手来追求自己的政策目标和价值选择。但与此同时,美国鉴于可用能力和公众意愿等方面常有的制约,也仍然对大规模动武多有疑虑,在面对美国地面部队可能或必须大规模介入的地面战争时尤其如此,而任何在朝鲜半岛爆发的大规模军事冲突都几乎必定成为这样的战争。对于美国的朝鲜政策乃至整个东亚战略,起作用的历史经验与其说将是科索沃战争的“胜利”,不如说将仍然是朝鲜战争和越南战争的教训。 美国对朝政策对中国有很大的启示意义。 除美、韩、朝外,中国和日本是东北亚国际政治的另外两个主要行为体。相当强大并且爱好和平的中国的存在和影响,无疑是参与决定美国当今对朝鲜政策的一个关键因素。中国在朝鲜半岛问题上有着重要的关切和利益,主要在于:(1)朝鲜的基本稳定关系到中国东北中朝边境地区的安宁;(2)朝鲜半岛的基本和平关系到中国避免卷入一场不容易置身其外的大规模军事冲突,从而避免了在经济、外交和安全三方面付出过高代价的可能性;(3)朝鲜与韩国关系的逐渐正常化,将使得中国不再面对来自半岛的往往棘手的外交难题,同时使半岛形成一种有利于整个东北亚和平与安全的稳定的均衡。最后,中国的利益还在于,以上三方面加起来,将在长期意义上有助于使美国在东亚的军事存在和军事同盟体系渐趋淡化,并且减弱甚或消除日本加强军事力量和实行对外军事介入的很大一部分借口和理由,从而使中国的安全环境得到重大改善。由于在东亚举足轻重的分量和大国地位,中国在朝鲜半岛问题上求和平、求稳定、求缓和的立场和相应的外交活动影响重大。这种倾向有力地加强了美国及其韩国盟友对朝鲜政策中的审慎和自我节制倾向,也使美国人在有意以伊拉克模式对待朝鲜时不敢轻举妄动。美国及其东亚盟国都懂得,东亚是个多极格局,其关键就在于存在着中国这一极。可以说,只要中国继续强大起来,并且坚持独立的和平与国际合作外交政策,东亚就将大有希望成为一个既有利于各国主权、又有较和平的秩序的良性多极结构。 至于日本的对朝政策及其深层动机,还需要作进一步研究。然而有两点大概是可以肯定的:日本政府确有动机,要以所谓“朝鲜威胁”为口实来加强它本已相当精良的军事力量,并且谋求对外军事介入和相应的政治权势;但与此同时,可以认为日本朝野对朝鲜军事力量、特别是其导弹发射能力也确有某种真实的安全担忧。但是朝鲜也是一样,面对美、韩、日三方压力和威胁,朝鲜的担忧肯定强烈得多。因此,国际社会在协商互惠、互“给出路”的前提下谋求建立半岛共同安全机制,将有利于防止或制止日本的军事化,正如半岛的和平与稳定有利于半岛南北两方趋向于和平化一样。鉴于美国对太平洋战争及其由来仍有所记忆,并且考虑到苏东剧变后头几年“日本威胁论”在美国国内一度流行,很难断言美国近年对朝鲜政策背后全然没有防止日本军事化的考虑。 在关于美国当今对朝鲜政策的上述描述和国际政治解释当中,蕴涵着有关世界格局和美国对外政策的一些启示。 由于科索沃战争,某些片面的看法比较流行,所以这些启示就特别需要予以注意。尽管当今世界的某些重要地区和问题领域内存在着不容忽视的单极(即美国霸权)状况,然而不仅多极化趋势仍是世界政治的主流,而且某些至少同样重要的地区和问题领域早已存在很显著的多极状况,例如东亚地区和朝鲜半岛(以及那里的军备控制)问题就是如此。美国当今对朝鲜政策还表明,许多人有理由特别重视并深感其严重意义的一些事态,尤其是近来对伊拉克和南斯拉夫联盟的大规模军事打击和军事干涉,固然是美国霸权行径最突出也最令人警惕的表现,但它们并不代表当今或未来美国对外干预的一般甚或主要形态。地缘政治形势、国际力量格局、美国可用能力及其政治状况、当地各国内部事态和对外政策等要素往往因时、因地、因问题性质不同而表现迥异。正是这些多变的要素决定某个具体时候美国在某个具体地区或问题领域的具体政策。在科索沃战争不久后的今天,人们特别容易过高估计外部威胁,而相对减弱对具体问题作具体分析。 作者: 时殷弘 Post by bird-dog @ 20:44 90年代朝鲜半岛局势
2003-10-26 20:42 90年代朝鲜半岛局势 ――兼论我国未来的地缘战略地位 第一节 根据我的研究和判断,我深信在90年代的10年间,朝鲜半岛将是在我国周边,局面可能呈现不稳定的四个地区之一(这四个地区是:朝鲜半岛、港台海区、南海及印支半岛、新疆西藏板块)。 在金日成身后,北方朝鲜发生接近于阿尔巴尼亚的那种政治结构突变,并非不可能。而一旦北方朝鲜发生内乱,韩国极可能在美国支持或给以军、政、经依托的情况下,对北方进行政治、经济甚至军事的直接介入和干预。 也就是说,90年代朝鲜半岛具有爆发第二次朝鲜战争的可能。 第二节 在韩国、美国的战略预选中,据我观察,对这一局面似已有估计和准备。 韩国在政治、外交上频频示好中、苏。在经济上亦作联络(但是1.韩国经济实力有限,债务较大;2.韩国对开拓中苏市场、销售商品的兴趣,远大于进行投资的兴趣),并积极要求进入联合国,以及进行南北对话;所有这些步骤都具有战略性含义。 实际上朝鲜半岛一旦有事,通过上述措施联结的经、政纽带,即可以牵制、羁绊中、苏,同时在外交上孤立北朝鲜。 第三节 从目前朝鲜北方经济、政治、意识形态和社会情况看,某一天局势突然失控而演变为动乱局面,不是不可能(例如发生类似东德式的大规模人口南迁事件)。而一旦韩国武装干涉北朝鲜,作为军事政治盟国(负担有某种保护义务),同时与朝鲜半岛具有密切地缘战略利益的中国,将在军事、政治、外交三方面,均面临困难的选择,对此,中国应有所预料。 第四节 据我观察,日本战略方面似也已预察以上这种局面发生的可能。他们正在积极探索和试图介入北方朝鲜经济,潜在地也有与韩国和美国竞争暗斗的含义。 日本在经济上有足以稳定北方朝鲜局势的力量,因此朝日关系的进展值得注意。 第五节 朝鲜半岛局面的骤变,也就是说,由韩国和美国为主导,而实现统一,将对中国吉林和东北地区形成重大的政治(及民族)压力。并且将成为整个东北亚地区战略形势巨变的枢纽。 对此,中国从自身国家安全利益出发,不可不予关切。 第六节 朝鲜北方经济失败的根源,是其多年以来小国寡民而谋求建立小而全的经济体制,效率低而受困。 我国似可建议朝鲜进行经济改革。经济改革方向,可引导北朝鲜经济与中国形成商品、贸易的互补(第一步),进而谋求产业结构上的互补(第二步)。这对朝中双方都将有利益,而且具有战略涵义。 第七节 同样的经济改革建议,中国似也可对蒙古提出。中国东南部已形成巨大的轻工业生产能力。这是一个极有优势的条件。实施的关键,在目前有两点:(1)由于外汇短缺应以易货贸易形式为主,逐步寻找统一货币手段。 (2)中国提供制造品,对方提供原料及畜牧产品,均采取互惠的合理价格。 第八节 总的来说,由于苏联撤退,在朝鲜半岛和蒙古正在形成一定意义上的政治、经济真空。 中国可以充分利用我国有利的地缘战略地位,利用目前我国东南部已形成(并呈过剩)的生产、出口能力,使这些地区成为中国制造品的重要出口区。同时开拓原料、畜牧产品、渔产品的补充来源。 这是一个经济战略性的进程:以扩大易货贸易为第一步,以促进经济结构改革,实现产业结构互补为第二步,以最终实现共同体市场化为第三步。 在这样的情况下,所谓“东北亚经济圈”,就可能在以中国为主体和对中国有利的条件下构造起来。 第九节 90年代世界战略斗争的焦点,将由亚太海区深入到亚太内陆地区。 这个地区的地理主体是中国,向东包括苏联远东(日苏间四岛之争具有战略意义。原因是:日本据此即可取得窥探苏联远东的桥头堡)。向西包括克什米尔高原和中亚细亚,向南达到印度平原。 西藏在西方对华政策中,之所以占有日益重要的战略地位,原因可能在于他们已认识到这一点。作为对策,国家应该进一步强化与西藏的经济、政治、人文和地理(交通)联系。 集资修建铁路,筹备发起开拓西藏经济的运动,也应列入国家发展战略的考虑之中。 第十节 现在的情况是,在亚太沿海,日本、“四小龙”、中国东南沿海,正在形成制造业和新技术的巨大生产能力。而这种能力向北美、西欧市场的出口正在日益受阻,因此以中国作为产业和贸易的传导带,向远东地区和中、西亚缺乏工业化深度的农牧矿业地区拓展,是一个早晚将要发生的必然趋势。 从这个远景去观察,我们即可以看到朝鲜、蒙古、西藏、新疆这四大边缘地区,对未来亚太经济发展前景,具有纵深性的战略意义。对此意义,建议我国决策方面给以关注和重视。 (本文写于1991.04.25) 作者: 何新 Post by bird-dog @ 20:42 中韩历史同盟
2003-10-26 20:35 中韩历史同盟──钓鱼岛事件的地缘政治背景杂谈之二 钓鱼岛事关东亚政治,而欲论东亚大局,势必涉及朝鲜/韩国。一言以蔽之:岛国日本在东亚抗衡的不止中夏,而是亚洲大陆中韩同盟,这可以说是五百年来东亚地缘政治中的一个常数。在东亚向其传统秩序回归之时,有必要对此历史略加回顾。 实力悬殊的两国安然相邻,当今世界上莫如美国与加拿大,然而1812年之战,美军尚有火烧加国约克(York)城之“壮举”,加国近代最著名之杜鲁多总理五十年代还在美国不许入境政治黑名单上(前几年还有加国著名环保人士因纯粹政治原因被美国海关挡驾)。从这一角度,中韩千年睦邻同盟不愧为世界历史上绝无仅有的典范。 唐初联合新罗征服高丽可称是中韩历史上最后一战,但此役也树立了中国与朝鲜双方儒教政权联合对抗北方阿尔泰族势力(高句丽政权有很深的阿尔泰背景)的历史模式,以及中国军队完成在朝鲜半岛政治军事目的以后主动撤出的惯例。此后一千多年来这一历史模式在辽、金、元、明、清诸朝与朝鲜关系上的反映,中韩两国密切的政治文化关系,以及韩国国内因此形成根深蒂固的“华夷”观念并以“小中华”自居(见《李朝成宗实录》卷二十)等均不属本文范围。笔者要介绍的是中、韩、日三角关系中中国对朝鲜的“再造藩邦之恩”和朝鲜对日本的“不共戴天之仇”──中韩抗日历史联盟。 明神宗显皇帝万历年间,武力统一日本的权臣丰臣秀吉(1536-1598)进犯朝鲜,《明史》称其“欲侵中国、灭朝鲜而有之”,与秀吉等人当时的书牍记录完全相符。万历二十年(1592壬辰)农历四月,秀吉“倾国出师”,“蔽海而来”,自釜山登陆,大举入寇,据《李朝实录》,朝鲜此际“升平二百年,民不知兵,郡县望风崩溃。”不出半月,李朝宣祖仓皇离韩京“西幸”,数月之内,大部疆土陷倭,国祚危在旦夕,宣祖已作入辽“死于天子之国”之计。明廷为之紧急发兵入朝救援,苦战之下,终于于次年正月收复平壤,四月收复汉城,秀吉被迫开始“和谈”,一面继续扩军,于1597年二月再发动全面进攻。明廷复派大军入朝,与被后世誉为“圣雄”的朝鲜名将李舜臣会师。次年秀吉病死,联军拒绝和谈,在年底获得露梁大捷,日本海军尽墨,陆军溃退回国,明师凯旋。“再造藩邦之恩”和“不共戴天之仇”自此频见于朝鲜史书,明廷也因此元气大伤。后来韩国朝野在满清高压之下依然“潜通明朝”,“奉明正朔”等等,平倭之恩及“小中华”传统为其主因。《李朝实录》所载朝鲜仁祖上清太宗文皇帝(皇太极)书说得明白不过: 曾在壬辰之难,小邦朝夕且亡。神宗皇帝动天下之兵,拯济生灵于水火之中。小邦之人,至今铭镂心骨。宁获过于大国,不忍负皇明。此无他,其树恩厚而入人深也。 日军方面,大量朝鲜文物和珍贵史籍被其烧掠之外,可从下例见其在韩之迹:最近由于瑞士银行有关资料曝光,纳粹德国当年侵吞犹太人财产问题又出现报间,其中最令人发指的一项大约要数被屠犹太人的金牙。其实壬辰倭乱期间,仅1598一年,日军从朝鲜运回的耳朵便来自三万八千人之众(后葬于京都之“耳冢”)。据李朝实录,当时朝鲜男子有戴耳环之习,故日本这种残忍的炫耀军功方式完全可能出于“经济”动机,而希特勒杀犹取牙无非日人侵韩故伎。二战时日军在亚洲各地之残暴,今日仍不思过,固有其历史根源,不足为怪。 满清入关后建立汉化政权,鉴于上述前因,特别优容“华夷”观念极强的藩国朝鲜,甚至对朝鲜提出“更正”中国“正史”中有关朝鲜部份的要求也有求必允,中韩迅速恢复传统关系。至清末,日本重施侵韩故略,清廷按前明唇齿盟邦传统出兵朝鲜,中日甲午战争因此爆发。此役结果固然与壬辰倭乱迥异,却从反面证明一旦朝鲜不守,中国乃及东亚将无宁日。 甲午之后,中国大陆随即继琉球、台湾、朝鲜而成为日本吞并扩张的目标,与此同时,从袁世凯、康有为、吴佩孚到孙中山、于右任和蒋介石,中国朝野各界始终以支持韩国复国独立为共识和基本国策。以下是一些并不广为人知的事实: 1919年三月,韩国暴发己未抗日运动,四月,大韩民国临时政府在沪成立。1921年,孙中山先生在广东就任非常大总统,以国宾礼接待大韩民国临时政府专使申圭植。1925年,蒋介石下令黄埔军校接纳韩国临时政府推荐之朝鲜学员;1926年,军校武汉分校设立韩国特别班。1931年九一八以后,东北境内的中朝抗日武装组成联军。1932年一二八抗战期间,大韩民国临时政府鼓动韩人参战。 1932年淞沪抗战结束,朝鲜志士尹奉吉奉韩国临时政府领袖金九之命,在虹口公园用炸弹攻击庆祝裕仁生日的日本显要,上海侵华日军总司令白川义植大将身中二百零四块弹片不治,其余驻华公使重光葵、第九师团长植田谦吉中将等均重伤致残。面对日方报复行动,陈果夫调派各地军警全面保护金九,次年一月蒋介石在南京密会金九,达成优先培养朝鲜军事干部的共识。中央军校特别班一期、洛阳七分校、空军笕桥航空学校等继续招收朝鲜学生,仅南京汤山军委干部训练班朝鲜革命干部训练队便有一百余名韩国学员陆续毕业。1935年十一月,韩国临时政府迁至中国首都南京。 抗战正式爆发后,韩国临时政府随中国政府迁至重庆。1940年四月,韩国光复军正式成立。据韩国历史学家查证,征缅远征军中即有韩国部队。1942年起,中国加速游说美苏政府承认朝鲜独立。根据何应钦手启,即使在1943年这样的艰苦条件下,中国仍予韩国临时政府金九先生每月补助费二十万元。同年中国终于说服美国接受韩国“未来的”独立;随后英国在开罗宣言、斯大林在德黑兰会议方附和美国──在中国不懈的努力下,朝鲜的独立至此终为列强表面接纳。战后朝鲜被苏、美实际分割,若无中国坚持反对,列强已拟定由联合国暂时“四国托管”朝鲜。 韩战:战事固然因金日成受斯大林怂恿而起,然而麦克阿瑟反攻打过三八线,兵锋直指鸭绿江后,新成立的中共政权面临的便是一个以日本列岛为基地的敌对势力占领全部朝鲜半岛的局面,东亚传统地缘政治压倒意识形态考虑,故在斯大林临阵变卦撤回支持的情况下中共坚持入朝作战以却敌于国门之外,壬辰、甲午历史重演,祸首金日成反享“再造藩邦之恩”。 关于日韩关系,由马关条约算起五十年、由“庚戌国耻”算起凡三十五年殖民统治血泪之外,壬辰倭乱期间,日军从朝鲜掳掠二十余万熟练技工,岛国从此方有正经陶瓷工业,而著名的高丽瓷却因此衰微(近代日本工业靠甲午勒索中国巨款起家,岛国之劫掠传统,自明季倭寇及壬辰倭乱五百余年来一如往昔)。日人方面,尽管考古表明所谓万世一系的日本皇室源自韩国,日人从心底蔑视韩人,1923年关东地震,心亏的日人居然认为是韩人诅咒导致,对旅日韩侨大开杀戒(六千四百余人遇难,财产损失自不待言)。即便近年,居住数代的韩侨仍长期不得加入日籍。如此种种旧恨新仇,韩人“中心藏之,何日忘之?”近来报上居然有人说日韩两国在苏联消亡之前“相当团结”,对东亚历史可谓皮相之至。 反观中韩之间,两国族裔扬名彼土者层出不穷,略举数例:一手创立北齐政权的高欢(贺六浑),著名史地学家谭其骧即认为极可能出自高丽。著称唐朝的高丽、新罗人比皆是,例如名将黑齿常之和高仙芝以及《桂苑笔耕录》的作者、唐进士崔致远。有多少人知道被中国信徒顶礼膜拜一千余年的地藏菩萨其原身竟是新罗王子金乔觉(九华山化成寺祖师)?明朝万历名将李成梁也是朝鲜後人,儿子如松,如柏,如桢,如樟,如梅均扬名一时,如松率师援朝,尤为佳话。时至近代,国共两党中都有大量朝鲜族要人,《中国人民解放军军歌》作者郑律成即为一例(郑之遗孀丁雪松是华夏历史上第一位女大使),金日成、崔庸健等也都曾隶属中共,崔氏资历尤深,出身云南讲武堂,曾任黄埔教官;金光侠、金雄、崔德新等都是蒋介石的黄埔门生;武亭是长征老红军;韩战前中共四野官兵奉命加入金日成之朝鲜人民军者以万计。另一方面,朝鲜有大量中原后裔自不待言,最明显者无如孔子後人,在韩国历代均居显要,最新的例子是刚卸任的韩国外长孔鲁明。近代韩国著名思想家和抗日运动领袖李相龙旅居东北时就说:“身之先,本陇西之李,…舍中国而安所适哉?”光复军总司令李青天则确凿可考祖籍浙江。 上述历史事实充份显示东亚传统秩序中的“常数”是中韩联盟以制止日本向亚洲大陆的扩张,而其中的“变量”便是双方尤其韩日的实力对比。 近年中韩关系演变与明清之际不无相似:国民党政府于韩独立复国有恩,但是中国政权演变乃“现实政治”,蒋经国去世后台湾政权日益“临安化”和“南明化”,李登辉唯求自保,不惜依美亲日,同时眼见日本对其欠中韩之历史孽债毫无悔意,韩国不得不毅然弃国民党政府而琵琶别抱,中共笑脸相迎,亦置北韩金氏父子利益于高阁。几年来中韩经济日益密切,政治文化关系不落其后,例如北大、复旦等名校相继成立的朝鲜/韩国研究中心便有大宇等韩国财团资助。随着东亚向其传统历史秩序回归,中韩联盟的恢复指日(双关语)可待,中韩两国经济实力持续发展是这一传统三角关系中的变量,也是对日本重温东亚霸权旧梦的棒喝。 由于北韩强大军事机器对峙,现时韩国必须依仗美军,然而韩国民间潜在仇美情绪并非秘密:远在日俄战争爆发之初(1904),美国老罗斯福总统就已助纣为虐,鼓励日本占领朝鲜。到俄国败局已定(1905),更派遣陆军部长(Secretary of War)塔虎脱(1909-1913 任美国总统)与日本首相桂太郎达成各自永久占领菲律宾和朝鲜的“解”,公然宣扬日本吞并朝鲜乃大好事。最具讽刺意味的是身为英日同盟秘密盟员、积极扶日侵朝的老罗斯福居然因“促进日俄和约”,获得诺贝尔“和平”奖,可见该奖为西方列强政治服务,其来有自。在近代朝鲜独立运动中,美国的角色也并不光彩,除了长期拒绝支持朝鲜独立,后来独立元勋金九先生1949年被刺一事,旅美数十年而受美国极力扶植的李承晚便脱不了干系。战后美国大力扶日,在经济上忽视南韩,据美国中情局统计资料,直至1976年,南韩国民平均所得尚不及北韩。美日联盟的加深更使与之有“不共戴天之仇”的韩人齿冷心寒,这是中日韩三国未来关系中的重要因素。 按现有增长速度估计,未来不久两韩人口将达日本人口三分之二,国民总产值可达日本三分之一,如果不兄弟阋墙,则两韩总军力绝非甲午之后任日本鱼肉时可比。按韩国科技经济水准,一旦日本核武装,韩国必然照办。总之,哪怕没有中国援助,韩国也将是日本企图重霸东亚的重大障碍。如果日本利令智昏,决定与中国军事对抗,韩国在文化感情、历史教训和现实地缘政治上都将站在中国一边。因为美国在可预见的将来必然助日,而日本一旦成为军事强国,韩国首先遭殃,这将迫使韩国与美“划清界线”;美军如果利用韩国基地援日抗华,韩国必然发生反美反日暴乱;只要中国同时愿意对韩国作出防止北朝鲜金氏政权南侵的有效承诺,美军势必从朝鲜半岛卷铺盖而丧失在亚洲大陆的最后基地,中国便可通过韩国向日本直接施加军事压力。积六千八百万韩人四百余年对日之深仇,西太平洋的军事形势将彻底变化。面对这种前景,美国在决定公开军事援日抗华之前必须作慎重算计,而中国大陆也必须以此制定其两韩政策。 但是北韩确实是个很难卜测的问题,尽管它在国际上惹得人人讨厌,包括中国大陆朝野在内,但它仍是一个相当有效的政治军事实体。撇开西方一面倒的宣传,北朝鲜在南韩及海外(尤其日本)韩侨中其实有相当的政治号召力,所以这的确是对中韩恢复传统联盟关系的一个棘手难题。从另一面讲,几个月前日本要员公开预言朝鲜统一后必然要向日本算帐,可以预料日本将会努力维持目前朝鲜半岛分裂局面,以继续拖延中韩传统联盟的顺利重建以及日本亏欠朝鲜的四百年虐债。 不论朝鲜半岛问题如何解决,如果东亚的传统政治秩序必须经过一战方能回复,则此战必定是中韩协力对抗日本,而从实力消长角度,日本决无胜算。至于美国在面临彻底丧失它对亚洲大陆影响的前景下愿意对日本助力到何种程度,则是当前华盛顿国务院政策研究之重大头痛问题。如果中韩能顺利解决朝鲜半岛问题并保持经济平稳增长,从而不战而屈日本,并由此顺便替美国解决当年两颗原子弹的历史心病, 则向来现实主义的美国并非没有主动放弃日本的可能。 作者: 都人 Post by bird-dog @ 20:35 33年前的普韦布洛号事件
2003-10-26 20:32 四月一日美中战机相撞以及随后发生的美机在华迫降事件,使很多人回想起了1968年发生于美朝之间的普韦布洛号事件。普韦布洛是美国一个印第安部落的名称,被美国第七舰队用来命名它的一艘60年代装备的大型电子侦察船。该船共有船员八十二人,基地在日本,其任务是在日本海一带巡弋,收集北朝鲜和苏联太平舰队的情报。 1968年一月五日,普韦布洛号离开日本横须贺军港,随后抵达佐世保军港。一月十一日从佐世保起锚朝西北航行,开始了例行的搜集情报的活动。 一月的日本海风急浪高,气候寒冷,普韦布洛号的甲板和仓房外面结满了冰。从二十一日起,普韦布洛号发现不时有朝鲜方面的飞机和船只在近处出现。普韦布洛号船员不知道在二十二日,南北朝鲜之间发生了一起严重事件:三十一名身穿南朝鲜军服的北朝鲜敢死队员渗入南朝鲜首都汉城,直到距离总统府青瓦台只有一个街区处才被发现并消灭。根据北朝鲜方面的惯例,像这样规模的军事行动肯定不是孤立的,它多半会安排一些相关行动以造成轰动性的宣传效果,以达到打击敌人,振奋民心的效果。据此,美国驻横须贺军港的情报官员就是否将此事件通报给正在朝鲜近海游弋的普韦布洛号商议了一番,结论是暂不通报,因为普韦布洛号只需要在朝鲜近海再呆一天就可以返航了。 一月二十三日早晨天气有些转暖,普韦布洛号从离朝鲜海岸二十五英里处驶到十五英里处停下,接收朝鲜的无线电信号并频频向日本总部发出无线电密码。中午时分,当多数船员在餐厅用膳时,船长接到报告说一艘北朝鲜猎潜舰正高速逼进。船长当即赶到信号台,当北朝鲜军舰发出信号询问船只的国籍时,船长升起了美国旗。北朝鲜军舰发出信号:立即离开,否则我们就开火。这时三艘北朝鲜鱼雷艇也赶来了。 根据美国方面的材料,美国船长查看了海图,确信自己是在离岸十五点八海里处,于是发回信号说:"我们是在国际海域。"这时北朝鲜的米格飞机也出现了,并在普韦布洛号上空盘旋。美国方面截听到朝鲜军舰向岸上发出信号说根据指令,我们准备登船,带走船上人员。 普韦布洛号这时想逃,但船首前方不断被北朝鲜的鱼雷艇拦截,船速极慢。看到美国人想逃,北朝鲜军舰上的五十七毫米机关炮真的开火了,鱼雷艇的机枪也响了起来,火力集中在船的上层。普韦布洛号的船长和在指挥仓的几个人被击伤。船长看到这不像是一般的骚扰,立刻命令销毁机密材料。美国船员匆忙烧文件,用锤子和斧头砸机器,实在来不及处理就朝海里倒。在甲板上朝海里倾倒材料的几个人中弹,一人死亡。普韦布洛号装备了重机关枪,但此刻被帆布紧裹,冻得无法解开。 接下来,北朝鲜海军人员以迅雷不及掩耳之势登上普韦布洛号,将船上人员蒙上双眼,反捆起来。船由北朝鲜水手操纵驶向朝鲜的元山港。上岸后,他们立刻被用火车运到平壤。 普韦布洛号并没有来得及销毁全部甚至是大部分材料。虽然美国人意识到从事间谍活动的舰船应该装备在紧急情况下销毁机器和机密材料的设备,但这样的情况在和平时期从未发生,因此普韦布洛号也就没有安装。船长布彻(BUCHER)1966年在海军船坞接船时倒是建议安装此类设备,但没有得到重视。此外,美国人根本没有料到朝鲜人会开火,更没想到他们会登船,因此当朝鲜水兵用AK-47冲锋枪指住美国人时,船上只有部分电子设备被毁坏,部分机密材料被销毁和倒入海中,船上的值勤日志完好无损,所有个人资料毫发未动。 普韦布洛号被劫持后,美国方面被这个史无前例的劫持惊得不知所措,在排除了用军事手段解决问题后,国务院在一个月后才发表声明,谴责朝鲜方面在公海上劫持美国船只。美国说自1967年以来北朝鲜增加了对南朝鲜和美国驻南朝鲜军队的袭扰,最严重的是北朝鲜敢死队袭击南朝鲜总统府青瓦台和一天后劫持普韦布洛号。美国方面认为这两个事件是有关联的。美国国务院的声明还说,南朝鲜近年来在经济发展方面取得了显著成成就,社会也很稳定,因此北朝鲜的一系列行动意在干扰南朝鲜的发展。声明最后除了要求北朝鲜归还船只,释放船员外并没有发出报复的威胁。 确实,当时美国和朝鲜之间既没有外交也没有经济联系,北朝鲜几乎是孤立的,经济和社会都处于封闭状态。赤脚的不怕穿鞋的,除了发动战争,美国还真是拿这样的国家没办法。 威胁,利用和洗脑 普韦布洛号的船员被关押在平壤第一监狱。朝鲜人把他们分为四人一屋,规定他们早上6点起床用早饭,中午十二点开中饭,晚上8点吃晚饭,每天排队上两次厕所,一天当中大部分时间必须低头坐在自己的监房,彼此不许交谈。 朝鲜人要让美国人承认他们被劫持时是在朝鲜领海,对他们威胁利诱,拳打脚踢。美国船长诡称说普韦布洛号是在从事海洋绘图作业(船上确实有几个平民身分的海洋绘图员)和研究太阳黑子的活动,这番话换来的是一顿痛打。朝鲜人甚至把船员挨个押倒船长面前,从最年青的开始,威胁说如果不书面承认侵犯朝鲜领海就开始枪毙船员。船长只得屈服,按照朝鲜人的意旨写下侵犯朝鲜领海的书面交待。然后,朝鲜人拿着这份书面交待在国际上展开宣传战。 这只是朝鲜人利用这些被劫持的人质的开始。二月十三日,普韦布洛号上的军官和制图员被安排在一个新闻记者招待会上露面,事前朝鲜人对他们进行了排练,要说什么和怎么说都有台词。在记者招待会上这些美国人承认他们侵犯了朝鲜领海。朝鲜人还要美国人给总统约翰逊写呼吁信,要他停止侵略和战争政策,从南朝鲜和越南撤军。每个美国船员都要在上面签字。然后,朝鲜人把这些信件在国际上广为宣传。朝鲜方面不但说普韦布洛号侵犯了朝鲜领海,而且说船员都是罪犯,要把他们交付审判。 三月四日,美国船员被转送到一个更为偏僻的地方监禁。朝鲜人告诉他们如果美国不道歉,这里就是他们最终的家了。美国人在这里被分成八人一间囚室,每天的主要时间化在学习朝鲜人发下来的政治材料上。每个月还有两次历史课,由每间牢房的牢头主讲,内容不外是美帝国主义罪恶的历史和朝鲜革命史。 美国人在这里几个星期才轮上一次洗澡,衣服从来没有机会洗。伙食粗陋不堪,萝卜是每天的主菜,不是腌萝卜就是炒萝卜或萝卜汤,偶尔有满是肥肉和猪毛的肉食,但逢到朝鲜革命的节日,狱方会额外供应一些菜食,让他们与朝鲜人民同庆。 进入九月后,随着美朝之间谈判的进展,朝鲜人对这些船员的态度有所改变,希望将来把他们释放后能够有所利用。九月的一天,这些美国人被分批带进一个院子,里面的桌子上放着鲜花,食品和饮料,穿着民族服装的年轻女人满脸堆笑,美国人被带到穿着便服的朝鲜军官面前,问的问题是千篇一律的:你是否喜欢这里?将来如果释放后是否愿意再来朝鲜看看?回国后要是有个姓金的人来找你,是否愿意和他接触?等等。朝鲜人还把这些美国人带到有篮球场的地方,让他们穿上背心,拿着篮球,作出正在比赛的样子,然后拍下照片。他们还把一些美国船员带进一间宽敞漂亮的房间,让他们穿上像样的衣服,作出精神抖擞的样子,分成上下两排拍下照片,然后把这些照片通过板门店送到美方。 十月的一个晚上,这些美国船员忽然被装上两辆大客车开到平壤市内,他们被带进人民大剧院,这里坐满了朝鲜人民军的官兵。美国人被分散坐在他们当中,每个人的身边都有一个翻译。招待他们的节目以歌剧《祖国多么伟大》开始,接下来有合唱,重唱,唯一没有政治内容的是杂技。当节目表演完后,美国人在深夜被带去参观"帝国主义暴行博物馆",然后在天亮前把他们送回牢房。 释放前的风波和回国后的麻烦 十二月初,就在美国人快要通过谈判被释放时,一场灾难忽然降临。 事情的起因是美国《时代》杂志那年十月十八日的一期刊登了有关普韦布洛号人质的报道,并附了一张题为"夏威夷好运"的照片。这张照片就是朝鲜人把美国人安排在那间宽敞漂亮的房间里拍下的。照片前排上有三个美国人右手四指握拳,中指竖起。当时可能是这些美国人哄骗朝鲜人说这是夏威夷人表示好运的意思,照片就取了这么个题目。但这个手势在很多国家都是表示下流猥亵,这些美国人以此来表达他们对朝鲜当局宣传伎俩的轻蔑,向外界发出一个信号。《时代》杂志对此作了明确的解释。 当封闭愚昧,孤陋寡闻的北朝鲜人得知"夏威夷好运"的真正意思时,他们气得发疯。这几个美国人被分别关押,打得鼻青脸肿,朝鲜人要他们交代是谁出的主意,他们当中有没有中央情报局的人,等等。后来每个船员都经受了类似的审问。美国船员把那一个星期称作"地狱般的一周" 十二月十九日,美国船员被通知说美国政府已经道歉,朝鲜人民的斗争取得了光辉胜利。基于人道主义,他们即将被放回美国。在给他们最后一次写交代的同时,朝鲜人给他们治疗殴打留下的创伤,其中的一招是发给他们刚煮熟的热鸡蛋,让他们敷在脸上的青肿处,说是能去除淤血。 十二月二十二日,朝鲜人把美国船员彻底搜身,然后换上新衣服,装上客车,朝南方开去。第二天,他们在板门店被交给了美方接收人员。至此,历时十一个月的普韦布洛号劫持事件告终。朝鲜方面没有归还普韦布洛号船。 普韦布洛号的船长和船员没有想到的是:他们一回到"母亲的怀抱",经过短暂的医疗检查后就被送上了海军军事法庭。船长和副船长以渎职罪被起诉。海军法庭的起诉书列举了几项罪名:没有武装抵抗,允许对方登船,没有及时销毁机密材料,没有训练船员应付紧急情况等等。此外,美国太平洋舰队总部和驻日本海军总部也受到斥责,罪名是对这样的突发情况毫无准备,对船员不训练,在船上不安装销毁设备,事到临头派不出紧急增援部队,等等。 对普韦布洛号船员的审判进行了五个月,船上的每个成员都出庭作证,搞得大家疲惫不堪,怨声载道。最后法庭决定不对任何个人做出惩罚性判决。法庭声明中把普韦布洛号被劫持和情报的损失归咎于一个没有人能够预测并为之付责任的情况:在大家都以为享有航行自由和安全的公海上受到突如其来的袭击。法庭声明以要求整个海军从中吸取教训的官样文章结束。 作者: 程映虹 Post by bird-dog @ 20:32 中国对北韩还有多大影响力?
2003-10-26 20:29 汉城 ― 自去年十月北韩铀浓缩发展计划被揭穿以来,中国一直处于国际社会和美国的强大压力之下,后者特别要求中国为解决朝鲜半岛核危机发挥积极作用。它们一方面希望平壤乖点,力争和平解决北韩危机,另一方面也希望中国通过立即中止经济援助给北韩施压。 然而,中国对这场危机似乎不甚关注,相比之下危机却令美国、日本和南韩大伤脑筋,甚至还在一定程度上引起了欧洲国家的担忧。关于中国的立场有两种推理分析:一种认为中国还有时间和空间充当所谓的“负责任的国家”,并不负众望地解决核危机;而另一种则认为中国已对北韩失去影响力。如此说来,中国到底还有没有能力影响北韩的外交事务呢? 某些朝鲜半岛事务观察家很难理解北韩的行为,因为他们缺乏有关北韩外交决策程序的令人信服的信息。要搞清这一问题,得借助大量基于详尽证据(而非铁的事实)的分析资料。许多观察家都试图以传统的方式来分析上述问题,不料却越搞越胡涂。出现这种情况无可避免,因为此分析方式靠的是假设、推测和解读。所以,在谈到中国和北韩的关系时,他们总是使用“据报道”、“据说”和“秘密地”等词,而不敢用“肯定”、“明显”及“显然”之类的词。 那么,哪些数据来源可赖以分析关于中国对北韩外交政策和行为之影响的问题呢?本文试图从众多公开的事实进行推论。这些事实源于有关两国关系的史迹,而不包括谣言、有待证实的说法以及分析性推测。当然本文也不会否定那些基于有文字记载的历史事实分析的推测。因此,本文首先将分析一下两国的历史关系以便估计中国是否能影响北韩。这自然需要把焦点放在两国的负面关系上。 因此,本文将借鉴上世纪90年代出版的,由中国学者撰写的研究北韩及双边关系的大量著作。中国所有的研究机构都在政府的严密监控之下,因此,它们的工作往往反映出国家的关注所在。而且它们的研究结果通也常被认为是有关中国决策程序的第一手数据。在一个言论自由受到控制的国度,研究重点往往取决于国家政策,因为国家完全控制了学术工作的指导方针和原则。 要证实这些有关中国对北韩政策的信息,本文将全面评估中国在核问题上的立场及原则。一般来说,中国向来遵守外交政策及行为准则,特别在与自己或盟友利益直接相关的问题出现时。本文将进一步找出中国不愿介入北韩核危机的原因。总之,本文将不仅阐述中国因没能承担起斡旋责任而可能陷入的窘境,还要解释中国避免窘境的最佳途径-既不致使自己丢脸,又能保全北韩的面子。 的确,将中国与北韩之间的关系描绘为“唇齿相依”一点儿都不过分。50年代初,它们打着共产主义和反帝的大旗在朝鲜战争中并肩作战,抗击美国。直到1958年,中国军队还驻扎在北韩,以抗衡美国在南韩的驻军,确保北韩的安全。它们当时做梦也没料到两国间的兄弟情谊即将走到尽头,也没料到它们间的关系演变会和它们与身边超级大国的关系纠缠在一起。 中国的情况尤其如此,因为它在东亚地区的安全环境中不断转变角色。从地理上看,中国是个大国,,但面对国际安全威胁非常脆弱。出于国家安全的考虑,它对与两个超级大国的关系做了一系列调整。北韩在社会主义阵营中利用中苏矛盾从中渔利,获取政治支持和经济援助。由于冷战结束,再加上苏联瓦解,北韩的对外关系才开始转向美国。 50年代后期,中苏关系恶化,中国与北韩之间也随之出现不和谐音。朝鲜战争结束后,中国不仅在北韩驻军,而且还在54-57年间提供巨款以助其重建。然而,1956年苏联残酷镇压匈牙利叛乱,中国领导人予以公开批评,说苏联违反了共产主义的宗旨和原则。当两大共产主义国家之间出现裂痕时,北韩推行所谓的“等距离”外交,从它们的争斗中捞油水。北韩之所以能在中苏之间左右逢源是因为它在当时刚刚确立了“自力更生”的政策―其独立自主的政治意识形态的核心。1961年,北韩分别与中国和苏联签订友好合作互助条约。 直到1965年,中国与北韩的关系看起来还算和谐。对于苏联在中印边界冲突问题上偏袒印度的做法、古巴导弹危机以及赫鲁晓夫对斯大林的批评,北韩支持中国的立场。在这种情况下,苏联在1962年切断了对北韩的援助(1965年北韩与中国的关系开始恶化时,又恢复对北韩的援助)。与此同时,1963年间中国与北韩之间高层互访频繁,标志着1978年以前的最后一次高潮。华国锋是年对北韩进行了一次国事访问。然而,1963年之后,中国的左倾主义高涨,文化大革命拉开序幕,中国与北韩的关系开始恶化,在两国围绕白德山(中国称为长白山)的领土争端发生第一次军事冲突后更甚。1968年中国单方面封锁它与北韩相邻的边界。1965-69年期间,双方没有进行高层互访,不过文化经济合作还在继续。1970年,周恩来12年来首次访问北韩;1975年,金日成在24年里首次访问北京。 1965年文革的前奏曲进入高潮,苏联转而关注北韩。它派遣高级官员前往北韩,并与其签订一系列涉及经济技术合作和军事援助的协议。当1967年文革进行的如火如荼之时,苏联与北韩的关系达到了顶点。中美修好是导致苏联和北韩关系加强的另一个因素。中美关系的正常化是对北韩的一个巨大打击,使中国修补与北韩关系的努力付之东流。 进入80年代,尽管双方高层互访频繁,但关系进展不大。其原因在于中国推行改革开放政策,北韩视之为对共产主义意识形态的背叛。此外,中国与南韩日益频繁的接触和交流也削弱了北韩与中国发展关系的信心。中国于1986和1988年分别参加了在汉城举行的亚运会和夏季奥运会,北韩认为中国背叛了自己。 1989年,北韩对共产主义优越性的信念再次受挫:柏林墙倒塌,冷战结束。曾经不可一世的苏联随之土崩瓦解。仅仅几年后,北韩眼睁睁地看着中国与它以前不承认的国家(如新加坡、以色列、印度尼西亚、文莱和南韩)握手言欢。1993年,北韩打出核武器牌,以发泄其对周围国际局势发展的不满。中国当即声称支持朝鲜半岛无核化,这表明它不欣赏北韩打牌的方式。真是祸不单行,伟大领袖金日成的逝世又给中国和北韩的关系雪上加霜,因为中国派去出席葬礼的代表团不?档次。 经过三年的哀悼之后,金正日终于就任北韩最高领导人,并主动修补与传统盟友-中国的关系。他于2000年5月及2002年分别访问了北京及上海。尽管他表达了与中国发展关系的善意并重申两国“唇齿相依”的关系,但他任命华裔荷兰人杨斌担任新义州特区行政长官的做法受到了中国的非议。几天后,中国有关当局指控杨斌逃税和进行其它经济犯罪活动,并将之逮捕。结果,虽然朝鲜公开其核项目很可能给中国长远的国家利益-和平稳定的国际环境-带来消极影响,但双边关系仍僵持不下。 作者: 朱宰佑 文章来源:亚洲时报 Post by bird-dog @ 20:29 美国为何不敢轻言对朝鲜动武?
2003-10-26 20:27 1.朝鲜没有石油,美国对朝发动战争在经济上得不偿失。 2.朝鲜社会内部具有比伊拉克高得多的政治组织性。更容易动员全民,进入一场卫国战争。 3.朝鲜复杂的山地和丛林,是地面游击战的天然陷阱,而且便于抵御轰炸和耐受"精确打击"。 4.如果美国对朝采用空中袭击,则其驻韩基地、冲绳基地必会遭到朝鲜的导弹报复,其舰队也可能遭受攻击。 5.战火必会波及韩国、日本。 6.一旦战争陷入胶着状态,态度暖昧的中、俄可能中立,但也可能对朝提供某种物资或军火支援,使美军陷入长期作战的泥潭。(在伊拉克美军则不会陷入这种状态。) 7.由于西方多数国家在朝没有任何利益,因此,更会避免卷入。美国只有设法拉日本卷入。但是,由于朝鲜已拥有射程可覆盖日本的导弹甚至有潜在或潜伏核武及生化武器能力,日本也不会轻易惹火上身。 加上伊拉克问题尚未解决,因此,尽管金正日目前在对美国搞边缘政策,美国却不敢作出强烈的回应。 8.朝鲜是一个在国民经济上已濒于绝境的国家。其经济目前已难以维持正常的基本循环。能源危机、粮食危机、资源危机,正在逐步消耗其仅存的经济潜力。美国多年对朝实施国际孤立和封锁政策,一直在慢性绞杀这个可怜的贫穷国家。当前朝鲜既无法改革,也无法自救。久拖下去,必生内乱。而且其现有武器技术均已落后,一些年后将成废铁。 正是这种内外形势,逼使这个国家不得不铤而走险,搞极其危险的战争边缘政策。目前朝鲜对韩朝会谈及美朝会谈,尚存有某种幻想。如幻想彻底破灭,则完全可能主动挑起战争,试图以此为最后手段,打破内外困局,甚或实行对韩国的劫掠。如失败,即使本土被炸平,却也同时可以打破朝韩分割现状,毁灭韩国经济,破坏日本经济,以至破罐破摔不惜同归于尽。(毁掉韩国和日本,对美国未必非常心痛。反有利于加强其单极称霸的地位。) 由此即可以理解美、日、韩目前对朝核问题的微妙态度和政策。也可预测其趋势。 作者: 何新 Post by bird-dog @ 20:27 朝鲜半岛地缘政治格局和外交战略框架
2003-10-26 20:24 朝鲜半岛是东北亚地缘政治格局的支轴。它周边的三个国家中国、俄国和日本呈三角对立的地缘政治态势。就朝鲜所处的地缘政治环境来说它最适合充当一个中立国,在中、俄、日三个大国之间发挥缓冲和平衡的作用。但是朝鲜半岛目前因为意识形态和社会制度的不同被人为地分割为两个部分,其中南部被当今东北亚以外的霸权国家――美国占领控制。美国在朝鲜半岛南部和日本列岛驻军使得东北亚地缘政治格局发生了本质性的变化,使得大国力量对比的因素失衡。朝鲜半岛上的对峙从三大国鼎立变成了(苏联)俄国、中国和朝鲜对峙美国、日本和韩国的格局。 这六个相关国家中,如果没有任何一个国家突然崩溃,那么这种格局在今后相当长的一段时期内不会有根本的变化。站在中国国家利益的角度上来说,不能接受在中国的国家利益和国家安全得不到充分保障的情况下,就放弃对朝鲜半岛的影响,接受朝鲜半岛局势的大变动的结果。中国的对策就应该是以不变应万变,以维护朝鲜半岛目前的格局。在东北亚大国博弈以及朝鲜半岛上两个政权的武装对峙中,中国不应追求超过本国力量控制范围以及与自身利害关系不符的外交目标,只能将事态尽力导向自身力量足以控制的范围内以及利用盟友加强自身的外交战略力量,只有这样才能最大限度地捍卫中国的国家利益。 最近的朝鲜核危机应作如是之看:一个国家在外交斗争中所能采取的措施以及实际收益由这个国家在地缘政治环境中的类型和权力结构中所处的地位而决定。这种客观事实和客观限制不会因为国家领导人的隐蔽意图和公开表态而改变。像朝鲜这样的一个弱小国家所能采取的实际行动以及行动的效果是有限的,因此东北亚大国博弈的本质不会因为这次核危机而改变。中国只有借鉴历史经验,分析朝鲜半岛的地缘政治格局,才能够制定有效与合理的外交战略框架,以捍卫我国在朝鲜半岛的国家利益。 朝鲜的独立自主地位所带来的不确定因素 关于朝鲜外交种种可能性应该有一个框架性的认识。朝鲜领导人的意图到底是什么,不应该只根据公开的谈话来决定,而应该站在朝鲜的角度上去分析地缘政治处境和国家利益,去分析朝鲜目前的经济、军事和政治体系。关于朝鲜的社会制度以及意识形态问题,中国更不应该加以过多的关注。西人云,对人性不抱什么希望,就不会过多地失望。既然中国与朝鲜之间不是同志加兄弟,那么中国必须坚决以自我为中心,不带任何感情色彩来规划对朝鲜半岛的外交政策,必须以纯粹的地缘政治眼光和均势外交政策来推行对朝政策。 美国对当年朝鲜内战的干涉以及长期在朝鲜半岛的驻军是由美国的国家利益决定的。如果朝鲜领导人曾经公开声称希望美国留在朝鲜半岛,即便是统一以后也可以。那完全是空头人情,毫无意义。美国是否在朝鲜半岛驻军,不由朝鲜领导人决定,不会根据朝鲜领导人的喜怒哀乐而变化。美国在朝鲜半岛驻军,是出于美国的东北亚战略的全盘规划,是为了防止中、日、俄三国联合起来在东北亚地区排除美国的存在。美国当年在日本、台湾岛和朝鲜半岛南部同时驻军,是东北亚大棋局上互相呼应和牵制的三枚棋子。为的是防止日本、朝鲜和中国走上彻底的民族主义外交政策的道路。只要美国不放弃本国的单极霸权,保持对竞争对手和潜在敌人的战略遏制,美国是不会自动撤出在朝鲜半岛南部的驻军的。 朝鲜问题终将有一日获得解决。朝鲜的统一前景有强烈民族感情的支撑。这种感情的客观存在,既体现在韩国民众对国家领导人的选择过程中,也体现在朝鲜在韩国民众中依然赢得了相当的尊重和好感。朝鲜毕竟是掌握在朝鲜人的手中,不管它的经济存在着什么问题,它毕竟维护了独立的姿态。而一个尽量依靠自己的力量保卫自己的国家,归根结底将赢得其他国家的尊敬。不管朝鲜如何弱小,毕竟它能够在关键地区和关键问题上对美国的霸权地位形成一定程度的威胁和对美国的全球外交战略形成一定程度的干扰。而这就是朝鲜对中国的外交战略价值之所在。 最近的朝鲜核危机仅仅是一种戏剧化的姿态,它改变不了问题的本质,即朝鲜在东北亚大国博弈中的弱势地位。无论是朝鲜拥有核武库,还是美国正式以书面方式保证不进攻朝鲜,都不能保证朝鲜的“绝对安全”。核武器的最大威慑作用就在发射架上,而撕毁条约对于美国来说是家常便饭。中国以明智和现实的态度,改善朝鲜的弱势地位,避免朝鲜走向极端化的道路,将中国不情不愿地拖入一场大战中。因此,以中朝经济融合以及中朝军事同盟为手段达到逐步取消朝鲜拥有大规模杀伤性武器以及制止朝鲜挑起危机同时也制止其他国家对朝鲜的任何侵犯的可能,这是唯一的选择。盟友是由地缘政治格局的外交权力结构决定的,不是可以任意选择的。 韩国无法摆脱附庸地位 自从上个世纪五十年代以来,韩国在美国的长期占领和控制下,参与了美国主导的世界经济体系。韩国不可能改变目前的这种经济上和军事上的依附地位,那么它在朝鲜半岛局势中所能够起的作用是极为有限的。如果韩国从美国的军事占领下解放出来,极有可能成为一个完全独立的中等强大的发达国家。这也是朝鲜保持独特的军事体制以及开发核武器,以平衡韩国的经济实力的原因之一。朝鲜与韩国的关系,在某种意义上很像法国与德国的关系。从利害关系的角度出发,朝鲜领导人未必希望美国彻底离开朝鲜半岛南部。相反,美国的最高利益是无论局势如何变化都要维持在朝鲜半岛的驻军,未必会无条件支持以韩国主导来实现朝鲜半岛的统一。因此,朝鲜要求与美国签订互不侵犯条约,这个外交步骤是合理有效的。这也是中国进行外交斡旋的一个公开标的。 中国目前的外交行为模式并不是今天才确立起来的,是有悠久的历史和传统文化的路径的。中国在朝鲜战争中付出了极为巨大的牺牲,对朝鲜的影响力和控制力却与这种巨大牺牲不相称。究其原因,就是中国外交传统中的地缘政治眼光和均势外交手段已经被放弃长达两千年的时间。在一九四九年以后虽然在争取大国地位的斗争中时有神来之笔。但是还过于意识形态化了。把敌人和朋友看得那么绝对,以至于在外交格局大变动和自身外交战略大调整的时候,出现了一连串的外交战略上的脱节和宣传与实际行动上的自相矛盾。这些问题至今还没有完全得到解决。 就中国外交的风格来说,僵硬老化的意识形态术语,温情脉脉的人际关系外交,急功近利的经济发展战略,奇怪地混合在一起。这种状况想必也是被很多国家看在眼里,记在心里了。如同意大利的战略家加富尔在拿破仑三世特立独行和自相矛盾的外交政策中看到了亚平宁半岛统一的希望一样。韩国政治家想必也在有中国特色的大国外交中,看到了朝鲜半岛统一的希望。因此韩国才会有突破意识形态的障碍与中国建交的外交大转变。 任何一个国家都不可能把自己的命运交付给其他任何一个国家,即便这个国家十分仁慈与慷慨也是如此。不管是日本还是韩国,都不可能接受美国的永久占领和控制。这两国反对美国的态度会随着具体的形势而有所变化。但是它们都要利用中国的影响来达到国家独立、复兴和统一的根本目标。中国作为它们的邻国和一个潜在的大国,也必须在外交上做好被其他国家利用和与其他国家搞配合的准备,并且预先为本国谋划统一的根本大计。 美国在朝鲜半岛和日本的军事存在和对台独势力的操纵是最大的障碍 对于中国来说,朝鲜问题与台湾问题密切相关,不可能只单纯地考虑其中的一个。当年朝鲜战争的爆发,最大的刺激因素恐怕就是美国第七舰队进入台湾海峡,这使得中国迅速统一的梦想彻底破灭了。在二次世界大战方兴未艾之时,美国战略家斯皮克曼就在《民主与和平的地理学》中写道,“我们早晚要建立一个世界政府,废除各个国家的独立主权。我们必须借助我们雄厚的国家力量,以此作为战后有利于我国的和平基础。这是为了美国的最高利益!”他把中国当成美国控制欧亚边缘地区最大的战略竞争对手,“必须警惕未来形成一个强大统一集权的中国,警惕它获得能力把它的势力影响扩张到西太平洋沿岸。但只要中国统一还未完成,中国就难以构成这种威胁,所以在日本战败以后,美国在远东最需要注意的就是必须防范中国成为这个地区最强大的国家。” 朝鲜战争的爆发和中美两国的直接干涉和冲突,使得朝鲜南北分裂和台湾事实独立的两种格局都稳定下来。中国虽然争得了大国地位,但是却无力将美国势力彻底赶出朝鲜半岛和台湾岛。在随后的越南战争中,由于中苏分裂的大背景,中国也不希望美国彻底从亚洲撤出。因此中国也尽量避免在越南战场上与美国进行公开战争。而且在上个世纪七十年代后期为了联美抗苏,为了拉拢日本,中国在很多原则性的问题上做出了让步。 中国在大国外交上的制约,首先就将面临美国在台湾问题上的挑衅。台湾问题虽然无关中国的全球大战略,但是对于中国的国家威望和历史情感有着极大的刺激作用。美国目前的政策虽然不是谋求军事控制台湾,但实质上是把台湾作为外交杠杆,用来摧毁和干扰中国。台湾分离在中国母体之外,被敌对势力掌握,这至少是在地缘政治上对中国的巨大制约和威胁,将制约中国的外交行动自由。朝鲜问题、台湾问题以及中亚问题是中国的周边外交的三大难题,中国必须改善自己的地缘政治处境,既不能让霸权国家无限期地在中国的战略边疆地区保持主导地位,也不能让未统一的国土长期游离于母体之外,对中国形成强有力的制约。 美国在全世界尤其是在东北亚的外交策略就是在加剧对手之间的冲突的同时,同时与它们建立最密切的联系,这样它们之间的冲突就能够更好地为美国的利益服务。中日之间、中俄之间、日俄之间、中台之间、中韩之间、日韩之间都存在着大小不同的矛盾,而美国与中国、俄国、日本、韩国以及台湾的双边关系相对于它们之间的关系更为密切。因此美国在东北亚战略格局以及中美力量对比中占有极大的优势地位。而在东北亚地区中,美国唯一无法加以有效制约和操纵的势力就是朝鲜。 朝鲜目前的外交策略是尽量争取生存空间和经济援助,在保持与中国关系的同时,积极发展与俄国、日本和欧盟各国的关系。朝鲜领导人这次宣称只与美国谈判,而拒绝其他国家斡旋以及在早些时候宣称即便南北和解后也希望美国继续留在朝鲜半岛。其真实的意图就是打算以政治上的妥协换取经济上的好处,放弃强硬的反美态度和武力统一的立场,承认美国在朝鲜半岛和东北亚地区的主导地位,接受美国的某些保护条款,与美国建立直接的和正式的外交关系或对话机制。这样朝鲜就能在中美之间左右逢源,利用中美之间的冲突为本国的国家利益服务。尤其是朝鲜领导人金正日也将效法他的父亲金日成,极力避免噩梦成真――中美之间达成妥协将朝鲜问题与台湾问题对等解决即中国默认韩国在美国的支持下吞并朝鲜,而美国默认中国统一台湾。 对于中国来说,朝鲜问题、台湾问题和日本国家地位正常化的问题都与美国相关。因此,中国对朝外交是中国对美外交大战略的一个组成部分。一方面不可能无视美国在朝鲜半岛上的存在,另一方面不能以美国的国家利益和外交态度为标准。对于中国来说,最大的危险就在于――中国对朝鲜影响的削弱和控制力的放松,有可能使得朝鲜孤注一掷,采取极端行动挑起朝鲜半岛危机,从而将中美两国直接拖入冲突之中。中国的台湾问题如果不解决或者不封冻起来,那么朝鲜利用中国的外交困境是不可避免的。中国有什么实质性的手段能够防止朝鲜来利用中国的外交困境吗? 为了避免在不情愿的情况下卷入与美国的冲突,中国必须先发制人,加大对朝鲜援助的同时中国必须相应掌握对朝鲜外交实质上的否决权。无论如何,在中国的战略边疆地区,中国不可能采取韬光养晦的政策。对事实上的盟友不加支持,将导致自我孤立,这种孤立决不会是光荣的。因此作为外交政策上对美国同时也是对朝鲜的回应,中国应该加大对朝鲜的各方面的支持,把朝鲜纳入中国经济和外交的战略轨道,这是中国朝鲜半岛外交战略的最佳选择。 朝鲜半岛战略格局也不能不考虑俄罗斯和日本的因素。朝鲜问题不是孤立的,它是与俄国的远东战略和日本的特殊处境有关的。朝鲜在地缘政治上对东北亚各大国的重要性依次是:日本第一,中国其次,俄国再其次。日本列岛与朝鲜在面积和人口上基本处于同一个数量级。没有压倒性的优势。日本当年如果不是占领中国的台湾以及强行合并朝鲜,是不可能成为一个世界大国的。因此从力量对比和利害关系的角度来看,日本最为关注朝鲜问题。中国东北地区虽然在经济上和军事上都非常重要,但毕竟只是中国的几个经济与军事大区之一。俄国的远东地区仅仅在军事意义上有重要地位,在经济上则很不重要。中俄两国在地缘政治上面对朝鲜统一都不像日本那样没有任何回旋和缓冲的余地。 对于朝鲜的统一,最大的干扰一定会来自日本。统一后的朝鲜将于日本处于同一个权力等级的国家,如果不能在某种程度上形成日韩合作的模式,日本在东北亚的地位将有被边缘化的危险。这将深刻影响日本在东北亚大国博弈中的战略地位,进而影响日本在日美双边关系中的地位以及日本作为一个世界大国的地位。日本之所以搁置一切争议与朝鲜积极展开建交谈判,就是希望以其强大的经济实力防止朝鲜在经济上、政治上和军事上的突然崩溃,防止朝鲜的统一在韩国的主导下完成。日本首相小泉纯一郎不顾国内外的一切阻力突然访问朝鲜,此举与法国总统密特朗在两德统一前夕突然造访民主德国有异曲同工之妙。 俄国对朝鲜半岛的统一也不会热心,因为这将减少俄国利用朝鲜半岛局势干扰和遏制美国外交的空间。因此中国在朝鲜统一的问题上不必对任何一方承担任何义务,中国不应该把朝鲜民族主义的怒火都集中到自己的身上。同样的道理,中国也没有义务为美国火中取栗,当美国危机外交的义务消防队员。危机与挑战总会是存在的,不是这样的危机就是那样的危机。这个世界不可能是太平无事的。 一国不得追求与自身利害关系不符的外交目标 朝鲜的统一所带来的问题不是中国一个国家所能够处理的。它的统一问题不仅仅是中美两国间的问题,而是将深刻地影响东北亚全盘地缘政治格局的重新组合。对这个问题的全盘掌握与操纵,超出了中国的实力范围。当年的越南统一,虽然沉重的打击了美国的东南亚战线,但是也确确实实地在地缘政治上损害了中国的利益。 中国要加大对朝鲜的支持,这种力度以不至于使朝鲜在经济上、政治上和军事上崩溃为限度,也不得促使朝鲜强大到使用武力去追求统一的目标。中国不应该禁止朝鲜给美国造成一定程度的麻烦,从而对美国的全球战略形成干扰和破坏,但是这种麻烦不能妨碍中国解决台湾问题以及损害中国的外交战略的行动自由。中国也要尽力维持朝鲜国家独立和外交自主的假象,以避免伤害朝鲜脆弱的自尊心和毁灭朝鲜民族的希望,但是绝不承诺对朝鲜半岛统一的任何义务或者绝不采取有利于朝鲜半岛统一的实际行动。 中国目前的根本利益就在于以各种手段积极增强中国自身的实力,为中国的统一作准备。因此中国在世界范围内,必须收缩外交战线,借重三角联盟外交来扩大自身的利益。除了在台湾问题上,中国不需要在任何外交场合出头。在朝鲜半岛外交格局中,中国还是应该以坚持中、俄、美、日四大国与朝鲜半岛两个政权,进行四国双方的对话,保持接触的势头,维持朝鲜半岛目前的格局,但是不作实质性处理。因为目前朝鲜半岛局势的任何实质性变动将对中国毫无利益,而且中国将始终承受最大的压力和打击。因此在朝鲜半岛外交战略中采取稳健的手段是符合中国根本利益的。 在中俄美大三角关系客观存在的前提下,中国尤其是要注意与俄国充分合作共同斡旋朝鲜核危机,以有效地凸显和维护中俄战略联盟的关系。并且要尽力避免如下格局的出现――朝鲜大幅度地摆脱中国的控制和影响并且在中俄之间玩弄平衡之术,利用中俄之间的猜忌和竞争为本国的国家利益服务。或者俄国逐渐加大对朝鲜外交的操纵能力,以此来对中国外交和中美关系施加关键性的影响。 朝鲜半岛两个政权基本上是势均力敌,朝鲜统一问题的解决一定将来自外部力量的干预。是在美国的操纵下统一朝鲜半岛,建立美日韩三国同盟。还是按照中国的设计,建立中俄日大三角关系,终结美国的霸权,将美国的军事势力驱逐出东北亚地区,共同维持朝鲜半岛的中立和独立地位。此次朝鲜核危机的解决就应该成为这两种政策分道扬镳的起点。对于中国来说,朝鲜的统一和美国在朝鲜半岛的军事存在着两种态势是绝不应该同时实现和存在的。 在外交斗争中不去努力控制对手,就会被对手控制。不主动去影响目前事态的发展,就将被动地应付未来的危机。中国的外交目标不是要争当世界霸主,而是要缔造多极化世界格局。中国的目标不是维护美国的超强地位,而是争取本国的国家利益最大化。因此在东北亚战略格局中,如实承认现状,不采取超过自身实力的外交行动的同时,中国也要加大对每个国家独立性的支持,以使得外交格局在未来发生有利于中国的转化。 在外交斗争中,多个目标、多条原则和多种手段都应该多管齐下,齐头并进。以一种倾向掩盖另一种倾向,视情况以一个方向上的突破带动其他方向上的突破。朝鲜问题不仅仅是朝鲜半岛上两个政权之间的问题,它是与中国的强大、俄国的复兴、日本的正常化以及美国的霸权衰落联系在一起的。对于中国来说,韬光养晦和有所作为的政策是并行不悖的。以我为主,为我所用。这样才能够最大限度地维护国家利益。因此,重温伟大领袖毛主席的教导,“要以革命的两手对付反革命的两手。”是正当其时,正当其势的。 中、俄、日三足鼎立才能为东北亚地区带来稳定与和平 美国作为一种外来势力,在东北亚地区发挥过大的影响力,这是东北亚各国不能无条件永久接受的。只有在正常国家和势力均势的基础上才能够形成现实的和平格局。而东北亚三个大国――中国、俄国和日本以及朝鲜半岛能否在有利于中国的前提下统一,关键就在于美国的势力是否撤出东北亚。因此,朝鲜问题的解决不仅与台湾问题相联系,而且朝鲜与中国的统一都将影响到日本和俄国在外交权力结构中的地位变化。 无论是由韩国或者朝鲜主导统一朝鲜半岛,统一后的朝鲜都将是一个七千万人和相当发达和全面的经济体系和强大武装的国家,这样的人口、领土和经济规模在欧洲已经可以使它步入强国的行列。但是在东北亚地区,它只能作为一个最弱小的国家出现。如何能使朝鲜自觉自愿安心于中立国的地位呢?那么就是中国的强大、俄国的复兴和日本的正常化以及这三国之间的势力均衡和有效合作。 日本在将来一定会成为一个正常的国家,拥有全面武装以及核武库,这是不可避免的历史趋势。不管日本是以“中国威胁论”还是以“朝鲜威胁论”作为借口,都无法掩盖日本的大国实力、国家意志和改变外交斗争的现实性。中国必须放弃意识形态的教条和历史恩怨的包袱来看待这个问题。借重美国的力量来制约日本,这暂时是可行的。但是外交战略要看到今后一个较长时段中所发挥的战略作用,而不是仅仅应付今天的难题。而且也不能在外交上完全采取被动的姿态,把主动权交给对手。日本作为一个岛国,它在的经济上和技术上的先发优势基本上已经发挥完毕。它是否按照英国的模式,放弃自身的政治、经济和军事独立性紧紧跟随美国,还是走向一个开放和均衡的世界大国地位,与中俄两国缔结三角同盟,稳定东北亚格局以及与中国共同领导东南亚各国,这取决于中国的态度和技巧。 对于中国来说,中国东北地区要获得重新发展的机遇。要发挥东北亚地区工农业生产基地的作用。要使东北地区成为连接日本、俄国亚洲地区、蒙古和朝鲜半岛以及中国内地的枢纽,成为东北亚地区人员、工农业产品、原材料和能源的交易中心。如果中国一贯对美国采取让步政策,混同中美经济,以对美国产生投鼠忌器的作用。那么这种战略对于俄国、日本和朝鲜来说应该是更有效的,因为这几个国家不会比美国更加富有,从而比美国更不在乎在中国所获得的收益。从本国国家与经济利益的角度来说,中国也不应该牺牲任何一个国内地区的发展前景。中国所有的地区都必须在改革开放的进程中,最大限度地发展起来。 只有预先考虑、设计和促成中国、俄国和日本三国鼎立的大格局,才不至于在朝鲜半岛格局发生大变动的时候,毫无应变之策。如果中国可以坐视韩国在美国的支持下以武力统一朝鲜半岛的话,那么中国又会有什么理由和手段阻止日本走向全面武装的道路呢?如果美国在日本的驻军在中国看来对于遏制日本是重要的,那么中国又该如何去分析美国目前在朝鲜半岛南部的驻军以及在将来极有可能的在统一后的朝鲜半岛的驻军呢?如果中国能够接受美国在统一后的朝鲜驻军?那么美国不管是否支持中国统一台湾而以种种理由提出来要在台湾驻军,中国又该如何答复呢?是不是如某些战略家所建议的那样,为了消除美国对中国统一的敌意和阻力,预先同意美国可以在统一后的台湾岛上驻军呢? 外交斗争并不是为外交而外交,而在于给内部的经济发展和政治改革带来时间上和空间上的缓冲。外交斗争必须具有回溯性,必须借鉴历史经验以获得解决当前危机的智慧和有效手段。外交斗争也必须具有前瞻性,必须给国家发展前途带来未来的希望,而不仅仅是应付目前的危机。而且只有预先考虑必将在未来成为现实的场景,才能更有效的解决当前的危机。 作者: 李寒秋 Post by bird-dog @ 20:24 布什,故作“鸵鸟”?
2003-10-26 20:20 朝鲜已多次暗示、甚至明示其拥有核武。但是,布什总统似乎总不愿意相信这个“邪恶轴心”竟能跨越核门槛。7月22日,布什在德州私人牧场与意大利总理贝卢斯科尼举行记者会时指出:朝鲜希望全世界相信它正在发展核子武器已不是新闻。并语带讥讽,认为朝鲜是在虚张声势,企图以“冻结其核计划”为诱饵,换取更多的国际援助。 布什真的是在努力地“闭目塞听”。其实,朝鲜造出核弹,当在预料中。 第一,时间长。早在50年代,美国在南韩部署核武器,即触发了朝鲜的“核念头”。而“核念头”一经触发,正常的状态:十年内原子弹问世,不足为奇。例如,美国原子弹爆炸之后,苏联跟进,仅4年,便迈过核门槛。一穷二白的中国,1955年启动核计划,1964年核试成功。朝鲜核研究始于上世纪60年代,且有前苏联技术援助,垂40余年至今,岂能造不出核弹? 第二,条件好。就资源条件而言,朝鲜山地蕴藏有丰富的铀矿,而铀矿的主要成分为铀238。就技术条件而言,朝鲜握有重水反应堆技术。重水反应堆以铀238为燃料产生的核废料钚239,本身纯度即高达90%以上,十分接近武器级钚!此外,近年来媒体频传台湾将轻水反应堆核废料储运朝鲜,而轻水堆的核废料亦正是铀238!显然,朝鲜之所以愿意接受台湾核废料,并非仅仅在于美金,更重要的是它有能力将其转变为钚239!稍有核常识便知:一旦拥有高纯度钚,核爆炸并不难,难的是让它不爆炸! 第三,公开喊。全世界似乎还从来没有哪个国家没有核弹、竟敢公开喊“造核弹”“有核弹”者。毛泽东气吞山河,他可以喊世界大战“晚打不如早打”,但原子弹却悄然兴起。萨达姆桀骜不驯,他可以骂美国“911”咎由自取,说弥天的大话、恶话,对“大规模杀伤性武器”却未敢轻言。难道朝鲜敢玩虚的?尤其值伊拉克战争,美英打伊拉克,咬的就是“大规模杀伤性武器”;法德俄中反战,理由是未获“大规模杀伤性武器”之证据。面对这个“谁造核武便打谁”的世界,朝鲜手中倘若没有真正的“遏制侵略的撒手锏”,却明目张胆、大喊大叫“造核武”,岂非自取灭亡?而且,行为心理学告诉我们:不能将一个小心翼翼、“宁可乘十天火车长途跋涉也不愿搭乘飞机旅行”的人,定位为“冒险性格”。 种种迹象表明,朝鲜已经造出了核弹。可是,朝鲜为何不象其他有核国发表“核试成功”的公告呢?以朝鲜的张扬本性,成功而不公告,很难。合乎逻辑的解释只能是:朝鲜的核弹,是未经试爆的核弹。核试爆不可能瞒天过海,多年来,朝鲜毕竟要受《核不扩散条约》及《朝美核框架协议》的限制。但是,朝鲜已胸有成竹,倘若战争爆发,它很可能连“试”带“打”一锅煮! 布什智商不低,他应当清楚,朝鲜确有核武。但他宁可“糊涂”。因为一旦明确朝鲜的核事实,日本、韩国向“核国家”的迈进便势不可挡。而日、韩一旦拥有核威慑能力,谁还需要美国驻军保护?�D�D美军在东亚地区的战略存在就失去了依据! 所以,还是布什的算盘精明。只是:无视现实,美朝如何谈得拢?一味将脑袋埋在沙堆里,总不是个办法。 作者: 周文顺 文章来源:燕园评论 作者为郑州大学港台人文研究中心主任,教授 Post by bird-dog @ 20:20 中国:国家利益=外交政策
2003-10-26 20:19 港报文章说,中国之所以能够为六方会谈作出安排,主要得益于它成功把握住了作为朝鲜长期支持者的地位。不过,中国的眼光远远落在朝鲜边境之外,即着眼于它作为一个地区大国的长期地位和它与美国之间的关系。在可预见的将来,中国将在地区乃至全球外交事务领域采取更加积极的姿态,这并非外部压力所致,而是处于自身的国家利益。 【香港《亚洲时报在线》8月19日文章】题:中国:国家利益=外交政策(作者:汉城贸易研究所研究员朱才愚) 自从中国宣布它将举办朝鲜核问题6方会谈以来,人们纷纷对北京维护决定就朝鲜问题加强外交努力作出猜测。 有人指出,中国采取这一行动的动机反映出琦外交行动最近所发生的一些较为广泛的变化,如共建上海合作组织,加入世界贸易组织以及在反恐战争中与美国合作等。也有人认为,中国之所以能够在6方会谈作出安排主要得益于它把握住了作为朝鲜长期支持者的地位作出所有这些解释的一个前提是, 中国不愿看到邻国朝鲜的局势进一步不过,中国的眼光远远落在朝鲜边境之外,即着眼于它作为一个地区大国的地位和它与美国之间的关系。 需要稳定和平的国际环境 中国没有像其它不那么强大的国家那样:借一时冲动在海外寻求国家利益。换言之,:中国外交政策行动的轨道通常不会受邻国所左右,即便它可能会考虑这一因素。外交是国内政治的延续,人们应该从中国的国家观点出发来评估其种种决策和行动。所以我们首先必须了解对于中国国家利益至关重要的―些因素。 在去年共产党的16大结束时,中国展示了到2020年实现国家长期目标的蓝图。其目标是将目前的中国社会建成一个小康社会,使人们普遍能够享受富足和舒适生活的社会。要实现这项,就要看中国能否在两个重大国际上获得成功。先例告诉我们,这种国际事件可以大大促进经济发展,对一个发展中国家的经济而言更是如此。 第一件事是,中国决心办好2008年奥运会。第二件事是,中国认为,成功举办2010年上海世博会也将大大促进其小康社会的建设。背景将通过举办奥运会提升其作为地区强国首都的形象,而上海则可以通过举办世博会来使自己成为亚太地区签字的金融和商业中心。 这两件事对中国产生的地缘经济影响也应该值得注意。北京为加速发展而作出的努力将对上海以北地区,尤其是东北地区产生巨大影响。中国北方地区在经济和社会发展领域与北京的差距非常大。上海成功举办世博会将对中国西部地区产生类似影响。上海尤其依赖西部地区的自然资源和能源,进而促进西部地区的发展。在这两个事件取得成功的同时,中国以胡锦涛为首的新一代领导人将在外交领域集中精力保持一个稳定和平的国际环境。自从1978年决定对外开放和实行国内改革以来,中国竭力强调维护有利于国家发展的国际环境。如果没有这项从那时以来中国领导人一直同声阐述的政策,中国不可能取得现已取得的成就。在一个动荡的国际环境中发展经济是不可相象的。如果经济改革不善,中国就不会享有今天的国际地位,赢得举办2008年奥运会和2010年世博会仅仅是梦想而已。因此,中国现在急切希望保持一个它认为有利于成功举办奥运会和世博会的稳定和平的国际环境。 不能容忍任何动荡因素 布什如果连任美国总统,他的对朝政策将对中国保持稳定和平的国际环境、成功举办奥运会和世博会、实现其小康社会的宏伟目标产生重大影响。迄今为止,越来越多的人认为,在布什的第二个任期内,如果外交手段失败,布什政府就可能依赖于军事手段来制止朝鲜的核野心。据估计,采取这种军事行动的适当时机可能是布什总统连任后的第二年,即2006年。也就是说距离北京举办2008年奥运会还有两年时间。 当然,一定出现这种情况,究竟会产生什么影响仍有待于观察。不过,朝鲜半岛周围不断加剧的禁止气氛是不利于中国的国家利益的,因为朝鲜离中国首都是如此之近。 由于911事件及其之后在东南亚发生的一系列恐怖主义袭击事件,美国成功地扩大了其在中国比邻地区的军事影响力,即扩大了在一些中亚国家和东南亚国家的影响力。此外,持续不断存在的有关朝鲜核野心的传闻为美国推行在东北亚地区实施导弹防御计划铺平了道路。这将使中国的军事设施更易于受到美国侦察系统的窥视。因此中国需要排除掉可能有利于实施美国计划的任何隐患。对中国而言的最佳选择是通过和平方式解决朝鲜核问题。 中国目前正接近于为保持其奇迹般的经济发展而需要的第二个起飞阶段。它的第一个起飞阶段始于1978年作出的对外开放和改革的决定。为了实现这一目标,中国必须持续取得经济成就。然而,正如中国领导人所强调的那样,外部的各种变数可能会对中国的发展产生不利影响。当这个国家的经济发展取决于外国投资和对外贸易时,情况更是如此。所以,未来中国周边地区任何可能引发动荡的因素,在中国领导人看来都是不能容忍的。 在这种情况下,在可预见的将来,中国将在地区――即使不是全球――外交事务领域采取更加积极的姿态,这并非外部压力所致,而是出于其自身的国家利益。 文章来源:参考消息 Post by bird-dog @ 20:19 朝核危机与中国军事对策
2003-10-26 20:17 伊拉克战争结束后,人们普遍认为美国的下一个战争目标很可能是朝鲜或者伊朗。 从最近美国方面军事部署调整的动态看,在海湾地区的美军动作不大,主要是维持对伊拉克的占领,部分兵力开始撤回本土和东亚。美国在韩国的驻军开始向远离三八线的基地重新部署,美国正积极寻求在东南亚和澳大利亚北部建立新的军事基地。上述动态说明美国下一阶段军事行动可能在东亚地区展开。 在中东地区,虽然美国在伊拉克的军事冒险取得了暂时的成功,但拿下伊拉克后,美军就面临着应对叙利亚和伊朗,叙利亚和以色列在戈兰高地问题上形成死结,如果美国军事打击叙利亚会激起阿拉伯世界广泛的反对。既然美国抛出了“中东和平路线图”计划,自然在此期间内不便自己出面破坏中东和平。伊朗国力、军力比伊拉克强大,美国“消化”伊拉克还需要几年的时间,如果美国在此期间进行一场对伊朗的战争,一旦遭到失败,则可能连伊拉克一起赔掉。所以美国近期对伊朗主要是利用伊朗改革派和保守派的矛盾进行内部瓦解,无论这一政策成败与否,都需要几年甚至更长的时间才能看出效果,美国政府内部有人认为,在这个“和平演变”期间内对伊朗采取军事行动只能增强伊朗保守派的力量,这一点早就被很多事例所证实了。 由此可见,朝鲜更有可能成为美国下一阶段要对付的主要目标。 朝鲜核问题的由来 所谓“朝鲜核问题”,首先需要清醒地认识到,这是美国宣传机器制造的一个名词,被媒体广为传播之后成了热点。 就朝鲜核开发的能力而言,朝鲜并无独立建造核反应堆的能力,朝鲜的核反应堆是前在苏联援助下建造的。朝鲜的几座核反应堆的功率都不大,性能落后,难以支持朝鲜成为一个核大国。目前的情况是,朝鲜称自己拥有核武器,有些国家在猜测朝鲜是否真正拥有核武器,或者有多少?曾经帮助朝鲜建设反应堆的俄罗斯专家说根本不可能。 相比之下,日本的核反应堆数量、技术水平、日本储备的核原料的数量都远远高于朝鲜。特别是日本不惜重金建造的增殖反应堆,作为发电用途绝对不经济,唯一的好处是可以生产制造核弹的原料。如果是基于日本和朝鲜的核能力进行判断,那么无疑日本核问题要严重得多。然而,日本巨大的核能力却没有成为世界舆论关注的焦点,而朝鲜核能力弱小得多,反而被炒作得沸沸扬扬。这个矛盾的现象背后反映出美国对舆论的操纵和控制。在中东地区也是这样,拥有核武器的以色列没有受到任何核查,而至今没有被查实拥有核武器的伊拉克却反复受到核查和军事打击。 美国的对外政策一向奉行双重标准,而且是非常短视的。美国对日本核能力的纵容,不但威胁着亚洲国家的安全,将来也可能会威胁美国自身。正如1941年的珍珠港事件一样,美国卖给日本的废钢铁和石油不但被日本军国主义者运用在南京屠杀中国人,而且也被制成炸弹摧毁了美国的太平洋舰队。但是,由于美国是个强国,美国政策的错误给弱小国家造成的危害远比给自身造成的危害要大。 “朝鲜核问题”的实质 几十年来,朝鲜半岛一直处于对峙状态,但基本维持了和平。但这个和平状态不是天赐的,今天特别需要仔细分析其原因。 苏联1949年就爆炸了原子弹,虽然比美国远远落后,但是苏联核弹的威慑,遏制了美国在朝鲜战争中使用原子弹的计划。当美军被中朝军队击败,狼狈后撤时,美国多次计划使用原子弹袭击战场上的中国军队,但是最终由于害怕苏联报复而作罢。不但在朝鲜,在中国没有研制出原子弹之前,美国曾经6次对中国进行核讹诈,但最终都因为顾忌中苏同盟而失败。特别是1958年金门危机,虽然中苏关系已经开始恶化,但是苏联还是对美国的核讹诈提出了警告。 1950年,中国被迫以主要装备轻武器的军队出兵朝鲜,在清川江江边击退了美国军队。后来中国军队换装了苏式武器,朝鲜战争中双方3年的拉锯战证明,三八线是美国和中、苏、朝三方军事力量的分界线。 自1991年苏联解体以来,朝鲜半岛的安全形势发生了很大变化;一方面中、苏与朝鲜的旧条约相继失效,另一方面美国、日本、韩国的军事同盟关系又逐步加强。这个趋势造成朝鲜半岛和平的天平开始倾斜。失去了苏联提供的核保护伞,朝鲜目前的选择是保持了大量常备军,然而大量军队长期维持战备状态又是朝鲜的国力难以承受的,所以朝鲜希望建立核威慑。 无论朝鲜选择哪种手段,靠朝鲜的国力都是无法单独与美国、日本、韩国的力量抗衡的,朝鲜最终需要邻国的帮助,一千多年来一直是这样。 美国的态度 对于朝鲜核计划,美国提出朝鲜首先放弃核计划的要求。虽然美国也承诺给予补偿,但是几年来的实践证明是靠不住的。从前一度炒得沸沸扬扬的美国援助建设“轻水反应堆”替代朝鲜原有反应堆计划至今只是一个地基,朝鲜方面指责美国违反了协议,而美国找出千百种理由拖延,最近再不见美国官员提起了,只有韩国官员依然关注此事。 美国一面提出朝鲜放弃核计划换取和平的要求,一面又拒绝签署美朝互不侵犯条约,这个自相矛盾的行为更使美国的承诺难以置信。特别是这里包含着一个逻辑的悖论:当朝鲜没有任何核计划的时候,美国几乎炸平了朝鲜的每一个村庄,几十年来又一直在威胁朝鲜。 即使朝鲜原则上接受美国放弃核计划换取和平的要求,这个计划操作上也非常困难。美国方面认为朝鲜即使暂时放弃核计划,将来也仍然可能重新启动核计划,以提出更多的经济要求,所以美国保守派认为只有占领朝鲜才能最终解决问题。短期内,美国自然想恢复核查机制。但是这个联合国核查机制刚刚在几个月前在伊拉克被美国亲手打烂,搞得名声扫地。朝鲜方面认为:美国在伊拉克的行动证明了接受核查不但不能避免战争,反而成了战争的导火线。这是美国眼光短浅的对外政策制造的又一悖论。 伊拉克战争的胜利给美国的战争机器注射了一针强心剂,美国目前越来越倾向于用战争手段解决问题。美军自然不能指望朝鲜会像南联盟那样“打不还手”,所以美军计划撤退到朝鲜远程火炮和短程火箭的打击范围之外。这一行动很可能是为一次小规模的空中打击朝鲜核设施的军事行动做准备。但是,即使是这样有限的军事行动,其后果仍然有可能变得非常严重。 由于美方突袭的目标是核设施,很可能造成切尔诺贝利事件那样严重的污染,中国、俄罗斯首当其冲。无论美国是否使用核弹,这种对核设施的攻击都跨进了核战争的门槛。以后朝鲜的反击和美国的报复都可能使战争升级为中小规模的核战争,对美国来说可能是一次核“9・11”,对朝鲜来说可能则是主要城市遭受全面核打击。 中国的对策 笔者以为,如果发生朝鲜与美国的军事冲突,中国很难置身度外,因为朝鲜半岛是一座通向中国的“桥梁”。 要遏止这一地区可能发生的战争,周边国家如果采取威慑行动,则可能包括常规力量与核力量两方面。威慑行动可以分为三个层次:(1)力量;(2)使用力量的决心;(3)自身防护能力。 美国在朝鲜半岛每年都进行大量军事演习,即使没有发生危机,中国也应该加强自身的军事力量。 1950年朝鲜战争初期,美国方面在对中国支援朝鲜的决心问题上曾经有过严重教训。但是美国汲取了教训,对于1999年科索沃战争中的“5・8”轰炸中国使馆事件,一些舆论认为这是美国方面对中国的一次试探。对于类似的事件,如果中国没有回答,那么美国方面就会对中国保卫自己的决心做出错误的判断,可能会造成更大的危机。 从地区军事力量对比看,恢复平衡是打消美国任何入侵的念头的要点。众所周知,朝鲜只同中国接壤,任何外国军队在朝鲜的存在都是对中国的威胁。美国朝鲜战争期间就在朝鲜半岛部署了战术核武器(“诚实的约翰”对地核火箭和原子炮),因此所谓“朝鲜半岛无核化”在美军撤出朝鲜半岛之前根本就是一句空话。 如果“朝鲜核问题”引起一场战争的话,那么多年以后人们只会记得这场战争的结果,而不是起因。正如今天已经没有多少人记得丰臣秀吉入侵朝鲜的理由。人们只会记住战争的结果:或者中国出兵援朝,赶走了入侵者,保卫了自己的安全;或者朝鲜被外敌占领,中国的安全受到长期威胁。中华民族能够在世界上屹立5000年而不倒,正是因为我们的先辈采取了积极的应对之策。(新民周刊) Post by bird-dog @ 20:17 六方会谈后中国的对策
2003-10-26 20:16 朝鲜认为美国在六方会谈中提出的建议"无法容忍",朝鲜已经许诺放弃核武器 ,期待换回美国政策上的转变,因为朝鲜觉得六方会谈中自己被欺骗了,好像觉得其它国家劝和其实都是为了与美国搞好关系。对六方会谈未能拿出任何正式协商结果(即联 合声明)朝鲜代表团发言人8月30日表示,朝鲜已不再有"兴趣和期望"参加关于朝核问题的下一轮会谈。 六方会谈总的来说为恢复朝鲜半岛和谈打开了新局面,参加北京六方会谈的代表达成四点重要共识: 一、六方都愿意致力于通过对话和平解决核问题,并以此为基础确保朝鲜半岛的和平与稳定。在此前提下,必需实现半岛无核化; 二、有必要解决朝鲜对安全的忧虑问题; 三、朝核问题要以分阶段、并行地、一揽子的方式解决; 四、为使协商继续,并和平解决问题,不采取任何导致局势恶化的行动。 另外,六方都保持对话,减少分歧,求同存异;各方同意继续把六方会谈进行下去,并通过外交渠道确定下一轮会谈的时间和地点。 朝鲜会前会后的态度使各国感到意外。北韩首席代表金永日在8月28日的全体会议上丢出了一个烟雾弹:"我们已经做好准备宣布为核拥有国,正在考虑进行核实验,也具备了运输核武器的手段。"朝鲜使出了惯用的"愤怒战术"(Tantrum Tactics)主要是对抗美国的经济制裁或军事攻击的意图,其次也是对中国或其它参会国的挑战。美国白宫副发言人克莱尔・布肯称,布什总统不会改变不能容忍朝鲜拥有核武器的立场。把"核武器"当作王牌对国际社会展开"威胁与勒索性游戏"的朝鲜丝毫未改变态度。 美、北韩各有打算 美国代表在此次会谈中强调,朝鲜目前所进行的核计划必须立即停止,但是朝鲜代表团的成员却拒绝接受美方代表提出的要求,他们认为只有在朝鲜得到来自美国的经济援助以及不侵略的协定后,朝鲜才会考虑放弃核计划。 朝鲜代表团团长金永日在会谈中开出的条件包括:美国应恢复对朝鲜提供重油,大幅提供对朝鲜的粮食援助,朝鲜将同时表明放弃核计划的意愿;美国与朝缔结互不侵犯条约并赔偿电力损失之时,朝鲜将允许对核设施及冻结物品进行核查与监视;在朝美、朝日建立外交关系之时,朝鲜解决导弹问题;轻水反应堆完工之时,朝鲜将可以废除核设施。朝鲜主要是为了使面崩溃的经济复苏而得到更多的利益,因此不惜抛出了"有核试验实力的撒手锏"。 美国前国防部副部长助理、财团首席研究员皮特・布鲁克斯说美国外交官的任务是为使北核问题取得进展,堵住别的国家的其它各种想法。 六方会谈后日本军演瞄准谁? 日本陆上自卫队8月30日上午在静冈县东富士地区举行了大规模的综合实弹军事演 习,有2000多名陆上自卫队员和60多辆90式坦克,以及去年刚配备给陆上自卫队的轻装甲机动车、70多门各式火炮、30架战斗机、轰炸机和直升机等参加了演习。这次演习是假设敌人强行在日本列岛登陆,并向主要城市发起进攻,日本自卫队奉命出击,阻击并消灭来犯之敌。参加"作战"的部队使用各种武器装备对来犯之敌进行了约1个半小时的猛烈攻击后,空降部队开始空投作战。但是,空降部队表现不佳,未能及时空降至指定地点,有空降人员受伤,令演习一度中断。 这是日本对朝核六方会谈中,朝鲜代表说要试验核弹的回击。另外也进一步证明了日本自卫队希望借时机加入到亚太国际事务中的决心。尤其值得注意的是:根据日本1976年制定的防卫大纲的规定,日本只有在本土受到大规模侵犯时自卫队才可以行使自卫权。2001年以来,日本国会进行大幅修改宪法,使日本自卫队在武装事件、不明船只进入日本海域、地震以及核事故等突发情况下行使自卫权。2001年8月底在日本右翼分子的怂恿下,日本公开宣布考虑到"中国在日本西南靠近冲绳岛附近海域的活动不断出现,今后将对自卫队配置进行重组,加强对该地区的兵力布防。"日本早在今年7月26日已向钓鱼岛增派了两个舰队,这些舰队还将配备"爱国者"导弹。 目前,日本在修改宪法后准备积极加强自卫队军备实力。日本防卫厅正在草拟一项申请,要求政府拨款10多亿美元,作为明年构建导弹防御系统的第一批经费;26日,日本派出一艘驱逐舰及170名船员,参加俄罗斯在鄂霍次克海举行的大规模军事演习……但最引人注意的却是另一条新闻:日本要耗资600亿美元,全面提升4艘"宙斯盾"舰战斗力,而"宙斯盾"驱逐舰均为当今最先进的电子战舰,其雷达系统可同时捕捉500公里范围内200个以上的目标,并可同时对10个以上的目标进行打击,防空作战能力是普通巡洋舰和驱逐舰的4-5倍。8月29日报道,日本防卫厅决定给担负保卫大城市空中安全的航空自卫队4个高炮集团配备"爱国者3型"拦截导弹,以提高东京、名古屋、福冈等大城市周边地区的防空力量。防卫厅正在制订预算,准备在2005年之前,在东富士演习场内建成巷战训练设施。 种种迹象意味着"日本舰队将能击败任何周围邻国"。日本在大力发展防空和远海作战实力的同时,加速常规武器的更新换代,其急欲挤进世界大国俱乐部的迫切心情由此可见一斑。 因为历史遗留问题中日关系一直比较曲折,而且也不断涌现暗礁和急流。1905年当日本把俄国打败时已经建立起强大的亚太海上远海作战势力,此后它在东北亚地区迅速扩张。1910年后接着占领中国东北、华北,再在中国南京扶持汪精卫傀儡政权。当时日本大体上已建成了以日本为中心的地缘政治环境。假设日本不发动太平洋战争,当时美国很有可能对日本在东北亚的势力范围实行妥协,由此带来的后果必然是中国东部被肢解成几个围绕日本的 "满洲国"。日本军方在1941年10月东条英机组阁,与希特勒讲哥儿们义气,发动了太平洋战争。使日本战败后在9实际建立起来的饿成就一败涂地。冷战时期,日本是担心被美国大哥所抛弃而单独与中国媾和的复杂心情中与中国建交的 ,而尼克松因为水门事件下台,后由于美国国内党派的内部矛盾拖累以及台湾问题的牵扯,美国才在1979年恢复与中国建交。冷战后也同样存在着国际力量的重组,尽管这种重组远没有全球性战争带来的机会空间大。北约组织、欧洲议会和欧元的启用加速了欧盟成为国家实体的进程,其综合国力是目前世界上唯一能与美国相匹敌的政治实体。日本经过十年徘徊经济在东南亚金融风暴中受到重创,现在其急于缓解经济压力希望走上复苏之路。新世纪以来,多极化趋势向日本提供了新的机遇。发展势头强劲"一超"格局使日本反省东亚角色,而随着苏联的解体和俄国的衰落,失去了竞争对手的美国越来越把中国视为其潜在的对手,竭力遏制中国的发展,使中国在通向世界强国的征途上荆棘遍布,不得不面对美国这样一个强大的对手。日本也乘此机会大力发展军事力量,以挤身进入大国的地位。中日关系也影响到中日贸易,但是据日本政府统计,2003年上半年(1-6月)中国和日本的双边贸易总额比去年同期增长了34%,达到600亿美元以上。 布热津斯基在《与中国相处》一文中曾经说:"中国目前的局势与1890年前后的德意志帝国相比较则有某些重要的相似之处。"其实,我觉得中国目前更像一个世纪前的西方强国。欧盟的崛起、俄国的复兴、美国在亚太重新调整的军事部署和虎视眈眈的日本构成了冷战之后"一超多强"格局之下的多极化发展趋势,从而使未来世界政治格局的发展充满了变数,这是中国在加强国防和经济发展时必须面临的现实。中国对此必须有清醒的认识并且要把握时机化解矛盾,要抛弃成见,积极加入到亚太外交舞台上制订外贸双边规则的过程中,在不扩张领土边界和侵犯他国主权的情况下,在尊重国际法基本原则的基础上,为我国争取钓鱼岛和南沙主权的时机,使中日关系稳步前进,使我国在东盟贸易取得更大的发展。 尽快加紧美朝对话 中国说服了原来拒绝参加多方会议的朝鲜,显示了中国对朝鲜的影响力仍然存在,而朝鲜已经意思到绷紧的弦总有断的时候,因此企图捞一根救命草来狗延喘息,缓解经济衰退的压力。但是鲍威尔指出,美国将继续通过外交途径解决问题,但同时也不排除任何可能的方案,并继续拦截阻止朝鲜载运毒品和其他违禁品的活动。在外交周旋的背后,驻韩美军积极计划组建一支爱国者导弹防空旅,这是针对朝鲜最尽的强硬态度的,但是也主要是因为中美关系中一些微妙的因素,中国在中朝边界驻防15万陆军而美国开始了新一轮与台湾打得火热的军售。 美国《华盛顿邮报》8月27日报道中国已经做好了朝鲜崩溃的准备。这是华盛顿的"扇风点火"之招,试想,一旦朝鲜政权孤注一掷大力试验核武,那么,激起多国愤怒,美国才有理由使用武力来加速朝鲜的崩溃。中国的东北边境将涌入大量难民,给本身就难管的边界地区安全带来影响,请大家注意战后的伊拉克今天的现实状况,美国已经对它焦头烂耳,毕竟朝鲜没有伊拉克的经济实力和资源,而美国可能在粉碎朝鲜政权后东亚局势比伊拉克还乱。尤其是代替朝鲜的南韩背后是美国大哥,他们半个世纪来的交情将体现在朝鲜半岛的兵力将更显强大,地区干预性更强,那么中国对东亚的影响力自然会削弱,那时无疑中国在朝鲜核武外交上那也是失败的。一旦朝鲜这个"无赖国"感到四面楚歌来个"背水一站",那么战争会迅速影响到中国的经济增长,而东北亚贸易无疑会首当其冲。 朝鲜希望的体制保障及经济支持问题只能以朝鲜本国的态度变化为基础。继续保6方会谈形式也是很有必要的,这样可以使会谈更接近北韩核问题的核心。而最为重要的是,这样也更有利于美国和朝鲜要在今后的6方会谈框架中继续扩大更深的接触,而不是有越来越深的成见和分歧。 现在我国周围已经有俄罗斯、印度、巴基斯坦3个有核国家,日本一旦面对朝鲜的核威胁将也大力发展核武器,如果朝鲜、日本的这种意愿成为现实,那么面对周围这些核弹的威胁,你能睡安稳觉吗?目前,最主要的措施是"切断朝鲜的脐带"逐步改变朝鲜的"依赖政策 ",促进朝鲜锐意进行经济改革,以让朝鲜能够自给自足,自己能生产新鲜血液来成长。 朝鲜应该清醒地认识到:它比伊拉克的结局好不了多少,因为今天的亚太局势是建立在各国经济互惠互利的条件下的,因此,朝鲜未来的自己的态度决定本国的生死存亡。 六方会谈给朝鲜核问题达成初识提供了契机,中国也认清了感到"头痛"的最主要问题是朝鲜是个无底洞,要尽快促成召开南北韩之间改变立场,让双方明白"荣辱共享"会使东亚安于和平是多么重要,达成共识后南韩的态度当然会影响美国的东亚外交。北韩在4月末举行的三方会谈时,曾在休息期间在走廊,选择中国代表团不在的情况下,故意对美国代表团表示:"对8000根废燃料棒再处理工程已经接近尾声。"看来,朝鲜一贯是为了获得更多的经济援助而阳奉阴违。因为朝鲜到了崩溃的边缘,金正日的首要任务就是使政权能够得以生存。朝鲜还希望以放弃核武器为代价能得到国际社会大量援助和尊重,能和美国签订互不侵犯条约和恢复外交关系。 美国则希望以"可以验证和不可逆转的方式"解决朝鲜核武问题,美国还希望朝鲜停止制造导弹和扩散核武器,削减常规武器。韩国总统国家安全顾问罗钟一表示"如果北韩被确认拥有核武器后,还是坚持不放弃,那么将停止包括南北经济合作会在内的一切经济援助。" 过去,朝鲜试射大浦洞导弹震惊日本。美国和日本随后开始协商建立战区导弹防御体系,台湾也蠢蠢欲动,积极响应配合美国NMD在太平洋导链的建成。从而时美中关系一度感到紧张。一旦朝鲜有核,因周边国家核武装的"多米诺"现象,中国将受到更多的安全威胁,我们应该牵制住日本的注意力,采取积极的措施来防止东北边界的动荡带来的不稳定,更应该警惕台独分子乘机搞分裂活动。 作者: 冷烛 Post by bird-dog @ 20:16 朝鲜半岛核危机的由来及前景
2003-10-26 20:14 8月29日,为期3天的旨在解决朝鲜半岛核危机的北京六方会谈终于落幕了。会谈结束后,各方虽然未能发表联合声明,但仍取得了六点共识,在和平解决朝核危机的道路上前进了重要的一步。当然,朝核危机的复杂性是众所周知的,也不是一、两次会谈就能解决的,对此人们必须持有相当的耐性。 一 朝核危机为什么会产生?就冲突当事方美国和朝鲜的观点而言,双方均将责任推向对方。美国认为,朝鲜作为“流氓国家”,企图发展核武器威胁美国及其盟国的安全和世界和平,因此美国必须想方设法解除朝鲜的核武装;朝鲜则认为,由于存在着美国的军事威胁,朝鲜必须发展自己的核遏制力。特别是小布什政府上台后对朝鲜采取敌对政策,片面中断向朝鲜提供重油,因此,朝鲜发展核武器是被迫的,是对付美国先发制人核攻击的“正当行为”。 笔者认为,美朝双方的观点都有值得研究之处。但是,朝核危机绝不仅仅是一个核武器扩散的问题,它与冷战的遗产紧密相关,也与美国、朝鲜的国内问题相交织,是当前国际政治、经济矛盾的一个错综复杂的反映。这些矛盾诸如:单极与多极的矛盾、南北矛盾、恐怖主义与反恐怖主义的矛盾以及国家之间因民族、宗教和种族等引发的矛盾等等。 半个多世纪前爆发的朝鲜战争,是冷战双方为了意识形态和社会制度的争执而进行的一场热战。战争的主要结果是朝鲜半岛的分裂,单一的朝鲜民族分裂为南北两个独立的国家。在冷战时期(1947-1989),虽然半岛大体维持了一种非战争的状态,但直接军事对峙的色彩一直十分强烈,紧张局势时有发生。20世纪80年代末、90年代初,随着东欧发生剧变、前苏联解体,冷战宣布结束,但是朝鲜半岛南北双方的和解却迟迟没有到来,当时曾有学者把朝鲜半岛称为“冷战的活化石”。换言之,朝鲜半岛的冷战结构在冷战结束后仍然存在。这种情况直到金大中担任韩国总统以后才有所变化。金大中在1998年宣布对朝鲜实行“阳光政策”,开展经济、贸易、文化和人员往来。由于南北双方的共同努力,在2000年6月韩朝终于在平壤实现了历史性峰会。 但是,南北双方的和解进程在2001年1月美国总统小布什上台后受到了干扰。小布什一改前总统克林顿的对朝接触政策,认为“金正日这人不可信”,给金大中的“阳光政策”泼冷水,从此美朝关系恶化,南北官方对话也进入停滞状态。2002年1月在国情咨文中,小布什将朝鲜列入“邪恶轴心”,美朝关系更加紧张。同年9月,鉴于9.11事件的教训,美国公布新的国家安全战略报告,提出“先发制人战略”。今年3月,美国以解除伊拉克大规模杀伤性武器为借口,发动对伊战争,并迅速推翻萨达姆政权,美国的新帝国战略令世界为之感到震惊。 面对美国咄咄逼人的攻势,朝鲜确实有理由担心其安全或者有遭到美国入侵的危险。同时,朝鲜内部僵硬的体制和经济困难则进一步加剧了其不安全感。为了自身的安全和政权的利益,以及某种民族、国家骄傲或光荣,朝鲜在20世纪90 年代初就曾经有过发展核武器的想法。当时,美国根据卫星照片怀疑朝鲜正在发展核武器,对此朝鲜则矢口否认。后来,克林顿政府在权衡利弊得失之后,决定放弃空袭朝鲜的计划,采取了与朝鲜直接谈判的办法来解决危机。1993年3月至1994年8月,美朝双方先后在纽约、日内瓦举行了三次会谈。1994 年10月21日,美朝两国在日内瓦签署了关于朝鲜核问题的《框架协议》。根据该协议,朝鲜同意冻结其核计划;作为回报,美国则负责为朝鲜建造一座2000兆瓦或两座1000兆瓦的轻水反应堆;在轻水反应堆建成之前,美国等国有义务向朝鲜提供重油,协助朝鲜解决能源短缺的问题。第一次朝核危机遂得以和平解决。在克林顿执政后期,美朝关系也得到了一定的发展。2000年10月美国国务卿奥尔布赖特应邀访问了朝鲜,11月朝鲜人民军次帅赵明录回访美国,甚至克林顿本人也有意访问平壤,但因种种原因未能成行。 小布什上台之后,美国新政府对外秉持进攻现实主义的理念,奉行单边主义的强硬外交政策,美朝关系重新陷入了新的紧张之中。美国将朝鲜定位为“流氓国家”、“邪恶轴心”,急欲去之而后快。2002年10月,美国总统特使凯利访问朝鲜。不久,美国宣布朝鲜已承认其推进浓缩铀的核开发计划,第二次朝核危机由此爆发。同年11月14日,以美国为首的朝鲜半岛能源开发组织执行理事会在纽约举行会议并做出决定,从12月起中止向朝鲜提供重油。12月22日,朝鲜对外宣布已开始启封被冻结的核设施并拆除监测核冻结的摄像机,重新启用用于电力生产的核设施。2003年1月10日,朝鲜宣布退出《不扩散核武器条约》。 朝核危机爆发后,美朝双方立场尖锐对立。朝鲜提出,必须与美国举行双边谈判,要求美国放弃敌视朝鲜的政策,签署朝美互不侵犯条约以及提供经济援助,否则朝鲜不能考虑核冻结问题。美国则主张举行多边谈判,并要求朝鲜首先放弃核计划,并接受国际原子能机构的核查,否则不能考虑提供安全保证和经济援助的问题。2003年4月,在中国政府及国际社会的努力下,双方立场有所缓和,中、美、朝在北京举行了三方会谈,朝鲜提出了一揽子解决双方安全疑虑的方案,要求美方给予回应。今年8月27-29日,中国再次展开“穿梭外交”,竭力促成了北京六方会谈。在会谈中,各方均阐明了本国的立场,美、朝双方还进行了单独接触,并最终形成了六点共识,从而为和平解决朝鲜半岛核危机以及建立新的东北亚安全结构提供了机会和框架。 二 北京六方会谈结束后,美朝双方的分歧似乎有增无减。朝方提出会谈毫无用处,会谈变成了强迫朝鲜解除武装的场所,“朝鲜现在更加坚信,除了继续加强核威摄能力,捍卫国家主权以外,朝鲜别无选择。” 9月3日,朝鲜新当选的第11届最高人民会议举行第一次会议,表示支持朝鲜政府通过提高核威慑力量来应对美国的敌对政策,并称朝鲜外务省发布的关于朝鲜没兴趣参加下一轮朝核会谈的声明是正确的。与此同时,美国国内鹰派和鸽派也存在分歧,9月10日美国和其他国家举行了防扩散安全倡议(PSI)的演习。凡此种种,不能不使人对和平解决朝核危机的前景产生忧虑。 但是,笔者认为,朝核危机通过和平手段解决的可能性还是大于战争的可能性。首先,作为两个冲突的主要当事方朝美仍有和平解决的愿望。8月31日,韩国外交通商部长官尹永宽表示,在北京六方会谈中,“朝鲜与美国采取了进一步缓和的态度,我相信,在下次会谈中讨论具体方案就好办了。”另据美国《波士顿环球报》9月1日报道,布什政府官员称,在27日北京六方会谈的鼓舞下,华盛顿正考虑恢复克林顿时的对朝政策,适度给朝鲜一些好处,以换取朝鲜的合作态度。一位不愿透露姓名的美国国防部官员称,“现在,政府正在考虑通过谈判的方式解决朝核危机。”这位官员还抱怨说,如果两年前美国没有改变克林顿时期的对朝“接触”政策,美朝之间就不会出现如今的危机。与此同时,9月2日,朝鲜官方通讯社朝中社的报道声称:“我们并没有改变通过对话方式解决核问题的坚定决心。” 在9月9日的国庆阅兵中,朝鲜也没有展出最新式的导弹。其次,美国和朝鲜目前均有困难,双方难以做出了断。美国陷入伊拉克“泥潭”,面临国内民众压力,小布什总统急欲寻求国际支持以摆脱“困境”;同时美国2004年总统大选在即,美国国内经济长期不振,失业率高居不下,小布什总统如不重视,可能重蹈其父亲的覆辙。与美国相比,朝鲜的情况更糟,国际上面临孤立,国内饥荒严重,人民生活十分困难,弄得不好,政权能否保住还是未知数。最后,朝鲜半岛的周边国家和国际社会都希望和平解决危机,以维护东北亚的和平与稳定。9月2日,日本首相小泉在与俄罗斯总统普京进行电话交谈时,一致评价北京六方会谈对和平解决朝核问题是有益的,并且一致强调,应继续进行六方会谈,坚持和平解决朝核问题。9月3日,韩国总统卢武铉在会见来访的中国贵宾时也表示,无论遇到多大的困难,都应把这一来之不易的会谈进程进行下去。 朝鲜半岛与中国的国家安全历来紧密相关,所谓辅车唇齿。从地图上看,朝鲜半岛就像对准中国脑袋的一把榔头,这把榔头在历史上曾经掌握在帝国主义之手,成为侵略中国的跳板。因此,中国对于朝鲜半岛的事态是不可能不加以关心的。但是,中国的关心不应该仅仅出于意识形态或某种道义的原则,而是只能从中国的国家利益出发。朝鲜半岛和平现状的维持是符合中国的国家利益的,半岛实行无核化以及通过和平手段解决朝核危机则不仅符合中国的国家利益,而且对其他相关国家而言,也是有百利而无一害的事情。正如中国国务委员唐家璇所强调:“无论国家间的矛盾和争端多么尖锐和复杂,都需要而且可以通过沟通和对话找到彼此均能接受的解决办法,这是实现国家和地区安全的最佳途径。” 作者: 王福春 文章来源:燕园评论 Post by bird-dog @ 20:14 朝鲜核危机与国际社会的道义责任
2003-10-26 20:10 引起全球关注并令美国布什政府大伤脑筋的朝鲜核危机开始出现了缓和的迹象。据媒体报道,美国总统布什已经决定向朝鲜半岛能源开发组织拨款350万美元;美国副国务卿阿米蒂奇表示,如果朝鲜放弃核计划,美国愿意通过发表正式声明等方式来确保朝鲜的安全,美国并不要求朝鲜改变金正日体制;韩国考虑向朝鲜供应天然气。处在"愤怒的孤独"中的朝鲜金正日政权之所以采取极端的核威胁,正是为了解决国内的经济困难、为改革获得国际空间和保证政权的安全。朝鲜核危机的解决应该不会出现太大的意外,倒是国际社会特别是美国应该反思一下,既有今日,何不当初。朝鲜核危机是被美国布什政府咄咄逼人的对朝政策逼出来的,美国和国际社会应该认清朝鲜问题的实质,为了朝鲜人民的生存、安定和幸福,勇敢地承担起应有的国际道义,将朝鲜引导到改革开放和融入国际社会的道路上来。 朝鲜金正日政权被国际社会抛弃,处于"愤怒的孤独"之中,可以说是它咎由自取。在国际政治发生重大变化,中国、越南等社会主义国家纷纷进行经济改革和对外开放,各国共产党在执政方式上逐步远离极权主义,给人民更多的自由和富裕的新时代,金正日政权却长期无视国际形势的变化,无视人民的基本要求和他们面临的饥饿,实行自我封闭的愚民政策,与国际社会格格不入,导致了人民的苦难、政权的危机和外交上的孤立。但是,近年来,特别是金正日访问上海后,开始考虑实行经济改革和对外开放。除进行工资改革和货币政策调整外,特别大胆地进行建立经济特区的尝试,希望扩大对外开放,吸引外资。在对外政策上,金正日与韩国总统金大中实现了自朝鲜半岛分裂以来首次首脑会晤,日本首相小泉纯一郎也得以访问平壤。然而,当金正日有可能向正确的方向走去的时候,国际社会非但不鼓励,反而让金正日更加难堪。特别是美国布什政府对朝鲜采取咄咄逼人的政策,将朝鲜称作"邪恶轴心",并违反了1994年签订的核框架协议,使倍受能源匮乏困扰的金正日政权面临更严重的困难。当金正日有可能朝正确方向改变的时候,布什政府无视金正日的变化和内心的渴望,反而对朝鲜实行更加严厉的政策,刺激金正日采取极端的措施。与此同时,其他国家对朝鲜的政策也存在一些问题。日本国内在小泉访问朝鲜和朝鲜方面承认了绑架事件后,不从正面谋求解决问题,一味抓住绑架事件不放,对日本的战争责任和经济赔偿不置一词,让一心希望获得外资的金正日政权大失所望。韩国国内一些人批评金大中的"阳光政策",在朝鲜看来,充满了敌意。而一向作为盟友支持它的中国,在金正日宣布成立新义州特区并任命中国出生的杨斌担任特首后,立即宣布逮捕杨斌。中国政府逮捕杨斌有自己认为正当的理由,而且金正日一直对中国不够友好和合作,金与中国领导人更没有了亲密关系。双方自从中国与韩国建交后存在着不信任,金正日对中国不满,有意与中国疏远。但是,中国与朝鲜之间的矛盾毕竟还是盟友之间的内部矛盾,双方的同盟关系并不像当年中国与苏联那样出现破裂和敌对,双方在安全问题上有共同的战略利益,面临共同的对手甚至敌人。朝鲜准备向中国学习,实行经济改革和对外开放,并任命中国出生的人士担任特区的特首。在这种情况下,却出现了杨斌被捕的事,让金正日十分懊恼、尴尬,在国内外颜面尽失。金正日有做事过于草率、不够尊重中国的一面,中国在这个问题上的处理方法可能也有值得商榷的一面。中国这个盟友也让金正日碰了一鼻子灰。面对着国内的经济困难和政权危机,又在外交上四处受气,金正日才会采取如此极端的措施,以进为退。金正日的极端行为应该遭到国际社会的谴责,但是,从此次事件的发生来说,国际社会也有深刻检讨的必要。 国际社会应该看到金正日政权近年来出现的新变化,为了让朝鲜早日走上改革开放的道路,为了让朝鲜仍在受着饥寒的人民早日过上中国、越南人民今天正在享受的生活,应该从正面鼓励朝鲜走正常国家的发展道路,鼓励它的对外开放,而不应该继续采取布什政府那样的咄咄逼人的敌视政策。事实证明,这种政策既不能使金正日政权崩溃,也没有让它朝正确的方向发展,而是使事态朝恶化的方向发展。朝鲜的改革开放符合周边国家和国际社会的利益,让朝鲜更加处于愤怒地孤独中的政策,不仅对朝鲜的改革开放很不利,给周边国家和国际社会带来了麻烦,更使无辜的朝鲜人民多承受苦难。让朝鲜人民尽早摆脱苦难,是国际社会不可推卸的道义责任。国际社会既然不能也无意推翻金正日政权,那么,从现实的角度考虑,除了对朝鲜增加粮食、能源的援助外,国际社会应该采取鼓励朝鲜改革开放的政策,如朝鲜贷款和鼓励对朝鲜的投资等,并让朝鲜生活在在安全的国际环境中,致力于改革开放。如此,朝鲜的未来,朝鲜人民的未来才会光明,国际大家庭少了一个叛逆和无赖,多了一个普通成员和朋友,最终将促进朝鲜半岛的自主和平统一。 作为朝鲜的邻邦和盟友,中国也有自己应尽的责任。对朝鲜应多一份宽容和理解,我们就是这样走过来的,曾经被美国已故总统尼克松形容为处于"愤怒的孤独"中,如今不能五十步笑百步。要相信朝鲜一旦走上改革开放的道路,由于它的自然条件、教育水平和人口数量等方面的有利条件,朝鲜会得到很快的发展。这在经济上、安全上对中国有利,在道义上也值得支持。一个友好的朝鲜国家和人民,在统一后对中国来说也是非常重要的。中国应该鼓励朝鲜的改革开放,让朝鲜分享中国改革开放的成功经验,并给予朝鲜必要的援助;同时,也应该与韩国一起,努力做朝鲜与国际社会联系和沟通的桥梁。这既是出于战略考虑,也是我们作为一个大国和邻国的道义责任。这才是中国处理当前朝鲜核危机应有的政策基础。 作者: 精选 文章来源:军事天地 Post by bird-dog @ 20:10 2003朝美对决与东亚地缘政治
2003-10-26 20:02 1,朝鲜核危机的变量与可能 2,“军国”朝鲜对外挑衅的制度内因 3,导弹对粮食的吞噬和民族复兴的推进 4,策略的不文明与实力战略的有效性 5,促使第二次核危机爆发的内政与外交考量 6,金正日应对危机可打的“战略牌” 7,核技术和公开的核试验 8,美国和韩国的历史性分化 9,险恶的日本寻机暴起 10,中国的有限介入 1,朝鲜核危机的变量与可能 朝鲜领导人金正日挑起第二次核危机的时机是非常微妙的:美国正忙于对伊拉克进行军事攻击准备而无暇东顾。事实证明,美国并没有足够的军事实力,美国的政治领导也没有足够的精力,对两面危机同步因应。 与伊拉克和南联盟“被动”反美、惨遭收拾的历史不同,朝鲜政权是主动地向美国叫板。在危机背后,存在着让这个不可一世的超级大国并不感到体面的历史叙事。半个多世纪前,美国霸权在朝鲜遭受到第一次严重挫折,十几年后,它又在越南陷入更可怕的梦魇。在美国人有关“东亚的骨头不好啃”的历史记忆里,除了对于红色意识形态的进攻性的体验、对于前东方盟主中国复兴的实力的认知外,大约还有对于东亚诸民族硬朗的民风和儒家历史文化背景的感受。面对着这些迄今仍未丧失活力的历史变量,美国人应该表现得比在世界其他地区要更为审慎。 第二次核危机的爆发,裸露了朝鲜半岛地缘政治中正在孕育的重大历史变动的迹象:在朝鲜半岛持续了50年之久的常规军事平衡,即将被朝鲜正在诞生或者业已诞生正在增长的核实力打破。金正日以核实力和核技术为基础谋求相应的国际地位和伸张意志的权力的努力,与美国对于朝鲜半岛的军事平衡和外交格局的实质掌控之间产生了结构性矛盾。美国人把金正日发动的核危机不仅视为对其主导的核不扩散的国际秩序的挑战,而且主要地当作对于它在东亚地区军事霸权的挑战。 随着危机的升级,在挑衅的朝鲜、不情愿的中国、左右为难的韩国之外,还有包藏祸心的日本、偏执的台独势力正跃跃欲试,要加入这场纷纭的战略游戏。种种实力外交的机缘运作,以及国家哲学的深层推动,使这场危机完全有可能发展成为冷战结束以来东亚地区最大的国际关系危机。 如果局势滑向失控的极致、演变成为金正日政府所宣称的2003年“大决战”的话,那么,朝鲜、韩国、日本、台湾必将作出重要的战略“异动”,而美国和中国作为战略平衡的两极,对危机和“异动”如何应对,攸关各自国势的消长。 2,“军国”朝鲜对外挑衅的制度内因 在长期和平时代,一个小国制造出如此紧张的国际局势,甚至敢与超级大国走向高度危险的对抗,似乎殊不可解。然而对于朝鲜来说,却有着内在的、几乎是命定的必然性。 在共产体系中,朝鲜经验是独特的,它是唯一的一个对最高权力实行家族继承制的极权国家。共产世界曾经弥漫一时的个人崇拜,在原生地俄罗斯和中国业已沦为“灾难文物”,在朝鲜却成功地由“太阳家族”的第一代发展至第二代,今日朝鲜人民正身临其境。 同所有“发作”个人崇拜时节的共产国家一样,皇权的朝鲜外向建构为“军国”??一个2200多万人口的国家,居然拥有120万的正规军队,不能不称之为“军国”。这支与其“身材”相比超级膨胀的军力,在政治生活中享有着绝对优先的地位(朝鲜称之为“先军政治”),发挥着决定性作用,它使得任何对于金正日的权力挑战和思想挑战都成为不可能。对外,它表现为穷兵黩武,“军国武功”被树为国家的主要目标。 观诸历史,以共产意识形态为基础建立的“军国”,具有高度的节制特性,比如斯大林的“军国”从不孤注一掷,而是逐次扩张。毛泽东的“军国”则对军力的使用完全内敛,对外兼民族平等解放的精神领袖和物质支援者角色于一身,通过“输出革命”以打击敌国、提升国势。 小国朝鲜地处于“四大国”之间,作为中美之间的缓冲地带,朝鲜国家的存在,得之于50多年前中国军队与美国军队的那场血腥战争。迄今为止,它的国家安全,也部分地有赖于中国国力的背景支持。所以“军国”朝鲜的对外冒险性,受到了实力和地理的巨大抑制。 面对着并非由全部由自己支撑的军事平衡,朝鲜对“武功”的空前追求具有巨大的舞台感。它所显示的武力威胁,往往具有浓郁的真假相间的泡沫色彩。但是,它们对于朝鲜的极权体制却是必不可少的:能够满足民族复兴豪情和共产主义进攻性的心理预期,这一满足行为似乎赋予了“太阳家族”实施皇权统治和个人崇拜所需要的合法性。对于朝鲜来说,“武功”是对外部紧张局势的必要因应,而一定程度的外部紧张局势,可以用来证明对内采取超级“军国”建制的合理性??这是一个双向循环。所以,如果外部“暂时”没有紧张局势发生,那就干脆由自己主动地把它制造出来。一种建立在实力基础上的“有节制的冒险”??对外不断实施挑衅而非战争行动,对于金正日来说,是比较合算的方式,比如,对意识形态和军事上的敌人不断地发出威胁,对邻居韩国、日本周期性发起边缘磨擦,制造出象东海沉船事件、朝韩黄海交战之类的小花絮,等等。在物质极为匮乏、主要靠虚幻的精神泡沫支撑的社会主义朝鲜,这些挑衅行动是紧张的见证,复兴的动力,武功的象征,荣耀的源泉,显示朝鲜的实力足以向周边施压,加重朝鲜在外交上的份量。它并非一时冲动,而是出自于朝鲜国家战略的基本考量。 3,导弹对粮食的吞噬和对民族复兴的推进 同历史上所有的“军国”一样,“武功”追求必然耗费不赀,给内政造成极大的失衡,反过来,巨大的内部压力也使朝鲜更加趋向于“武功”追求。 在共产乌托邦实验的历史进程中,仿佛童话或寓言一般,1930年代初斯大林治下的苏联、1960年代初毛泽东治下的中国、1990年代末金正日治下的朝鲜,相继掉进同一个陷阱:农业集体化运动催生的人口非正常死亡的浩劫。在苏联,有数百万农民死于人为的饥荒。在中国,这个数字至少在2500万以上。在朝鲜,据估计饿死的人口要超过200万,接近总人口的10%。来自中国东北的消息告诉我们,前几年,鸭绿江以东实际上处于人间地狱状态。 同苏联和中国一样,在朝鲜,大饥荒的惨局证明了极权制度的失败。同苏联和中国一样,在朝鲜,为了掩饰无与伦比的丑陋,铁腕强人金正日通过张扬“武功”,转移经济危机的压力。当大浦洞一号导弹飞越日本上空,当“人造卫星”升空的录像在到访的美国国务卿面前放映时,朝鲜人民的兴高采烈是真诚的。尽管,被统治者置于极度封闭的状态之下,饥寒交迫的人民依然高唱着“全世界都羡慕我们”的进行曲,其愚昧之状,犹如作家鲁迅笔下的“醉虾”,似乎在一定程度上丧失了独立思考能力,但是,同任何世代一样,人民的常识理性没有丧失,也绝对不会丧失。对于民族自身的命运,悲情的朝鲜人民的常识理性仍然是最有发言权的:这个曾经在日寇的刺刀下做了50年亡国奴、“有哪个男人没有挨过耳光”的民族,这个身为殖民地却享受了侵略国的待遇、被美国中校铅笔一划从此两分的民族,这个数十年来被迫充当了大国缓冲地带在冷战威胁下一直活得战战兢兢的民族,太需要足够的实力来完全把握自己的命运。当他们认为“大浦洞”导弹和劳动导弹的成功问世是划时代的骄傲、是民族复兴和崛起的伟大象征时,他们的判断是有充足理由的。他们的精神愉悦并非全属虚幻。不管这中间存在着怎样的、也许“只有天知道”的秘密,小国朝鲜能够制造高精确度的导弹,的确是惊人的成就。人总是要死亡的,但是导弹技术永世长存,它是“天下公器”,它对民族利益的捍卫和促进具有恒久的、越来越重要的价值。 作为责任担当者,金氏父子的确为民族复兴大业立了功,有导弹为证。不幸的是,取得这一成就所付出的惨重成本??导弹吞噬了粮食,片面追逐军工生产的经济战略加剧了农业集体化运动的灾难性??被偏执地忽略了。 4,策略的不文明与实力战略的有效性 导弹技术上的突破使朝鲜“军国武功”有了新型的实力基础。在一个小国舞台上可供演出的空间本来很小,但是现在不同了,因为有了先进的现代化武器导弹在手。 冷战结束以后,美国一霸独大,世界地缘政治的天平开始倾斜,中国由美国的潜盟友一举变为美国的潜对手,东亚地区开始感受到美国强大军力的压力。自1990年代以来,在中国和美国之间,中国大陆和台湾之间,朝鲜和美国之间,开始了世界历史上一种新型的战略对抗??导弹对航母的虚拟攻防游戏,这一切绝非偶然。一旦台湾海峡或者朝鲜半岛有事,美国的航母舰队便汹汹然前来弹压,而中国或者朝鲜便以常规导弹、洲际导弹和人造卫星的发射仪式,显示其拥有的反制力。每当中国的要人??上至国家主席,下至副总参谋长??出访美国本土或者与美国要人在某地会晤之时,中国人往往在本土发射一颗洲际导弹或人造卫星,遥遥地为己方打气。这背后的解说词不言而喻:美国人就信这个。 1994年第一次朝鲜核危机高潮时,针对抵前的美国航母舰队,金日成首创性地发射反舰导弹示威。这场危机以美国和朝鲜的相互妥协而告终。在金日成去世后,金正日继续推动他父亲开创的外交政策调整进程,谋求结束朝鲜数十年来被西方孤立的困局。意味深长的是,这一漫长的调整进程是用军国运动尤其是“导弹戏剧”作为主要助推力的。1994年至1997年左右,朝鲜人不断地用研制导弹一事作为谈判筹码,与美国克林顿政府讨价还价。到1998年,模仿1996年台海危机时中国大陆发射掠过台北上空的“空包弹”形式,一颗大浦洞导弹掠过日本本州上空坠落在太平洋,使这一“导弹戏剧”达到了一个小高潮。 同样是倚重实力,文明的威慑和越界的挑衅之间只有一步之遥。对于以发展经济为急务的中国来说,有着独立倾向的台湾是被迫承受的对手,中国用导弹威慑表征的战争边缘政策,是对台独倾向的必要的实力弹压。而对于朝鲜来说,昔日的敌国日本今日与它并无直接冲突,在风平浪静的局势中,朝鲜导弹掠空的行为,已越过威慑的界限,沦为向邻国主动发起的无端挑衅,即使对于其潜在威慑的主要目标??驻日美军来说,情况也是如此。显然,金正日所玩耍的边缘磨擦游戏,是以擦出界外而非约束在界内,来制造紧张空气并张扬实力的。 同样,在运用实力的方式上,在金正日的字典里,根本没有什么“雅”与“不雅”、“体面”与“不体面”的区分??1994年美朝之间的相互妥协,似乎被金正日片面地理解为单凭研制导弹和核武就可以提取“红利”的先例,而在后来一再援引:在与美国进行外交谈判的当口,金正日曾告诉俄罗斯总统普京,如果朝鲜获得太空商业开发技术,就会停止开发导弹计划。美国认为金正日的行径迹近讹诈,可谓不无原委。 但是,策略的不文明并不能抵消实力战略的有效性。在这一点上,美国与朝鲜的国家哲学不无共识,至少在双边关系上,双方都承认,朝鲜的导弹计划是美朝双方进行平等对话的重要实力因素。随着朝鲜开发导弹技术的前进步伐,美国逐渐扩大与朝鲜的对话渠道,提升对话级别。乘美朝缓和的东风,南部的韩国总统金大中主动访问北方,迈出了朝鲜半岛民族和解的第一步,后来竟因此一举获得了2001年度诺贝尔和平奖。随后美国国务卿奥尔布赖特也亲往平壤,与金正日相会。到2002年,连日本首相也把主动前往朝鲜一趟,作为挽回国内正在下降的民意测验支持率的有力招术。数年之间,中、俄、韩、日、美等国领袖或要人相继访问朝鲜,创下了多项“历史上的第一”。朝鲜半岛一时间成为世界政治的中心舞台之一。这些外交成就不能不被金正日当作他所信奉的实力哲学的佐证。 5,促使第二次核危机爆发的内政与外交考量 在导弹拓展的外交舞台上,金正日的表演让世界舆论眼花缭乱,对于他的个人魅力扑面而来的赞扬增强了他的国内地位。从中饱尝了乐趣的金正日期待着美国总统重演毛泽东与尼克松的故事,首先前来平壤“拜见”,实现美朝和解,从而使整出戏剧在情节上达到高潮。对于小国朝鲜来说,那一幕的份量之重可想而知。 外交调整的初步成功,使金正日更加勇于在国内政策上表现出相当的弹性。受邻居中国威权政治+市场经济的成功经验的启迪,金正日开始了实施经济“松绑”的尝试。近年来,在朝鲜,物价和工资的改革业已初步展开,下面引进外资的步骤呼之欲出,它将导向严格限制的局部经济自由。这一变动虽然谨慎但属于实质性的,它非同小可,报出了朝鲜即将放弃乌托邦公有制的历史信号,灾难深重的朝鲜民族有可能沿着这一方向找出一条新生之路。 但是,朝鲜实行经济改革和对外开放所需要的亲和的国际环境和巨额的外来投资,都受制于它与美国之间的关系状况。在对朝关系上,世界主要经济国家日本、西欧,甚至包括同胞韩国,都要看美国的眼色决定事情的缓急。 摆在金正日桌面的问题简单而又深刻:朝鲜在内政和外交上的调整能否实现突破,在外部都受制于它和美国之间的关系。 克林顿差点来了,却望而却步。新上任的美国总统布什令金正日梦幻破灭。身为超级鹰派,布什对于世敌谋求和解的真实欲望毫不买账,对于朝鲜从外交到内政对美国的需求,故意地视而不见。仿佛在无端地使趋于和解的局面反转恶化,布什政府还将朝鲜宣布为七大“邪恶轴心”之一,与总在挨打、屈辱的伊拉克同列,这极大地伤害了朝鲜人的民族自尊心。在朝鲜人看来,布什政府的战略意图是典型的冷战式的??使美朝关系退回到1990年代以前水平,重新置朝鲜于被国际孤立的状态??这是朝鲜人无法接受的。假如布什还能取得连任,朝鲜苦心孤诣的外交和内政调整似乎至少要被冷冻八年。 毫无疑问,布什政府拒绝给朝鲜颁发进入国际社会的入场券,以及授朝鲜以“邪恶轴心”、“无赖国家”封号表现出的粗暴,必然地使金正日内心因外交内政调整受挫而生的巨大失落感和民族尊严上的巨大受侮感交织。在心理学上,狂人在受挫和受侮之后必然趋向于强力反弹。沉浸在颠狂的个人崇拜的“精神福海”之中的金正日,不可避免地拥有着绝对权力催生的狂人思维。个人崇拜的话语背景是英雄叙事。现在局势似乎是,世界需要反抗美国意志的英雄,民族需要反抗美国意志的英雄,那就让英雄应运而生吧。朝鲜的主体哲学,历来主张充分发挥精神意志的作用。朝鲜的英雄美学,不是以一当十,而是以一当百。国家小怕什么,只要有“21世纪的太阳”在领导。何况在导弹之上,还有更具威力的原子弹和氢弹正待出场??它具有弥补小国和大国之间巨大实力差距的终极威力,还有百万大军作后盾,为民族利益而从事必要的冒险并非无本之木无源之水。 美国过分的冷漠、侮辱和恫吓,诱使偏执而狂野的朝鲜统治者越过了忍耐和等待的临界点,向外反弹发力,在不无节制的对外军国冒险之路上,由“用导弹牟取国家利益”的阶段,跃迁到“用核武器牟取国家利益”的阶段。他要向美国发起直接的挑战,用军国实力和可怕的核武器的威慑力,为国家打破内政和外交的困局。这一幕可以替代其它未能如愿的戏剧高潮,让本国人民和世界人民一领“21世纪的太阳”的超凡英雄胆略。在强人金正日的思维中,对于国家利益上的理性算计与制度养育的非理性的个性狂妄混杂在一起,事态因此而充满了不确定的变数。 6,金正日应对危机可打的“战略牌” 选择美国人无暇东顾时节发动危机,表明金正日的战略设计的确精明而又大胆,也同时暴露出了金正日内心强烈的不安全感:美利坚帝国有着对于胆敢向它挑战的小国强人不留余地往死里打的丰富历史记录,在彻底摆平萨达姆之后,朝鲜很可能是布什政府下一个强力施压的对象。既然早晚都要摊牌,何不主动地利用宝贵的时间差挑起危机并设法驾驭,使未来可能发生的朝美对抗向着有利于朝鲜的方向发展。 金正日政府提出的阶段性外交目标是审慎的:它要求美国放弃冷战思维,与朝鲜签署互不侵犯条约。这个目标设计得颇为巧妙,把朝鲜正当的国家利益与国际普适的和平价值观结合在一起,除了美国以外,估计很少有人会对此提出异议。为逼迫美国人接受这一目标,朝鲜人采取了一系列外交动作??驱逐国际原子能机构核查人员,重新启动宁边核反应堆,退出《核不扩散条约》,扬言再次试射导弹,等等??这些步步升级的挑衅行动的特征,不是导向战争边缘,而是导向核试验边缘。朝鲜人在公开场合否认已制造出核武器,却闪烁其辞地暗示拥有使美国本土陷入“一片火海”的攻击力,这只能指的核武器。它证明,在本次实力外交中,金正日直接选择了核威慑作为主要的施压工具。如果人们从朝鲜人咋咋呼呼的戏剧幻相中清醒过来,就明白这次是真正的危机到来了。 在堂而皇之的签署互不侵犯条约诉求背后,朝鲜政府导向的深邃的战略目标,当然是借与美国和解,逼迫美国作出实质让步,给予朝鲜进入现代社会的入场券,为下一步实行对外开放和经济改革营造亲和的国际环境。与此附带的效应是,逼迫美国承认朝鲜的军事强国地位,并支付其拟制核武和导弹输出的补偿费,为朝鲜换取巨量的国际援助和资本输入。 金正日应该知道,美国很少在威胁下作出实质妥协,帝国的体面不允许它这样做,况且它也不能开一个可能引发其它国家效仿的先例。所以,美国人选择以威胁反击威胁、以强力压倒强力的可能,要远大于它作出妥协的可能。眼下布什政府不断释放谈判烟幕,大施缓兵之计,一旦伊拉克事态结束,胜利回师的航母舰队,会在朝鲜半岛外海用它特有的语言,表达美国政府的强权意志和战略关切。 现在金正日处于两种痛苦的夹击之中:一种是现实的被漠视和被孤立的痛苦,一种是可能遭受的美国施以超级军事和非军事重压的痛苦。金正日已显示,朝鲜再也无法在内政外交困局和不安全感增强的状态中继续生存下去,两害相较权其轻,它宁愿放手一搏,要么凭核实力和技术可能打开外交内政困局,以承担后一种痛苦的代价,取消前一种痛苦,要么就两种痛苦一道承担。 可以预见,即使航母舰队大兵压境,美国人仍然会对朝先礼后兵。寻求以非军事方式解除危机,是美国人的优先选择,也是必走的程序。在布什所声称的将要实施的“超级遏制”中,最有力的一招还是联合国的制裁。朝鲜现在最大的国家利益走向之一就是谋求对外开放,所以它非常害怕联合国的制裁,强硬地宣称“制裁就意味着战争”。但是朝鲜的实力基础不足以支持这一恫吓。朝鲜人依然有信心,不让以联合国名义实施的全球性制裁加诸己身,因为它的天然盟友中国在联合国享有安理会常任理事国席位,拥有着至关重要的否决权。以金正日对于朝鲜半岛五十年历史的领会,他有理由预想??除非中国领导人犯傻,否则中国是不可能同意美国或其伙伴的对朝制裁提案通过的。有中国这棵大树挡着,朝鲜人不会失去十年辛苦调整所取得的外交成就。所以,美国最大的无形资产??国际号召力,将无法化为对朝鲜最有效的压力。在反制美国的非军事手段方面,中国是朝鲜的主要砝码。 目前,除了中国、俄罗斯??这些朝鲜的亲密朋友和美国的潜在对手??认为美国对于危机的爆发也负有一定责任,要求它通过谈判解决危机,在美国的同盟阵营内部,也存在同样的呼声,这主要来自南方的韩国。金正日发动危机的一个重要思虑,即是当下南方的形势对北方非常有利??一场因美国驻军撞死两名女学生引发的大规模反美运动,一个愿意继续执行阳光政策的新总统,还有因为数年来南北和解而越来越增强的同胞情谊,都成了金正日可以利用的战略资源。韩国新总统卢武铉公开声称,如果美国与朝鲜交战,韩国将保持中立。这是非常重要、非常复杂的一句话,也是对韩国政府十年来一项重大国策的宣示:现代韩国人民已经觉醒和强大到不会让外人借用土地屠杀同胞的程度。如果美国人象在南联盟和伊拉克所做的那样,即使是从海上对北朝鲜发动空中打击,韩国人也可能一怒之下把美军从朝鲜半岛赶走。作为前战败国的日本没有这个权利,但是韩国有。 韩国国内这一重大的国策宣示及其民意走向,极大地削弱了美国对朝采取军事行动的可能性,相应地加强了金正日讨价还价的砝码。但是,促使这一走向发生的幕后力量,不仅有南方对同胞情和民族尊严的“善”的趋同,还有它对朝美交战祸及自身的“恶”的恐惧:朝鲜庞大的常规军力,可以通过在三八线发动地面拉锯战、延伸炮击和军机偷袭等形式,使拥有1000多万人口的韩国首都汉城地区长期沦为战场。这是正汲汲于现代化发展和国际经济竞争的韩国无法承受的事态。现在看来,金正日滋养的120万正规军对于应对危机的确有用,至少是使南韩陷入了进退维谷的境地,严重牵制了美国超级军力的发挥。 即使美国人不计一切外交后果地从海上对朝发起进攻,采取诸如袭击宁边核反应堆之类的打击行动,对于朝鲜的核能力也无实质性的损伤。而朝鲜采取的军事报复,还是要让南方和美军陷入长期的战争状态。美国军队即使避开与朝鲜的百万陆军进行地面交战,利用压倒性的海空优势实施空中绞杀,朝鲜依然能够长期承受,朝鲜在军事上一个重要的特征,就是具有相当强的挨打能力。在三八线至平壤的辽阔山陵地带,当年的中国军人挖掘了相当于两倍于万里长城长度的地下工事,朝鲜的军工厂、飞机、坦克、大炮和百万陆军,都将躲在那里面。美国的超级打击力量并不能对金正日统治的基石??军队伤及筋骨,只有采取总体战法不断地摧毁朝鲜的城市和水电系统、不断地“误杀”无辜民众,以谋求削弱朝鲜的经济实力和战争意志,而这并不为冷酷的金正日所恐惧,恰可以作为他的道义武器。 朝鲜的经济规模不大,对外依存度极小(除中国外),紧张和战争对它造成的损害,要远小于对韩国和美国造成的损害。挨打并不会导致金正日倒台,反而会加强其反美民族英雄的地位。 打击的到来甚或是临近,都将可能成为金正日攀登历史高峰的最佳借口??进行核试验。 7,核技术和公开的核试验 金正日拥有的最重要的砝码,还是核技术。如果朝鲜的核武器象它所暗示的那样业已成型,那么它会在美国发出最后通牒之际公开亮相,那样,美国拥有的超级军力和非军力优势将无用武之地。 当朝鲜人指责美国人首先进行核恫吓时,他们的说法是有根据的。因为就在去年,布什政府公开宣布,必要时可以动用核武先发制人对付“邪恶轴心”。作为被威胁的对象,朝鲜认为自己有权利发展核武器。它退出《核不扩散条约》,如果仅就反制美国无端的核威吓、伸张自己发展核武器用以自卫的权利而言,并非犯下了滔天罪孽。 除此之外,还有另一个没有说出的理由??有印度开了打破《核不扩散条约》约束的先例,又有巴基斯坦继之而起,为什么印度和巴基斯坦可以,朝鲜就不可以? 自从美国对印度突破《核不扩散条约》束缚的行径姑息迁就以来,真正的多米诺骨牌效应诞生了。已经没有充足的理由阻止任何国家去效仿印度、巴基斯坦的作为,有的只是对强弱利弊的权衡。美国在它一霸独大的鼎盛时期露出了它没有能力为世界建立和维护恒久的游戏规则的败相。朝鲜半岛第二次核危机就是美国在印度核问题上的短视所得到的第一个报应。 从朝鲜在打擦边球中对重回《核不扩散条约》给予有条件的保留来看,金正日发动危机的首要战略考量,还是以谋求朝鲜的外交和内政利益为主,用“核技术牌”逼美作出外交妥协。但是,如果美国对于朝鲜的“挑衅”和“讹诈”拒不让步,而是强硬回击,把事态导向制裁,战争,或者干脆故意报以长期的紧张、对峙和冷落的话,那么金正日将作出第二种应急选择:舞台化地启动核武器的制造工程。 在双方大玩胡萝卜与大棒并用的游戏中,朝鲜人极有可能认为,如果不让原子弹、氢弹出面说话,不足以把危机升级到让美国人恐惧因而作出让步的地步。 事态发展的危险性就在这里。但是天不会塌下来。没有证据表明,金正日会把可能拥有的有限的核武器,由自卫手段变为变为进攻手段,“承认拥有核武”与“要使用核武”,有天壤之别。在事关国家安危和个人安危问题上,金正日有着正常的人类理性。 美国惯常的实力政治作为,总会加强金正日这样的强人的实力哲学取向:没有核武器会被美国人称为“无赖国家”和“邪恶轴心”,如果拥有核武器呢?人们业已看到,印度和巴基斯坦在成为核国家后得到了美国人相当的亲睐。 如果美国人不为朝鲜第二波段的施压所动,那么金正日很可能选择走向第三波段:把核技术由谈判施压工具变为事实上的核实力,公开进行核试验,放手发展核武器,依靠核实力建立永久的国家安全。如果事态发展到那种地步,走向核武化,对于朝鲜来说,只是能力问题,而不是政策问题。 如果拥有制造核武器的技术能力,对于朝鲜民族来说,布什的强硬僵化是天赐良机,是送上门的充足理由。如果有能力爆炸一颗原子弹或者氢弹的话,民族复兴事业将赢得大突破,这将是朝鲜旷古未有的伟大时刻。它意味着朝鲜将永远摆脱外来军事威胁,意味着朝鲜半岛五十年来业已形成的地缘政治格局将发生根本的转变。 有了核武器,金正日就可以摆脱对中国的军事依赖,他的军力就成了在中美之间可能投机的砝码,这将更加增强中国对他的战略支持。北方拥有了核武器,南方也将寻求拥有,当南方拥有核武时,北方的军事威胁也就丧失了意义,那么,还要美国军队留在朝鲜半岛做什么? 如果朝鲜和韩国都拥有了核武器,日本也将无法阻挡地进行核爆炸,当日本崛起为世界主要的核大国之一时,它就拥有了一反五十年来身为战败国夹着尾巴做人的状态、用实力赢得国家的完全主权并在中美之间进行战略投机的现实可能性。 金正日为提取核实力和核技术的收益可能要付出的成本不会很小。但是对于捍卫国家安全来说它具有一劳永逸的效应。攀登民族历史高峰的诱惑,使得狂人金正日认为这种风险值得一冒。 如果朝鲜进行印度式的核爆炸,东亚地区的局势将产生印??巴式的联动。受到最大考验的是美国,而不是中国。 8,美国和韩国的历史性分化 朝鲜核危机是美国布什政府推行单边外交引发的不可逆料的后果之一。布什政府为什么要改变克林顿政府行之有效的对朝接触政策?意识形态考虑显然是霸权考虑的一个掩护。真正引起美国超级鹰派强烈不安并悍然使时局反转的因素,是朝鲜半岛在1990年代末出现的两大动向:一个是南北双方出现的民族和解和地理统一的趋向,另一个是朝鲜的军事实力增长正朝着可以局部反制美国的军力优势的方向发展。美国的超级鹰派是不希望朝鲜民族的统一早日到来的,它能接受的统一,只是美国实力主导下的统一,而不是由朝鲜民族自身实力主导下的统一。如果任由朝韩两国自主统一进程,让北方的军力和南方的经济力自唱主角,那么,统一之后的朝鲜迟早会导向它最适当的外交位置??中立国地位。那时美国在朝鲜半岛的军事存在就丧失了充足理由。五十年来,美日军事同盟一直是美国在东亚霸权的核心,美国在朝鲜的军事存在是对日本的战略掩护。如果朝鲜这道掩护墙消失,它和日本的军事同盟将受到来自外部的威慑和来自日本国内独立自主呼声的动摇。美国霸权将是朝鲜统一的最大受损者。 这是客观存在的结构性矛盾。即使朝鲜不那么军国,即使金正日比较温和,美国超级鹰派在执政后也要做如此选择。温和内敛的伊朗所遭受的待遇就是例证。 朝鲜的极权统治者虽然对内犯下了深重罪孽,但是它既没有象萨达姆那样对外发动侵略,也没有和本-拉登之流勾结,更没有象美国人那样向侵略者萨达姆输入炭疽菌苗,用以对付共同的敌人伊朗,最后反而被用在自己身上。虽然朝鲜惯常采取不文明的冒险手段牟取非份的影响力,但是根据其内在的节制和实力局限,人们很容易判断,它并没有对东亚和平构成直接威胁,也没有对美国的本土安全和能源生命线构成直接威胁。受到威胁的只是美国对于朝鲜民族命运的主导权和为围堵中国超级影响力而设的战略格局??这是美国在东亚的霸权的主要内涵之一。但是,霸权不是基本的国家利益,而是非份的溢价。 布什对于朝鲜的暴政和外交讹诈的批评表现出了一定的正义感。但作为世界大国的领袖,他面临的问题是如何有效地帮助朝鲜人民改变目前的困厄。近几年的历史进程已经显示,诱导朝鲜改革,比施压促使其崩溃,要更为可行。国际上的正面接纳,其实具有鼓励向善的积极意义。朝鲜已经从与世界交往中获得好处,大量的外界信息输入日久必将催生内变。公有制乌托邦大厦业已开始消融就是例证。美国鹰派企图通过超级遏制促使朝鲜崩溃以牟取地缘利益的做法不是人间正道。 布什政府的施政初衷乃是意欲凭借唯一超级大国的地位尽可能地削弱潜在的对手或敌人,但危机到来、真正需要作出实力较量之时,它才发现拥有的优势并非压倒性的,对方至少有两种战略力量其实无法逾越:一是朝鲜的核力量,二是中国对于朝鲜的背景支持。 当前布什政府应对朝鲜核危机的主要策略,就是在大施缓兵之计的同时,制造舆论和外交态势,把朝鲜对《核不扩散条约》的破坏,宣扬为对世界和平的挑战,而非对美国霸权的挑战。其战略意图是借用其巨大的国际号召力,以联合国为平台,以对朝实施全球制裁作为压力逼朝鲜妥协。在美国的这一政策取向中,中国将承担着其中的主要压力。 来自美国的盟友韩国的不同意见,也将削弱美国施压政策的实际效用。韩国人对于布什政府阻挠朝韩自主和解的进程业已感到厌倦,美国人几年来的作为,肯定让他们感受到在美?日?韩联盟中的地位卑微。对此,韩国越是走向强大,越是觉得无法容忍。出于自身安危所系,韩国现任总统和新当选总统都表示,韩国要在处理核危机中起主导作用,要以谈判而非军事威胁解决危机。美国断然拒绝韩国要唱主角的要求,为向韩国政府以及韩国内部汹涌的反美民情施压,美国甚至声称要削减驻韩美军。的确,韩国在国防上对美国具有巨大的依赖性,同日本一样,美国的军事保护曾经和经济联系一道构成为韩国经济奇迹发生的外因之一。但过去不等于将来,当韩国民族力量兴起之际,美国的军事霸权已经越来越和朝韩人民谋求民族命运自主的努力发生不可调和的冲突。其实,美国人最害怕的,正是他装作不害怕的东西??韩国将美军驱逐出境,退出军事条约。美国人最无法接受的,既不是核武器,也不是朝韩统一,而是朝韩统一之后的中立。但所有这一切,似乎是美国人无法阻挡的。 从朝鲜核危机的纷纭乱象中,我们听到了韩国民族兴起的脚步声,听到了南北民族认同的强劲呼声,听到了一些秉承常识理性的韩国人对导弹和核武正面体认的声音。民族本位价值正在崛起,正在向美国本位价值挑战。南韩经济文化的强势发展,反映出这个民族具有何等的活力。同样,北朝鲜也不可小觑,至少它把精确导弹甚至还有核武搞起来了。具有如此活性的民族是不会长期寄人篱下的,具有如此能量的民族是不会在未来的历史中没有份量的。韩国迟早会与美国、日本渐行渐远,在统一和中立之后,在朝鲜半岛将崛起一个精悍而且原创的地区强国,它将以实力成为日本与中国这一对立两极的协调者。 这是可以预见的在21世纪上半叶必然发生的地缘政治变动。目前韩国的领导人似乎尚不愿正视它,韩国政府尚未确立真正的统一方略??它既想谋求地理统一,又不愿因完全实现民族自主而逆拂美国的霸权意志。甚至于对于统一后是否中立这一简单明了的问题,它都没有得出答案。韩国的历史叙事仍然在向后抒发民族悲情和对于四大国的激愤,而不是进取性地建设性地向前看。这次核危机中韩国政府和人民的独立应对,表明韩国正面临着新的民族觉醒。只要美国以霸权作为行为主轴,无论它对危机作出怎样的应对,都不会令韩国人满意,因为韩国人所要求的正是美国人不能给予的??让霸权退出朝鲜半岛,让中美对峙的影响力退出朝鲜半岛,让四大国永远不再以朝鲜为战略缓冲地。不过毋须过虑,不久的将来,朝韩民族将以实力实现这一切。 如果金正日巧妙地运用策略,可以隐秘地加速美韩联盟分化的趋势,但是需要他不仅把对韩放弃武力威慑当作应对危机离间韩国的策略,而且发展成为一种真诚的和长远的战略。需要他在这次危机过后,把他的外交导向,由美国第一,转为韩国第一。需要他放弃惯常的不文明的军国冒险行径,通过民族共同的精神诉求和利益趋同,象中国大陆争取港台和东南亚华人投资一样,主要从南韩谋求市场化改革所需要的外来投资。如果美国拒绝了,朝鲜可以先与韩国签定互不侵犯条约,此后应该大胆裁军,转“先军政治”为“富强政治”,这是使南方摆脱对美军事依赖的主要操作路径。 当朝韩双方因为天然的血缘、地理和文化因素而渐行渐近之时,美国人处境自然尴尬,这是国际关系中最危险的时刻之一,因为美国超级鹰派此时更容易选取战争冒险来阻挠朝韩的接近,增强韩国内部“亲美派”和“美国本位派”的地位。但是,美国的战略家们应该严谨地考察一下,美国真的有能力长期主宰朝鲜半岛的命运,而不付出严峻的代价么? 9,险恶的日本寻机暴起 假如金正日的朝鲜把危机推进到核试验阶段,韩国也会寻求发展核武以作平衡。在它们的身旁潜伏着的那个尚未完全进化到文明社会的野兽??日本,必将把这一步作出它摆脱囚笼的天赐良机。 中美长期对峙的存在,诱惑着其它国家从中渔利。印度已经成功地开了以对付“中国威胁”为幌子突破核不扩散条约束缚的先例。这次朝鲜核危机是日本人效仿“印度经验”的机会。面对美国,它似乎可以找到发展核武的双重理由,一是朝鲜的核威胁,一是中国的核威胁。不知美国人这次是否会上当。 自1980年代以来,美国决策者一直在东亚玩弄险恶的“均势”游戏,鼓励日本重振军备并走向国际舞台。日本当政者内心实际上赞成重振军备,但是,它所想走的军事化道路,不是美国为它所设定的那种??做古巴式的“枪手”或英国式的“跟班”角色。日本人明白,在核时代过度发展常规军力没有实质意义,而且庞大的常规军费开支对经济发展有着相当的负面作用。以日本人储存核原料的数量级来看,日本人谋求的是成为以强大的核力量为主导的军事大国。而这并不为美国人所乐意见到。 自从1989年中国民间力量暂时退潮和日本社会党阻挠自民党在议会通过海外出兵法案失败以来,除了美国以外,已经没有人能够阻碍日本军事力量的兴起并向着不受文明界定的方向发展。日本如何运用它的力量,攸关亚洲的和平大局。 日本是世界上最为片面发展的大国之一,它的超级经济实力与它的国家主权的不完整(因为美国的占领)和领土的不完整(因为俄罗斯的占领)畸形地并存。一直以来,日本面临的最大挑战,不是如何因应中国实力崛起的威胁,而是如何赢得民族独立和领土回归。日本的军事化、核武化与独立化进程是不可避免的,问题在于它将建立在什么样的战略布局和道义理由上。 历史上,日本人以贪婪著称,它总是想谋求同时达到两个宏大战略目标。民族独立和领土回归至少比削弱中国更迫切、更具实质意义,日本的邪门就在于它企图二者得兼。日本人并非完全不敢走向核武化,而是寻求着最佳的核武化时机。日本需要的,是它核武化了,也没有引发美日关系的崩溃,这就需要嫁祸于中国。近期日本在钓鱼岛挑衅和日本首相参拜靖国神社都是有计划的,似乎在有意制造中日关系紧张态势做给美国人看。一种极大的可能是,它在有意地扮演着中国和朝鲜的制衡者的角色,为利用朝鲜的核试验蒙骗美国、实现核武化做铺垫。 美国比中国更害怕日本的核武化,毕竟美国是日本历史上最大的伤害者和现实中的主权侵犯者。如果美国人允许日本发展起庞大的核力量,那么日本完全可能把核力量运用来向两大占领者美国与俄罗斯施压,一个拥有足以把美国毁灭数次或者数十次的核实力的国家,是有资格终止履行1945年以来的国际条约,要求美国人从日本列岛撤军的。假如美国在利用日本制衡中国这一招上玩火太过,甚至让日本不用支付大的代价即实现了核武化,它可能重落“搬起石头砸了自己的脚”的旧套。诚然,由于核武器的存在,日本发动“珍珠港式的偷袭”已经没有可能了,受到打击的将是美国的战略地位。 从近期来看,与美国联手在亚太地区为中国设套下夹,用中国的被削弱换取日本的崛起,是日本的隐秘国策。但是如果这一高风险的计划流产,日本完全有可能寻求其它的出路。从远程观照,如果统一后的韩国中立,对日本将是很大的诱惑,假如它与美国联合遏制中国不成,它还有着在中美两强之间中立投机的选择机会,也只有如此,日本才能提升在国际博弈中的价码,正如当年中国夹在美苏之间时的情景一样。如果日本沿着核武化??独立??中立的道路一直走下去,美国将丧失它在东亚地区的军事霸权。使这一重大历史变动发生的前提条件之一,乃是中国能够强劲地发展实力,巧妙地运用策略,成功地突破美日联盟在台湾、南海、印度洋等地区对中国实施的围堵,令日本人体认到与中国相互依存比阴暗地角力能够获取更大的国家利益。 10,中国的有限介入 对于中国来说,朝鲜问题的复杂性在于正当的民族利益与过时的军国冒险交织。由于在经贸上对美国市场有着巨大的依赖,中国害怕被金正日拖下水是很自然的。但是巨大的战略考验依然降临到中国身上??中国是否会上美国的当,主动帮美国灭火,从而失去不用结盟的战略盟友? 不管承认不承认,朝鲜是中国用来制衡美国在东亚霸权的一张牌,正如中国同样是朝鲜反制美国的一张牌。打牌战术不是建立在一时的意志基础上,而是地缘结构使然,否则就无法理解我们的祖先为什么在不同的时代在朝鲜进行过三次大的国际战争。 古人云,不爱其师,不爱其资,虽智大迷。如果让朝鲜屏障消失,实际上是帮美国人加强对中国的囚笼,把业已动摇的美?日?韩军事联盟变得更加巩固,鼓励他们更加深入地介入台湾问题。 由于911以后的一系列事件,美国军力重心向东亚转移的计划一时搁置,暂时性地减缓了中国的压力,有人居然因此而鼓吹中美关系正处在历史上最好的时期,无视其间存在的结构性冲突,和第三者台独、日本之流要利用这一矛盾渔利的必然性。美国不会放弃利用台湾问题给中国设绊的机会,就在主要致力于反恐战争期间,促进中国人提升自相残杀的数量级的动作(比如美台军火交易)一直没有停止。可以预见,一旦美国从中东腾出手来,中美危险的战略对抗会照常进行。 在处理朝鲜核危机中,如果中国执政者象绥靖主义者所建议的那样与美联手对朝实施经济制裁,甚至进而如美国人之所期望,在联合国制裁朝鲜时投弃权票,中国的国家利益就要受到巨大伤害了。 朝鲜的核武器不是用来对付中国的,中国与朝鲜也没有象与日本、美国那样所积下的宿怨,使得朝鲜要把可能的威慑压力主要施予中国。除了美国,世界上还没有一个国家把核武器作为进攻的工具。核武器的负面作用并非象美国及其追随者所说的那么危言耸听。自从原子弹诞生以来的世界历史证明,核武器一直是制止战争的最有效的武器。几十年来,是核武器而非人类的良好愿望支撑了世界长期和平大局。 与美国相反,中国在朝鲜半岛没有不正当的国家利益,历史上它把朝鲜当作缓冲地带的行为都是被迫的,无不出于自卫的目的和中朝互利的需要。中国应该尊重朝鲜人民谋求主宰自己命运的想法,对于朝鲜政府依靠导弹和核力量发展主宰命运的实力的具体行为,应该既不口头支持,也不实质阻挠。在这次核危机中,中国不会被朝鲜拖下水,但也不应该抛弃它。假如美国谋求以联合国为平台对朝实施制裁,中国应该坚决地行使否决权,并在此之前令美国知难而退。万一发生美朝战争,只要美国不从陆地上对朝发动军事入侵,中国应该坚决地不介入,但决不放弃粮食、医药及其它人道主义支援,如果美国人胆敢象数十年前那样对平民实施大规模的空中绞杀,中国应该坚决地对朝实施必要的用于自卫的武器弹药供应,为此可以承受中美关系严重降格的代价。中国应该为美国在可能的美朝战争中设定“道义上的三八线”不容逾越,中国已经有实力这样做了,这样做同时也是为了中国自己:今日的朝鲜半岛就是明日的台湾海峡。当然,中国对朝鲜的支持越坚决,台独势力异动的幅度就越小。 中国对朝鲜的最好选择就是多积德,同时必须正面缓和地劝告朝鲜的领袖尊重世界潮流,学习使用实力威慑的文明游戏规则,正如当年毛泽东与彭德怀在不杀俘虏问题上对金日成所做的那样。中国有义务帮助朝鲜人民对内消解极权主义,对外消除不安全的感觉,帮助他们赢得把握自身命运的权利,然后悄然退却。对于南韩,中国必须正面劝告它放弃既想谋求统一、又想把统一后的南北方留在美国的军事联盟之内的不切实际的想法。中国应该告诉朝韩双方,我们并不反对朝韩民族凭借实力赢得统一与复兴。我们对于朝鲜的统一乐观其成,对于朝鲜作为地区强国的崛起乐观其成。当然同时对于朝韩统一后美军退出朝鲜半岛也乐观其成。不管怎样,这个和我们有着共同对手??日本的邻居的崛起,实际上加大了中国在战略上的份量。这一系列的历史变动,乃是东亚地区在21世纪前半叶地缘政治的一部分主题。 一个大国兴起的航船是在波浪中前进的。每隔2-3年来都要到来一件不大不小的事考验考验你。911以来的反恐战争让中国人幸运地拥有了三五年的喘息时间,这段时间应该留给中国作迅速壮大实力之用。中国的军事实力??主要是核实力和导弹实力??越强大,在台湾和其它地区避免战争发生的可能性就越大,彻底制衡美国、日本的战略图谋因而促使其分化的机率就越大。 美国可能无法理解,它在1950年6月30日出兵封锁台湾海峡的行为,为它换来了两次大规模战争??朝鲜战争和越南战争。过去如是,将来亦如是。你现在用台湾牵制我,不断提升我自相残杀的层级,如果我将来能够和平解决,这笔账可以算了。但万一我要使用武力并付出巨大伤亡,我也要毫不客气地为你谋一堆“台湾”、“朝鲜”或者“越南”,让你陷进去。 但是,玩这种游戏有意义么?在这中间,中国是被迫的,只有让发起人吃点苦头,才能令这种互设陷阱的阴暗游戏终结。你以机心待我,我亦以机心回报你。你把我当真正的朋友,我怎忍心让你不高兴? 作者: 郭飞熊 文章来源:倍可亲 Post by bird-dog @ 20:02 朝鲜内外政策调整的趋势及特点
2003-10-26 19:55 世纪之交,朝鲜在内政和外交两方面都进行着重要的战略性调整。尽管这些调整仍在继续进行之中,但在某些主要方面已经表现得相对稳定。在内政方面,建设“主体社会主义强盛大国”的国家发展战略正在悄然实施。与此相适应,根据冷战后十年来国际关系新变化调整实施的对外关系战略更引起了国际社会的广泛关注。 一、以“先军政治”为保障建设“主体社会主义强盛大国”的经济发展战略 1.建设“主体社会主义强盛大国”发展战略的提出和朝鲜公开提出建设“主体社会主义强盛大国”的国家发展战略目标,始见于1998年8月22日《劳动新闻》刊登的政论《强盛大国》。在此之前,朝鲜于1997年10月拥戴金正日为劳动党中央委员会总书记,结束“艰难行军”,开始了“强行军”。 这篇政论指出,朝鲜现在面临着建设强盛大国的新的宏伟目标。强盛大国首先是“主体社会主义国家”,即以人民大众为真正的历史主体,以领袖为核心,实现自主、自立和自卫,摆脱任何支配和约束,在政治、军事、经济、文化等各个领域,屹立于世界民族之林的强大国家。它的实现不取决于国土大小、人口多少、自然资源和物质财富贫丰、以及有无核武器,而是根本地在于思想和军队,即从建设思想强国人手,牢固确立军队柱石,以其威力实现经济建设的辉煌枪杆子有力、科学技术发达,这就是主体社会主义强盛大,园”。同以往比较,这里突出强调了科学技术因素。 2001年元旦共同社论对强盛大国又进行了新的描述。社论说,21世纪是朝鲜实现社会主义强盛大国的世纪。依靠自主维护尊严,依靠团结争取胜利,依靠爱国和爱民族实现繁荣,这就是朝鲜的社会主义强盛大国。经济实力是国家强盛复兴的基础,军事和政治思想威力必须依靠强大的经济实力。没有什么事情比提高经济实力更为重要。这篇社论虽然没有像过去那样明确说明强盛大国的具体内涵,但与思想和军事强国建设相比较,更加突出地强调了经济建设的重要性。应当说,这与最近几年来朝鲜在内政和外交领域取得一系列显著成就,国家政权进一步稳固,从而能够把更多的精力集中到经济建设不无关系。 总的说来,朝鲜关于“主体社会主义强盛大国”的概念提出之后,经历了一个演变过程。如果说它在最初阶段主要起到了金正日领导体制确立权威、团结民众的作用,那么现在它就像金正日所说的那样,已经成为21世纪朝鲜的国家发展战略目标。在这个过程中,经济建设的地位不断提高,发展经济已经成为整个国家的中心任务。 2.建设“主体社会主义强盛大国”的经济发展战略 随着强国战略内涵的不断丰富和完善,经济因素在其中的地位不断提高,建设强盛大国的经济发展战略开始逐渐清晰起来。根据朝鲜媒体的公开报道进行初步统计,从1998年10月到2001年10月底,金正日对全国各地不同经济部门进行了60多次视察,且其次数逐年增加。在视察中,金正日对尽快克服经济困难、发展国民经济、建设强盛大国问题发表了许多重要谈话。其中,内容稳定的政策性指导越来越多于一般性的号召。这表明,朝鲜经济发展战略已经日臻成熟并付诸实施。 根据金正日在视察中发表的许多谈话内容,现阶段朝鲜建设强盛大国的经济战略可以概括为:以实现国民经济的自主化、现代化和科学化为目标,立足于自力更生、讲求实效和不断更新观念,有步骤地抓住主要经济领域的关键性问题,依靠群众运动和科学技术加以解决,为开创在不久的将来国民经济腾飞的新局面打下坚实的物质技术基础。 ①实现国民经济自主化、现代化和科学化的战略目标。强国战略目标提出之前,金正日经常谈到实现国民经济自主化、现代化和科学化的经济发展战略目标。从1998年10月开始,金正日在更多地强调建设强盛大国的同时,对各个经济领域都提出了实现自主化、现代化和科学化的要求。 国民经济自主化是朝鲜建设经济强国的首要目标。朝鲜战争结束以后,由于西方国家的经济制裁和封锁,朝鲜建立了主要与社会主义国家相互协作的国民经济体系。数十年来,朝鲜依靠这个体系取得了很大发展。东欧社会主义崩溃和苏联解体之后,社会主义国家之间的经济联系随之消失。朝鲜失去了石油、焦炭、棉花等战略物资的主要进口来源和出口商品的主要销售市场,国民经济陷入了瘫痪。在冷战后国际形势发生巨变、美国仍未完全解除经济制裁的情况下,朝鲜提出了依靠本国自然资源重建国民经济,以摆脱对进口能源和自然资源的依赖,实现国民经济自主化的战略目标。 与国民经济自主化比较,国民经济现代化和科学化是朝鲜为了在高水平上达到国民经济正常化,进而用现代科学技术加以改造而提出的战略目标,也是一个长期的任务。从实施经济发展战略的阶段性布局看,国民经济自主化似乎应当走在现代化和科学化之前。但是,随着经济工作逐渐占据国家议事日程的中心地位,落后的生产技术设备和工艺流程对实现国民经济自主化的制约作用越来越突出。因此,朝鲜最近提出,国民经济的现代化和科学化已成为再也不能耽搁的迫切任务。 ②自力更生、讲求实效、更新观念的基本原则。为了实现经济发展战略目标,朝鲜先后提出了坚持自力更生、讲求经济实效、按照新世纪要求更新观念和工作作风等基本原则,表现出了对经济管理体制进行积极变革的迹象。 坚持自力更生原则不仅是实现国民经济自主化的保证,也是调动各级地方政府、组织和个人积极性的重要举措。长期以来,在高度集中的计划经济体制下,各级地方、组织和个人养成了完全依赖中央和上级而被动行事的工作作风。面对当前的经济困难,这种体制难以发挥更有效的作用。因此,中央要求道、市、郡等各级地方政府和组织,摈弃等、靠、要的作法,自力更生、独立自主地解决所面临的生产和生活问题,并赋予了管理经济工作的更多自主权,从而调整了中央和地方之间的责任与利益关系,调动了地方、部门和个人的积极性。例如在要求地方完全依靠自己的力量建设中小型水力发电站的同时,允许地方把生产出来的电能全部用于发展本地经济和改善人民生活。朝鲜近来提出,“只有每个人、每个单位和每个地区都自力更生,国家才能繁荣强盛”。对于长期在高度集中的计划经济体制下运作的国家来说,这种认识不能不说是一个很有意义的变化。目前,朝鲜经济学界已经展开了关于国家企业经营独立性问题的学术讨论。 加强经济管理和讲求经济效益是贯彻独立自主、自力更生原则的进一步发展。1999年以来,朝鲜越来越强调要在经济工作中降低成本,厉行节约,建立严格的经济秩序和纪律,确实提高经济效益。2001年朝鲜确立了新的国家对经济工作的领导体制,责成政府内阁全权负责国民经济和社会发展事务,道、市、郡人民委员会行使地方政权和行政职能,对地方的经济发展和文化事业负责。值得注意的是,在4月份举行的第十届最高人民会议第四次会议上,内阁总理多年来第一次作了年度政府工作报告。 在完善经济管理体制的各项举措中,具有重要意义是强调必须坚持政治道德和物质刺激相结合,实行多劳多得的社会主义分配原则。最近朝鲜提出,社会主义社会仍然有大量旧的思想与文化的遗存,生产力发展水平尚未达到能实行按需分配的程度,还存在工农差别以及劳动条件和物质文化方面的差别。因此,在人民群众的劳动生活中,应当体现社会主义社会的这种特点,让他们既关心政治道德,又关心自己的物质收入,以便提高劳动的成果。 贯彻自力更生和经济效益原则,对于朝鲜各级地方政府、组织和个人来说,意味着必须改变长期以来形成的一切依赖中央和上级计划安排的经济生活方式,所以也是一种非常艰难的选择。对此,金正日多次强调,当前各级领导干部的首要课题是根据新世纪的要求,对思想观点、思考方式、斗争作风和工作方法进行根本革新。2001年3月以来,朝鲜以推动创新和变革为目的,大力宣传金正日的“种子论”哲学思想。 ③现阶段经济工作的主要领域和关键问题。从1999年起,朝鲜改变了1994年以后执行的农业、轻工业和贸易第一主义方针,把电力、煤炭和冶金工业、铁路运输业、农业和轻工业确定为经济工作的最主要领域。其中,金正日更多关注的是农业、电力、轻工业和机械制造业。 目前朝鲜正在集中解决扩大电力生产、在高水平上实现工业生产正常化和提高人民生活水平等三方面的主要问题。为了扩大电力生产,解决生产和生活能源紧张问题,国家在努力使现有发电设备满负荷运转的同时,正在投资兴建一些大型电站(如2000年11月竣工的国内最大水力发电站安边青年发电站),地方则建成了数以千计的中小型发电站。为了在高水平上实现工业生产正常化,朝鲜把重点放在立足于现有经济基础,重新全面核算、充分挖掘和利用各个经济部门的生产潜力上。 为了提高人民生活水平,首先努力增加粮食产量。为此采取了因地制宜地种植农作物、选择和开发优良农作物品种、进行农作物两季种植和大力种植土豆等措施。同时,大规模地平整土地和整治水利灌溉设施,以扩大耕地面积,提高农业机械化和水利化水平。从1999年起,朝鲜在江原道、平安北道和黄海北道部分地区完成了共计13万公顷的平整土地作业,目前正在黄海北道其余地区进行这项作业。今后将继续完成平安南道、平壤市和南浦市的平整土地任务。与此同时,平安南道大规模水利灌溉设施整治工程正在进行之中。其次,大力发展养殖业,以改善吃的问题。为此,全国各地兴建了许多淡水鱼和家禽养殖场。再次,加大了对与人民生活密切相关的轻工业部门的关注和投入,新建了一批基础食品厂和日用品生产厂。 ④科学技术和群众运动相结合的途径。在关键经济领域,为解决各种主要问题所采取的各种具体措施中,最主要和最基本的是群众运动和科学技术相结合方法。 在需要规模效益方面,尤其是在大规模地开展平整土地作业、修建大型灌溉工程和高等级公路等建设工程中,由于缺少机械设备和燃料,普遍采取群众运动的方法,动员大量民众参加人力劳动,集中力量在短时间内完成各项任务。在这方面,军队发挥着主力军和榜样作用。军队承担着最艰苦的生产任务,群众学习军队服从命令、步调一致的作风,努力完成自己承担的任务。这就是朝鲜“先军政治”在经济领域的表现。 在群众运动无法发挥效能,或者效能不大的方面,如提高电站的发电效率、降低生产设备和工艺流程的能源消耗、实现井下煤炭气化和无焦炭钢铁冶炼、选择农作物和家禽优良品种等,则强调科学技术方法。2001年以来朝鲜多次强调,用现代科技重建国民经济是经济工作中的再也不能耽搁的中心环节。根据产业结构和产业内部特点有计划地进行技术改造,就是要立足于尖端科技,大胆地淘汰能耗大、效益低的落后生产工序,用最新技术对投资效益高的生产工序进行现代化改造。同时,建设一批以最新科学技术为基础的新的生产基地。 值得注意的是,重视科学技术并不仅仅局限于此,更重要的是把科学技术作为实现强国战略目标的有力支柱。最近朝鲜做出决定,为了加快提高科学技术的现代化水平,要改善对科学技术的管理,大大增加对科学技术领域的投资,加强同其他国家的科技交流和科技信息工作,为科技人员创造良好的工作和生活环境,战略性地培养科技力量,及时将科技成果推广到生产领域。全社会要坚定紧紧依靠科学技术的立场,树立尊重科学技术和科技研究工作者的社会风气。 上述内容表明,朝鲜提出建设“主体社会主义强盛大国”,不仅目标明确、政策重点和方向清楚,而且经过了3年的具体实践。因此,朝鲜的强国概念绝不仅仅是维护国家政权稳定的政治旗帜,而且确确实实是内容丰富的国家发展战略规划。这一点对于正确认识朝鲜内政和外交形势具有头等重要的意义。 强国战略提出3年来,朝鲜内政外交形势发生了很大变化。在以金正日为首的国家政权体制日益巩固的同时,经济状况开始向好的方向发展。在国家财政预算规模连续3年增加的情况下,2001年朝鲜公布了电力和煤炭产量、铁路运输量的年度增长计划和农作物的单位产量目标。正是由于国内政治稳定、经济状况趋于好转,朝鲜才可能从1999年8月开始,在对外关系领域采取一系列重大行动。强国战略带来了朝鲜国内经济形势的好转、对未来信心和希望的增强,以及对外关系领域的一系列重大行动,也为朝鲜半岛和东北亚地区稳定与和平产生了积极影响。 制约朝鲜尽快实现强国战略目标有许多内部和外部因素。但是,其中最重要的是朝鲜需要一个更加稳定的外部环境。朝鲜从2000年以来,把强国战略的重心从思想和军事转移到了经济建设上。但是,由于美国布什政府对朝政策调整所带来的国际环境新变化,朝鲜还没有能够真正把全部精力用于经济建设。2001年以来,金正日对经济部门的视察次数明显减少,对前沿部队的视察次数却显著增多。 如果在今后一段时间内朝鲜看不到外部环境的积极变化,那么朝鲜无法专心搞经济建设,反而时刻警惕外来威胁,因而出现朝鲜半岛局势难以更加稳定的局面是显而易见的。但是如果朝鲜能够感觉到外部环境的有利变化,它就有可能加快思想意识的变革,在扩大各级地方政府自主权、扩大同世界各国的科技、文化、教育交流等方面做得更好。从这个意义上说,如何争取和平稳定的外部环境,对于早日实现强国战略目标具有特殊的意义。 二、旨在一揽子解决对美、韩关系 问题的世纪之交对外关系战略 在实施建设“主体社会主义强盛大国”发展战略的同时,为了改善其外部环境,朝鲜根据世纪之交国际形势的新变化,已着手对外交关系战略进行重大的调整。 在20世纪80年代末、90年代初,随着东欧剧变和苏联解体,朝鲜的国际战略环境骤然恶化。为了摆脱这种不利局面,朝鲜对外交战略进行了冷战结束后的第一次重大调整,把实施外交战略的主方向指向韩国,坚持“一个朝鲜”、和平统一,全力推进“北南共存”战略;在维护和发展同东欧国家、苏联(随后是独联体国家)和中国的传统友好关系,巩固同第三世界国家关系的同时,积极谋求与美国和日本进行直接的接触和对话。 为此,从1990年9月开始,朝鲜同韩国举行以总理为首席代表的高级会谈,讨论“消除北南之间政治军事对峙状态和进行各种交流与合作问题”。其间,朝鲜和韩国于1991年9月同时加入了联合国。同年12月,双方签订了《关于北南和解、互不侵犯和合作交流协议书》和《关于朝鲜半岛无核化共同宣言》,并于1992年2月交换批准文本使之正式生效。为了落实上述协议,双方组建了政治、军事、合作与交流等三个高级会谈分科小组,成立了核控制、军事、合作与交流三个共同委员会,各自设立了板门店联络事务所。在此过程中,朝韩都提出了举行双方首脑会谈的建议。 然而,1993年初韩美宣布举行“协作精神”联合军事演习,以及同年3月朝鲜宣布退出《不扩散核武器条约》之后,朝鲜半岛缓和形势发生逆转。朝鲜意识到以韩国为重点的外交行动具有很大的局限性。美国不仅掌握着重建世界秩序的主导权,而且对改善北南关系和朝日关系、保障国家政权安全和争取国际社会更多的经济援助,也具有举足轻重的影响。为此,朝鲜于1993年春着手对外交战略进行了冷战后的又一次重大调整,把实施外交战略的主方向由韩国转向了美国。 如果说此前改善同美国的关系是旨在为北南实现和平共存创造有利的外部环境,那么这个时候要突破同美国的关系就成了赢得冷战后世界惟一超级大国的承认、从根本上消除对国家安全的威胁的头等大事。因此,在这次调整之后,朝鲜在改善同美国关系方面做了不懈努力。通过与美国在1994年10月签订核问题框架协议,1999年9月签订导弹问题协议等过程,朝美关系取得了相当大的进展。 以1999年8月朝鲜发表对日本关系的政府声明为标志,朝鲜开始改变过去只专注于美国的作法,对外交关系战略进;行冷战后的第三次调整。特别是,2000年朝鲜在外交领域采取一系列重大行动,引起了国际社会的极大关注。 2000年1月,朝鲜与意大利建立外交关系,拉开了实质性地改善同西方国家关系的序幕。2月,朝鲜与俄罗斯签订友好睦邻合作条约,结束了冷战后两国关系倒退和停滞状态。4月,朝鲜与日本恢复了中断9年的邦交正常化交涉。随后,朝鲜与韩国宣布,为了再次确认“自主、和平统一、民族大团结”的统一原则,加快实现民族和解与团结、交流与合作、和平与统一,韩国总统金大中将访问平壤,与朝鲜劳动党总书记、国防委员会委员长金正日举行“历史性会晤”。5月,朝鲜与澳大利亚恢复了中断25年的外交关系。5月末,金正日应邀对中国进行了非正式访问。从此,世纪之交朝鲜外交活动进入高潮。 2000年6月,金正日与金大中举行了历史性会晤。双方发表的“北南共同宣言”表示,解决统一问题的主人是朝鲜民族,双方要团结起来, 自主解决统一问题。南方邦联制统一方案和北方联邦制方案具有共同点,今后应在此方向促进统一。双方将解决交换离散家属访问团等人道主义问题,通过经济合作均衡地发展民族经济,加强社会、文化、体育、卫生、环境等各领域的合作和交流,增进相互信任,为此举行当局间的对话。 2000年7月,朝鲜与菲律宾建立外交关系,并作为新成员出席了第七届东盟地区论坛会议。其间,朝鲜外务相与日本外相和美国国务卿分别举行了半个多世纪以来的首次会晤。同时,朝鲜还得到了加拿大的正式承认。同月,俄罗斯总统普京访问平壤,朝俄关系得到了进一步改善。7月底,朝韩部长级会谈机制正式启动。 2000年8~9月,根据三次部长级会谈达成的协议,朝韩恢复了板门店联络事务所,进行了第一次离散家属访问团互访,部分地解决了“非转向长期囚”问题,开始动工修复连接“京义线”铁路的中断部分和开设朝鲜开城至韩国汶山间的道路。双方举行第一次国防部长会谈,表示要努力缓和军事紧张局势,消除战争危险,实现持久和平。朝韩还进行经济合作事务接触,就韩方以贷款方式向朝方提供50万吨粮食援助达成协议。 2000年10月,日本决定向朝鲜提供50万吨大米援助。朝美发表联合声明,表示反对任何形式的恐怖主义活动。紧接着,金正日派特使访问美国,与美国总统克林顿举行了会晤。双方决定采取措施从根本上改善两国关系。此后,美国国务卿访问平壤,受到了金正日的接见。 2000年11月,朝美军方达成协议,同意美军把军事分界线内修复铁路和铺设公路所要通过的非军事区部分地区的管理权移交给韩国,使之成为朝韩共同管理地区。此后,朝韩军方举行工作会谈,讨论了设立北南共管区问题。11月末,朝韩第二次离散家属访问团进行互访。此外,纳米比亚总统努乔马访问平壤,成为朝鲜近年来接待的首位非洲国家元首。 2000年12月,朝鲜同英国和西班牙建立了外交关系。朝韩举行第四次部长级会谈,决定成立北南经济合作促进委员会,协商解决电力合作、连接铁路和公路、建立开城工业区、防治临津江水灾等问题,谋求民族经济均衡发展,并正式签署了投资保障、防止双重征税、解决商业纠纷程序、财务结算等协议。此后,北南经济合作促进委员会举行了第一次会议。与此同时,朝韩军方又举行两轮工作会谈,就划定非军事区管理区、建立紧急联络体制和非军事区内修复铁路和修建公路工程的开工时间等问题达成了一致。 与冷战结束后的朝鲜对外关系战略调整的前两个时期相比较,上述1999年8月以来,特别是2000年的朝鲜外交活动表现出了新特点。其中最显著的一点是,与前两次主要外交对象分别地集中于韩国和美国不同,1999年8月以来的朝鲜外交对象显得比较分散,主次也不是很鲜明。从外交活动展开的顺序看,主要外交方向全方位地指向了日本、俄罗斯、西方国家、韩国、中国、东盟国家、美国等,其中似乎是最主要的北南关系,也只持续了半年之后就被朝美关系所取代。 这种状况对正确判断当前朝鲜实施对外关系战略的主要对象、内容和背景,都带来了一定的难度。实际上,目前许多人仍在议论着在韩国与美国之中,哪一个国家是朝鲜外交重点等问题。但是,2001年以来朝鲜外交领域的新进展,可以为解读冷战后朝鲜对外关系战略的第三次调整提供新的注解。 2001年1月,朝鲜劳动党总书记、国防委员会委员长金正日再次对中国进行非正式访问,集中地对上海经济建设情况进行了考察。朝鲜还与荷兰和比利时建立了大使级外交关系。同时,朝韩在北方提议下举行第三次红十字会谈,就双方离散家属进行第三次团聚和互通信函事宜达成了一致。朝韩还举行第四轮军事工作会谈,就如何管理非军事区内双方军人和工人,保证顺利连接双方铁路和公路问题达成了初步协议。 2001年2月,朝鲜与加拿大和西班牙建立了外交关系。朝韩还举行第五次军事事务会晤,就北南铁路和公路跨越非军事区段的管理问题正式达成协议,决定双方各自完成所辖区域内的地雷等爆炸物的清除工作。2月末,双方进行了第三次离散家属互访。在此期间,朝鲜批评美国新政府对朝政策强硬立场,表示有可能重新考虑在导弹和核问题上的态度。朝鲜还批评日本歪曲历史、美化侵略战争的动向。 2001年3月,朝鲜同德国、卢森堡、希腊、巴西和新西兰建立了外交关系。虽然朝韩第五次部长级会谈因朝方要求延期举行,但双方红十字会仍按计划交换了离散家属的信件,实现了朝鲜半岛分裂以来双方离散家属首次交换信函。朝鲜驳斥美国对其人权状况的歪曲,否认生产和走私毒品,敦促美国新政府采取实际行动,切实履行朝美核框架协议。朝鲜还反对日本谋求联合国安理会常任理事国地位。 2001年4月,朝鲜与科威特建立外交关系,与俄罗斯签订了军事合作、军事工业及军事技术合作协议。朝鲜强烈谴责日本政府批准右翼团体编撰的中学历史教科书,批评美韩联合军事演习违反了朝美有关互不威胁的协议,美国布什政府采取的对朝强硬政策严重破坏了朝美关系发展和朝韩统一的良好势头。 2001年5月,欧盟轮值主席国瑞典首相佩尔松率欧盟高级代表团访问朝鲜,与金正日举行了会晤。朝鲜表示将全面发展与欧盟的关系,在2003年之前继续停止导弹发射试验。同月,朝鲜与巴林建立了外交关系。朝鲜还谴责美国拖延轻水反应堆建设工程,要求美国补偿因此造成的损失。 2001年6月,朝鲜商船无事先通报的情况下驶过韩方海域,韩军方要求往后必须事前通报,否则采取强烈措施。不久,朝鲜与韩国现代峨山公司就经陆路到金刚山旅游和指定该地为旅游特区达成协议。朝韩各政党和社会团体举行民族统一讨论会,纪念《北南共同宣言》发表1周年。在此期间,朝鲜谴责日本对朝敌视态度,阻止朝方“随军慰安妇及太平洋战争受害者补偿对策委员会”代表团入境。朝鲜还反对美国单方面提出对话议题,要求优先讨论补偿因轻水反应堆建设延期造成的电力损失问题。同月,朝鲜与土耳其建立了外交关系。此外,瑞士ABB集团在乎壤开设代表处,成为首家在朝鲜开设代表处的大型西方公司。 2001年7月,朝鲜最高人民会议常任委员会委员长金永南访问越南,双方就扩大经贸、科技、文化、教育等各个领域的合作达成一致意见,并决定加快谈判早日签订鼓励和保护投资、避免双重征税、司法合作等协定,尽早举行两国政府经济、科技合作委员会会议。同时,朝韩农民在金刚山举行统一大会,表示将为履行《南北共同宣言》而努力。此后,朝鲜与欧盟宣布正式建立外交关系。朝鲜还严厉谴责美国进行导弹拦截试验,强调将被迫采取对应的自卫措施,并重申美国应撤走驻韩美军,停止实施对朝敌对政策。7月末,金正日开始对俄罗斯进行访问。 2001年8月,金正日与普京签署《莫斯科宣言》,强调两国要为保持全球稳定共同努力。俄坚决支持朝韩在无外来干涉的情况下继续对话,并表示将继续在半岛和平进程中发挥建设性作用。8月中旬,朝韩各社会团体代表在平壤举行民族统一庆典,纪念从日本殖民统治下解放56周年。朝鲜表示十分关注和深切忧虑右翼思潮在日本抬头,对日本首相小泉纯一郎参拜靖国神社感到激愤。朝鲜还表示朝美对话未能恢复的责任在美方,批评美韩举行针对朝鲜的联合军事演习,敦促美国放弃对朝敌视政策,为双方对话创造良好气氛。 2001年9月,中国共产党总书记、国家主席江泽民对朝鲜进行了正式友好访问,同朝方就本着“继承传统,面向未来,睦邻友好,加强合作”的精神,努力把双边友好合作关系推向更高水平达成共识。此后,朝韩在北方建议下举行第五次部长级会谈,就进行第四次离散家属访问团互访、举行当局会谈讨论搞活金刚山旅游项目、举行第二次经济合作推进委员会会议,以及进行第六次部长级会谈等达成协议。朝鲜再次表示,驻韩美军已成为解决半岛问题的巨大障碍,应尽快撤离。朝鲜还抨击日本以朝鲜“导弹威胁”为由进行运载火箭试验,将破坏东北亚和平与稳定。 2001年10月,朝韩就搞活金刚山旅游合作项目举行会谈,同意为此采取积极对策,并继续讨论有关开辟陆路旅游线路等问题。然而,在朝韩红十字会交换第四次离散家属访问团最终名单后不久,朝鲜以韩国实行“紧急警戒状态”为由,宣布推迟进行离散亲属访问团互访。朝鲜还就美国开始在阿富汗的军事打击表示,美国的军事行动不要破坏世界和平与稳定,不要伤害无辜。 2001年11月,朝鲜同意参加现有的所有反对恐怖主义的重要国际公约。但对日本通过反恐怖相关法案表示忧虑。韩朝举行第六次部长级会谈,就履行第五次部长级会谈达成的协议进行了协调。 与2000年的情形一样,2001年朝鲜外交对象铺设面也很广,涉及到中国、俄罗斯、美国、日本、欧盟及其成员、国、东南亚国家和其他一些发展中国家,重点对象集中到了韩国、美国、日本、中国、俄罗斯和欧盟及其成员国,其中韩国和美国更加突出。这表明,朝鲜已经改变了按部就班、循序渐进、单打一的外交行为方式,采取了点面结合、主次兼顾,一揽子解决冷战遗留下来的所有国际问题的做法。 这里值得注意的是,美国和韩国同时处于朝鲜外交主要对象的位置上。从对外关系战略调整的背景考虑,这种安排可能会产生更加理想的效果。从总体上看,在朝鲜着手进行新一轮外交战略调整之前,冷战结束以来朝鲜所处的国际战略环境没有发生根本变化。除了朝韩都加入了联合国,朝韩之间的敌对关系依然如故,朝鲜同美国、日本等西方主要国家还没有实现外交关系正常化。但从另一方面考虑,朝鲜在1994年10月同美国签订核问题框架协议以后,须臾没有停止与美国进行接触和对话。通过认真履行核框架协议,朝鲜大大改善了同美国的关系。1999年9月朝美签订柏林导弹协议后,朝美关系步人了稳定发展的轨道。朝美之间的所有问题都到了临近解决的最后关头。因此,在朝美关系取得最后突破之前,朝鲜与韩国举行首脑会谈,推进双方的和解与合作,并不意味着朝鲜将实施外交政策的主方向从美国转向了韩国。也就是说,朝鲜外交的主要政策目标始终没有离开美国。 不仅如此,朝韩首脑会晤及其以后双方关系的迅速升温,推动了朝美关系进一步发展,最终使朝美除了如何确立朝鲜半岛和平机制的问题之外,在包括导弹问题在内的其他所有问题上几乎取得一致,双方关系接近于实现正常化。所以有理由认为,朝鲜致力于改善北南关系,其目的之一就是以此触动美国主动接近朝鲜,以便最终突破朝美关系。 但是,从朝鲜国内形势看,朝鲜在北南关系方面的举动,并不仅仅是为了朝美关系。一段时间以来,有一种比较流行的、未必经严格推敲的观点并没有受到质疑。它认为朝鲜调整对外关系战略与韩国接近,只是为了借助于韩国的援助解决粮食严重短缺、工业原材料和能源供给紧张问题,进而完成经济复苏的任务。因为在目前情况下能够不断提供这种援助的只有韩国。而在朝韩宣布要举行北南首脑会谈之前,正是在韩国总统金大中在柏林发表宣言,表示可以有条件地帮助朝鲜改善基础设施之后。 现在看起来,更加正确的认识恐怕应当与朝鲜建设“主体社会主义强盛大国”的发展战略联系在一起。因为朝鲜在最困难的时期也没有向韩国作出过类似举动,而在2000年朝鲜同意与韩国举行首脑会晤时,朝鲜经济已经开始复苏。从这个角度看,朝鲜重新把韩国确定为对外战略的一个主要方向,应当看做是具有更高战略目标的安排。 实际上,在朝韩首脑会晤后,借助于北南关系与朝美关系的并行发展,朝韩通过签署《北南共同宣言》,奠定了此后双方和解与合作,最终实现和平统一的基础。双方通过对话和交流,在已形成一定规模的民间交流的基础上,又形成了一个完整的、多层次的政府间的对话局面;对话的领域也扩展到了政治、经济、军事、文化、体育等各个方面。更重要的是,双方人员交往和物质流通空前增加,大规模经济技术合作酝酿起步。 另一方面,朝鲜加强对欧盟及其成员国的外交、金正日在2001年初访问上海,以及目前朝鲜针对经济欠发达国家的实质性外交行动明显偏少等等,都可以与朝鲜实施强国战略联系在一起。进一步地说,目前在朝鲜对外关系战略实施的主要内容中,虽然旨在捍卫社会政治制度的政治和安全问题占有主导地位,但是经济问题所占的比重逐渐增大。这是正确认识当前朝鲜内政外交的又一个基本观点。 在上述观点的基础上,根据2001年朝美、朝韩关系演变的特点,可以对今后一段时期内朝鲜外交发展的趋势进行大致的前瞻。2001年1月美国布什政府上台后,对美国对朝政策进行了重新审议。6月,布什总统宣布美国决定恢复同朝鲜接触,表示美国将以一揽子接近方式,与朝鲜讨论完善履行关于冻结核计划的框架协议,对导弹计划进行可核实的限制、禁止导弹出口,以及常规军备态势等问题。 对此,朝鲜立即表示了断然拒绝的态度。朝鲜认为,美国在对话前单方面宣布要将朝鲜核、导弹和常规军事力量问题作为议题,其目的在于解除朝鲜的武装。美国的条件完全无法接受。布什政府恢复对话的建议本质上是单方面的和有前提的,其意图是敌对的。朝鲜对美国进行对话和通过对话解决问题的诚意表示疑问和忧虑。朝鲜主张,最现实和重要的问题是美方对延期交付轻水反应堆做出负责任的处理。 在导弹问题上,朝鲜表示自己发射卫星的目的在于和平利用。如果美国保证无偿为朝鲜发射卫星,朝鲜就放弃自制的运载火箭的发射。朝鲜出售导弹完全出于商业目的。如果实物补偿能够得到保证,朝鲜可以马上终止导弹输出。如果美国放弃对朝鲜的敌视政策,朝鲜可以放弃开发所有超过一定射程的导弹。在核问题上,朝鲜表示美国的要求不符合核框架协议,朝鲜不能接受国际原子能机构的核查要求。朝鲜不仅按照核框架协议保证了国际原子能机构的核冻结和监察活动,今后也将忠实地履行自己的义务。在常规武器问题上,朝鲜表示自己的常规军事力量是应对美国及其同盟势力严重威胁的自卫手段。朝鲜绝不会在驻韩美军撤离之前讨论常规军事力量问题。 从朝鲜如此强烈的反应看,布什政府已经完全背离了前任政府的对朝政策,试图重新确立美朝关系基础,这就给朝美恢复对话设置了很高的“门槛”,也严重阻碍了朝韩和解进程的向前发展。更加令人担忧的是,“9・11事件”后美国对国际恐怖主义势力的报复行动,给尚未摘掉所谓“支持恐怖主义国家”帽子的朝鲜带来了新的威胁,给朝美关系带来了新的问题。 从目前朝鲜试图一揽子地解决对美国和韩国关系问题的努力,折射出朝鲜不大可能不顾朝美关系的僵局推进朝韩关系的可能性。除了历史的教训之外,一旦朝韩关系发展过快,朝鲜就会失去通过韩国牵制美国的重要砝码。这也是目前在美韩日三方合作对付朝鲜的情况下,朝鲜不得已的一种选择。因此,如果美国不改变对朝鲜的怀疑态度,即使是韩国一相情愿地努力推动南北关系的发展,朝韩关系出现倒退的可能性也是不能排除的。 作者: 朴键一 Post by bird-dog @ 19:55 朝鲜问题是美国的还是中国的?
2003-10-26 19:38 国家主席胡锦涛与美国总统布什在八国峰会期间会晤,双方所讨论的其中一个重要问题就是朝鲜半岛问题。最近一段时间以来,中国在朝鲜问题上有些对美国而言是非常“积极”的动作。不久前,中国努力地促成了美国、朝鲜和中国的三方会谈。会谈尽管没有很大的成就,但美国是很感谢中国的。这次,胡锦涛又主动地向美方传达了诸多正面的信息。美国对中国的态度也因此在继续发生变化。国防部副部长沃尔夫威茨就表示,中国是一个可以影响朝鲜内政的国家。可以预见,当朝鲜问题成为美国政府的重要议程的时候,中国在朝鲜问题上的态度会再次为国际社会瞩目。 自改革开放以来,中国一直不把朝鲜问题看成是自己的问题,而是美国的问题,或者其它国家的问题。那幺,中国最近态度的变化是否表明在朝鲜问题中国的认知已经发生了根本性的变化?是否已经认识到朝鲜问题是中国的问题,而非美国的问题,或者说主要是中国的问题,其次才是美国的问题? 答案并不明显。中国迄今所发生的变化主要是为了回应在朝鲜问题上美国对中国所施加的巨大压力。笔者在本专栏中已经多次讨论过,中国在朝鲜问题上一直并不乐意和美国合作,甚至是想利用朝鲜问题来制约美国。在伊拉克战争期间,当美国建议联合国应当干预朝鲜发展核武器的问题时,中国是竭力反对的,认为朝鲜问题是由美国挑起,也应当由美国自己来解决。显然,中国想把自己置身事外。 为什幺伊拉克战争后,朝鲜本身和中国都有很大的转变。朝鲜原先的立场是很强硬的,但伊拉克战争在短时期结束了,对朝鲜无疑是一个很大的压力。因为说不好,朝鲜是美国的下一个目标。同时,中国也感觉到了压力。很少有中国战略家预想到战争会在短时期内结束,很多人认为这会是一场沙漠“越南战争”。在伊拉克战争以后,如果美国真的把目标转向了朝鲜,中国无论持怎样的立场,都会被动地卷入这场危机。与其说是被动地卷入,到不如主动一些为好。 中国的主动性马上就有了一些回报。中国首先证明自己是可以主动做些事情,成为美国的合作者。其次,这样做也表示,朝鲜半岛问题没有中国的介入就无法得到解决。作为东亚最大的国家,任何一方想在朝鲜问题上有所作为,都必须和中国合作。再次也是最重要的,中国表明了自己可以成为一个负责人的地区大国。和其它国家一样,中国也在忧虑朝鲜的核武器发展问题。 不管中国的态度是怎样转变的,这种转变对中国的国家利益是正面的。但是,中国如果要在朝鲜问题上真正发挥作用,就要把朝鲜问题作为自己的问题,而不是美国的问题。在中国历史上,很长时间里朝鲜问题一直是中国的问题,两国的地理关系决定了中国必须把朝鲜问题看成是自己的问题。当然,中朝关系有好有坏,甚至还有战争。直到毛泽东时代朝鲜问题还是中国的问题。当然,当时是冷战时代,中国很清楚朝鲜的安全问题就是中国的安全问题。朝鲜是中国后院,如果落入美国的势力,对中国安全所构成的威胁超出了人们的想象能力。 到邓小平时代,中国外交实行“韬光养晦”政策,领导人的重心在内政和经济建设,不想过多地涉及到边界以外的事情,包括朝鲜。尽管有所谓的和平外交和友好邻居政策,但大多是以被动的、低姿态的方式来解决和外在世界的问题。久而久之,中国的外交对外在世界的变化变得非常的麻木不仁,正常的外交压力很难促使这种趋势的转变。 现在因为有全球恐怖主义事件、有美国的压力,至少在朝鲜问题上,中国感到非变不可了。但是,中国的做法在外界看来还是不够的。外界感觉到了中国和美国合作的意愿。但是因为中国没有非常明确的朝鲜政策,还没有真正把朝鲜问题看成是自己的问题,把解决朝鲜核武器问题和长远的国家利益结合起来,对很多国家来说,中国只是屈服于美国的压力罢了。只有等到中国真正认识到朝鲜问题是自己的问题,处理朝鲜问题不是在帮美国人的忙的时候,才会有真正有效的朝鲜政策的出台。 实际上,朝鲜问题与其说是美国的问题,倒不如说是中国的问题。朝鲜发展核武器,对中国构成的威胁要比其它任何国家都要大;另一方面,让美国来主导朝鲜问题,唯一的结果必是损害中国的国家利益。与其说受美国的压力来被动地处理朝鲜问题,倒不如自己主动来解决朝鲜问题。即使没有美国的压力,中国迟早也是要解决朝鲜的核武器的问题,总不能把问题推给后代来解决。 作为一个崛起中的地区大国,中国不可能再利用朝鲜来对付美国的力量了。中国要有自己的原则来处理朝鲜问题,当然不是当和事佬。在武器扩散、无核化、和平、开放与发展等一系列问题上,中国都必须发展出自己的一套原则。当然,这些原则不是自说自画,它们必须能够得到其它国家至少亚洲国家的一定的认同,否则中国还是成不了亚洲的大国。在很大程度上,朝鲜问题如何处理是检验中国能否成为亚洲大国的一个重要标志,同时也是中国能够处理大国间关系的一个重要标志。 作者:郑永年 Post by bird-dog @ 19:38 日本公然挑战中国“权威”
2003-10-26 19:36 日对朝“先发制人”是虚,公然挑战中国“权威”是实 自阿富汗战争,日本在世界人民心中的形象日益变得恐怖和可怕。它不仅对二战时对亚洲人民,特别是对中朝两国人民所犯之罪行拒不认账,而且公然出台派兵海外法案,并扬言要修改战后宪法,以使日本自卫队最迟于2005年成为正式的军队。尤其是在伊拉克战争后,日本借与美国的军事同盟关系,更加不可一世,不仅军国主义倾向日重,而且积极插手亚洲事务,及至发展到2003年9月15日,日本防卫厅长官石破茂公然声言,要对朝鲜进行“先发制人”的导弹攻击。此言一出,令世界哗然,但是世界各国的战略家却并没有识破日本的真正用意,仅认为日本此言只是针对朝鲜,并没有其它用意。然本人却并不这么看,笔者认为,日本明着是对朝鲜叫板,实着是试探中国的反映。然而,中国这么多战略家竟然无人识破日本针对中国的战略野心,纵然也跟在西方军事专家的屁股后面转。真是既可悲,又可叹啊! 朝鲜半岛历来是日本侵略中国的中转站 日本作为一个小小的亚洲岛国对泱泱大国中国而言,本不足为虑,但日本却不这么看,在日本人看来:你虽大却不中用,我虽小却敢于称霸亚洲和世界!明治维新以来,日本一直做着这样的美梦,即要称霸亚洲必先征服中国,而只有征服中国才能继而与列强争锋,最终实现称霸世界的梦想。这一梦想的出发点就是:以此拓展日本的“生存空间”。而要征服中国的前提条件就是先要有一个前进基地和中转站,这个中转站的最佳地点就是“朝鲜半岛”!朝鲜半岛对日本侵略中国而言具有其它地点所不具备的优势:一是它离日本最近;二是它与中国相连;三是它力量最弱。仅此三点就足以使朝鲜半岛对中日两国而言利益相关,谁也不敢轻言放弃。然而不幸的是,对日本而言,朝鲜自古以来只与中国交好,而与日本无橡,是故日本在十九世纪对朝鲜半岛的几次侵袭均因中国的介入而功败垂成。然日本屡败屡战,至十九世纪末1895年的中日一战而胜后,才于20世纪初终于占领了朝鲜半岛,确立了最终向中国进军的基本前提条件……侵略的前进基地!随后的日本侵略中国的历史,想必大多数中国人仍然记忆犹新,但也不排除还有许多早已淡忘了这段历史的中国人。如今,日本人竟又要向海外派兵了,其兵力的最终战略指向为何处呢?是朝鲜半岛吗?不!它指向的依然是中国。 中国的前途与朝鲜半岛的命运息息相关 对于中国而言,朝鲜半岛与中国的友好关系自古至今未曾中断过,中国的国家利益与朝鲜半岛的命运不可分割。朝鲜半岛出现的任何危机或多或少都将影响和威胁到中国的国家安全,中国能够坐视不管朝鲜半岛所发生各种事件吗?显然,不能不管。正所谓:城门失火心会泱及池鱼,唇亡齿寒呢!然而,就是这样浅显的道理,许多中国的政治家和军事家都不明白,公然还有人愿意帮助美国来收拾朝鲜,替美国人、日本人维护它们的国家利益,而情愿损害中国的国家利益。1994年,美国国防大学校长就公然在中国国防大学的讲演中宣称:亚太地区的四大热点问题:朝鲜半岛问题、台湾问题、南海问题和南亚问题,没有美国的参与是解决不了的,这是美国之所以在亚太地区陈兵十万的主要原因。然而台下的中国军人却并没有多少反应。事实是:这四大热点均位于中国及其周边!难道远在万里之外的美国的国家利益都可以在我们的家门口,而我们作为当事国竟然却不认为这是关系到我们国家生死存亡的利益所在吗?显然,这是令人难以理解的,也是每一个爱国的中国人不可容忍的。对于朝鲜问题,如果中国不能清楚地认识到其对中国国家利益的极端重要性的话,我想不仅世界人民不会尊重中国,就连中国人民自己也会对其祖国丧失信心。目前,朝鲜半岛是世界唯一的一个世界各大力量的交汇点,一旦此地出事,则朝、韩、中、美、俄、日六国在朝鲜半岛及其周围地区和海空域汇集的兵力将不会少于200万,并有可能在此暴发的是一场热核危机或战争。而其危机或战争的最大受害者除了南北朝鲜外,就是中国,甚至中国受到的伤害更大!试问:中国能不管朝鲜半岛的事务吗?回答是不能!而且中国还必须要掌握处理朝鲜半岛事务的战略主动权,否则中国就不是一个负责任的大国,就不足于受到世界各国的尊重! 先发制人是日本对中国权威的公开挑战 目前,在朝鲜半岛问题上美、日、韩已经开始统一步调,企图共同对付朝鲜,特别是日本已经急不可耐,公然跳出来充当美国干涉朝鲜问题的急先锋,并以一句“先发制人”的开场白唱了一出独脚戏。其真实的战略意图和战略指向明眼人一看就明,还用解释吗!实际上,就目前形势而言,朝鲜半岛问题与你日本又有何干呢?你只要好好地在你自己的国土上管好你自己的事,不要对亚洲国家指手划脚和放言派兵干涉世界事务,不仅中国不会,而且朝鲜也根本不会威胁其安全。这一点世界人民都清楚,就连美国大兵也深深地明白这一点。但是,日本却不这么看。日本认为,朝鲜的导弹就是针对日本的,这显然是自己多事,朝鲜目前最主要的问题是生存问题,其次是统一问题,至于攻击你日本它也无此能力和企图,除非你无事生非,非要插手朝鲜半岛事务,以显示你的存在。实际上,日本的这一系列动作对朝鲜并无多大的影响和威胁,道是对中国的威胁最大。在日本的军事战略中,中国始终是其潜在的对手和敌人,而朝鲜虽也被其列为对手,但其却并没有真正将其作为对手看待,其最终的战略对手和指向仍然是中国。过去如此,现在亦如此!也许有人会问:过去日本战略指向中国是为扩大其生存空间,如今中国强大了,日本是为了什么呢?我们认为,其战略指向中国仍然是为了拓展其生存空间!在过去,世界主要在列强统治下时,其指向中国主要是占领中国的土地和掠夺中国的资源。如今世界是主权国家的世界,靠军事手段已经难以实现甚至根本就不可能实现上述目的时,在经济领域的斗争就成为了其拓展生存空间的主要手段。正是因为中国近二十年来的经济改革,国力昌盛,经济日上,特别是中国现代制造业的发展对日本经济的挤压几乎压的日本喘不过气来,使其只有招架之功,而无还手之力。逼的其不得不狗急跳墙,军国主义重新抬头,企图以其现代军力和科技力遏制中国的发展,以为其换取生存的市场空间。然而,它在过去十年却一直没有机会,如今在美国独战伊拉克大获全胜,而世界各国反战呼声日高,美国显得孤立之时,日本却抓住了机会,急忙跳了出来,而美国过去一直担心日本军力坐大重演珍珠港之悲剧,故一直不愿放虎归山,限其军力发展。如今美之昔日盟友法德与美离心良德,世界大多数国家也不愿美一家坐大,美对日本对其的支持就感到日益重要,于是对日本的军国主义倾向也就任其发展。这才导致日本开始公然跟着美国玩起了“先发制人”的战略。显而易见,这一战略对朝鲜的作用是表面的,而其真正的意图仍然是看你中国有什么反映,即看你中国对我日本对外用兵,特别是对关乎你中国国家利益的致命要点地区的先发制人行动,看你有何应?你中国如果无任何反映,那么在这个世界上还有谁能够阻挡我日本,像美国一样用兵于对我构成所谓的威胁的国家呢?这样的战略指向,难道是针对朝鲜的吗?不!这是对中国在处理朝鲜半岛问题上的权威地位的公开挑战,是对中国人民和中国国家利益的公开威胁! 综上所述,我们必须要应该清醒地认识到,对于朝鲜半岛问题的解决,中国必须要明确表明自己的态度,中国的国家利益与朝鲜半岛的安危息息相关,没有中国的同意和认可,任何国家,包括美国和日本都不能够在此问题上为所欲为。特别是日本,如果不能清醒地认识到自己所处的身份和地位,对朝鲜半岛问题胡言乱语和轻举妄动,其所造成的后果,可能是一个海岛国家的灾难。因为中国领导人和中国人民是绝不会对中国的国家利益受到的威胁而视而不见和见而不管,中国的军队也不仅仅只为了解放台湾而存在,只要是涉及到中国的国家存亡和安危,中国军队对于保卫国家安危捍卫国家利益负有义不容辞的责任和义务。 作者: 张天平 Post by bird-dog @ 19:36 俄罗斯:朝核危机后面的隔岸观火者
2003-10-26 19:34 美国现在提出希望在北京和朝鲜官员举行会晤的建议,并考虑向朝鲜保证,美国不会对该国展开攻击。但中国外长否认美国、朝鲜和中国将于9月6日恢复三边会谈以化解朝鲜核危机的报道,但他认为相当有希望而特别重要的是维持北京会谈的势头来化接朝核危机。 众所周知的是1950年爆发的朝鲜战争,使中国和美国都受到了巨大的损失。刚刚结束国内战争开始进入经济建设的新中国,被迫投入了一场和自己当时发展利益情况极不符合的战争。美国刚刚结束二次世界大战,国内人民希望过和平的日子。然而两国都被拖入了一场和自己愿望和利益不相干的战争。 前苏联,出于其多重利益的考虑,其实当时正是挑起这场战争的幕后黑手。从事后的各种情报来分析,是斯大林出于分散美国在欧洲的军事力量,并且达到破坏中美关系而设的一箭双雕之计,以提供军事装备和统一朝鲜半岛为诱饵,唆使金日成向南韩大举进攻。促成了二战后东亚的这场历史几年的军事冲突。俄国人一方面谴责美国入侵朝鲜,暗中许诺提供军事装备给朝鲜和中国,先声明援助两国,可是苏联的空军却最终丝毫不动。一方面又在联合国安理会表决出兵朝鲜时故意缺席,造成事实上的弃权,两面三刀,坐等收利的嘴脸昭然若揭。最后前苏联急于抽身始终没有相助,使急需发展经济的新共和国长期背负战争债务,使中国的经济建设至少落后了十年的发展,前苏联的这种外交手段即使自己在欧洲的紧张局面得到缓解,又同时使中朝在经济、军事等其他方面依赖苏联,用心良苦。 东亚的格局从那次战争后形成对峙局面,使俄国大获其利。那场战争的得利者是俄国和日本(摆脱了战败的局面而成为美国在东亚的盟国,大发战争财,重振了经济),而中国,美国,朝鲜,南韩都是首当其冲的受害者,而最大的输家就是中国。 朝鲜战争对美国来说只伤了点皮毛,无碍大事,北朝鲜战前战后都是38度线一南一北,没有丢一寸土地。而中国,失去了收回自己南沙主权、以及解放台湾的最佳机会,在经济和军事上损失惨重,被拖入到前苏联早就设置好的棋局里,成为反美马前卒,并从此和美国结下很深的仇恨,从中立的外交地位变成俄国的附庸,一直到1972年中国的外交才开始在西方有一定的进展。看清楚局势之后的美国,在将双方战线推回到战前的38度线后就急急忙忙的收兵,将那场在“错误的时间,错误的地点,和错误的对手打的一场错误的战争”军事游戏草草收场了,因为美国知道上了前苏联的当。今年7月27日是正式停战50周年,半个世纪后的今天,东亚格局已经完全非当年了。现在的中国正走上科技强国的路,而俄罗斯的经济还有待重振。今天的俄国熊眼看着北约已经围堵到了家门口。开始在远东资源密集的地区和太平洋地区油气开发上玩起高招。今天的亚太、东亚繁荣形式对俄罗斯是一种无形的压力,毕竟,在一块用武力抢来的土地上做发财梦是很心虚的,更何况在今天多极状态下,任何一种霸权主义都会额来众怒。 自冲绳举行的八国集团峰会后,金正日两次访问俄罗斯,与普京建立了良好的关系。2002年7月,俄外长伊万诺夫在世界上首次乘飞机穿越“三八线”,顺利访问了汉城和平壤。接着今年1月18日俄总统特使访问平壤,提出了俄罗斯解决朝鲜核问题的“一揽子计划”。美国认为俄罗斯不能在影响朝鲜的抉择,于是4月23日,朝美两国同意在北京举行“三方会谈”。但是没有参加会谈的俄罗斯副外长洛修科夫代表政府发出了担忧“朝鲜发展核武器令半岛呈现紧张局面,局势将会有‘灾难性发展’”。6月9日,美国副国务卿阿米蒂奇在会见日本外相川口顺子的讲话中没有将俄罗斯列为“有权听取朝鲜的意见并向其表达本国的立场”的国家。 6月19日,在东盟地区论坛外长会议上,美国务卿鲍威尔没有考虑俄方希望参加多边会谈的意愿,再次提出了美韩日中朝五方举行多边会谈的建议。 6月20日,俄总统普京表示,朝鲜核问题必须通过会谈并在考虑朝鲜合法权益和所关注问题的情况下加以解决。 6月20日,俄罗斯总统普京表示,如果朝鲜安全有问题的话,应当向其提供安全保障。现在,俄罗斯似乎有点着急,俄争取坐到多边会谈的谈判桌边来维持自己在东亚和欧洲的大国地位。要力争插手到一揽子解决朝鲜问题中,俄罗斯当局正积极进行外交努力,争取参加下一轮多边会谈。认为他们这样是为了并防止有人借谈判为由达到改变朝鲜政权的目的。也就是不希望看到一个亲北京或美朝融洽的关系对俄罗斯在东亚的利益残生影响。现在朝鲜又有事了,朝鲜声明已经发展了自己的导弹和核武。其实,没有某些国家的暗中支持,北朝鲜凭自己的力量是发展不了核武器的,更不敢如此嚣张地和美国叫板的。那个开放的“兴义洲特区”没建成,而欲立为“特首的”某人又被判了刑,朝鲜正窝了一肚子火没有地方出,而一旦谁怂恿它拉燃“自己研制的核弹”点火线,扔到相邻的中国或者韩国,就会使东亚再次陷入战争的尴尬状态。但是今天的朝鲜已经明白东亚局势不是独角戏,更希望急切地捞到好处来发展自己的经济实力。 自去年10月25日朝核问题再次突出以来,朝鲜多次建议举行朝美双边会谈以缔结朝美互不侵略条约。俄罗斯现在急不可待地发表声明,在后面给朝鲜扇风,惟恐东亚局势发展抛开俄罗斯,朝核危机闹了将尽一年,事关中国,美国,朝鲜,韩国和日本的切身利益,尤其是对中国在东亚新外交形式的挑战和考验,事关本国经济发展和稳定。最怕的是我国还没有看清局势又被牵连。在于不破坏地区局势稳定的程度上,如果北朝鲜一意孤行,最好让他知道,中国是再不会替他们跑到火中取饼来充饥的。要拉人下水,北朝鲜最好去找一直在对岸远远牵挂着它的俄罗斯老大哥。中国在半个世纪以来对朝鲜这个小兄弟已经做到仁至义尽,已经再不能给自己背负更重的包袱了。该静观其发展,把自己的利弊全部看清,更要利于自己本国两岸三地的发展。 作者: 冷烛 文章来源:学说连线 Post by bird-dog @ 19:34 中国与朝鲜半岛:着眼于长远的规划
2003-10-26 19:32 关于北朝鲜核武器计划不断发展的国际危机,使全世界都在关注中国与它的这个无赖邻国的关系。乔治・W・布什总统和世界其他领导人都寻求中国政府向平壤发挥影响并施加压力。然而他们得到的只是中国寻求朝鲜半岛无核化、该问题必须和平解决这一含糊的宽慰之词。中国的立场对解决这一危机的确至关重要,但是各国政府和分析家似乎对理解中国对当前局势的评估、它含糊的立场以及它明显不愿与其他国家联合施加影响的做法感到大伤脑筋。 要理解中国的打算就得首先认识到,北朝鲜长期以来一直是中国头疼的一个问题。自中国共产党人1949年掌权以来,这并不是他们第一次发现自己在他们从前的朝鲜同志的行为问题上 处在了一个难以摆脱的国际窘境之中。自从金日成的部队1950年侵犯南方以来,中国一再发现自己的国家安全利益受到金氏王朝和平壤政权奉行的挑衅性和对抗性政策的影响和损害。 的确,中国共产党和它的北朝鲜伙伴有着长期的关系,已故的金日成曾在中国受过教育并曾是中国共产党的党员。两国也确实曾经结为正式盟友,并把他们的关系描述为“唇齿相依”。中国确实或许比世界上其他任何国家同北朝鲜的关系都要好。然而尽管如此,北京与平壤的关系已经紧张了很多年--特别是金正日在1995年继承金日成的领导地位之后。因此,从北京的角度来看,目前由于北朝鲜退出《核框架协议》和《不扩散核武器条约》以及北朝鲜恢复核计划的做法而引发的危机,不过是半个世纪以来北朝鲜因内部绝望而采取无视邻国利益和想法的战争边缘政策的最新手段罢了。 北京认为目前的危机事态极为严重,但是永久性打消平壤发展核武器的野心,只不过是中国面临的更大和更复杂的挑战的一部分。尽管中国奉行坚定的、早已阐明的支持朝鲜半岛(无论北方还是南方)无核化的政策,但是停止北朝鲜的核计划并不是中国希望达到的最终目的。中国的打算、利益和目标都更为长远也更为复杂。美国和其他有关国家要想取得中国的合作,就必须理解这些问题。 中国的最终目标 中国对北朝鲜的政策打算--无论从总体上看还是从应对当前危机的角度来看--依次包括以下方面相互关联的利益: 1.北朝鲜的生存; 2. 北朝鲜推行改革政策; 3. 与韩国保持和发展更为全面健康的关系; 4. 确定中国对朝鲜半岛(包括北方和南方)决定性的外部影响; 5. 通过经济和社会手段使北南统合,在一段时期以后双方最终政治上统一; 6. 北朝鲜在核武器计划、大规模杀伤性武器扩散以及常规军事力量的带动部署等一系列安全问题上采取非挑衅性和负责任的行为。 必须着重指出,这一排序并不意味着中国更喜欢维持现状而不希望政权变化,这并非实情。中国或许倾向于维持现状而不希望看到(朝鲜)政权垮台,但是中国更希望北朝鲜的政权将来能够进行改革。中国并不认为目前朝鲜半岛以及北朝鲜国内的局势是稳定的、是有助于该地区的稳定以及中国自身国家安全、经济增长以及其他国家利益的。对北京来说,加强稳定是最为重要的。 因此,中国主张采取全面的一揽子政策,帮助北朝鲜走上改革之路,使它与东北的邻国以及美国加强往来。对中国来说,问题并不仅仅在于北朝鲜是否在发展核武器或者它究竟会从当前灾难性的状态中软着陆还是硬着陆;问题在于北朝鲜是否能像中国那样开始持续而全面的改革。这是北京对朝鲜的积极看法。理解这一长远目标是中国战略战术以及北京“打算排序”的关键。 政权生存 最根本的一点是,北京在寻求避免北朝鲜的政权以及这个民族国家内部爆炸或崩溃。防止北朝鲜崩溃是北京的最后结果,因为崩溃会给这个带来巨大而切实的人道主义以及经济影响,更不用说另一个共产党国家失败还会带来无形的政治影响了。北朝鲜政权的垮台还会潜在地损害中国的安全。 中国维持北朝鲜政权生存的目的并不是北京喜欢平壤政权。恰恰相反,北京和上海的中国官员和朝鲜问题分析家在谈到北朝鲜政府打交道,并且以食物和能源供应的方式向它提供援助,减轻北朝鲜公众的苦难。这些援助的确切数量还不清楚,但据估计自1994年以来大约每年为100万吨小麦和大米以及50万吨重油,这些援助占北朝鲜燃料进口的70%-90%(自从美国2002年12月中断重油供应以来几乎占到了100%),占北朝鲜全部粮食进口的1/3。 政权改革 自从90年代以来,北京可能就一直是北朝鲜进行全面经济和社会改革、放弃闭关自守政策的最强烈的外部推动者。中国认为,如果谨慎行事,改革并不一定会像苏联和东欧那样导致共产党政权的崩溃,反而会加强执政党的统治基础。 金正日或许听从了中国的意见。自2000年5月份以来,他至少三次访问了中国,此外可能还进行了秘密访问。他参观了北京中关村计算机园区、上海的摩天大楼和购物中心及深圳的出口工业区。他还广泛听取了中国官员和经济学家的介绍,据报道他显示出对许多问题有比较深刻的了解,并且提出了敏锐的问题。 在低一些的级别上,中国共产党的对外联络部和朝鲜劳动党的相应机构之间也有关于改革问题的的进一步交流。当然,平壤朝中国式道路上迈出的最重要标志就是在中国边境附近设立了新义州特别行政区。 尽管支持北朝鲜经济和社会(也含蓄的支持政治)改革,中国还是认为北朝鲜的改革将是一场赌博--很可能加深北朝鲜多方面的困境。虽然如此,北京还是相信进行改革是北朝鲜的最佳选择,在这当中中国将发挥重要的经济作用。 与韩国的关系 中国政策打算的第三个因素是加深与韩国业已十分活跃的关系--这既符合它们目前各自的利益,也是出于促使两国朝鲜最终和平统一的考虑,在过去十年中,中国和韩国的关系发生了彻底转变;它们之间形成了目前东亚最牢固的关系之一。至少在工商界,一股“中国热”已经席卷了韩国。 2001年,中国超过美国成为韩国最大的贸易伙伴;而韩国则是中国第三大贸易伙伴。2001年双向贸易额大约是400亿美元,2002年可能又增长了30%。韩国现在是中国第五大外资输入国,2001年中国的投资为8.3亿美元,2002年计划为10亿美元,目前有超过8000家韩国公司在中国开展业务,雇佣了数十万中国员工。 不过,中国与韩国建立关系的战略并且仅仅出于经济动机,它还是战略上的打算。自从十多年前两国建交以来,北京已经认识到如果不与韩国建立稳固的关系,那么它在决定分裂的朝鲜半岛未来结果方面将很难施加什么影响,与韩国建立良好关系还有助于抵消美韩同盟以及美国在韩国半岛驻军带来的潜在威胁。中韩中韩双方密切的关系也有助于阻止或抵消日本在朝鲜半岛取得更大影响力的企图。北京的战略是要取得净收益,但实际上中韩双方都能获益。 北京和汉城在北朝鲜的战略问题上相互协商支持。两国政府都赞成与北朝鲜接触,希望北朝鲜改革,最终实现朝鲜半岛和平统一。中国和韩国都反对对北朝鲜实施基于制裁的惩罚手段,都不赞成布什政府的“度身定做的遏制”政策。两国政府强烈反对平壤发展大规模杀伤性武器、退出《框架协议》和国际原子能机构保障计划以及其他挑衅性的做法。2002年11月在韩国总统金大中为纪念两国建交10周年对北京进行国事访问期间,两国政府重申了保持《框架协议》以及朝鲜半岛无核武器和其他大规模杀伤性武器的立场。 总之,中国过去十年中对韩国的整个政策背后有四方面的动机:作为防止北朝鲜政权崩溃以及/或者北南双方可能的统一而给中国带来的潜在风险的一个手段;将其作为一笔精明的经济投资;将其作为中国积极的外围外交的一个重要组成部分;作为赢得在朝鲜半岛长期影响的一种战略手段。 决定性外部影响 尽管从未公开声明过,但中国往往把朝鲜半岛看成自己的势力范围--就像美国看待拉丁美洲,俄罗斯看待中亚一样。从长远看,地理因素将在很大程度上决定东北亚的均势。中国希望,中国与朝韩双方地理上的接近和相互依赖的加强将成为朝韩战略立场的决定性因素。这并不一定意味着中国想要建立一种新形式的附庸国,也不意味着要发展成一种不对称的主从关系。然而这种关系又确实不同寻常,它可能意味着,对韩朝两国来说。中国要比日本、俄罗斯、美国都更加重要。至少,这是中国的战略打算。 中国在朝鲜半岛发挥决定性影响的任何想法都会涉及到美国的作用以及美国军事力量在该地区的存在问题。假如朝鲜半岛统一了。中国将如何对待美国与韩国的同盟关系以及美国军事力量在朝鲜半岛的存在? 官方的立场--正如中国驻韩国大使在两国建交十周年纪念仪式上重申的那样--是中国反对一个国家在别国驻军。一些解放军军官在私下里表达了这样的看法,即中国在任何情况下都不能容忍美国在它的边境上持续驻扎。然而,另外一些解放军军官在私人会谈中指出,只要美军驻守在三八线以南并且不“针对中国”,那么中国(以及解放军)就可以容忍它们。从中国外交部的官员那里还可以听到另外一种立场,即是否保持与美国的同盟关系以及美国的军事存在,将是统一后的朝鲜自主的事情,只要局势不威胁到其他国家,那么这个决定就可以由统一后的朝鲜和美国双方政府作出。 显然,所有这些观点的共同点是关注朝鲜半岛统一以后同盟的性质以及驻军的态势和立场,但是更大的问题则是那个时候中美关系处于何种状态。如果中美关系充满麻烦和敌意,美国的名流在鼓吹中国威胁论,那么中国毫无疑问将把美国在朝鲜半岛驻军看成针对中国的一种措施,看成干涉台湾的先头部队。如果美国与统一后的朝鲜重新谈判同盟条约以及驻军问题,那么中国很有可能向汉城寻求某种保证,要它保证朝鲜半岛不会卷入到中美之间发生的冲突、特别小突然爆发的台海冲突中。 分阶段统合 中国既不愿意北朝鲜发生内部爆炸,也反对南北朝鲜仓促统一。中国分析家估计南北朝鲜迅速统一将不可避免地变得难以控制、具有破坏性,使得德国统一后的沉重负担相形见绌。相当一部分人道主义的、财政的能源和环境的代价最终落在中国身上,北京更希望寻求逐步的、分阶段的一体化(统合),而这将最终导致正式的统一。德国的东方政策模式(就韩国而言,是北方政策模式)将是最佳道路。这将包括分阶段逐渐增加家庭、文化、社会、职业、和体育的互访项目;交通的直接连续,包括穿越非军事区的铁路联系;商务往来、投资和援助;政府间交流;在非军事区两边采取一系列军事互信措施。这些不同的相互交流措施一旦实施上若干年,双方就会建立起正式政治统一会谈所必不可少的信任。 更加负责任的北朝鲜 中国最后一个目标是在一定程度上劝说平壤停止研制和发展大规模杀伤性武器问题上的无赖做法。北朝鲜的常规军事力量部署同样是一个问题,但是与核武器扩散和发展大规模杀伤性武器相比,它是次要的。为了这一目标,中国主张北朝鲜完全回到《框架协议》中。 中国在解决当前危机中的作用 北京对当前危机是基本态度是要寻求一项多边的一揽子解决方案,用北朝鲜放弃大规模杀伤性武器来换取一条明确的行动路线。其中包括: 1.使北朝鲜真正走上改革之路, 2.启动南北朝鲜分阶段统合的工作, 3.推动美朝关系正常化。 北京支持华盛顿的“度身定做的遏制“的新战略或者参与到对平壤的基于制裁的集体惩罚性政策当中的可能性非常小。这不是中国希望的处理这一问题的方式。自1994年危机以来,中国一直明确表示强制和孤立政策不但不能取得平壤的合作,而且还有可能促使北朝鲜政权采取绝望的并可能带有灾难性后果的行动。 北朝鲜发展核武器是困扰美国的焦点问题。至少从中国的角度来看--正如中国国家主席江泽民和俄罗斯总统普京在2002年12月的首脑会谈中明确指出的那样--核问题必须与美朝关系“正常化“联系起来。(至少在这里,”正常化“不一定意味着外交承认;毋宁说,这意味着建立某种类似1972年至1979年美国和中国之间联络处那样的安排。)北京的最后结果是必须有一个一揽子解决方案,其中包括北朝鲜减轻长期经济和社会危机到使北朝鲜返回国际社会等广泛内容。 而且,尽管北京和平壤之间的关系紧张,但是中国绝不会坐视北朝鲜内部爆炸,中国政府将尽其所能减轻北朝鲜的人道主义灾难,维持北朝鲜政权的生存。然而,万一出现最坏的情况,北朝鲜政权真的和平地垮掉,北京也相信它能对统一后的朝鲜施加强有力的影响。 北京目前与俄罗斯密切的关系也加强了北京的影响。江泽民和普京在2002年12月在北京举行的首脑会谈中关于北朝鲜问题的一致立场已经发出了一个强烈的信号,表明两国政府不希望在解决目前核危机的过程中寻求一种强制性和对抗性的政策。即使两位领导人要求北朝鲜返回《框架协议》的呼吁不切实际是,他们也清楚的表明了希望多边全面解决核问题的态度。 中国对当前美国政策的影响 尽管美国一些中国问题分析家认为目前的危机给了中国一个真正机会,它可以通过支持布什政府对北朝鲜的强硬政策来证明自己是一个负责任的大国,但实际情况并非这些人想像的那样,中国的立场看起来非常理性的,它是建立在对朝鲜半岛的长远考虑和通盘打算的基础上的。最为重要的是,中国的立场恰好又与其他主要大国和有关各方(韩国、俄罗斯、日本、欧盟)一致。恰恰是美国自2001年1月布什政府上台以来一直在努力寻求为自己的对朝政策定位。问题的关键并不在于北京应该向平壤施加人们想像中的那种影响和作用,因为中国压根儿就没有那么大的影响力。中国已经建设性的提出它可以最为东道主接待美朝直接会谈,以此来发挥重要的促进作用。 布什政府目前还在努力满足自己相互冲突的欲望。一方面它倾向于对态度强硬的北朝鲜政权采取强硬措施;另一方面,布什政府也认识到只有通过多边和全面的方式才能解决这一问题。布什政府的双重手段是否会奏效,或者美国是否会像中国、俄罗斯、韩国、日本、欧盟以及其他各方一样,认识到只有通过一项全面的方案,承认一个改革的和与外部世界接触的北朝鲜,才能最终解决这一问题,这些问题恐怕还有待观察。如果华盛顿继续认为平壤的核计划才是首要的或唯一需要解决的问题那么他就是一叶障目,不见森林。认为只要向平壤做出明确的安全保证就能与之达成交易的想法也是错误的。如果布什政府继续这种短视的做法,那么它不仅无法解决这场危机。而且还会造成与几个关键盟友以及主要大国的深刻分歧。那时美国将有可能面对一个最糟糕的世界:一个具备核能力的北朝鲜,而美国又与自己在其他重要问题上所倚重的关键国家关系紧张。华盛顿应该尽快认识到这其中的关联。 确实,北京有种种充分的理由与美国合作来制止北朝鲜退出《框架协议》--最起码的原因是,北朝鲜具备核能力,就会促使韩国、日本甚至台湾效尤。如果事态这样发展就会彻底打破东北亚的均势--这对中国是很不利的。因此,在努力寻求永久终止北朝鲜核计划这一问题上,中国与华盛顿、汉城、俄罗斯、东京和布鲁塞尔的目标是一致的。然而,只有关键的各方对推动北朝鲜走上改革之路有共同的看法并且共同努力,这种合作才能取得最大的成功。 (译自美国《华盛顿季刊》2003年春季号) Post by bird-dog @ 19:32 隔岸观火以静制动--中国看透金正日
2003-10-26 19:28 上策:隔岸观火 兵法云:“阳乘序乱,阴以待逆。暴戾恣睢,其势自毙。顺以动豫,豫顺以动”。 对待目前朝鲜的事,中国宜以静制动,不出牌,根据情况的发展,制定相应的对策。金正日怎么闹腾,都不会闹出多大的名堂,不予理会。中国要有信心:没有中国的参与,朝鲜的核问题不会妥善的解决。真想解决的问题的国家,最后一定会邀请中国出面。 朝鲜单凭自己的能力,能搞出核武器来吗?我看在近十年内,是搞不出来的,因为朝鲜缺乏搞原子弹所需的,最起码的人、财、力。 最基本的核武器是原子弹,即铀弹或者是钚弹,原理倒是简单,从互联网上都能找到制造原子弹的方法,但实际操作起来困难大了。别的国家怎么搞原子弹的不清楚,就比照着中国当年搞原子弹的情况,推算一下朝鲜搞原子弹的可行性。 世界上的国家凡是能搞出搞原子弹的,都离不开人。当年中国搞原子弹的时候,集中了几个世界级的一流人才:邓稼先,钱学森,钱伟长,钱三强。其中有的科学家国防价值据说抵上几个(装甲)师。现阶段的朝鲜,就没听说过有世界级的科学家,特别是核物理学家。 现在的朝鲜,比当年中国的国力还差,当年中国为了搞原子弹,陈毅元帅都说过要当掉裤子搞原子弹的狠话。搞原子弹需要的钱是用亿来计的,就是一个爆轰实验,也要花掉上千万人民币,这笔钱朝鲜跟本拿不出来。 当年苏联专家撤退的时候,中国已经有了重型机床,这是工业基础的基础,由此中国建立了自己的铀分离提纯厂,这是生产武器级核装炸药的第一步。我还比较相信这条消息:苏联当年还留下一颗原子弹模型,搞工程的人都知道,有没有个东西参照着,设计起来是大不一样的,照猫画虎可是比闭门造车容易得多。 从公开的消息上看,目前朝鲜统统没有这些条件。至于那些不公开的消息,大家只能只能自已去推断了,数一下在美国的各国留学生,有几个是朝鲜人,就可以推出朝鲜在人才方面的不足。科学是最实实在在的东西,来不得半点虚假,怎么说,我也看不出朝鲜能在这十年内搞出核武器。 为什么朝鲜在核问题上越闹越厉害?我想主要是闹给美国人看的:“你断我的能源之路,我就给你搞些麻烦”。这一招说穿了就是相信能哭的孩子有奶吃,为什么要闹给美国人看呢?是小金想给美国人施压,以提高自己在美国人心中的份里。从骨子里小金就想绕开中国,而与美国人直接打交道。 只要美国人真接与小金打交道,就增加了小金对中国打交道的法码,从而小金就占了主动。这些年来,金家受中国的窝馕气实在是太多了。 从中国人的观点出发,小金有点忘恩负义,但如果我们能从朝鲜人观点与利益出发,就能较好的理解朝鲜对中国的恩恩怨怨了。人心都差不多,当年苏联援助咱们多少东西!就说东北吧,三大动力厂,长春一汽,连原子弹都给了一个模型。可能有人会说:中国后来不是还债了吗?其实不对,还债绝大部分是还当年的军火钱。 苏联一撤专家,中国人民心中,老大哥一下子就变成了苏修,不共戴天了。举这个例子,只是想说明,小金肯定对中国愤愤不平,只是没公开撕破脸罢了。 国际上公认,朝鲜是一个问题多多的国家,但说句公道话,在处理朝鲜问题上,邓公时代,与江核心时代,都很失算,这里就说两件事。 当年,邓公与南韩建交,连个招呼都不跟老金打一声,老金还是从公开媒体上知道的中国与南韩建交的事情,就等于老邓当着大伙的面打老金的耳光。当时就把老金气得背过气,到医院急救才缓过来,由此做下病根,不久老金辞世。 九八年之后,朝鲜一场大旱,饿死人无数,中国官方那点援助,跟本救不了几条人命,倒是民间的粮食交易真的救了不少人命,但朝鲜也是国力大伤,粮贬子只管挣钱,哪管活命?没钱,拿金条找!就这场旱灾,朝鲜的黄金流失多少,怕是小金也统计不出来,发财的都是中国人粮食贬子。 虽然当年中国为金家保住了半壁江山,但任何重要的事情,即使不是人为的故意忘却,也会被时间冲刷成淡淡的记忆。如今的中国,已不是当年的中国,对金正日而言,中国也许是家仇国恨的代名词,而美国,也不似当年的不共戴天,在金正日看来,也许是一根救命稻草呢。 由于地缘的关系,朝鲜一时不会与中国撕破脸,越南与中国撕破脸的结果大家也都看到了,金家也看到了。最重要的,在生死关头,真正能为朝鲜站出来的,也只有中国,这与中朝关系无关,完全是地缘因素决定的。所以,不管金正日怎么闹,都无法摆脱中国的控制阴影。 中国不怕金正日在那闹,没有中国在背后撑腰,金正日那是瞎闹,相当于武侠小说中,中国不出掌导入真气,朝鲜就徒有架子,没有功力。 北朝鲜,对美国而言是一块可取可弃之地,因为美国已经驻军于日本、南朝鲜,在东北亚有立足点,朝鲜只要别发神经主动对南韩出击,美国也懒得理金正日,世界上比朝鲜更闹心的事多着呢;对中国而言,北朝鲜则是大门,是唇亡齿寒的关系,至关重要。美国动了朝鲜,大家就没有战略缓冲地了。 目前,恐怖主义才是美国实实在在的危胁,搞掂萨达姆大叔才是重中之重的任务。北朝鲜在核问题上的所有举动,给美国造成的是声誉与脸面上的难堪:即然都是邪恶国家,美国有本事就动一动我朝鲜?美国坚持要对伊拉克动武的口实就是伊拉克有大规模杀伤性武器,那么我朝鲜已经有了,有本事你打过来吧。 美国没精力腾出手来,和金正日较量,也没有心理准备真与朝鲜开战。金正日大概也是看到了这点,才敢如此恶心美国一回。很可能最终美国会寻求外交途径解决问题,还能够与金正日说两句话,真假的与朝鲜还有点外交关系的,世界上就那么几家,中国还算是其中的一家。 尽管近几年来,中国对美国一直处于弱势状态,甚至有些取悦献媚美国,但中国是唯一的一个在战场上让美国难堪的国家,而且其中的一个战场就是在朝鲜。在处理朝鲜问题上,美国不可能绕过中国,原因无它,还是中国地缘因素决定的:让中、美两国到中东,或者是太来洋上单打独斗,中国肯定不是美国的对手;但如果中、美两国在靠近中国的陆地上,说白了,就是朝鲜这个地方较量较量,中国未必会输! 至于中、美两家较量过火,互相攻击对方本土,那就是另外一个故事,也许大家都来不及讲这个故事,就都成了地下工作者了,这里就不多说了。 俄罗斯这几年国力虚弱,美国又落井下石,九九年潇洒的揍了南斯拉夫一顿,相当于抽了俄罗斯一个耳光;今年美国又退出七二年与苏联签定的反导条约,狠狠地给了俄罗斯一掏心拳;北约最近正张罗着邀请波罗地海五国加入北约,不蒂是再给俄罗斯一记扫堂腿。 所以,凡是出点能让美国难堪的事,俄罗斯都会偷着乐。俄罗斯巴不得金正日把事儿闹大,给美国下不来台才好呢,如果朝鲜这事能让中、美两国闹个脸红脖子粗的,普京这哥们睡觉都会乐得抱着伏特加喝呢。普京现在的心里,用老百姓的话说就是:看热闹的就怕事闹的不大。 不给俄罗斯足够的好处,俄罗斯是不会出面的,等待事情的发展。别看俄罗斯发表谈话:要尽一切努力解决朝鲜半岛的核危机。尽一切努力的潜台词就是什么也不努力,如果俄罗斯真的想出面,不用这个努力,那个努力,断了朝鲜的核燃料棒来源,不就釜底抽薪了吗?大家都清楚,凭朝鲜的力量,是搞不出核电厂的,朝鲜的核电厂、核技术,俄罗斯怎么也摆脱不了干系的。中国不用担心俄罗斯会插手平息朝鲜半岛的核问题,俄罗斯插手,只会想着怎么将这事儿弄大。 最着急的应该是南韩,朝鲜这么一搞,许多南韩人认为金大中阳光政策已经失败了。还好,最近卢武玄当选下届总统说明南韩人还没有对阳光政策失去信心。南韩人看来是不希望金正日将事情闹大,美国大兵撞死南韩学生,搞得南韩人反美声浪一波再起,如果金正日将自己刻意弄成一付反美的形象,赢得一片南韩人心,南韩政府那才叫被动呢。 所以,才有了卢武玄呼吁中、美、俄、日、欧联手解决朝鲜问题。而卢武玄就任总统后,访问美国的重要行程一定是解决朝鲜的核问题。现在韩、美关系因为美国大兵的事正搞得两家都很闹心,谁都不想在朝鲜半岛上再添不确实因素。 中国可以静观韩国的举动,在不损失中国利益的前提下,可以助韩国一臂之力,给卢武玄好处,在卢武玄任期内,加强中、韩两国合作,对中国的经济有好处,加强与南韩的合作,同时也可以给金正日点颜色看看---不听哥哥的话,哥哥也懒得理你。 日本的想法最让人搞不清楚,可能日本会找到借口,发展自己的武装力量,这是中国及亚州国家不想看到的事情。中国要应将注意力集中在观察日本的动向上,如果日本借朝鲜这事想搞点事情,要坚决给予揭露。 从历史与现实上看,朝鲜对日本的恨,远比对中国的恨要大得多。如果金正日搞成了核武器,第一个被拿来开刀的就是日本,所以,日本朝鲜搞火箭,核武器之事一向反应很敏感。 欧盟对朝鲜这件事儿,无所谓,欧盟是真正的观众,不说也罢。 说穿了,朝鲜也就是想闹一闹,最后一个闹剧收场,对朝鲜来说,这几年金正日搞闹剧就没停过,再搞一部大家也见怪不怪了;美国可能找个台阶,换个方式给朝鲜点援助,两家关系不会有任何建设性的进展,对中国是件好事,最直接的结果就是,朝鲜人民吃饱了,到中国的“朝鲜难民”就少了,中国也不想总背着这个包袱;卢武玄如果能利用好这个机会,继续打金大中留下的“阳光政策”的牌,会为自己在国内、国际上增加不少分数,当年金大中就是凭“阳光政策”而获得了诺贝尔和平奖。对话,和解毕竟是世界的主潮流;日本最好别吱声,不然会惹一身臊。 中国任凭风浪起,稳坐钓鱼台,私下里可以与其它国家通通气,现阶段不出招。在联合国中,中国有否决权,在朝鲜问题上,任何对中国不利的决议,中国都要行使否决权。中国与朝鲜一江之隔,伸一个手指头,就比美国、欧盟打一拳效果要大。 朝鲜与美国,关系好起来,对中国没损失,没什么不好。金正日永远是个白眼狼,喂不出来,无论如何也不会成为美国的附庸;朝鲜是中国的邻居,中国没办法,有时东西不给不行,给多了中国也太累。所以,美国给朝鲜的援助越多,中国才越高兴,应该想办法主美国替中国多背一会儿朝鲜这个包袱。 朝鲜与美国,关系坏起来,两家顶牛顶够了,想解决问题,最后还要找中国。不过,中国要注意:朝鲜与美国关系坏起来,要有个底线,就是两家顶牛可以,别真打,如果真打起来,中国就难办了。 中策:李代桃僵 “桃树露井上,李树生桃旁,虫来啮桃树,李树代桃僵。势心有损,损阴以益阳”。 金正日现在有点走投无路了,国内,人民现在的日子过得进朝不饱夕,国际上,形象愈加不佳,与中国的关系也就剩下个空架子,没公开撕破脸罢了,又被美国宣布为邪恶国家之一,断了能源援助。 如果能给金正日一点出路,想来金正日也不会真的走上绝路,这个出路就是提供经济援助。毛泽东时代,中苏两家一起给朝鲜援助,朝鲜的日子过得不错,中苏关系破裂后,朝鲜得到了援助虽然少了点,但过日子还不成问题。 问题是老金与金正日对经济都不在行,援助一吃就是几十年,就没发展自家的经济,中国自己也有很多需要花钱的地方,总这么援助,中国也吃不消。少给点援助,朝鲜就脸色难看,也有人说是朝鲜先不仁,中国才不义的。这是一笔糊涂官司,没有任何深究的意义。 不管怎么说吧,朝鲜应该看到,自邓小平当家以来,中国讲究实惠,对外不再搞纯意识形态的经济援助了,中国减少对外援助也不是针对朝鲜一国,比如,阿尔巴尼亚,坦桑尼亚,以前中国老是自己饿着肚子,援助他们,现在也不似过去那样大力援助了,只有巴基斯坦现在是中国最大的受援国,那是中国国家利益决定的,金正日不能看着中国大把大把援助巴基斯坦眼热。 朝鲜这次在核问题上闹事,也是想得到些援助。按理说,朝鲜现在天灾人祸的,应该得到些援助,以渡过目前的困境,但中国不能再象以前那样无偿奉献了。中国应该鼓动南韩帮助、援助朝鲜。 中国应在卢武玄就任总统后,立刻邀请他访问中国,这是对卢武玄的支持,而卢武玄的竞选纲领之一就是“阳光政策”的支持者。“阳光政策”不是一个口号,其中重要的内容就是对朝鲜的经济援助。 与中国、台湾不同,南、北两韩的人民对国家统一的认可,民族认同的认可,都很一致,提供援助是南韩应做到的,也是能做到的事情,只是南韩现在的经济不好,使不出那么大的力气,如果中国对南韩做一些支持与鼓励,让南韩担起对朝鲜的主要援助,这样即增加了中国的正面形象,又减少了中国的负担。一句话,就是让南韩扛着朝鲜这个包袱。 对朝鲜半岛的普遍看法是:分裂的朝鲜对中国更有利些。只要金正日在位,两韩就不会统一。中国应该不怕两韩交往的加强,让朝鲜发展一下经济与国力,朝鲜太虚弱,或者是垮了,对中国没什么好处,就说眼前朝鲜“难民”一事,已经搞得中国挺头疼的。 那么,两韩加强合作,会不会导致朝鲜统一呢? 将来也许会,现在没有这个可能,您问我“将来”指的是什么年月?我说的“将来”是指金正日之后的日子。 还有一个原因,就是金正日身体尚好,看来出最近能退位的迹象,而且人越老越顽固,现在金正日不想统一,以后他更不想统一,除非统一后让金正日来做总统,让金正日当统一后总统,您认为有这个可能吗?我老人家认为不可能。 下策:借刀杀人 “敌已明,友未定,引友杀敌,不自出力,以《损》推演”。 中国不希望金正日在核问题上走得太远,或者说走到失控的地步,那时候,联合国决议真下来了,大家的日子都不好过;同时中国也不希望在朝鲜问题上与美国直接对抗而消耗太多的资源,毕竟中国现阶段最想做的事情是发展。 如果美国认为朝鲜重启核计划,是为了造出几个核弹,基于这样的理由,美国一定会对朝鲜动点军事手脚;而金正日也真的有点疯狂,铁了心想用核弹来彻底解决自身的安全忧虑,那么,中国的应对就比较被动了。 解决问题的关键,还是怎么让金正日感到安全。金正日的安全感来自中国吗?不是!这几年中国与朝鲜关系一直灰头土脸的,金正日才不会相信中国,金正日相信的是自己手中的力量。但金正日凭自己手中的力量,无论如何也不是美国的对手,金正日现在最希望的是将自己与中国绑在一起。 中国的对策是:与朝鲜展开会谈,讨论卖两颗DF31给朝鲜的事宜。这事一定要让美国人知道,但中国官方在公开场合即不承认,也不否认。 中国这样做的目的,是展示一种姿态:对中国而言,朝鲜不同伊拉克,朝鲜对中国很重要,美国不得在朝鲜半岛动用武力。 DF31是中国的国家战略武器,已经开始了战略值班,对于中国来说,DF31不是最先进的武器,中国正在搞DF41;而对朝鲜来说,与DF31的技术差距,至少是二十年(我自己没事儿瞎猜的,请专家指正),这种武器的年代差距,使朝鲜仿制非常困难,减少对中国的负面影响。 从能查到的资料上看,DF31的射程是八千公里,在朝鲜本土发射,顶多能打到美国的夏威夷,打日本倒真的比较合适。只要美国不在朝鲜周围,包括日本、菲律宾屯重兵,DF31很难有大的作为。所以,从朝鲜对阵美国来说,DF31的作用是防御而非进攻型武器,可以减少对美国的刺激。如果就此,美、朝两手罢手,那是再好不过了。 如果美国搞掂伊拉克后,向朝鲜半岛陈兵的话,中国将立即加强与朝鲜就出售DF31 的力度,并通过香港的半官方的媒体证实这一会谈的真实性。此时中国官方对此仍持不置可否的态度。 如果美国下决心要用武力解决朝鲜问题,中国则别无选择,立即出售DF31给朝鲜,不过暂时先不交货。同时,中国官方承认这宗交易。 如果朝鲜半岛形势继续吃紧,中国别无选择,立即交货,不过,货物由中国代为保管,这样即是对金正日留一手,还可以为对美国谈判留下余地,更重要的是防止美国偷袭,在开战之前就将朝鲜DF31摧毁。 如果战争开打了,中国立即移交导弹,但要对导弹先做一下技术处理:将弹着点锁定在某某地方(不要公布,留点后手),并且不可更改,暂时不交出发射密码,这样可以防止威胁中国。 如果战争持续,中国就只好交出发射密码,至于导弹怎么用,啥时候用,朝鲜自己看着办吧。打到哪里,只有中国知道。至于NMD能不能截住,只有美国人心里有数。 中国要让世界知道:对中国来说,朝鲜的战略地位至关重要,中国不会容忍美国在朝鲜半岛动手,在朝鲜进行的任何军事打击,都会带来严重后果,严重程度是由美国决定的,中国的所有行动都是被迫的,中国做好了随时与美国和解的准备。 中国也要让朝鲜明白,中国的安全与朝鲜的安全是绑在一起的,但捆绑的程度,什么时候松绑,由中国说了算,不是你金正日闹两下就能得到的,金正日你也别太过份了:不就是要核武器吗?在需要的时候,中国一定会给你,你还折腾什么呀? 美国怕中国的核武器吗?当然怕,但不是很怕。不过,核武器到了金正日手里,美国那才是真怕呢。 如果由于朝鲜坚持要自己有DF31的发射权,而中国又由于某种原因,不得不交出发射权的话,这里还有比较搞笑的一招:卖两颗DF31给朝鲜,一颗是常规弹头,一颗是核弹头,当然外表没有任何区别,朝鲜发射时,到底是常规弹头,还是核弹头,谁也搞不清楚,这是能让金正日不敢轻易发射的一招,也是能将美国搞出神经病的一招,当然,中国心里也不会太好受了。 大家就比一下意志,既然大家都不知道后果,没准还真能坐下来谈一谈呢。 中国的底线就是不出兵,可以出刀子。追求的效果是:将美国吓个半死,将日本打成半个残废,朝鲜剩下半口气,中国自己掉也要掉半个手臂。 作者: 精选 文章来源:军事天地 Post by bird-dog @ 19:28 孙子兵法与朝鲜问题
2003-10-26 19:18 孙子兵法曰:兵者,国之大事,死生之地,存亡之道,不可不查;知己知 彼,百战不殆;上兵伐谋,其次伐交,其次伐兵,其次攻城;善战者,制人, 而不制于人。 一、知己知彼,百战不殆。 孙子兵法中这句名言,人人皆知,但操作起来并没有那么容易。 自北朝鲜核危机出现之后,一些舆论认为朝鲜是故意向国际社会挑衅,要挟美 国以得到经济援助。这些言论,把危机的根源归咎于北朝鲜的贪婪,以为美国是在 被动应对。这些看法违背了“知己知彼”的原理。以此为根据制定政策,必将差之 毫厘,失之千里。按“知己知彼”的原理处理北朝鲜核危机,首先应了解事件的历 史,有关各方的动机以及地缘政治国家利益。 朝鲜半岛的核问题起自上一次朝鲜战争。战争之后,中国军队撤出了朝鲜,美 国不但在南朝鲜驻军,还引进了核武器。在此情况下,朝鲜在前苏联的支持下,开 始进行核研究。 所以,朝鲜半岛的核问题首先是美国引起的。 北朝鲜的举动使美国感到不安,因此,美国主动撤出核武器,并提出朝鲜半岛 的无核化。但是,核电厂是民用设施,对于北朝鲜的能源工业很重要。强制北朝鲜 停建核电厂并非完全合理。所以美国提出援助北朝鲜的能源建设,停建旧式核电厂 (其中的核制品比较容易转换成核武器中的材料)。这是一个合情合理的建议, 因此为北朝鲜所接受。从此之后,北朝鲜的核电站里还装上了联合国的监视器。 此后,由于美国怀疑北朝鲜继续研制核武器,遂停止了对协定的承偌。美国的 怀疑不是没有根据的,最近,果然北朝鲜承认了暗中进行了核武器的研究。此事表 明上看是北朝鲜的错,然而事情也并非那样简单。长期以来,美国借口北朝鲜的军 事力量威胁了南韩,制定了一项进攻性的计划,该计划声称,只要发现北朝鲜有南 侵的企图,美韩方就会对北朝鲜发起进攻,直取平壤,占领整个北朝鲜。美国的计 划,对于北朝鲜来说,无疑是一个战争威胁。所谓“南侵的企图”无法明确界定, 任何一次军事调动,边境冲突,都有可能被美方用作发起战争的借口。在这种情况 下,力量弱小的北朝鲜偷搞核武器自卫,不是不可以理解的。笔者在前一篇文章中 已分析,美国数次以挑衅的方式逼迫对手出错,从而为美国发动战争制造借口〔1 〕,朝鲜问题只不过是这一手段的又一次重复罢了。 那么核危机为什么到现在才出现呢?这个问题不是一个偶然事件,必须从美国 的大战略来看问题。按照美国的现实主义理论,在冷战结束之后,美国已经成为世 界上独一无二的强国。但美国不以此为满足,美国的战略目标要仿效当年鼎盛时期 的大英帝国,把任何潜在的强国当作自己的对手〔2〕。在此理论之下,中国当然 会被美国看作是一个潜在的对手,朝鲜半岛自然就成了在军事上遏制中国的战略要 地。美国的目的就是寻找借口,侵占北朝鲜,就是朝鲜危机的根本所在。 所谓北朝鲜故意采用核边缘政策的说法,实在是没把事情的来龙去脉搞清楚。 当美国宣布北朝鲜为“邪恶国家”之后,北朝鲜做了一系列努力来改善自己的形像 。一方面同南韩修好,另一方面又邀请日本首相访朝。同时还启动经济改革,准备 在中朝边境开辟特区。此时此刻,它实行的是同各方面和解的政策。但是当美朝对 话开始时,美国抛出了朝鲜研制核武器的证据,朝鲜在此证据之下,不得不承认正 在进行核武开发。虽然制造核武器是违反协定的,但并不能说朝鲜是故意将此事端 出来要挟其他国家。朝鲜宣布,只要美国同它签订互不侵犯条约,它马上可以放弃 核武。此事也说明,朝鲜的核武乃是在美国的军事入侵的威胁之下的被迫举动。正 如柯林顿时代负责亚洲政策的Derek Mitchell所说:“人们说北韩 疯了,但她没有,对一个手中无牌而被世界超级强权威胁的国家,她要设法自保是 合理的”。 国际关系理论中有一条著名的“安全悖论”:一个国家为了自己的安全所采取 的行动,可能会增加其他国家的不安全感,因而别的国家也会采取相应的措施,如 此造成恶性循环,使所有国家更不安全。从“安全悖论”来看,为了保障和平,应 当尽量避免对其他国家进行战争刺激,但是美国所作的恰恰相反。这并不是美国不 懂“安全悖论”,而是说明美国有人在利用“安全悖论”的原理,以无中生有的方 式挑动战争。 二、上兵伐谋,其次伐交,其次伐兵,其次攻城 孙子说,最出色的军事行动,是在敌人谋划战争的时候,就设法挫败敌人的计 划。其次,是破坏敌人与其盟友的关系。只有在不得已时,才使用战争的手段。所谓“不战而屈人之兵”首先在于“伐谋”与“伐交”。 先说“伐谋”。表面上看,美国正在实行“上兵伐谋”的战略,在强敌尚未出 现之际,就将潜在的对手消灭。但是,这并不是孙子的原意。“伐谋”指的是遏制 他人发动战争的阴谋,并不是在别人并无战争图谋的情况下要去“先发制人”。在 进攻性现实主义理论指导之下,美国把潜在强国看作自己的对手,并制定了“先发 制人”战略,对此,其他国家要早做准备。与其在未来面对美国的侵略,不如在美 国执行其错误政策的早期将其挫败。 对于美国的侵伊和侵朝计划,应当及早制止,因为这些侵略行动一旦成功,美 国必定会执行更大的侵略计划。当年,希特勒真正的目标是欧洲的大国,但是他的 战争却是从周边小国打起。希特勒后期的战争是赤裸裸的侵略,但前期的战争却把 反抗凡尔塞条约的不公正作为借口。如果人们相信希特勒的目标仅仅是他所说的“ 讨还公正”,仅仅是周边几个小国,那么人们就大错特错了。今天,人们不应该再 犯同样的错误,不能以为美国的目标仅仅是伊拉克和北朝鲜。 笔者在前面一些文章中曾经提出,可以让欧洲驻军伊拉克,让俄国驻军北朝鲜 。现在法德等国也提出类似的建议,要让联合国军队进驻伊拉克。但是现在美军的 战前准备已经就绪,提出这样的建议立即发生了同美国的激烈冲突,实施起来非常 不易。如果此建议在半年之前提出,那时美国还显得举棋不定,该建议的通过就要 容易得多。现在提出此建议还不算太晚,在联合国上同美国吵架,比在战场上刀兵 相见强无数倍。同理,对于朝鲜问题,有关各方更应该及早行动。目前美国至少在 口头上还在谈论政治解决。其真实原因无非是伊拉克战事尚未结束,两处份兵并不 容易。在这种时刻,其他国家(或以联合国名义)以监督北朝鲜核设施的名义进驻 北朝鲜最为合适。同美国的政治解决的口号毫无冲突,容易得到绝大多数国家的支 持。 制止美国对伊拉克和朝鲜的侵略,也就制止了美国把战火推到其他阿拉伯国家 ,推到亚洲和欧洲的企图,因此,宜早不宜迟。 再说“伐交”。当美国宣布三个“邪恶国家”时,它实际上实施了一次“伐交 ”战术。虽然有不少国家反对美国的说法,但是由于对美国的畏惧,同这三个国家 的交往必然减少,武器交易就更少。 美国的“伐交”伴随着武力与恐吓,而且美国为了达到自己的目的,不顾国际 规则,不顾盟友的反对,单边主义,轻举战事。因此,当美国在“伐”别人的“交 ”的同时,也“伐”了自己的“交”,使不少国家,包括美国的部份欧洲盟友走向 了美国的对立面。 对于这场朝鲜危机,中国应当协助北朝鲜同其他国家合作。只要增加朝鲜同其 他国家的交往,朝鲜危机就容易化解。在此问题上,那一方能够在“伐交”上取胜 ,那一方就能使形势转向对自己有利。在周边国家中,南韩显然不愿意打仗。俄国 也不愿意看到美国的势力压迫到鸭绿江边。在上次朝鲜战争中,中俄两国是站在一 起的。日本虽然讨厌北朝鲜,但是小泉访朝也很认真,表现出愿意改善关系的意愿 。 在美国的“邪恶轴心”论抛出之后,朝鲜努力同南韩与日本改善关系,这都是 正确的举动。朝鲜开发特区,中国更应该给予支持。朝鲜选定华人作特区首长,有 利于朝鲜的自身改革以及改善中朝关系。杨斌在此关键时刻出事,从战略上看非常遗憾。 在美国抛出朝鲜开发核武的证据之后,情况就发生了变化。朝鲜不得不承认了 核武开发,而且赶走联合国监核组织,从而得罪了大部份国家。这是美国在“伐交 ”上的一次重大成功,为中朝方面和平化解危机制造了巨大困难。 但是朝鲜有一件事做得很对,他要求美国签订“互不侵犯条约”。此举清楚地 表明,朝鲜发展核武器不在于侵犯别人,而在于保护自己不受美国的侵略。这使朝 鲜获得到不少同情,而且使美国不得不作出“不打算侵略北朝鲜”的口头承偌。 美国的口头承偌是难以令人放心的,因此,北朝鲜面临两难境地。一方面,如 果放弃核武,万一美国背弃承偌,发动战争,朝鲜怎么办?要知道,美国总有办法 找出战争借口。此次伊拉克问题,虽然联合国调查组没有作出伊拉克存在大规模杀 伤武器的结论,但是美英方面自己找了一系列“证据”。其中英国的证据被人揭发 是抄自一个大学生十年前的网贴,而美国所“揭发”的萨达姆制造毒药的场所,不 过是一个贫穷的居民点。美国曾经利用美国军舰在古巴港口爆炸事件发起对西班牙 的战争,但是近年发现,该爆炸事件完全是美舰自己的事故。因此,如果北朝鲜放 弃核武,美国很可能会弄出一些人们一时分辨不清的借口发动战争。另一方面,如 果朝鲜不放弃核武开发,那么朝鲜必将面临在国际社会中的孤立,最终恐怕还是避 免不了一场战争。正在北朝鲜为难之际,美国国防部长又火上交油,称北朝鲜为“ 恐怖政权”,可怜没有外交经验的北朝鲜,在美国的挑衅面前沉不住气,以“全面 战争”作回应,把自己放到了更为孤立的境地。 三、善战者,制人,而不制于人 在美朝之间的一系列交锋之中,北朝鲜最大的吃亏就在于受制于人,被美国牵 着鼻子走。美国或硬或软,或退或进,掌握着游戏的主动权,而北朝鲜只能穷于应 付。要摆脱朝鲜危机的困境,最根本的是自己掌握主动。伟大军事家毛泽东说,“ 你打你的,我打我的”,所追求的正是“不受制于人”。 目前,美国再三要求中国向北朝鲜施压,以政治手段迫使北朝鲜解除核武装。 根据以上分析,无论中国是否满足美国的要求,中国都不能真正得到安全。中国应 当摆脱被动,争取主动,按自己的安全目标解决东北亚问题,把朝鲜核问题作为东 北亚安全问题的子问题来解决。 那么东北亚安全的核心问题是什么呢?是美国与北朝鲜在朝鲜半岛的对峙状态 。所以,要从根本上解决东北亚安全问题,就应当永久性地消除这两个国家之间的 军事对立。从美国方面讲,这种对立的原因是北朝鲜对南朝鲜的军事威胁;从北朝 鲜的角度看,对立的原因是美国对北朝鲜的威胁。所以,解决朝鲜半岛的问题必须 ,第一,解除北朝鲜对南朝鲜的威胁;第二,解除美军在南朝鲜的军事存在。只有 这两个目的同时达到,才能使各方都感到安全。所以,中国可以同美国说,中国不 但支持朝鲜半岛的无核化,而且将致力于从根本上消除南北朝鲜的相互威胁,以及 美朝之间的相互敌意。北朝鲜解除核武以及美军离开朝鲜半岛,都应当是这一东北 亚和平进程的组成部份。 美国鹰派解决世界问题的基本方法就是动武,但是孙子兵法告诉我们,“伐谋 ”与“伐交”是比动武更高明的方法。东北亚的和平进程可以多管道分步骤进行。 第一。在北朝鲜派驻其他国家的维?筒慷樱�一方面管制北朝鲜的核设施,另�? 方面保护北朝鲜不受侵略。 第二。联合其他国家对北朝鲜提供援助,中国提供日常消费品工业生产线,俄 国提供石油等能源,欧洲提供核电站改造技术。同时要求北朝鲜停止对外军售,停 止旧式核电站建设。提供援助是要花钱的,但是经济上的代价比起战争的代价要小 得多。反过来,没有国家的安全,经济建设也无从谈起。中国目前的消费品过剩, 粮食过剩,彩电生产线等生产资料也过剩,把这些送给北朝鲜,或以低息长期贷款 的方式提供给北朝鲜,对中国都不是重大的负担。中国的援助,除了解决北朝鲜的 经济困难以外,还应当要求北朝鲜做出一项承偌,即停止对外军售。理论上讲,世 界各国都可以作军火生意,北朝鲜也有这一权力。但这一军?坌形�正被美国鹰派�? 写为朝鲜威胁,因此,中国要求朝鲜作出这一让步,有助于朝鲜在国际社会改善自 己的形像,同时也证明中国的援助正在对和平作出有益的贡献,证明援助是比战争 更合理的解决问题的手段,并鼓励其他国家也同北朝鲜建立联系,由此打破美国对 朝鲜的封锁。 第三。成了亚洲安全理事会,制定亚洲安全规则,明确宣布亚洲地区禁止“先 发制人”的战争。亚洲国与国之间的战争,必须得到亚安会批准。凡是在亚洲地区 没有得到亚安会批准的任何国际战争,自动被视为非法战争,受亚洲国家一致谴责 。以此保障亚洲安全,同时约束美国在亚洲的军事行动。 第四,启动南北朝鲜统一进程。朝鲜统一有两大好处,首先,这是解决南北敌 对状态的根本措施;第二,可以将美军请出朝鲜半岛;第三,一个完整的朝鲜可以 成为中日之间的缓冲区,使中日双方增加安全感。 由于两个朝鲜差异很大,突然全面统一比较困难。因此,朝鲜统一可以首先从 军事上的统一开始。北朝鲜方面可以效仿中苏的?鞣ǎ�把军队从三八线边境上后�? 数百公里,以显示同南韩的和解诚意。从军事上看,如果美国要进攻朝鲜,其目的 也不在于多占一块土地,而是要消灭北朝鲜的有生力量,美军对朝鲜的侦查已经进 行了很长时间,北方借后撤之际还可以将防御系统重新调整。另一种方案是后撤一 半部队,然后宣布,如果南韩让美军离开,北方将把部队全部撤离三八线。对此, 南韩方面一定会有所响应。北方可以进一步建议,只要美军离开朝鲜半岛,南北双 方便可以在军事上首先实现统一。两边各自保留一定的内务部队,把主要的国防军 合并,承担对外防御任务。最高统帅通过全朝选举产生或两边轮流。南北军事统一 之后,南北战争便不可能发生。一个和平安定的朝鲜符合周边所有国家的利益。 南北统一进程开始,美国威胁消除之后,即可执行取消核武研究的计划。中国 不妨支持朝鲜拒绝美国的援助。美国舆论常常把朝鲜的核问题说成是讹诈美援的手 段。中俄欧不妨联手协助朝鲜进行核电站的改造,不需要美国参加。取消核武之后 ,美国必定会提出要进行监督。美国鹰派的目标是战争,所以美国的监督会变成寻 找战争借口的行动,他会把条件弄得非常苛刻,鸡蛋里面挑骨头,让朝鲜非常被动 。对此,朝鲜不妨在美国之前主动提出南北相互监督,其次邀请其他国家监督,比 如,邀请欧洲,俄国,中国和日本等国参加监督。 中国不要急于消除北朝鲜的核武,但要一步一个脚印地推动和平进程,让人们 看到政治手段解决问题是有效的,使人们对和平建立起信心。中国在朝鲜半岛的根 本目标应当是:非核化,朝鲜和平统一,美军撤离。这一目标不会一次成功,但可 以逐步实现。 结 语 孙子兵法曰:“兵者,国之大事,死生之地,存亡之道,不可不查”。美国新 强权政治对世界各国带来严重的战争威胁,不容各国忽视。中国的战略不在于同美 国一争高低,而在于建立国际安全环境。中国的目标不是反美,而是制约美国的好 战势力。在国际社会中,一个国家要使自己获得安全,应当设法使别人感到安全。 美国的好战分子主张,为了美国的安全,就要以民主为借口发动战争,压制潜在的 强国,推翻不受美国控制的政权;中国应当强调,为了国际安全,首先要实现国际 民主,尊守国际规则,尊重国际组织的权威。 作者: 精选 Post by bird-dog @ 19:18 美国北韩要切记:一失足成千古恨
2003-10-26 19:15 历史上很多,甚至是大多数战争都是因错估敌方意图和力量、紧张局势一发不可收拾、或纯粹的偶然事件而爆发的。若朝鲜半岛战火再起,其诱因也概莫能外。上述任何一个因素都可能促使战争爆发。 美国觉得被北韩耍了-北韩明目张胆地(它自己也承认)违反1994年达成的《框架协议》(北韩冻结核项目,美国为其提供粮食和能源),欲彻底解除北韩的核武装;北韩指责美国没有遵守承诺,希望与之签署互不侵犯条约,并把成为一个公开的核大国视为达到其安全目标的最可靠保证。 当北韩为引起美国和世界的注意,并迫使美国与它就互不侵犯条约进行谈判而不断升级挑衅行为之际,偶然或有意的军事冲突都可能导致一场全面战争。布什政府内外都在谈论实施一次外科手术式的打击,以搬掉北韩的核设施。他们将北韩军队斥为"纸老虎",对之不屑一顾。这些都使全面战争的风险与日俱增。华盛顿和平壤将会在这场灾难性战争中两败俱伤。目前全面战争的风险仍然很低,不过一旦美国解决了伊拉克,把注意力集中到朝鲜半岛,战争风险就会激增-主要是错估形势所致。 不幸的是,北韩可不是什么"纸老虎"。毫无疑问,美韩联军对北韩发动全面进攻终将取得军事胜利,但代价非常高昂-朝鲜半岛人民将深受其害,日本可能也遭池鱼之殃,地区和全球经济遭到破坏。即使没有核武器,北韩的报复或先发制人的攻击能力也能给任何攻击者以重创。根据其军事思想(从其军事部署和对其大大小小的军演之多年观察可知),北韩必定将其军事能力发挥到极至。 第一部分威慑或攻击能力包括:当前部署的700枚短中程弹道导弹(600枚射程300-500公里的"飞毛腿"B/C型短程导弹,100枚射程1,300-1,500公里的"劳动"中程导弹);几枚核弹头(2-6枚)及至少500(可能数千)吨化学和生物武器制剂。飞毛腿导弹能够覆盖大多数南韩的人口密集区,"劳动"导弹能攻击南韩所有地区,以及日本大部分地区。 第二部分包括:500门170毫米远程大炮,2,500座多管火箭发射器,4,000辆坦克以及110万常备军中的70%(都部署在非军事区100公里以内的地区)。仅那些远程大炮每小时就可以向汉城或非军事区以南发射五十万发重炮。大型坦克部队和机械化步兵在非军事区附近至少能在战争打响之初击败美韩联军。 第三部分包括:常备军中剩下的战略储备部队以及至少60万可随时调动的预备役部队。此外,还有3组不为人知的特种力量将通过隧道或海上潜入南韩,潜艇舰队(世界排名第三,拥有26艘基洛级柴电潜艇和40艘迷你型潜艇)能够攻击或封锁水面战斗力量,构成实实在在的威胁。其最近试射的射程达160公里的陆基反舰巡航导弹也有这个能耐。北韩的一个重大缺陷是其空军部队技术落后,很可能在战事爆发后几天内就得将制空权拱手相让。 尽管如此,北韩军队的攻击能力和联合战力还是不可小看的,而且它不会坐以待毙。它的军事思想来自苏联,强调高机动性,大火力网以及联合进攻,最近又吸纳了非对称战争理论。突袭战是其拿手戏,目的在于赶在美国增援力量抵达战区之前,控制战略要地,掌握主动。 北韩核危机前途未卜。印度的一位前军事首脑曾说过,任何国家都应从海湾战争中吸取教训:在拥有核武器之前挑战美国是徒劳无益的。北韩军方领导人想必不会忘记这一"金玉良言"。他们很清楚,大规模进攻南韩虽可一时得手,但很可能遭到美国战术核武器的打击。唯一的应对之道就是用核武器威慑它。因此北韩在90年代初急切地想发展核武器,结果酿成了1993-94年的那场核危机。1994年10月签署的《框架协议》只是暂时化解了危机。 但早在那场危机之前,北韩就从宁边5兆瓦的核反应堆使用过的燃料棒中提取了8-24公斤的武器级��-能够制造2-6枚核弹头。北韩总计还有8,000个燃料棒未被加工。在重启宁边核燃料再加工生产线的6个月内,还可以再制造6枚核武器。而且随着该反应堆的再度运转,以及一个50兆瓦的在年内竣工,北韩在明年的某个时候可年产20-50枚核武器,成为世界上第九个核大国。这还未将由浓缩铀制成的武器包括在内。北韩从1997年开始从巴基斯坦进口加工浓缩铀的设备。美国助理国务卿凯利在参议院一个委员会作证时指出,那些设备数月内就可以生产出武器级铀,而不是像稍早前所认为的那样需耗时数年。 可见,用武力摧毁北韩核设施的主意不足取,因为这将导致灾难性战争。为了换取北韩再次冻结,甚至以后同意放弃核计划,需要给它可靠的安全保证。但谁能够或愿意为之呢?谁又相信北韩不会故态复萌呢? 在我看来,避免战争的唯一方法或许就是,美国和国际社会接受北韩作为一个公开的核大国这一事实,以换取它作出切实可行的核不扩散承诺。但这可能需要几年而不是几月的时间。在此期间,战争风险会继续增大,错估形势和偶然事件随时可能将紧张对峙转变为"热战"。 作者: Marc Erikson 文章来源:亚洲时报 Post by bird-dog @ 19:15 “相互安全”是可能的吗?
2003-10-26 19:12 “相互安全”是可能的吗?--由朝核问题北京六方会谈想到的 静观上周在北京举行的朝鲜核武问题六边会谈,细读会后各方发出的信息,笔者觉得,一个重要的安全观念再次浮现在国际政治舞台,主导了这次重要的国际会谈,那就是国际社会期待的“相互安全”。 北京会谈的重要意义是,朝鲜核武问题的一扇机会之门开启了。打开这扇门的力量不是别的,而是有关各方对“相互安全”的逐步体认、感知。 众所周知,半岛问题在美国小布什政府上台之后急转直下,恶化升级到2002年10月开始的“核武器危机”。美朝双方剑拔弩张,相继采取了一系列相互挑衅、相互刺激的边缘行为。美国一些权威的说法认为朝鲜已经拥有核武器,称要先发制人解决朝鲜核武问题,而朝鲜则退出了《核不扩散条约》,坚持要用开发核武器来换取美国的“不入侵”承诺,直到这次北京会谈中,朝鲜仍然威胁除非美国妥协,否则将其核武器计划升级。 中国代表团团长、外交部副部长王毅8月29日宣布了六方会谈的几点“共识”,其中第二点是,各方认识到“半岛应无核化,但同时要顾及朝鲜对国防安全的关注”。这一点最关键,值得高度评价,因为它反映了“相互安全”的思维和原则。 仅按照传统的国家安全来论,朝鲜半岛无核化,当然符合参加会谈的朝鲜之外五方,以及国际社会的最高安全利益和价值,而作为弱势的朝鲜试图通过“打核武牌”寻求国家安全,也无可厚非。 六方会谈前,不少论者或分析或预测,北京六边会谈如果取得一点进展,那就是美朝各自显示某种灵活性。会后,中国方面宣布的要“顾及”朝鲜安全关切的“共识”,可以说,是为朝鲜核武问题的解决找到了的一个重要原则:按“相互安全”原则办事。 其实,对美国来说,如果能说服朝鲜,让朝鲜感到安全充分无虞,朝鲜放弃核武器计划并不难。而对中国、俄罗斯来说,在坚持要求朝鲜半岛无核化下,还充当朝鲜和美国之间的桥梁,要求美国回到尊重“相互安全”原则的轨道上来。如此多方互动,只要有诚意,朝鲜核武问题并非没有解决的希望和可能。 朝鲜核武问题闹到今天,其最大恶果是,各方越来越心神不安,毒化了地区和国际安全环境,这几乎应验了国际政治中的“安全困境”理论;以自我安全为动机的行为结果引致相互不安全及其升级。朝鲜搞了核武计划,但却导致了与美国关系的深重危机,美国把朝鲜指定为“邪恶轴心”的一部分,其强硬派更是坚决要求对朝鲜实行军事打击,改朝换代;朝鲜则以牙还牙,其核武威胁的矛头直指美国及其在东亚的盟国。更进一步看,整个国际安全也受到恶劣影响,《核不扩散条约》的合法性和正当性受到威胁性的挑战! 这次,中国从美朝双方得到的外交信息是,美方认为朝鲜核问题应透过和平方式解决,无意威胁、入侵或进攻朝鲜,也无意推翻朝鲜政权,希望协商解决朝鲜核问题,直至同朝鲜建交;而朝鲜渴望和平,无核化是朝鲜的目标,只要美国改变对朝鲜的政策,不要威胁朝鲜,朝鲜愿意放弃核计划与美国和平共存。 然而,北京会谈后,问题仍然不容乐观。美国国内在朝鲜问题上的政策意见非常分歧,其保守的鹰派并不想改变其既定方略,甚至等着瞧这次北京会谈流产。美国助理国务卿凯利率领的美国代表团在会谈中说了些好听的外交辞令,还不等于美国国内掌权者,特别是白宫和五角大楼在朝鲜问题上的立场松动。而平壤则认为,在这次会谈中美国并无诚意,扬言并不想参加下次同类会谈。 布什政府在上台不久就废除了冷战时代和苏联签订的《反导条约》,即美国和苏联的“核恐怖平衡”,那个条约是美苏相互安全的保证,因为它们可以“相互确保摧毁”,倒也使世界相安无大事。冷战后,美国实力大增,至高无上的美国怎能再要这种“相互安全”的束缚?到了布什时代,“相互安全”便为“绝对安全”取而代之。过去一年,布什政府拒绝考虑朝鲜的安全关切,把朝鲜的放弃核武开发换取美国不入侵、邦交正常化看作是“敲诈勒索”。实践正在表明,以此居高临下、并非明智的绝对安全观,无法解决朝鲜核武问题,反而使事态进一步恶化。 今日,北京多边会谈终于开启了“解决朝鲜核武问题的进程”。笔者相信,该进程若要持续下去并取得成就,美国和朝鲜,以及其它有关方面,最需要的仍然是互信,摆脱相互的高度不安全感,追求东北亚地区的“相互安全”目标。 作者: 庞中英 Post by bird-dog @ 19:12 千古奇书山海经的来龙去脉
2003-10-26 18:32 揭开中华民族地理大发现之谜 《山海经》是一部记录中华民族地理大发现的伟大著作 千古奇书,万世宝典,山海经的来龙去脉 并解老子辞周退隐之谜、周室典籍失踪之谜、诸子百家兴起之谜 补注:本文主要学术观点,已被作者写入全彩绘大画册《经典图读山海经》一书中,并已由上海辞书出版社于2003年8月出版发行。 两千多年前的春秋战国时期,九州大地社会激荡、思想迸发、文化沉浮,其壮丽诡秘之场景在华夏文明史上打下了深刻的印记,同时也留下了许多饶有趣味而又难解之谜;其中有三大千古文化之谜,它们分别是无价文化之宝周室图书档案典籍失踪之谜、大思想家《道德经》作者老子辞周退隐之谜、世界奇书《山海经》作者或编辑者之谜。种种迹象表明,这三大文化之谜是有着内在联系的,让我们从《山海经》谈起吧。 《山海经》是一部记录中华民族地理大发现的伟大著作,它记述着那个时代的远古自然地理和人文地理,它记述着中华民族文明与文化的起源和发展,以及这种生存与发展所凭依的自然生态环境。自古相传《山海经》的作者是大禹和伯益,大禹是治服水土的一代圣王,伯益是当时的山林环境大臣。近代多数学者则认为《山海经》不是出自一人之手,也不是作于一时,其成书年代或谓在春秋战国时期,或谓在秦汉之际,亦有相信其资料源于帝禹时代者。至于《山海经》的作者更是众说纷纭,或谓楚人,或谓中原人,或谓“海外人士”。其中“中原人士”之说又有两种观点,一说为周人,一说为齐人;而“海外人士”则涉及古印度人和巴比伦人等等。 具有代表性的观点主要有,袁珂先生在《中国神话研究和山海经》一文中说:“《山海经》是从战国初年到汉代初年,经多人写成的一部古书,作者大概都是楚地的楚人。”茅盾先生在《神话研究》一书中称:“《五藏山经》大概是东周之书,理由是:综观《五藏山经》记载,是以洛阳为中心,其言泾渭诸水流域即雍州东部诸山,及汾水南即冀州南部诸山,较为详密,洛阳附近诸山最详,东方南方东南方已甚略,北方最略。”客观地说,《山海经・中山经》详尽记述了楚地山川及楚民神话、习俗,表明作者对楚地有着真切的了解;与此同时,《山海经・西山经》则详尽描述了周地山川及那里的神话、习俗,表明作者对周地亦有着真实的了解。此外,由于《山海经》的篇目名称和结构内容,与齐国学者邹衍的大九州、小九州学术思想及其《终始》、《大圣》等著作的内容有相似之处,因此亦有学者认为《山海经》成书与邹衍学派关系密切。 值得注意的是,在东周时期,周与楚实为并存的王朝。在东周列国中,除了周人称王之外,唯有楚王问鼎并自称为王。事实上,楚与周(包括中原各诸侯国)长期为敌对方,双方时有征伐;一般来说在这种情况下,当时不大可能有学术大家可以兼通周地、楚地风情的。但是却有一个例外,这就是王子朝一行及其后裔。事情是这样的,公元前520年周景王死后,周王室在继位问题上发生内战,王子朝(庶长子)占据王城(洛阳)数年,王子丐(嫡次子,被立为周敬王)避居泽邑;公元前516年秋冬之际,晋顷公出兵支持王子丐复位(此举得到中原过诸侯国的响应),王子朝遂携周室典籍(应当还有包括九鼎在内的大量周王室青铜礼器)投奔楚国,此事被记录入《左传・昭公二十六年》和《史记》等书中。 在王子朝一行中,既有王室成员、世袭贵族,也有供职于周王室图书档案馆的官吏和学者,而长期供职于周王室图书馆的大思想家老子亦非常可能同行。至于王子朝一行所携带的周室典籍,应当是相当珍贵的,它们应当包括前朝(指商代、夏代及更早时代)的文献、文物,以及周代列王的诰命文件,或许还有各诸侯方国的奏章、报表等文书档案资料。 根据《吕氏春秋・先识》记载:“夏太史终古见桀迷惑,载其图法奔商;商内史向挚见纣迷惑,载其图法本周。”这一方面表明周王室图书馆收藏有夏朝、商朝的图册文物,另一方面也说明携典籍投奔“有道之国”乃是一种古老的文化传统,而且也是图书文献管理官员的神圣职责。因此,王子朝携周室典籍奔楚,如果不是表明他相信楚国将代周而兴,那么就表示他自己仍然是周王室的合法继承人(拥有王室档案乃是拥有王权的必要条件之一)。与此同时,在王子朝占据王城洛阳数年之间,周王室图书馆的官员和学者当仍然恪守职所,这在客观上等于站到了王子朝一派。因此,当王子朝携周室典籍奔楚之时,这些官吏或学者无论愿意不愿意恐怕只能与王子朝同行。 然而在王子朝奔楚之际,恰逢楚平王死,楚国在继位问题上也动荡不安。种种迹象表明,王子朝一行并没有到达楚国都城,而是滞留在南阳西鄂一带(今日河南省南阳市石桥镇)。也就是说,王子朝很可能并没有把周室典籍送交给楚国君臣,而是将它们妥善地保留在自己手中。我国现存史书中,既没有记载楚国何时何地收到过这些周室典籍,也没有明确记载这批这批珍贵文献的下落,这些人类文明史上的无价之宝从此就神秘地失踪了,而且历代出土文物中也不见它们的踪影(或许有部分典籍出土或外传,但人们并不知道它们是周王室图书馆之典籍)。由于王子朝是有准备的带走周室典籍,而且他始终怀着复位的期望;因此,笔者认为我们今天有理由相信正是王子朝将周室典籍秘藏起来了。 为此,笔者在历史探索小说《老子隐迹》(中国对外翻译出版公司出版)中假设有如下情节:王子朝在携典籍奔楚的途中,接受老子的劝告,对外伪称不慎失火将典籍烧毁以绝人念,暗地里则化装成商旅将周室典籍秘藏在墨山和丹崖山的山洞中(在今河南西峡县境内)。不过,《皇览》记有王子朝之墓在南阳西鄂,当地晁姓氏人自称乃王子朝的后裔;此外,今日河南镇平县与内乡县之间有地名为晁陂,或者亦因住有王子朝后裔而得名。因此,王子朝秘藏周室典籍的地方也可能在上述地区。 据《左传・定公五年》记载:“五年春,王人杀子朝于楚。”事件发生在在公元前505年,,但未言及事由和地点。笔者推测此事与周敬王追索周室典籍有关,而王子朝以死拒绝交出典籍。与此同时,老子可能因参与秘藏周室典籍之事,遂辞职隐居直至终老;事实上,周敬王在位长达44年(死于公元前476年),在此期间,老子是不可能再回到周王室图书档案馆任职的。 值得注意的是,《庄子・天道篇》记有:“孔子西藏书于周室,子路谋曰:由闻周之征藏史有老聃者,免而归居,夫子欲藏书,则试往因焉。孔子曰:善。往见老聃,而老聃不许。”若是《庄子》所言不虚,似可表明周敬王由于未能从王子朝手中追回周室典籍,故而重新向天下征集图书,以重建周王室图书馆。《庄子》书中认为老子与孔子观点不同,故而拒绝了孔子的请求。应当承认,老子经历周王室内乱后,其观念确实发生了重大变化;不过,老子之所以拒绝充当引荐人乃另有苦衷,其实他已经失去了这种资格,而且也不便公开活动(大约此后不久,老子便西出函谷关,留下五千言《道德经》,从此隐去)。 笔者这里之所以介绍王子朝一行及老子行踪,一是周室典籍失踪之谜应当引起我国历史文化界的足够重视(令人百思不得其解的是,两千五百年来,始终没有一位学者认真提出这个问题),二是《山海经》的成书与上述事件有着密切的关系。1995年,笔者在与画家孙晓琴女士合著《新绘神异全图山海经》(已由昆仑出版社亦即解放军文艺出版社出版)期间,开始明确意识到《山海经》一书的作者(包括编辑翻译改写者),很可能正是追随王子朝携周室典籍奔楚的原周王室图书馆的官员、学者或其后裔。理由如下: 1、 从《山海经》的篇章结构来看,具有某种总体框架,当有一个写作纲领或编辑方针,并有一个彼此关系密切的写作班子。 2、 《山海经》中常跳跃出四言韵句,而《道德经》中亦经常使用四言韵句,此现象已被不少学者注意到。笔者怀疑四言韵句乃上古史官兼巫师的一种常用修辞方法,并被周朝史官所承袭,此点《尚书》亦可为证。因此,《山海经》的编写者当系追随王子朝奔楚的史官(兼巫师和学者)或其后裔。 3、 《山海经》中 的《西山经》、《中山经》内容特别详实准确,表明编写者同时熟悉周地和楚地的山川民俗典故,此正是王子朝一行或其后裔的特长。 4、 《山海经》中的大量内容,当源自周王室图书馆收藏的典籍资料,其中不乏前朝历史档案记载的上古历史传说,以及各地诸侯国的报表文书和采自民间的神话故事(远古神话传说乃是历史信息的载体,参见笔者所著《追寻远古的信息》,中国国际广播出版社出版)。上述典籍资料其他人是难得一见的,但却是随王子朝奔楚的史官或其后裔耳熟能详的。 5、 老子的《道德经》,在当时堪称长篇巨著,但却极为仔细地隐去所有特定的事件,必然有其苦心。对比之下,《山海经》也极为谨慎地回避任何与现实有特定关系的事件,当亦有其苦心。或许,《道德经》之隐与《山海经》之隐,都出于同样的原因,即它们的作者或编写者出于某种现实的考虑而竭力想隐瞒自己的真实身份。因此,如果《山海经》的作者或编者是王子朝一行或其后裔,那么他们确实有理由隐瞒自己的身份。此外,王子朝一行及其后裔颇有点“里外不是人”的难处,因此他们也不愿意对现实发表意见,而是把主要精力集中到典籍文献的整理编辑上。与此同时,编写《山海经》这样的大部头著作,需要编写者有着充裕的时间、充足的财力,并且没有或少有世俗杂务的干扰;显然,这样的条件乃王子朝一行的后裔所充分具有的,而这种工作也成为他们新的生活方式和生存乐趣。 6、 相传孔子50岁才读到《周易》一书,时在公元前501年。对此我们有了新的解释,即《周易》等书原为周王室秘藏典籍,外人通常是读不到的;但是自从王子朝携周室典籍奔楚之后,原来秘藏的《周易》等书才逐渐流传出来。这是因为,王子朝一行及其后裔,已经失去了往日的财富来源,他们必须寻找新的谋生方式,其中就包括编辑、抄写、撰著并出售各种典籍图书资料(珍贵的原版图书应当早已秘藏起来,但也不能排除有部分原版图书流散于世的情况)。据此,笔者有理由认为,正是王子朝一行及其后裔开创了中国的图书出版业,而大量周室典籍的传抄流行又促进了教育特别是私学的兴起,而私学的兴盛又促成了春秋战国诸子百家的学术繁荣(正如敦煌藏书的外传促成了敦煌学的兴起一样)。事实上,老子撰写的《道德经》一书,应当算是中国历史上第一部由个人撰写的并阐述个人见解的著作;而所谓孔子删定《诗》、《书》云云,则表明孔子收集到一部分散失的周室典籍,并将它们重新整理成册(过去学者均误以为孔子从所有周室典籍中选出了一部分内容编辑成册)。 7、 邹衍的大九州、小九州观念,很可能得自于《山海经》,或得自于王子朝一行的后裔学者们(古代南阳地区的文化、学术发达,张衡、张仲景、晁错等人才辈出,亦得益于此)。这是因为,大九州、小九州观念含有以某地为中心的思想,然而齐国近海而不处于中原之中心,当时只有周王室的人(包括其后裔)才有着强烈的中央一统的观念。 8、 《山海经》一书既洋溢着中央四方、天下一统的观念,同时又处处流露出对自得其乐、自给自足的家园小国的赞美和向往。对此,一种合理的解释是,王子朝一行及其后裔,仍然深深沉陷于回忆往昔美好岁月的记忆中,那时周王室虽然只有很小的直辖领地,但在名义是却仍然是天下一统的宗主国,因而能够过着体面尊严、富裕安宁的生活。有趣的是,老子在《道德经》里也向往着小国寡民式的理想社会。或许,王子朝及其后裔之所以编写《山海经》,乃是失国后的一种感情寄托,以便在其中构筑出自己的理想。 9、 事实上,《山海经》的内容既有官方性质,又有民间性质;既有中央意识,又能平等地对待远方异国;既有明确的山川地貌的距离里数,又记录着各地的物产和风情。显然,拥有上述资料(地理图具有军事价值,非常人可见),又能以平等的心态进行描述,亦非王子朝及其后裔莫属。 有必要指出的是,王子朝一行及其后裔学者,乃是《山海经》一书的编辑、整理、改写者,而不是《山海经》一书的原作者。实际上,根据笔者对《山海经》长达二十多年的多角度研究,认为《山海经》一书是由帝禹时代的《五藏山经》、夏代的《海外四经》、商代的《大荒四经》、周代的《海内五经》四部古籍合辑而成的。有关论述可参阅笔者所著《山海经地理复原图注》一书,以及其他相关的论文。 不过,我们今天已很难一一分辨出《山海经》中究竟有哪些内容是传自上古,哪些内容是由王子朝及其后裔学者所改写或补充的(也不能完全排除后世其他学者又进行过改写或补充)。例如,《山海经・中次十一经》记载丰山上:“有兽焉,其状如猿,赤目赤喙黄身,名曰雍和,见则其国有恐。神耕父处之,常游清泠之渊,出入有光,见则其国为败。有九钟焉,是知霜鸣。”郭璞注谓:“清泠水在西鄂山上,神来时水赤有光耀,今有屋祠也。”由于王子朝避居西鄂,笔者颇怀疑上述记载与王子朝奔楚一事有关:1,“雍和”乃吉祥之名称,反言其“见则国有大恐”,当为“好人不得好报”之意,似在为王子朝伸冤;2,神“耕父”之名有勤劳为民之意,却称“见则其国为败”,亦在记述王子朝的不幸遭遇;3,所谓“有九钟焉,是知霜鸣”,此九钟乃是周王室的重要礼器,当系王子朝奔楚时带走,其时正值深秋初冬,“是知霜鸣”可能是当时政局将变的一种前兆现象,被王子朝一行及其怀疑铭刻在心。 由于《山海经》是一部自然地理和人文地理专著,具有极高的军事和政治价值,因此必然要影响到它的流传。笔者推测,《山海经》由王子朝一行的学者整理编辑成书后,被作为重要礼品送给了楚国(王子朝一行在楚国政治避难,当然要送给楚国君臣一些贵重礼物,其中应当包括典籍、礼器。事实上,今天在荆楚一带之所以出土有大量青铜礼器,或亦与此有关,因为王子朝一行很可能带走了大批周王室的工匠),并长期只在楚国上层流传,因此屈原有条件读到《山海经》,并据此创作出千古绝唱的《天问》等诗篇。在此前后,秦国对楚国构成巨大威胁,为了安全起见《五藏山经》中有关秦国与楚国交通要道的山川地貌的内容被人有意删去,这部分内容便成为失传的中次一经,其地理方位大约在今日秦岭南麓的汉水、丹水一带(现存版本的中次一经原属被次二经)。 再以后,楚国被秦国所灭,《山海经》很可能与其他典籍一起被收藏于秦王朝图书馆内(在此之前,吴军亦曾攻入楚都,不知是否有文献典籍的转移)。此后,刘邦率兵先入咸阳,秦王朝图书馆的大量文献典籍被萧何收取,并成为汉王朝图书馆的重要文献资料来源;至此《山海经》一书才逐渐被汉代学者所知,可惜司马迁在写《史记》时由于不能很好地解读《山海经》的内容而未能引用其资料信息。 《山海经》一书成为显学而为天下学者所知,是西汉末年的事情。公元前26年(汉成帝河平三年),汉成帝为了扩充国家图书馆馆藏,一面向天下征求遗书,一面命光禄大夫刘向等人对各类古籍进行大规模的编校整理,其中即包括《山海经》的编校工作。公元前5年,刘向之子刘歆(后更名为刘秀)子承父业继续古籍整理工作;此后不久,刘秀便提交《上山海经表》,将原来流传的三十二篇《山海经》,整理校定为十八篇的《山海经》,我们今天看到的各种版本《山海经》均源于此。事实上,《山海经》在汉代受到各界人士重视,与刘向父子以及东方朔等人的努力分不开,因为他们根据《山海经》的记载,解释了许多远方异国的异俗异物和出土文物现象。 需要指出的是,刘秀所校定的十八篇《山海经》原版,以及刘秀所依据的三十二篇《山海经》原版,均早已失传。《山海经》在汉代中期流行一阵之后,,便重归于寂寞。大约三百年后,东晋学者郭璞(公元276~324年,具有方士色彩)对《山海经》进行了全面的校订和注释,从此《山海经》一书又重新流传于世,至今不衰。 关于《山海经》还有一个重要的问题,即《山海经》与《山海图》的关系。我们今天看到的山海经图,多为一幅幅线描的怪兽人神插图,它们大体出自明代学者王崇庆的《山海经释义》(附图一卷)、清代学者吴任臣的《山海经广注》(附图五卷)、清代学者汪跋(替字 )的《山海经存》(附图三百余幅)。此前,宋代画家舒雅、南朝画家张僧繇亦画过山海经图,可惜均失传了;晋代名士陶渊明有诗曰:“泛览周王传,流观山海图,府仰终宇宙,不乐复何如?”从他的咏山海经诗中可推测,其所见到的仍然属于插图性质,当与郭璞所见类似。 至于刘向父子、东方朔、司马迁等人是否见到过山海经图则不得而知。由于《山海经》的许多文字都具有“看图说话”的性质,因此不少学者相信《山海经》乃是对《山海图》的文字说明,而《山海图》最初是被大禹铸在九鼎之上的,后来部分图又被画在楚国祠堂的墙壁上,并不断出现在汉代的石刻画像里。 应当说明的是,具有“看图说话”性质的山海经图属于自然地理图和人文地理图,因为它们有着地理方位信息的内涵,因此与后世的山海经插图性质完全不同。笔者推测,最早的《山海图》应当图文并茂,其上既有图形图画,也有文字,还有大量图画式的文字(或许类似东巴文字,以及某些岩画、陶画图案)。其实,汉字的前身是象形文字,象形文字的前身是图画;而我们祖先在发明并广泛使用文字之前,曾经历过一个相当长的用图画记录信息的时期(配合以神话传说)。事实上,远古有关八卦图、河图、洛书、白泽图的传说,其实质都是用图画记事,其中河图、洛书属于自然地理图,白泽图则属于人文地理图。 遗憾的是,我国远古时代的自然地理图和人文地理图均失传了;但是,《山海经》却奇迹般地流传至今。根据笔者的研究,《山海经・五藏山经》是帝禹时代(公元前2200年前)所进行的国土资源普查的考察报告,当时所绘地图即早已失传的《山海图》。为了再现《山海图》,笔者与画家孙晓琴女士合作,自1995年起陆续绘有350幅白描暨水彩山海经神异图(昆仑出版社出版)、上百幅国画山海经神异图、数十幅山海经艺术地理复原图和山海经远古部落文明图组画,并于1999年9月9日创作出巨画《帝禹山河图》,画高5・4米、宽7・8米,将《五藏山经》记述的447座山,以及相关的水系258处、地望348处、矿物673处、植物525处、动物473处(其中许多神异动物实际上是由人装扮的)和人文活动场景95处全部绘出,显然这是数千年来的首创,具有极高的科学、艺术、收藏价值,亦可告慰帝禹在天之灵。 事实上,《山海经》是记录中华民族文明与文化起源与发展的最珍贵的历史典籍之一,它是一种与金字塔、兵马俑同样重要同样有价值的人类文化遗产。这正是笔者要历时二十余年探索山海经来龙去脉的原因,那是来自远古的信息,我们有必要倾听倾听再倾听,只有这样人类的生存经验才能延续下去。 北京山海文化企划苑 Z24-8000 王红旗 1996年10月18日第一稿,2000年7月14日第二稿 Post by bird-dog @ 18:32 北韩有可能又生产出二个核武器
2003-10-26 17:36 据《纽约时报》10月14日报道,新的情报分析结果显示,北韩在过去的几个月内有可能(追加)生产了1~2个或超过这一数量的核武器,这使得布什政府围绕大规模杀伤性武器情报质量问题陷入了内部混乱之中。 该报报道称,布什政府的几个智囊团人士认为,北韩(通过再处理工作)已从8000个核燃料棒中提炼出了能够制造数枚核弹头的武器级钚的主张有可能属实。报纸还称,但包括国务院保守派情报分析家及其他人认为,尚无明确的相关证据,北韩很有可能是在虚张声势。 该报报道称,国际原子能机构(IAEA)(在这两个极端立场中)采取了中立意见,并通过一系列秘密报告,向亚洲各国传达立场称,北韩有可能提炼出了能够制造2枚核弹头的钚。 《纽约时报》援引布什政府官员的话报道说,美国分析家们得出的结论是,在8000个核燃料棒中,北韩对1000~2700个燃料棒进行了再处理工作,提炼出了武器级钚。 Post by bird-dog @ 17:36 朝鲜认识到商标的重要性
2003-10-26 17:35 "상표는 제품의 얼굴이다". 북한은 상표가 제품의 질 제고와 판매에 결정적인 영향을 준다고 판단, 행정기관과 공장.기업소에 상표를 제대로 관리하고 보호할 것을 촉구하고 나섰다. 북한의 경제이론지 '경제연구'(2003.3)는 "모든 기관, 기업소 일꾼들은 경제활동에서 상표의 역할과 보호사업이 가지는 중요성을 잘 알고 상품판로를 개척하는 사업과 상표 보호사업을 적극 벌여야 한다"고 주장했다. 이 잡지는 상표가 제품의 질을 보증하고 홍보하며, 분쟁시 법적 보호 수단이 된다는 점 때문에 경제활동에서 아주 중요한 역할을 한다고 강조했다. 때문에 제품의 질적인 내용이나 기술적 특성은 국제적으로 공인된 방식으로 거짓없이 소비자의 입장에서 친절하게 표기해야 한다고 잡지는 말했다. 예를 들어 식료품 상표에는 생산기업소, 생산날짜, 주원료, 보관조건, 보관기일, 사용법, 열량 등을, 의약품 상표에는 생산날짜와 사용기간, 보관조건, 보관기일, 용량, 검사번호, 주의사항, 규격 같은 것을 사실대로 표기해야 한다고 지적했다. 상표는 제품의 질적 평가를 사회적으로 보증하는 한편 상품의 질을 통제하는 역할을 한다는 것이다. 즉 아무리 질 좋은 제품이라도 상표가 없으면 그 가치를 인정받지 못하며, 잘 팔리는 제품을 가진 기업은 해당 상표의 가치를 높이기 위해 제품의 질을 더욱 높이려고 애쓴다는 게 '경제연구'의 설명이다. 또 상표는 대중매체와 소비자를 통한 제품 선전수단의 기능도 있다는 주장도 눈길을 끈다. 잡지는 "상표는 잡지와 신문, 라디오와 텔레비전, 다매체편집물(멀티미디어 프로그램), 전자상업(전자상거래)을 통해 광범위하게 소개선전되며 소비자를 통해 널리 알려져 소비자들 속에서 신용을 얻기도 한다"고 말했다. 특히 잡지는 이런 선전은 높은 구매력과 제품판로를 개척하는데 유리한 환경을 조성해 준다고 강조하는 등 북한 언론매체에서 금지해온 상업광고에 우호적인 태도를 나타냈다. 이밖에 상표는 기업간 분쟁시 제품의 법적 보호수단이 되기도 한다고 '경제연구'는 주장했다. 잡지는 "상표에 대한 법적 보호가 없으면 상표권 침해와 모방을 방지할 수 없으며 제품의 질을 떨어뜨리고 소비자들에게 혼돈을 가져다 줘 결국 구매력과 대외시장의 지위를 잃게한다"고 밝혔다. 북한은 지난해 7.1 경제개선 조치 이후 각 공장과 기업소에 내수와 수출 경쟁력을 높이기 위한 제품 질 제고에 주력할 것을 촉구하고 있으며 상표의 중요성을 강조한 것도 이와 관련있는 것으로 풀이된다. Post by bird-dog @ 17:35 渤海国为何使用高丽国号?
2003-10-26 17:33 발해가 고구려의 정통성을 계승하고 옛 영토를 회복하기 위해 한 때 국호를 '고려'로 사용했다는 흥미로운 연구결과가 북한에서 나왔다. 북한 사회과학원에서 발간하는 계간 학술지 '역사과학'(2003년 3월)은 발해는 고구려의 정통성을 계승하고 고구려의 옛 영토 회복을 위해 750년대 말부터 770년대까지 국호를 '고려'로 썼다고 주장했다. 북한의 학자들은 문왕 통치시기(737~793년) 발해와 일본이 주고받은 외교문서와 일본의 '속일본기' 등을 통해 그런 사실을 밝혀냈다. 발해가 고려를 국호로 사용한 것은 759년 정월 문왕이 사신 양승경을 일본에 보내면서부터다. 이 잡지는 속일본기를 인용해 "문왕은 사신 양승경을 통해 일본왕에게 자신의 의사를 구두로 전달하면서 '고려국왕 대흠무가 말한다'고 해 발해가 곧 고려라는 것을 공식적으로 표명했다"고 말했다. 일본의 순인왕은 양승경이 문왕의 의사를 전달하자 답신에서 문왕을 고려국왕으로 표기했다는 사실이 속일본기에 기록돼 있다는 것이다. 잡지는 "문왕이 자신을 고려국왕이라고 자칭한 시기에 일본왕도 고려국왕이라고 불렀다는 것은 발해를 고려라고 부르는 것이 두 나라 사이의 외교관례에 맞는 호칭이었음을 보여준다"고 주장했다. 이와 함께 당시 일본의 역사문헌에서도 일본에 도착한 발해사신을 '고려사신', '송고려사','견고려사' 등으로 불렀다는 기록이 있다고 '역사과학'은 설명했다. 속일본기는 758년 9월과 759년 10월 각각 일본에 도착한 발해사신 양승경, 고남신을 고려사신으로 부르고 있다는 것이다. 또 일본측 문헌에서도 8세기 중엽 발해로 보내는 사신을 '견(송)고려사'로 칭하는 기록이 모두 다섯번 나온다는 것이다. 특히 속일본기는 758년 발해사신 정해일이 일본에 왔다고 기록했다가 759년 봄 정월부터 발해사신을 고려사신으로 호칭을 바꿨다면서 "이는 발해사신들이 (일본의)수도에 들어와 국호사용에 대한 발해의 요구를 알려준 이후부터 일본도 발해를 고려로 부르기 시작했다는 것을 보여준다"고 말했다. '역사과학'은 "문왕시기 고려 국호를 사용한 것은 문치(文治)정책을 추진하고 국력을 가일층 발전시켜 옛 고구려와 같은 강대국의 면모를 갖추려는데 있다"면서 "발해는 고구려와의 계승성을 적극 표방함으로써 대외적으로 고구려와 같은 지위와 국력을 과시하려 했을 것"이라고 분석했다. Post by bird-dog @ 17:33 警惕俄日“联姻”的背后交易
2003-10-26 17:31 今年,日本与俄罗斯亲密接触,日本利用积极的军事演习和外交获得了俄罗斯的青 睐,终于获得了俄罗斯远东石油管线的项目但是俄罗斯与中国的经贸合作却开始燃起红灯。 日俄关系逐渐升温 小泉今年1月访问俄罗斯,同普京签订了加强双边合作的《联合行动计划》。表示 发展能源等领域的合作是俄罗斯与日本今后双边经贸合作的重要内容。日本目前正积极 参与"萨哈林-1"和"萨哈林-2"石油天然气开发项目,已为开发萨哈林岛(库页岛)大陆架油田和天然气项目投资约80亿美元。日本还计划扩大从俄远东和西伯利亚地区 进口石油,准备提供贷款协助俄方铺设一条从东西伯利亚安加尔斯克到远东纳霍德卡的石油运输管道。 日本与俄罗斯军事上也开始紧密合作,日本海上自卫队舰艇编队于9月4日至8日访问俄罗斯太平洋舰队主要基地符拉迪沃斯托克。除此之外,2002年为了参加日本海上自卫队成立50周年的盛典,俄罗斯海军派出了"瓦良格"导弹护卫舰、柴电潜艇和导弹快艇对日本进行了正式访问,日本海上自卫队派出了一艘驱逐舰和一架舰载直升机参加8月25日俄罗斯在远东地区的纳霍德卡海面举行的海上军事演习,这是日俄首次联合海上军事演习,9月 7日俄罗斯和日本开始在符拉迪沃斯托克(海参崴)附近的彼得大帝湾举行联合海上演习,日本方面派出了"西拉耐"号和"萨米达来"号驱逐舰及舰载直升机参加,俄罗斯太平洋舰队"潘杰列耶夫海军元帅"号大型反潜舰及"贝斯特雷"驱逐舰及14号导弹快艇参加了演练,日俄表示今后还计划加强天军装备的研制和合作。日俄本来因历史遗留的色丹、齿舞、国后和择捉等南千岛群岛四岛屿(日本称北方四岛)之争曾有分歧。但是现在却因为各自的利益需求一拍即合,在二战以后,英美两国石油公司在近东关于石油开采权曾经在1944年8月签署了一项石油协定,准备成立一个石油委员会来调节,后来,美国罗斯福撤回了该协议,两国分歧依旧。前苏联并没有借助一系列的国内计划来刺激经济的发展,1946年2月,斯大林宣布一个新的五年计划开始,最主要的就是"以最现代化的军事装备供给苏联军队",把重工业和铁路运输的发展放在第一位,而减缓消费品的生产。1950年,工业总产值上升到了战前数字的148,而新世纪各国都把希望寄予国际规模的经济合理化运作模式,在今天就像一个四人对下的棋局,其中俄罗斯和中国本来期望按照传统手法下棋,日本也想这样来做,但是经常受到朝鲜这个无赖的干扰,而美国想按照自己的方式下棋,最后,日本积极的改变外交方式终于赢得军事和经济的快速发展。 新世纪以来,各国对石油的需求都在上升,促使油价不断攀升,自9月2日前连续9天原由价格高于每桶22至28美元,美截至9月5日纽约NYMEX10月原油期货合约结算价报收每桶28.88美元,9月9日纽约汽油期货遭遇基金大肆打压大跌8.7至84.74美分,近原油每桶大跌2.16美元至29.41美元。美国车用燃油的日需求量下降至934万桶。而美国原油库存截止8月29日的一周内已增至2.804亿桶,但是美国的石油储备仍然不能满足日渐增长的需求。 日本占据中国市场的长期战略 作为仅次于美国的世界第二大石油消费国,日本仅在日本海沿岸拥有为数不多的几个油田,产量仅占全国石油供给量的0.2%,日本石油基本上依赖进口。1996年,日本相继建成10个国家石油储备基地,日本政府还从民间租借了21个石油储备设施,民间储备的石油则保存在各石油加工厂和销售网点。日本的国家储备全部是原油形式,民间储备中原油和成品油各占一半。根据日本政府最新的统计,今年4月的石油储备为8899万KL,可用169天,居世界第一。其中国家储备4844万KL,可用92天,民间储备4055万KL,可用77天。随着中国经济的新一轮加速增长,本国石油需求也正在逐年增长,但是中国还没有建立起有效的石油储备系统来减缓经济市场的需求。为了对付亚洲醒来的巨狮,日本以"不获胜利,誓不罢休"的姿态,从政治、经济、新闻、民间力量各个层面与中国抢国际市场。欧洲和日本瞄准中国急速增长的汽车消费市场,日本与东风汽车于去年就合资达成协议,1000万台中国市场争夺战吹响号角。日本将10年前的老款式车卖给中国换取外汇,日本生产总部也仅仅是提供技术许可,因此无论是生产还是销售都远未达到日产的技术标准,而配件更将是长期的市场需求。日本现在运用各种外交手段刺激日本国内经济,使日本经济10月以后的先行指数为77.8%,达到历史新高。2003年度,日本经济增长率将达到1.3%,比其上次发表的平均预测上调了0.9个百分点。 俄罗斯与中国的军事合作摇摆不定 中国目前是俄罗斯军火的最大买主。中国每年数十亿美元的武器定单是俄罗斯许多军工企业赖以生存的基础。俄罗斯对外军事技术合作委员会专家德米特里耶夫说俄罗斯2002年军事技术和武器出口额达到了48亿美元。但是,近年以来俄罗斯同中国正在越来越激烈地争夺第三世界武器市场。俄罗斯已经并将要签署一大批向非洲国家出售军火的合同。在第三世界武器市场,中国正面临着俄罗斯越来越大的挑战。根据《公报》透露的数字,2002年到2003年期间,俄罗斯向苏丹出售了12架米格--29型战斗机。总交易额为1亿2千万美元。在2001年到2002年期间,俄罗斯向厄立特里亚出售了6架米格─29战斗机。总交易额为6千万美元。此外,乌干达和刚果也分别想从俄罗斯购买一批米格─29战斗机。 8月20日俄罗斯《公报》认为,在非洲武器市场,俄罗斯正在继续将中国挤走。这家报纸透露,俄罗斯将同非洲国家坦桑尼亚签署一笔交易额为5千万美元的军售合同。俄罗斯将要向坦桑尼亚出售6架米格─29型战斗机。这将是俄罗斯战斗机第一次出口到坦桑尼亚。传统上坦桑尼亚一直购买中国武器。坦桑尼亚空军现在装备的大约20架米格─17、米格--19和米格21型战斗机都是中国生产制造的仿制品。俄罗斯有关专家透露,这笔交易正好反映了俄罗斯对外武器出口的新战略。那就是在第三世界亚洲和非洲武器市场中,用米格─29型战斗机取代现有中国制造的50年代旧米格战斗机仿制品。专家们分析说,俄罗斯目前向国外出口的战斗机大多以苏式战斗机为主。为了维持企业生存,摆脱长期以来的不景气,米格飞机生产制造联合体不得不将注意力转向第三世界武器市场。俄罗斯军备专家皮亚图什金分析说:"无论怎样有说服力地来谈论中国同俄罗斯解决了边界纠纷,俄罗斯和中国建立了战略伙伴关系,但是很清楚的是,俄罗斯军方一直非常在意中国在人口上对俄罗斯占有的绝对优势和西伯利亚地区越来越老化的军事设施,而且中国的经济实力越来越强大。这些都会阻碍俄罗斯同中国进行大规模的军事技术合作。" 在印度和中国逐渐减少对俄罗斯武器需求转为自己研制后,而日本早就对俄罗斯先进的战斗机垂涎三尺,而早就需要发展的俄罗斯天军急需经费开发,双方一拍即合。 中俄石油合作多生波折 据《世界石油》杂志资料显示,俄罗斯在石油储藏量方面居世界第六位,地下蕴藏的石油储量约为72亿吨,占全世界储量的5.4。2002年俄天然气产量超过5950亿立方米,比上年增长了2.3%,今年头两个月俄罗斯石油产量达6490万吨,比去年同期增长11%。今年8月经由俄罗斯国有管道公司Transneft出口的原油较7月每日增加了358万桶, 石油产量则自7月的每日850万桶升至860万桶。 8月俄罗斯石油产量较去年同期增长 11,出口则较去年同期增长15。过去五年内,俄罗斯石油产量已增长近50。中国和独联体国家一直是俄罗斯石油的买家,过去五年来俄罗斯严重依赖石油出口收入支持国内经济,由于油价居于高位,俄罗斯私营石油公司也不断增加了石油生产投资,现在日本又愿意支付修建管道总长近4千公里耗资50亿美元的安-纳线经费,日本这个"财神"对俄发起强大"金元外交"攻势使俄罗斯在利益权衡中犹豫不绝、摇摆不定。今年5月胡锦涛访俄在联合声明中指出,"落实大型油气项目,包括中俄原油管道建设应成为两国能源合作的基础"。他曾向俄方提出三点建议,其中指出了中俄应该"首先以互利互信为基础,以大型经济技术合作项目为龙头,提高中俄经贸合作质量;从大局出发,坚持通过友好协商妥善处理经贸合作中可能出现的新情况和新问题,实现双赢的目标。"今年5月28日,中国石油天然气集团公司和俄罗斯尤科斯石油公司签署了兴建中俄原油管道的协议和7亿吨原油的购销合同,以加强中俄两国经贸合作 。但是俄罗斯普京总统最后表示,选择哪条管线,要从国家利益做出抉择,现在俄罗斯远东石油年开采总量少于8000万吨,原油仅仅只能供一条管线,所以俄罗斯永无再建安大线的可能。那么,企图通过中东获得石油补给和贮备只能是权衡之计,因为战后的伊拉克石油生产还不到200万桶,伊拉克之战使中东各国经济严重受损,2005年开始的年供2000万吨原油给中国的协议成了一纸空文,而中石油在远东的几个国际项目也不能正常运转,我国从远东要获得的占总进口量近20%--30的石油供应量将不复存在。俄罗斯言而无信乘机在国际市场上打压中国,给了中俄远东经贸合作当头一棒。 我国工业生命线将受到了严重威胁。 俄罗斯政府对于安大线言而无信、以及朝核危机中的伎俩使我们看到大国外交中没有永远的朋友,只有永远的利益。看来,日本的积极外交取得了良好的"嫁娶"效果。 俄罗斯副外长费多洛夫9月3日表示,俄罗斯正准备向联合国提交一份关于对安理会进行改革的议案,其中包括在现有基础上,增加安理会常任理事国的建议。希望增加一些亚洲、非洲和拉丁美洲的大国作为常任理事国。此前,联合国一直对是否应该增加安理会常任理事国争论不休。俄罗斯指的理事国就是要帮日本进入联合国。 多年来,俄罗斯把美日同盟以及中国当成它在东亚巩固战略地位的潜在对手,随着美国中东战略的节节胜利,俄罗斯在中东的石油合作利益受到损害,对于日本这个世界经济强国,俄罗斯巴结不得送上门来有现金交易,一来可以制约美日同盟,二来围堵中国。俄罗斯对东亚局势影响加深,对中国经济的突非猛长提高了警惕,今天的俄罗斯与中随着俄罗斯和沙特关系的修好,两国在反恐方面必然会加强合作,俄罗斯在车臣问题上的压力会相应减轻。此外,俄罗斯看到美中因为朝鲜问题接近,也开始寻求避虚救实之招与日本抛弃成见,展开经济交易。 因此,对俄罗斯来说,如果能和日本挂上钩,多少也是一种对东亚局势影响力放缓的补偿,一来有利于本国经济发展,而乘机对提出主权交易也于情理之中。尤其值得注意的是,俄罗斯现在和沙特也热络起来,沙特每年向美、中等石油进口国输送大量的石油,出口大国,俄罗斯不是欧佩克成员,两国如果联手,将对美、中两国的经济起到制衡,世界石油市场的走势也起到举足轻重的作用。日、俄已经开始在中国海外市场上拼命打压中国经济,在朝核问题上他们千方百计挤进了谈判门槛,企图直接挑战中国在亚洲的地位影响。目前,国际欧佩克石油价格起伏不定,各欧佩克成员国石油部长将于9本月24日举行例会,讨论国际市场原油供求问题和欧佩克的应对政策。预计到2005年,俄罗斯和里海地区的石油产量可增加到日产2000万桶。这都将打破欧佩克的产量配额目前,因此,国际市场油价还有动荡。 由于连接俄的石油管线泡汤,而中国与苏丹、印尼、委内瑞拉、沙特、伊拉克等国的进口石油只能靠海运,海运就要跨越公海,美、日、韩、印等国海军虎视眈眈地注视着中国的海上贸易,安全又得不到保障,我国的石油储备问题将直接影响到投资流,使国内经济发展步伐放缓。俄朝双方在下旬好要修建连接朝鲜和俄罗斯的铁路等事务进行磋商,俄国熊的计划企图以急进的东北亚战略来抵制北约的东扩和中国与欧洲的接近,俄罗斯还希望远东的海陆空港皆能成为中日韩货物运往欧洲国家的转运站,这更有利于俄国的经济复苏以及俄国国内东西部的平衡发展。 目前,我国全球化的市场日益依赖于打开世界经济大门,因此,有些大国已经开始抢占中国的海外贸易市场,在国际形势日趋复杂化的今天,我国应该有长远的石油和金融储备计划,外交战略应该以本国国家利益为出发点,寻找国际关系中新的平蘅点。尤其重要的是我国应减少目前国防工业单方面依赖俄国的巨大危险,而扩大与多个地区合作和国际合作,加强国内经济和国防建设。外交对国家利益重新定位,从而提高国际地缘格局的再认识。权衡利弊积极推动多国外交。 风帆1031 原作 Post by bird-dog @ 17:31 兰德报告:美军的台海战略
2003-10-26 17:24 引言 “中国布置的针对台湾的导弹可以拿美军在科索沃每天投下的炸弹作比较。美国一天之内在科索沃投下的炸弹当量,比中国部署在福建瞄准台湾的所有导弹的总当量还要高。”――摘自美国史泞生中心高级研究员肯尼斯•阿伦 美军一旦卷入台海冲突应该采取的战略(第二部份) 部份附件摘录(一) AC-01战争模式的选择:(摘录) 与中国的战争可以分为四种情形:威摄,局部战争,全面战争与核战争。无论采用何种战略,美军开始的行动都是一致的,即向台湾,日韩方向进行武力集结。威 摄是最低的,必然的要求。美国的国内政治,以及我们对台湾的承诺要求我们必须有所表示。威摄的代价最小。但一旦中国决定进攻台湾,威摄的结果只能使我们自 己丧失威信。这是一个极不明智的选择,虽然如此我们仍然建议军方积极考虑它,因为这也是我们迫不得已的选择。威摄战略在中国彻底军事控制台湾后结束。 威摄有可能被中国误判,导致美军事集结遭到打击。这个结果将导致进入全面战争(如果是常规打击)或核战争(如果是战术或战略核打击)。局部战争的战略目 标是消灭中国用来袭击台湾的空海军以及渡海部队,保证台湾的安全。局部战争建议采用海峡战略B方案(AC-07),在中国渡海登陆的过程中发动突袭,以求 彻底歼灭对方经过训练的登陆力量与海运能力。 如果参战,局部战争与保卫台湾是美国国会与美国民众的最可能选择。但对这种方式我们强烈地不建议。 请注意:局部战争的利益在于台湾。我们认为台湾不值得我们投下如此的战略资源。甚至冒核战的风险。 如果战略目的是保卫台湾,那么最佳的策略是从目前开始逐渐大幅度增强对台军售的数量与质量。(反之,如果我们的战略目的是利用台湾消耗中国的战力,则在 军售问题上不宜打破两岸间的平衡)只要台湾能有制空与制海的优势,中国就难以取胜或延迟出击。纯从保卫台湾安全考虑,加强军售远胜于武装干涉。局部战争是 根本不必要的。我们建议美军介入台海冲突的战略只在威摄与全面战争这两个选择内考虑。 全面战争是出于一个完全不同的战略动机。在做出全面战争 的选择时台湾不应再是战略目标,而只是达成战略目标的一步。根据我们的建议,在全面战争中,台湾的战略作用有三点:第一,消耗中国的实力,特别是中短程飞 弹与空军实力。第二,形成对中国精锐部队与渡海能力的诱杀。第三,提供打击中国南方与沿海的军事基地,特别是空军与海军基地。 全面战争的最后选择基于对以下问题的考虑与衡量: 第一,美军可能会被卷入台海战争,但局部战争易使美军陷入泥潭我们基本否定军事介入的必要。但仍有众多不确定因素存在。例如其中一个因素就是决定台湾政治走向的2000年也是美国大选年,美国对外政策被迫强硬。 其他因素还有中国攻台中可能出现的特殊情况如使用大规模杀伤武器,或因造成美国侨民的大量死伤,或封锁时击沉美国船只等等。甚至有可能因中国误判对美军舰队或基地发动打击。这些不确定因素在特定国内国际局势下可能会形成一种军事介入台海冲突的必然性。 但是依据目前战略,美军没有必胜的准备。这也是从事本战略研究的目的。目前的局部战争计划都不能最终解除中国对台湾的威胁,如果不压制中国的战争潜力, 可以想象的结果之一是我们在台湾的基地与附近的军事集结都难免会受到中国的打击与威胁。因此我们在设计一旦冲突的对应战略时从根本上否定了以往被动的,以 台湾海峡为依托的防御战略,以积极打击为主调,强调始终把战争的主动权和控制权掌握在手中,要让中国军队疲于应付我们的出击而不是相反。对于一个强者,最 好的防御就是进攻。如果必须与中国作战,则应该主动打击中国的战争实力与战争意志。从一开始就大规模打击,避免越韩战错误战略(局部战争或逐渐加温)导致 相似的陷入泥潭的命运重现。我们再次强调我们的看法:要么就只威摄不介入,要么就进行主动的,全面的打击。我们认为,一场被动的,局部的卷入很可能导致最 终失败。 第二,大规模空中打击的可行性。我们提出了一个可能出乎中国预料的在中国北部发动牵制和大规模空中打击的战略,在这篇报告中我们将说 明它可以如何实施。以及其战略上的巨大收效。AC-06将具体说明该战略的部署。对中国的反应,我们已不仅有理论上的评估,更重要的,通过对科索沃战争中 的中国对其大使馆被炸各方面反应的分析,我们已明确得知中国决策部门对空中打击的心理承受力,以及对非军事目标被袭的忍受力。 第三,纵深打击的必要性与作用如果实行本报告中建议的AC-07海峡战略,的确能一举催毁中国的登陆力量,使中国短时间内无法攻台,得到局部战争的胜利。但我们认为这种胜利极其危险。 中国的自尊心非常脆弱。近百年的战争失败使这个国家一直渴望一种胜利以恢复其自信。中国对日本的心理极不平衡,因为中国从未真正击败过日本。中国对美国 的自信完全建立在韩战和局的基础上,如果美国通过局部战争催毁其吞并台湾的企图,这种失败必将使中国力求再次与美国对战,以恢复自信。 因此我 们建议:如果与中国开启战端,则一定要催毁中国的战争潜力与工业基础,使中国必须花费五十年或更多的时间进行恢复。由于无人能给中国提供类似马歇尔计划的 恢复援助,中国的战后复兴将较艰难。另外根据我们的研究(AC-20 ),不光是国内局势的不稳定,中国在遭受全面打击后仅其外债将是一笔沉重的负担。而无法还债失去商业信用后使其贷款和复兴更加吃力。中国将经历漫长的恢复 期。 我们希望这段较长的时间内它能出现一些积极的变化。除了使中国不得不花长时间恢复外,全面空中打击削弱中国实力的结果将重塑亚洲力量与平衡(参见AC-23),使各种力量相互牵制。更深地抑制住中国扩张。 第四,美国未来与中国的冲突难以避免即使我们在台湾问题上退让,也避免不了未来的中美冲突。 中国以武力解决完台湾后,下一步必然是与周边国家的冲突。中国与东盟国家有南海的争执,与日本有钓鱼岛领土纠纷。而美国与东盟多数国家是友邦,与日本更 是签订防卫条约,要负责日本的安全。中国收回台湾后,又会视南海与钓鱼岛为“不可分割的领土”。中国的战略就是倚仗军事一步步向海洋扩张,这种用武力夺得 其“不可分割领土”的行为使中美难免面对武装冲突,除非我们放弃在亚太地区的全部利益与影响。 那时再战远不如今天作战有利。那时台湾已成为中国而不是我们的基地。我们难以象今天这样运用对中国最有效的南北夹攻,牵制打击的战略。今天的懦弱将使我们在明天付出更多的鲜血。 第五,中国目前已成为对亚洲及世界安全最具有威胁性的力量。 六十年前我们下决心阻止日本时,是因为我们知道如果不阻止它,它将成为一个与我们对抗和挑战的力量。今天的情况与六十年前很相似,中国以军事力量在崛 起,并力图打破现有的亚洲格局。中国的狂热民族主义在惊人地发展,如果以武力攻下台湾,对这种非理性思潮又是一种莫大刺激。这种狂热的民族主义是以美国为 假想敌的,如果它发展壮大到左右和影响中国的政局,对亚洲和世界安全将产生重大威胁。我们支持协助台湾,就象六十年前我们帮另一个弱者中国抵抗日本一样, 这不仅是道义上的援助,也是美国安全与利益的要求。美国政治领袖都认为中国成为一种强大的力量是不可避免的,如果中国作为一种和平友好的力量,我们非常愿 意接纳中国进入国际社会。但中国代表的却是一种破坏力量。我们认为即使中国作为一种世界性的强大力量不可避免,但却可以推迟。一次在恰当时间安排的,有合 适策略的全面打击将使中国的崛起延期到下一个世纪(22世纪)。我们希望中国在此期间能有所改变,在中国下一次崛起时是以民主理智和平的面貌出现的。 第六,美国对中国政策的失败美国对中国的外交政策沿用的是对前苏联的政策,及通过围堵或交流两种手段促使中国内部变化,以达到和平演变。虽然这个政策在 冷战中获得巨大成功,但我们现在置疑这个政策的根本:这个政策适合中国吗?这个政策对共产国家是很成功的,但中国已不是纯粹意义上的共产国家。中国的经济 基本上已是市场经济,在思想上也发生巨大变化。和平演变的最后结果是使人民对共产制度绝望和拒绝,但中国现在还有很多人信仰共产制度吗?和平演变能对抗中 国日益高涨的狂热民族主义吗?我们的中国政策还是合适的吗?纳粹德国是无法和平演变的,日本帝国也是无法和平演变的。美国的政治领袖总有一天会发现,比起 前苏联,现在的中国更象日本帝国一些。显然,我们知道对纳粹德国或日本帝国应该采取何种战略。 第七,中国对美国的经济威胁与以前所有潜在的敌 人不同,中国从它经济还不很发达的时候就开始考虑用经济手段控制美国。根据中国媒体的公开报道,中国购买美国政府的债券等不光是为了投资,还有左右美国经 济发展的企图。对这种策略我们没有有效的手段抑制。一旦中国在未来胡作非为,美国政府与人民将蒙受巨大损失。但如果中国发生一大规模场战争,中国的国库将 逐渐空虚,失去其用来控制美国的经济实力。 第八,中国危险的核战略倾向这部份作为最后一点,但我们认为它很重要,因此特别在AC-02中说明。 AC-02核威摄的基础与中国核战略的改变(全文) 我们特别提醒战略决策人物,注意本篇的研究。达成核威摄有两个必要的条件:第一是核打击力量,第二是对方相信我们使用核武器的意志。如果空有力量,对方不相信我们有同归于尽的决心,无法形成对敌手的核威摄。 我们的研究表明:美国的危险都出在第二点。由于美国是民主国家,身为专制国家的对手总是不相信我们的确会使用核武。前苏联就是一个鲜明的例子。在古巴飞 弹危机前,苏联对美国的核武决心一直是误判,直到我们最后我们用启动核战程序,才使他们真正明白美国的意志。如果不走上那一刻他们始终以为我们害怕核战。 现在我们面临了同样可怕的事情。中国对我们的核政策与核战争意志发生误判。 中国原来的核技术落后,因而提出了其不首先使用核武器的核政策。但 近年来随着中国弹道飞弹与核弹头技术的发展,中国的核政策开始发生变化。中国国防部的决策人物多次公开用核武威胁美国,令人吃惊的是他们认为可以通过核武 达到战略目的,也就是是说他们不把核武作为终极毁灭力量。 除此之外,近年来中国通过各种渠道向我们表达了类似的威胁,特别是在台湾问题上。这 不是偶然。这些威胁的背后是一个另人极其不安的概念:第一,中国开始考虑使用核武达到某种战略目的,而不是把它看作是不可使用的终极武器。第二,中国不相 信我们会使用核武器。他们与古巴危机前的苏联领导人一样,认为美国民众贪图安逸,决不会冒核武的危险。如果这种误判持续下去,将最终引发全面核战。因为美 国对中国的核威胁并没建立起来。中国现在正走向核子大国,核打击力量发展很快。但危险的是他们与我们并没有建立证实对方意志的互相威摄的基础。对中国来 说,使用核武的诱惑极大。我们必须彻底解决这个问题。经验告诉我们:在这个问题上,语言的威胁是没有用的。在古巴导弹危机前我们的言语和威胁已到了极限, 但苏联还是不相信。只有真正走到一种临界边缘,以不退缩的行动才能让对方真正明白我们的确会使用核武。只有他们真正相信,才能进入双方相互核威摄阶段,才 能使双方都力争避免使用核子武器。同样,我们也需要一种中国式的危机事件,需要一种临界状态告诉中国我们的决心。告诉中国我们的确会核战。告诉对方我们不 会因对方的送胁退缩。只有这样才能保证中国不做出不可挽回的蠢事。只有这样才能最终免除核战阴影。这个临界状态就可在台海战争中达到。也可能在未来我们介 入中国与日本的冲突,中达到;甚至在未来我们与中国在太平洋的冲突中达到。这种摊牌是无可避免的否则当中国具有强大核实力时,却不了解我们的意志,是极其 危险的。这是我们弃台海局部战争选择大规模战争模式的重要原因之一。纵深打击不光出于战术上的利益考虑。也是出于为了显示美国决心的考虑,出于美国未来国 家安全的考虑。我们迟早必然要与中国走向极限一次,以告诉他们我们的决心,从而使中国知道我们会冒什么险,以免除以后中美间更大的危险。这正如萨达母当初 如肯相信我们的意志,他就不会把我们最后拖入全面的波斯湾战争。 至于大规模空中打击的可行性已不仅在战略研究上得到证实,另外通过贝尔格莱德 中国使馆遇袭事件,我们已经从实际中肯定了中国对空袭的心理承受力。在此时展示决心不仅有众多的利益,也完全树立起我们在亚太地区的决定地位与影响,同时 还减少了一个军事强大的中国引起未来亚太的军事冲突的可能。 但我们也要注意:决不能越过底线,如果中国宣布放弃武力攻击台湾或提出停战,我们 应该立刻停止打击。这也是为什么我们坚决反对登陆的原因之一。中国不是伊拉克,中国是核国家,我们必须注意中国的尊严。在打击上我们必须保持双方的对等, 只用空海军交战。而且,这种对等对我们更有利。中国进攻台湾的时刻,已经作好了我们空海军干涉的心理准备,甚至会提前发动对我们舰队的打击。 空海是我们可以使用的力量,但陆军的使用一定要慎重,特别是登上对方法定领土(大陆)。一般美国民众可能不理解,虽然中国宣称台湾是他们的领土,但美国士 兵登上台湾与美国士兵登上大陆的意义是决不一样的。如果我们在大陆使用了陆军,会影起严重的后果。中国能接受一驾被击落的U2,但中国很难接受一双美军的 皮靴。我们希望每一个核大国都是理智的,苏联是理智的,但我们不知中国是否理智。如果中国是理智的,在未来,在台海战争后,中国很可能走入苏联的老路,追 求对我们的打击能力。这是一场已经上演过的剧目,不过这次的角色对我们来说更加容易。与苏联相比,中国的实力与技术相差了一个层次,中国缺乏苏联那样的军 事研究实力与重工业基础,追赶起我们来更加吃力。而为了突破弹道飞弹防预系统的拦截,中国还要作出更大的投入。我们下一步完全可以通过核实力特别是防御系 统上的竞争把中国拖向与苏联同样的命运。如果中国是一个没有理智的国家。那么我们不免作出与古巴导弹危机时同样的选择:进入核战。对付一个不理智的国家, 这一天总会来的,我们退缩也不能避免最后面对的命运。我们在台湾能躲过去,但我们未必能在未来的美日协防甚至争夺太平洋利益中躲过去。在魔鬼还未长成时就 消灭它是唯一的选择。古巴危机时我们作出核战的决定,是因为我们了解我们对苏联还有一点微弱优势。如果它是一个魔鬼,那么就应该彻底铲除它。古巴导弹危机 奠定了美苏核威摄的基础。它终于确定了美苏间核武不可使用的原则。后来的导弹销减条约也是得益与此。美国享受的安全不光是建立在我们的核技术上,也是建立 在我们通过危机表现出的决心上。目前最大的危险是中美间还没确定核武不可使用的原则,中国的军事决策首脑沉醉于对核武的借助心理。我们非常忧虑他们会使用 局部核武打击,从而引发灾难。问题不在我们的技术与军事力量上,而是在他们对我们意志的误判上。这只有一种出路:用实际证明我们的意志。我们的建议是早日 证明,就在这次证明。此外,如果我们此时与中国的摊牌,也是对世界其他核势力的警告。让他们看到核武是不可借助的终极毁灭手段,明白地宣示:针对美国的核 武发展计划是图劳无益的,除非他们打算走向最后的毁灭。 AC-06战略布置(摘要) 因为战术经验上的局限,我们只能提供一个基 本思想作为军方制定计划的参考。我们建议:把军事力量分为南北两个集结。南方集结较简单,以一艘航母为中心,但配备较强的反潜与防空能力。太平洋舰队32 艘攻击潜艇中的大多数主要布置在南方。南方集结要求在一发现中国有攻击台湾的意图和行动就要开赴指定位置。我们拥有的侦察能力可以保证南方集结在中国完成 渡海准备前到达。但我们可能不能保证第二艘航母也能在那之前赶到。所以制定海峡战略方案时,我们以一艘航母的力量为基础来构造南方舰队。 北方 集结拥有两至三艘航母,在第一阶段,所有增援空军,陆军均应增派到北方日本及韩国军事基地。北方集结需要一定时间,在发动打击前我们应该完成至少一千五百 架飞机的集结。它们是对中国的主要打击力量。以攻击直升机构成的强大的反装甲能力将布置在韩国,它们与增援的陆军一起作为北方主要防守力量。 在危机刚开始出现阶段,冲绳的空军将担负支援南方的重任,因此冲绳的空军要着重加强。此外,除了南方舰队自身的预警与指挥外,以那霸为基地的预警机也将参 于南方的预警与指挥。南方集结的战略目的是阻止对台湾的登陆。北方集结的战略目的是阻止可能来自北韩方向的攻击,牵制中国的军力,准备对中国进行空中打 击。 ――AC-07南方集结的打击模式(摘录) 在基本战略思想里,我们已经阐述了南方集结的战略,即先保持耐心等待,不过早干 预。等到中国渡海时再发动攻击,彻底毁灭中国经过登陆训练的精锐部队的战略思想。这个思想的核心是利用模糊战略,尽力威摄,不到最后关头不暴露作战意图, 以利用对方的误判收到最大的打击效果。在这个原则下,实际上有三种方案可供选择: A方案:在中国发动对台湾的首次全面空袭时突然介入打击,此 时中国飞机与台湾争夺制空损失很大,又刚受到台湾地面防空火力的打击,燃料与弹药消耗得也差不多了,中国的机场也因为有飞机要不得不降落而一片混乱。敌我 混杂使中国的地面防空的能力被大幅度抑制。此时突然打击能一举催毁中国空军的所有精锐,较易地催毁中国沿海机场。如果要采取这个方案,需要两艘航母及驻冲 绳空军的最大程度参与。至少要有450架飞机的战力加上充足的海基巡航导弹保证一击成功。 B方案:就是我们最后选取的海峡战略。以中国的渡海能力与渡海部队为主要打击目标。选择在中国部队渡海过程中打击。 C方案:让中国完成20万人以上的登陆,再突然介入夺回制空制海权并封锁海峡,联手台军围歼失去弹药与补给的中国部队。这个方案的优点是得到较多的战 俘,给中国极大的政治打击,相当程度地震撼和催毁留在大陆中国军队的战斗意志。缺点是台湾可能会受到很大损失。我们的选取原则是己方的最小损失,因此我们 采用了B方案。如果政治和战略需要,军方可以考虑A方案及C方案。 由于战术经验上的限制,我们仅针对中国军队的弱点提出一个海峡战略的计划范 例,供军方参考。一旦发生危机,并通过侦察得知中国海空军及陆军的集结,我们最先应该把太平洋舰队中的大部份攻击核潜艇派赴台海附近待命。此外空军应立刻 向冲绳增援。随后如中国进一步威胁,驻日航母及附属舰队向台湾海峡出发,调动其他航母和空军向东亚集结。我们认为中国的注意力将主要集中在赴海峡的航母舰 队上。这也是我们所期待的。如果中国登陆部队及登陆舰只进行登陆准备,攻击潜艇和航母进入战斗位置。 当中国登陆舰队接近海峡中线时,航母的舰 载机起飞并进行编队。中国侦得后必然受到很大震动。但他们刚针对航母采取补救措施,我们的真正的重打击力量冲绳空军起飞,使他们的计划又被打乱。舰载机发 射完远程对舰飞弹后立即离去。等到发射的远程对舰飞弹击中中国舰队后,我们的攻击潜艇可趁机突然发动攻击。中国舰队的精力全放在应付空中打击与海上救援 上,出乎以料的潜基打击将使他们的指挥更加混乱。等他们开始准备反潜,是从冲绳起飞的空军又接近打击位置,给中国舰队最后致命的一击。 如果需 要,舰载机与冲绳基地的飞机在完成打击后,可以选择在台湾降落或补充油料。这样可以把我们的航母可驶离中国的打击半径之外。如有必要可考虑对冲绳飞机进行 空中加油以延长制空时间。这个计划范例的设计思想是针对中国的弱点。首先,中国的反潜能力极为不足。由于我们比较有远见地没有卖给台湾潜艇,中国以台湾为 假想敌的对应策略也忽视了反潜,可以说是缺乏对现代化攻击核潜艇的对抗能力。其次,立体战争的指挥是我们胜出中国的一大优势所在,中国缺乏这方面的指挥能 力,在潜空联合交替打击将难顾首尾,损失巨大。第三,这个计划利用航母吸引住主要主意力,中国的一些准备与预期都是针对航母的,但我们的主要打击力量并不 是航母。 ――AC-15北方打击的绞索战略(摘录) 在AC-14中所提出的北方打击战略是根据我们已有的经验对敌方的通信指挥,机场,军事集结等发动打击。本篇主要考虑这样一个战略问题,对中国这样一个比较大的国家怎样才能实行有效地,致命地打击。 在AC-14中我们阐述了,必须要准备1500架飞机以上的空中力量才能形成对中国的有效压制,以及先集中全力打击北方,等北方被打垮后,再转场700 架飞机到台湾打击南方,形成南北夹攻的思想。但是即使我们能投入两千架飞机,我们也难以取得在伊拉克和科索沃那样的战果。 请注意:我们不建议 象那两次战争那样花巨大精力对中国陆军进行跟踪与打击,因为我们的战略不同了:在中国我们不准备地面战争。我们的空军就象我们手中的一根绳索,如果我们套 在对方的手上,脚上或肚子上虽然对方的行动受到限制,但难免在挣脱后给我们一击。我们必须以最大的智慧使用这根绳索,使它成为绞索,套在对方的咽喉之上, 使之失去反击能力。绞索战略的核心就在此。 通过对中国的全面研究我们提出四套核心战略与十一种软打击方式。这些打击可同时或先后实施。在实行这些战略时,打击的目的不是目标本身,而是通过打击实现某一种战略目的。这正象绞索的收紧并不是为了损伤脖子处的肌肉,而是彻底使人窒息。只有这样才能扼杀巨人。 核心战略3:这个战略的设计是从中国的原油基地位置以及中国的原油储备的研究。与其他大国不同,中国的主要几个原油基地并不是在纵深,而是分布在我们的 北方打击半径内。由于近年中国南方沿海经济的发展使中国过高估计了台湾的战略价值,而忽略了中国真正的战略地理弱点,我们将用利用这种失误以实际给他们上 一课。证明真正的致命打击是从北方发动的。我们之所以要在北方集结打击兵力的部份原因也在此。 由于中国的忽视,中国的几个主要原油基地都缺乏 防空。相比之下北京等城市有一定防空能力。因此我们建议在完成第一轮空中打击并取得初步空优后,集中力量突袭中国大庆,胜利等主要原油基地,彻底催毁中国 的原油生产。由于中国原油储备极少,通向西亚的石油管道尚未铺成,海上交通又控制在我们手中,中国将陷入能源危机。随着时间延伸,中国的各种油料越用越 少,即使勉强保住军需,其他经济活动也不得不停止;中国是很大,人口众多。这是他们用来对付我们打击的优势。但我们的战略就是要让地大人多反变为他们的缺 点。利用巨大的原油需求将他们逼入困境。 软杀伤战略1:中国的分离势力中国的新疆与西藏有很强的分离势力。在取得初步制空权后我们认为有必要 派B2进入中国的西部,袭击飞机/导弹及特殊零件生产工厂。同时花少量精力打击中国在重要边疆城市如拉萨的驻军。这种打击是少量和象征性的,但它将摧毁中 国政府的威信,导致分离运动的蓬勃发展,牵引住中国的军事力量。 软杀伤战略4:中国的流民桥梁隧道是我们打击的重点目标。但这种打击出于与伊 拉克与科索沃战争不同的战略目的。中国的沿海城市有几千万流民。这些人被称为民工,外来人口等。一旦进入全面战争,外资会撤离,南方沿海本地的生产也会急 剧萎缩,这些流民将失去工作无以为生,只能返回家乡。我们的战略就是要阻止他们返回家乡。因为一旦他们返回,将被中国的县乡等政府组织控制,成为一种有序 力量。我们的战略目的就是要摧毁中国的交通,特别是铁路交通。让他们留在原地,成为几千万无法控制的力量,而且是一种失去谋生手段的无序力量。中国历史上 的内乱基本都诞生于流民。由于没有具体模型,我们无法会预言发生什么,但也许就是这些少量的对准特定梁隧道的制导炸弹,会带来一个我们难以估算出的战略格 局。 AC-22俄国和北韩的态度分析(摘录) 俄国对中国是一种奇怪的心态。俄国从没有希望过看到一个军事上强大的中国。即使在 中国与前苏联关系最密切的时刻,俄国也不愿武装中国。俄国对中国的军事支援与军火买卖一直是慎重和保留的态度。在第一批苏凯战机卖给中国时,俄中间还有一 个协议即这批战机只能布置在中国南方对付台湾。俄国对中国的军售审查最为严格,因为俄国始终把中国作为一个潜在威胁。即使这两个国家在具有相同的共产主义 意识形态时,双方也陈兵百万互相威胁,甚至发生局部小规模战争。 目前,俄国对华的军售主要是从经济上的考虑。对此俄国国内有强烈的批评声音, 特别在军界。但俄国出于经美Ь,不得已为之。核心问题是,虽然中俄间有时很亲密,但俄国希望与中国的联盟只是一种政治上的联盟,而不是军事上的联盟。因为 中国与俄国相临,却与美国远隔万里。对中国的先进武器感到威胁的不是美国,而恰恰是俄国。 一句话:俄国希望看到的是一个政治上强大,与美国对 抗的中国。而不愿看到一个军事上强大的中国。我们能体会俄国看到中美冲突时的高兴。俄国卖给中国的武器被毁于一旦,这样俄国既得到了钱,也免除了未来的威 胁,也许中国因消耗又有需要了,又给俄国带来发财的机会。从某种角度来说,俄国和日本是最不希望看到中国占领台湾的国家,这种情绪甚至比美国更甚,只是不 象我们那样表达出来。目前中国是以台湾为假想敌的,中国军队的训练也是针对台湾的。当中国军队占领台湾后,中国军队特别是庞大的中国陆军的训练假想对象又 会是谁呢?我们可以预料到俄国对我们的行动只是口头上的政治反应。因为我们的战略目的是打击与压制中国,使之不可能成为一支具有威胁性的挑战力量。这是符 合俄国人的利益的。我们的战略目的并不是在中国大陆获取新的基地,只要我们不占领中国,俄国人会乐得我们打击。所以占领是个关键,这是我们反对登陆的原因 之一。俄国的中心在欧洲,它的亚洲广阔地带是未经开发的冻土。如果我们从欧洲,地中海,中东向东亚调集飞机和陆军,俄国感到的不是压力,而是轻松。目前俄 国人无暇东顾。在重新插手太平洋事务前,俄对远东的最大希望是几支势力对抗,而不愿意看到一支新崛起的势力打破平衡。在这个远东战略上,俄国人与我们的追 求是相同的。 而我们能调集兵力也是因为伊拉克南斯拉夫等潜在威胁力量被彻底铲平。目前伊拉克的军力极弱,南斯拉夫由我们的分盟友控制也绰绰有余。这从一个侧面说明打击潜在的威胁是多么重要。如果我们放任中国扩张,也许我们在将来就没有能力去应付两个战场。 五十年前,斯大林宁可让他的中国盟友只占领长江以北的中国,宁可美国支持的国民党政府占领另一半,也不愿看到他的中国盟友肃清美国势力,统一中国。斯大 林懂得只要中国不统一,中国的主要战略敌人永远就是另一半中国人而不会对周围产生威胁。今天,我们帮助俄国人实现他们的这个愿望,只不过不是划江而治,而 是划海而治了。但只要是不同属的中国人,他们就会相互敌视,直到消灭掉其中的一个为止。对此,中国有一句谚语来说明这个原则,叫作:“攘外必先安内”。 北韩的态度。北韩是一个疯狂的国家,但并不是一个愚蠢的国家。北韩之所以在韩战中攻击南韩,是因为那时南韩兵力极弱,国内除了一些顾问团外无其他强作战力的美军。北韩自认为其经过苏联武装过的大军能轻易攻下南韩。 北韩清楚其目前与我们的实力差别。北韩有可能再次进攻南韩,但必然在其国内形势剧变,或驻韩美军空虚之时。让北韩选在我们大幅度加强驻韩和驻日兵力的时候进攻南韩,只是一厢情愿的中国人才能作出的梦想。 虽然如此,但我们的军力主要集中在北方,因为我们考虑到另一个可能:北韩的独裁统治者虽然不愿为中国火中取栗,但他却不一定会反对中国为他火中取栗。北 韩有可能让中国的军队通过其境内来打击南韩和驻韩美军。因此我们在对中国发动进攻前,要集结足够的陆军与武装直升机在南韩。在发动第一次对中国的空中打击 时,可以用巡航导弹和制导炸弹摧毁鸭绿江上的桥梁,以阻止中国军队向北韩运动。如果有再一次的韩战,将与五十年前截然不同。中国军队的弱点还在,他们仍然 缺乏制空权。他们的运输与补给还是难以保证。但这次是现代化战争了,缺乏弹药与油料的装甲力量将变为一堆废铁。 在中国之外的领土作战对当代问 题重重的中国军队将是一个灾难。中国与越南的冲突中已经充分暴露出这一点,但他们仍没有本质上的改变。上一次韩战后期当时优秀的中国军队对我们已相对乏 力,这次退化了的中国军队面对吸取了韩战越战经验的美国军队将更加困窘。在强有力侦察,引导和多层次空中打击下,他们甚至很难冲到我们陆军的面前。上一次 他们多靠黑夜运动,这一次他们将发现黑夜也变成了我们的朋友,黑夜给他们带去的不再是安全,而是流血和死亡。 ――AC-23战后的亚太格局(摘录) 中国被严重削弱后,亚太格局将发生积极改变。北方的日本将有更大的发言权。南方台湾和东盟的关系将加强,可以共同抵制住中国在南方的扩张。亚太将是这三 大力量互相牵制平衡。相对于目前的格局,这将是一个使各方包括俄国都更满意的改变。当然,这里面必然还会有一个很不满意的国家,那就是中国。 Post by bird-dog @ 17:24 朝鲜半岛统一前景和朝鲜民族主义的未来
2003-10-26 10:47 朝鲜半岛地处东北亚各国的中心,是东北亚地缘政治格局的支轴。它周边的三个国家中国、俄国和日本呈三角对立的地缘政治态势。就地缘政治的理想格局来说,朝鲜最适合充当一个中立国,在中、俄、日三个大国之间发挥缓冲和平衡的作用。但是朝鲜半岛目前因为意识形态和社会制度的不同被人为地分割为两个部分,其中南部被当今东北亚以外的霸权国家�D�D美国占领控制。美国在朝鲜半岛南部(以及日本列岛)的驻军使得东北亚地缘政治格局发生了本质性的变化,使得大国力量对比的因素失衡。改变了东北亚地区理想与单纯的地缘政治局面,导致了复杂的外交变数。因此,美国的霸权的存在是朝鲜半岛局势以及东北亚大国博弈格局中的关键。围绕着东北亚六个国家捍卫或者消解美国霸权的斗争,民族主义将是其中最为活跃和革命的因素。而朝鲜民族主义就是其中的一种。 朝鲜半岛的统一前景有着强烈的民族主义意识形态和情感的支撑。韩国的民族主义主要表现为在有一定自由限度的普通国家体制下的公共政治的民族主义运动与自发的民族主义情感。这种感情的客观存在,既体现在韩国民众对国家领导人的选择过程中,也体现在朝鲜在韩国民众中依然赢得了相当的尊重和好感。朝鲜毕竟是掌握在朝鲜人的手中,不管它的经济与社会制度存在着什么问题,它毕竟捍卫了统一的理念和维护了独立的姿态。朝鲜民族的民族主义的目标归根结底在于求得国家统一,维护民族独立。在这方面,朝鲜表面上比韩国有着更强烈的愿望和更鲜明的表现,这是朝鲜特殊体制存在的重要合法性。在上个世纪,朝鲜在依靠中苏两国意识形态和经济双重支持的同时,也尽力维持了独立自主的表象。在去意识形态化的今天,统一与独立几乎成了朝鲜现政权唯一的合法性。与韩国不同,朝鲜的民族主义主要表现为严密控制的近代国家主义政权形式。 虽然有着同属一个民族,都以统一为最高国家目标。但是朝鲜与韩国的关系还是完全具备现代国际关系的基本要素,促进势力均衡的因素照样在起作用。如果韩国马上从美国的军事占领下解放出来,极有可能成为一个完全独立的中等强大的发达国家。这也是朝鲜保持独特的军事体制以及开发核武器,以平衡韩国的经济实力的原因之一。朝鲜与韩国的关系,在某种意义上很像当代法国与德国的关系,也类似与十九世纪德国统一前普鲁士与奥地利之间的关系。从利害关系的角度出发,朝鲜领导人未必希望美国彻底离开朝鲜半岛南部。相反,美国的最高利益是无论局势如何变化都要维持在朝鲜半岛的驻军,未必会无条件支持以韩国主导来实现朝鲜半岛的统一。 朝鲜半岛的两个政权基本上是势均力敌,朝鲜统一问题的解决一定将来自外部力量的干预。从利害关系和权力结构的角度来分析,无论视朝鲜还是韩国主导统一半岛,就阻力来说,日本最大,美国与中国其次,俄国最小。如果是助力的话,那么上述顺序就应该倒转过来。美国与中国均看不出有主动和无条件改变现存格局的意图,因为它们是现存格局的策划者和既得利益者。而作为美国霸权的挑战者,俄国的外交政策有可能发生巨大的变化。至于日本,处于一个暧昧的外交权力结构中,它的外交目标谋求的是自身的解放,维持对韩国的传统优势以及应对中国的崛起,绝不可能在自身地位可能削弱的情况下赞同朝鲜半岛的统一。 美国的最高战略目标就是在朝鲜半岛存在下去而不管是朝鲜半岛分裂还是统一,美国对当年朝鲜内战的干涉以及长期在朝鲜半岛的驻军是由美国的国家利益决定的。如果朝鲜领导人曾经公开声称希望美国留在朝鲜半岛,即便是统一以后也可以。那完全是空头人情,毫无意义。美国是否在朝鲜半岛驻军,不由朝鲜领导人决定,不会根据朝鲜领导人的喜怒哀乐而变化。美国在朝鲜半岛驻军,是出于美国的东北亚战略的全盘规划,是为了防止中、日、俄三国联合起来在东北亚地区排除美国的存在。美国当年在日本、台湾岛和朝鲜半岛南部同时驻军,是东北亚大棋局上互相呼应和牵制的三枚棋子。为的是防止日本、朝鲜和中国走上彻底的民族主义外交政策的道路以及苏联(俄国)在其中浑水摸鱼,乱中取利。 “轻举妄动对于政治家而言是个所费不赀的嗜好。”美国不会轻举妄动,自乱阵脚,随意打破朝鲜半岛的战略平衡。也许朝鲜半岛在美韩主导下统一将简化目前复杂的政治格局,扩展美国的战略边疆。但是从历史纪录来看,美国外交看重的是本国的战略行动自由和以小搏大的政治经济操纵能力,并不在乎一城一地的得失。在没有得到美国在朝鲜半岛永久存在的有效保障之前,美国不会采取实质性行动来追求朝鲜半岛的统一。 日本列岛与朝鲜半岛在面积和人口上基本处于同一个数量级。没有压倒性的优势。日本当年如果不是占领中国的台湾以及强行合并朝鲜,是不可能成为一个世界大国的。因此从力量对比和利害关系的角度来看,日本最为关注朝鲜统一问题。中国东北地区虽然在经济上和军事上都非常重要,但毕竟只是中国的几个经济与军事大区之一。俄国的远东地区仅仅在军事意义上有重要地位,在经济上则很不重要。中俄两国在地缘政治上面对朝鲜统一都不像日本那样没有任何回旋和缓冲的余地。 日本的根本利益在于维持日本比韩国远远强大的格局,另一方面,也希望促进日韩联合的体制,加强自身的战略地位。如果朝鲜半岛局势发生变动,那么日本的根本利益在于促进日本与统一的朝鲜进行类似法德两国联合,以改善面对美国、欧盟以及中国所处的弱势和孤立地位。因此对于朝鲜的统一,最大的干扰一定会来自日本。统一后的朝鲜将于日本处于同一个数量级的国家,如果不能在某种程度上形成日韩合作的模式,日本在东北亚的地位将有被边缘化的危险。这将深刻影响日本在东北亚大国博弈中的战略地位,进而影响日本在日美双边关系中的地位以及日本作为一个世界大国的地位。日本之所以搁置一切争议与朝鲜积极展开建交谈判,就是为了防止朝鲜的统一在韩国的主导下完成。日本希望以强大的经济实力防止朝鲜在经济上、政治上和军事上的突然崩溃。日本首相小泉纯一郎不顾国内外的一切阻力突然访问朝鲜,此举与法国总统密特朗在两德统一前夕突然造访民主德国有异曲同工之妙。 自从上个世纪五十年代以来,韩国在美国的长期占领和控制下,参与了美国主导的世界经济体系,实现了经济腾飞。韩国不可能改变目前的这种经济上和军事上的依附地位,那么它在朝鲜半岛局势中所能够起的作用是极为有限的。韩国的手段在于以柔克刚,依附美国,积极参与东北亚经济圈,希望以经济上的共同利益减少统一的阻力。韩国在美日韩三角同盟中占据着最弱势的地位,韩国的外交政策在美国的压制、日本的怀疑、本国民意的煽动、经济利益的驱使以及历史文化传统的限制下显得比较脆弱混乱,缺乏连续性与自主性。韩国要改变这种弱势地位以及在追求朝鲜半岛的统一的过程中不被弱化甚至牺牲,其最大的助力只有中国。 就中国外交的风格来说,僵硬老化的意识形态术语,温情脉脉的人际关系外交,急功近利的经济发展战略,奇怪地混合在一起。这种状况想必也是被很多国家看在眼里,记在心里了。如同意大利的战略家加富尔在拿破仑三世特立独行和自相矛盾的外交政策中看到了亚平宁半岛统一的希望一样。韩国政治家想必也在有中国特色的大国外交中,看到了朝鲜半岛统一的希望,因此韩国才会有突破意识形态的障碍与中国建交的外交大转变。 站在朝鲜以及韩国的角度上来分析,中国目前面临着意识形态、内部改革、外交战略与经济利益方面的脱节,因此是极有可能与韩国以及美国达成以下妥协与默契�D�D中国同意美韩主导统一朝鲜半岛换取美国承认中国统一台湾,中国同意美国继续留在朝鲜半岛或者朝鲜半岛南部的同时,承诺不在台湾驻军,放弃在军事上对美国进行挑战与遏制的政策。根据中国在越南战争中的历史纪录以及目前中国的政治、经济与军事发展趋势来说,这种外交策略是极有可能的,这是朝鲜领导人最大的梦魇。 从大国外交的角度来看,中国的根本利益在于维持朝鲜半岛的现存格局,保卫中国的战略边疆不被外国军事实力控制。以在比较稳定的周边局势中谋求中国尽早收复台湾。因此中国要避免朝鲜走极端化的道路,将中国不情不愿地拖入一场大战中。因此中国应该以加速中朝经济融合以及捍卫事实上的中朝军事同盟为手段达到逐步取消朝鲜拥有大规模杀伤性武器以及制止朝鲜挑起危机同时也制止其他国家对朝鲜的任何侵犯的可能,这是中国唯一现实与明智的选择。盟友是由地缘政治格局的外交权力结构决定的,不是可以任意选择的。朝鲜领导人知道这一点,因此就肆无忌惮和明目张胆地忽视中国的利益和蔑视中国的威望,因为他们知道中国别无选择,只能按照地缘政治和均势外交的原则继续支持朝鲜。 在东北亚各大国中,俄国的处境比较超脱,与朝鲜半岛格局没有直接的利害关系。它的战略重心在欧洲。两个稳定方向在中亚和西亚。在远东地区,俄国是可进可退,进退自如。俄国本身的实力与相对超脱的利害关系也是朝鲜半岛统一的最大外部助力,因此俄国是最有可能制造、操纵和利用朝鲜半岛的混乱局势从中渔利的。上个世纪五十年代的朝鲜战争就证明了这一点。俄朝接近以及日俄接近,说明了俄国并不打算放弃在这方面的努力。因此朝鲜大幅度地摆脱中国的控制和影响并且在中俄之间玩弄平衡术,利用中俄之间的猜忌和竞争为本国的国家利益服务;或者俄国逐渐加大对朝鲜外交的操纵能力,以此来对中国外交、中美关系以及东北亚大国博弈格局施加关键性的影响,这种局面是极有可能出现的。 朝鲜现政权的根本利益是在于独立,游离于于各大国之间,以保持最大限度的行动自由。为此朝鲜可以不惜一切代价,无视国际规则与内部问题。在冷战结束后,意识形态联盟的有效性大大减弱以及随之而来的特殊经济贸易格局的结束,朝鲜半岛北部政权的行为变得更加狂躁,其根源在于极度的不安全感和孤立感。朝鲜面临的外交困境在于要么获得绝对的胜利,要么遭受彻底的失败,没有中间路线的选择。大国之间的谅解、周边局势的缓和以及朝鲜与外界的妥协与合作即是朝鲜体制崩溃的开始,这是由于其特殊的政治、军事与社会体制造成的。“在永恒的斗争中成长,在永恒的和平中毁灭。”这是朝鲜生存之道的真实写照。 朝鲜目前的外交策略是尽量争取生存空间和经济援助,在保持与中国关系的同时,积极发展与俄国、日本和欧盟各国的关系。朝鲜领导人在朝核危机中宣称只与美国谈判,而拒绝其他国家斡旋以及在早些时候宣称即便南北和解后也希望美国继续留在朝鲜半岛。其真实的意图就是打算以政治上的妥协换取经济上的好处,放弃强硬的反美态度和武力统一的立场,承认美国在朝鲜半岛和东北亚地区的主导地位。朝鲜在实质上力图维持朝鲜半岛两个政权并存的局面,并且维护朝鲜特殊国家体制的同时,与美国建立特殊外交关系,作为美国的马前卒,以中国作为牺牲对象。这种模式对于美国来说并不陌生,也并不是没有效仿的可能。这种表态也是对中国施加压力,要求获得来自中国的更大的支持。这样朝鲜就能在中美之间左右逢源,利用中美之间的冲突为本国的国家利益服务。尤其是朝鲜领导人金正日也将效法他的父亲金日成,极力避免噩梦成真�D�D中美之间达成妥协将朝鲜问题与台湾问题对等解决即中国默认韩国在美国的支持下吞并朝鲜,而美国默认中国统一台湾。因此朝鲜将尽可能地利用中国地缘政治处境上的最大困境以及影响中美关系的最大因素�D�D台湾问题来防止本国成为牺牲品。 朝鲜将积极与日本建立直接联系或者建立正式的外交关系,利用日本的实力与恐惧,以压制韩国主导半岛统一进程的欲望。朝鲜将与俄国建立有效的战略关系,以在疏远中国的空隙中,获得另外的保障,并且利用中俄美大三角关系的复杂互动关系保持自身的独立与安全。朝鲜也将积极发展与欧盟各国的关系,以获得经济援助的另一个渠道和牵制美国单边主义霸权行动的手段。面对朝鲜的叫卖,在各大国中,出价最高的一方将获得最大的利益。朝鲜就是当代的普鲁士,其特殊的国家体制能够确保任何外界的物质和精神的影响都难以对朝鲜现政权进行有效地渗透、影响更不要说颠覆了。彻底的唯物主义者就是彻底的现实主义者,唯意志论者就是唯权术论者,因此朝鲜领导人反而在外交策略上有着最大的灵活性和主动性。 从利害关系以及权力结构的角度分析以及根据目前的局势推测,未来极有可能的外交组合是�D�D俄国、朝鲜与日本将组成无条件维护朝鲜独立的非正式联盟;中国、韩国与美国将组成有条件赞成朝鲜半岛统一的非正式联盟,两组六个国家将组成复杂的互动关系。其中作为上述六国中地缘政治环境最为复杂的国家,中国所处的地位最为微妙。在朝鲜半岛以及东北亚战略格局的平衡被打破后,中国将承受最大的压力。因此中国需要复杂的平衡术才能够在东北亚国际政治斗争中最大限度地维护本国的国家利益。 “性格即是命运,地理决定外交。”是以朝鲜式铁与血斗争的手段来维护本国的独立进而完成朝鲜半岛的统一,还是以韩国式的经济依附与融合为手段作为生存之道,进而完成鲜半岛的统一,这是未来朝鲜半岛外交斗争的焦点。借鉴历史经验,朝鲜半岛上的两个政权只有在自觉自愿遵守地缘政治的基本法则和自觉维护周边各大国的利益的情况下,才有可能获得比较大的助力来比较顺利地完成朝鲜半岛的统一大业。作者: 李寒秋 Post by bird-dog @ 10:47 如何认识和对待朝鲜核危机
2003-10-26 10:46 一 世界政治中有时会出现「世界级」的军事或战争危机,那毫无疑问是一类影响特别重大、也特别深远的事态。鉴于冷战结束以来只存在单单一个世界性超级强国,加上同一时期里各大国之间的政治□军事关系处于总的来说不是广泛协作就是基本和缓(或至少非持久、非全面对抗)状态,因而就国际政治的当前时代或时期而言,所谓「世界级」军事或战争危机可以界定为这么一种局势:在其中,美国同某一个并非「大国」的地区性军事强国之间存在大规模军事冲突的严重直接危险。 自从冷战结束到最近为止,还没有出现过两场如此界定的「世界级」军事或战争危机同时存在、并且同时恶性发展的局面。然而,这样的局面现在已经出现在世人眼前: 一是美国对伊拉克发动战争的前景,它被近乎普遍地认为非常可能在今年 2月成为战争现实,二是去年 10月开始的朝鲜核危机,它伴随朝鲜于今年 1月10日宣布退出《核不扩散条约》而进一步严重升级。诚然,这两项危机相比,后者爆发为实际的大规模军事冲突或战争的可能性至少眼前小得多,或者说迄今为止防止危机恶化到最极端状况的希望总的来说大得多,因为美国和朝鲜双方实际上都受到多方面因素的大多尚为有力的制约。但是从另一方面看,朝鲜危机是一场现在少有掩饰的实实在在的大规模杀伤性武器研发危机,强烈地带有此类危机几乎必定引发的深刻和广泛的特殊「心理动力学」( psychological dynamics)危险,又爆发在一个差不多历来紧张、容易产生就短期和中长期而言都异常严重的各种连锁反应的地区,况且朝鲜内在的特殊性质使其危机行为方式具有外界公认的极难预测性、非规范性以及(说得坦率一点)远不止一次地表现了的高度冒险性,因而它在失控可能和国际安全□政治后果两方面,一定意义上比伊拉克危机更为严重,更需警觉。特别对于我们中国来说,仅仅因为毗邻朝鲜半岛,连同毗邻与朝鲜局势密切相关的日本和美国西太平洋存在,事情就尤其如此,何况中国同朝鲜有比较特殊的历史和现实联系,从而更进一步显著增加了中国利益和政策关切的必然卷入程度。一位西方著名学者最近说:「北朝鲜(核)危机是中国今年最危险、最关键的外交和安全考验。如果弄得不好,它可能基本改变区域安全环境。」这绝非危言耸听。 二 毫无疑问,朝鲜政府是朝鲜核危机及其东亚安全潜在破坏性影响的主要制造者和责任者,即使美国布什政府尤其自「 9.11」以来有关的战略信条、态势和对朝政策行为构成了朝鲜核危机的部分基本成因。 1994年美朝《日内瓦核框架协议》无论就当时化解危机、还是就争取朝鲜半岛乃至东北亚长时间和平稳定而言,都是非常必要、大致合理和基本公正的,并且实际上体现了美国和朝鲜之外所有头等重要的半岛局势关切者――韩国、中国、日本和俄罗斯的共同意愿与不同程度的协同努力,此外还有联合国国际原子能机构在协定实施过程中的正式参与。但是,朝鲜居然在照常接受协定规定的重油供应和轻水反应堆建造的同时,秘密推进旨在制造核武器的浓缩铀开发计划。在如此单方面毁坏国际协定、并且违背它自身为之承担义务的《核不扩散条约》的行为难以包藏之后,朝鲜政府宣布「有权开发核武器和比核武器更厉害的武器」,并且一度在国内广播中宣称它已经有了原子弹。其后,它又撤除国际原子能机构设置的核设施封条和检测摄像机,驱逐该机构监察人员。虽然美国政府鉴于一系列难以违拗的战略和外交因素(特别是对于韩国遭遇大规模攻击的恐惧,韩、中、俄、日四国关于尽力争取以对话方式解决危机的坚决主张,还有对伊战争的准备及其今后的发动和进行),至今一直采取同它的对伊政策大为不同的所谓「量体裁衣式遏制」(「 tailored containment」),反覆表示希望在朝鲜切实放弃核武研发计划的前提下和平解决危机,然而迄今为止完全未能阻断朝鲜的危机升级进程。 1月7日,美国政府表示愿意立即同朝鲜进行直接对话;翌日,国务卿鲍威尔相当明显地示意美国正考虑给予朝鲜某种较正式的军事安全保证,以换取朝鲜的非核化。然而,正是在这看来(用中国新华网一项评论的话说)「朝美核争端形成的冰凉气氛有所转暖、和平解决朝鲜核危机的因素在逐渐增加」之际,朝鲜宣布退出《核不扩散条约》。就此,人们很难不同意美联社的一则推断:这项严重举动「可能表明,朝鲜打算继续制造核武器,或者打算通过这一外交冒险政策迫使美国做出让步。」紧接著于1月11日,朝鲜政府通过其驻华大使公开表示,朝鲜可能终止其大约四年前做出的停止中远程导弹试射的承诺;正是 1998年飞越日本上空的朝鲜中远程导弹试射,对于美国国家导弹防御和战区导弹防御计划的出笼起了重要作用。另一方面,大致与上述最近的事态同时,朝鲜官方最高级报纸《劳动新闻》称:如果发生新的朝鲜战争,它将蔓延为第三次世界大战;一旦开战,周边大国不管情愿与否,都将卷入其中。 同样毫无疑问,美国布什政府尤其自「 9.11」以来有关的战略信条、态势和对朝政策行为构成了朝鲜核危机的部分基本成因。正如《远东经济评论》 2001年 9月20日的一篇重头文章所概括,「甚至在(九・一一)袭击之前,华盛顿在乔治・ W・布什总统领导下已改取鹰派方向,……对北朝鲜更为强硬。」这从根本上说,就是在心理和对外政策思想上强烈地倾向于鄙薄和否定其前任对朝鲜的对话和谈判方针,将《框架协议》仅仅当作一项不得不勉强予以履行的继承性责任,无意按照其中笼统地确认的美朝政治、经济关系正常化方向迈任何步伐。特别严重的是,「 9.11」事件后布什将朝鲜宣布为「邪恶轴心」成员。这一严重行为既宣泄了美国当今主流政治势力对朝鲜的仇视和担心,也反映了布什政府对于朝鲜向美国眼中的某些危险国家输出导弹和导弹技术的具体愤懑,还透露了布什等人在阿富汗战争临近胜利之际关于「反恐战争第二阶段」的一种笼统粗糙的心理取向。它实际上毁坏了美朝关系在克林顿之后进一步缓和的可能性,决定性地加剧了朝鲜的安全担忧。不仅如此,紧接著「邪恶轴心」论之后,出了「先发制人打击」信条,它被布什政府当作国家安全战略新的核心原则之一频频予以强调;稍后,又出了被报界披露出来的那个政府内「最坏情况方案」( worst-case scenario)设计――《核态势重新评估》,它以朝鲜为美国核力量第一次打击的一个可能目标。事后想来,朝鲜秘密恢复其核武开发(连同它在美国特使凯利去年 10月当面摆出某些证据后的行为方式)可谓这些事态激发的一种「自然」反应,而若考虑到朝鲜政府惯有的、内外交困之中的严重恐惧心理和过头「安全执迷」,事情就更是如此。 然而,在严正指出并高度重视朝鲜核危机的那部分美国起因的同时,仍然需要坚持上面的一个基本判断,即朝鲜政府是朝鲜核危机及其东亚安全潜在破坏性影响的主要制造者和责任者。朝鲜核武研发并非始于去年,换句话说它的核武企图本身并非出自布什政府的刺激。朝美之间近年来往往敌对的状态部分地出自朝鲜的某些国际行为方式,特别是置美国某些多少可以理解的安全担忧和更大范围的国际稳定于不顾,频繁地输出导弹及其技术,并且进行导致了严重国际后果的中远程导弹发射。而且现在很清楚,朝鲜没有真正大力试图通过原本大有希望的和平、发展和改革途径来争取近乎根本性地改善自己的安全处境,那是韩国总统金大中衷心发起和竭力坚持的「阳光政策」提供了相当良好条件的,而且这政策得到了美国以外各大国的积极赞同和协助。不仅如此,在当前的核危机中,美国出于上面已经指出的种种原因,采取了确实比较和缓的态势,国际社会(特别是朝鲜的近邻韩、中、日、俄四国)也分明地表达了通过和平途径实现朝鲜非核化的愿望,并且作了非常密集的积极努力,更何况有著一个非常清楚的事实,那就是至少在可以比较明确预见的时期内,朝鲜只要不搞大规模毁伤性武器,就不存在遭到军事攻击的任何可能;但尽管如此,朝鲜仍以相当极端的言词和行动,将核危机步步恶性升级。而且,最为严重、也最能决定事件性质的是两项基本事态: ( 1)朝鲜秘密撕毁国际协定,恢复核武开发; ( 2)它退出核不扩散国际体制,坚持核武开发。由此,朝鲜目前的国际行为表现出两个特徵: 一是极端,即采取「要么全有,要么全无」的立场,二是不守基本规范,欠缺起码的诚信。在这样的情况下,危机的解决,乃至朝鲜半岛可持续的非核化和安全稳定难上加难。 三 这里实际上已经涉及到一个根本性的问题:朝鲜恢复核武研发的动机。此次核危机初期,国际上不少朝鲜问题专家将其估计为朝鲜再次使用制造危机、以求谈判的老策略,而谈判的目标起初较多地被猜测为获取更多经济援助,并且打破布什政府不同朝鲜对话和讨价还价的政策。美国政府内部起初的主流看法似乎也与此类似,那用《纽约时报》一则报道中的话说,是判断「那可能是北朝鲜的一次叫牌,以便创建一个美国窗口。」此类「叫牌」目的肯定存在,而且至关紧要。从现在的情况看,它在于不仅逼布什政府弃置不对话、不妥协政策(这一点它事实上已经做到),还在于迫使美国进行根本性谈判,以至做出永不对朝动武的条约承诺。为此,朝鲜显然著意利用两项契机,即美国优先关注对伊战争和韩国民众反美情绪高涨。然而,即使纯粹假设美国到头来愿意如此,朝鲜是否肯用可以核查的、永不研发大规模毁伤性武器的相应承诺为交换条件?至少相当可疑。出于朝鲜与美国及美韩军事同盟之间异常经久和激烈的「安全两难」,连同由此而来异常深切和强烈的互不信任与互相恐惧感,也出于朝鲜内在的特殊性质和特殊抱负,可以认为它一些年来有著一种情不自禁的、强烈的核武装意愿――拥有可称「绝对安全」手段的意愿;这方面自「 9.11」事件以来发生的,只是它由于美国的国家安全基本战略态势(乃至美国的整个对外政策思想氛围和民族心理)大为加剧。因此,朝鲜核研发的动机可以说是两重性的:既当作国际政治策略,也当作国家基本战略。 如果考虑到外界还不那么明白的国内政治因素,它或许还同时被当作国民动员和国内控制战略的一个重要组成部分。如果核危机不能以朝鲜非核化告终,朝鲜肯定( 1)迅将拥有(如果不是已经拥有)极少数核武装置;( 2)在不多几年内拥有一个规模可观的核武库,连同其短程、中程甚至远程运载工具。 既然如此,从中国的战略安全视野出发,接下来的一个紧要问题便是:朝鲜拥有核武器对中国有何危害?最宏观地说,考虑中国的外部基本安全环境时,应当提出地缘政治框架中的大规模毁灭性武器问题。就这一可称为「最高层次」的军事安全问题而言,中国周边最值得在一个相当长时期内警惕或忧虑的,不仅有美国目前强大得不可比拟的核力量,而且有「核小国」和潜在核国家实在和潜在的核武库,后者在某种意义上对中国大概更危险。这方面目前首先是朝鲜在研发的核武器以及南亚的核武库,其次是可能有极个别国家可以直接或间接地使用(即通过恐怖主义势力使用)的生化武器。对我们中国来说,这是近年业已开始相当迅速地浮现出来的一个重要忧患。就本文讨论的核武化问题具体看,中国不能不警觉的未来可能危险在于:( 1)从最坏处著想,中国并非全无可能有朝一日在什么问题上遭到核讹诈,而这或许能使中国一时陷于进退两难的战略或政策境地;( 2)如果朝鲜拥有规模可观的核武库,日本就难免被刺激走上核武化道路,或者说必定使日本右翼得到能够说服日本多数公众同意核武化的一个关键论据;这大致如《纽约时报》去年 12月底的一篇报道所说,「在日本,逐渐增长的核威胁已驱使某些专家审慎地谈论日本需要原子弹的问题,那自从 1945年对广岛和长崎的(原子弹)轰炸以来一直是个不能谈的话题。虽然官员们(一般)规避此类谈论,但日本政府就北朝鲜核威胁正越来越直言不讳」;( 3)只要朝鲜有核攻击能力,朝鲜半岛和东北亚就始终有因此被显著加剧了的、美国及其盟国与朝鲜爆发战争的可能,包括发生核冲突、核战争的可能;而如果爆发新的朝鲜战争,中国即使不被卷入其中,也必定遭遇某种战略决策困境,并且遭受种种相当严重甚至危险的间接损害。不言而喻,对中国的安全而言,这三种危险绝对非同小可。此外,中国还很可能由于朝鲜拥有核武器而面临种种可以设想以及现在还设想不到的外交困难。 四 谈论到这个地步,最重要的事情就相当清楚了:不管朝鲜核危机乃至总的朝鲜问题有多复杂,也不管处理这些问题需要多么慎重和详密的思考与政策,中国在朝鲜核危机方面的至高战略利益或首要战略目标,在于坚决促使朝鲜同核武器绝缘。从另一个角度说,正是由于这些问题高度复杂,特别是包含种种多少带有「熊掌和鱼难以兼得」意味的利益选择、政策选择、甚或伦理选择矛盾,就更需要及早分辨至高的战略利益,及早坚决确定首要的战略目标。做到了这一点,其他战略目标和战略工具的选择范围和轻重缓急次序就有了得到合理确定的首要保障,并且也会变得远不那么困难。总之,在朝鲜核危机问题上,中国的最高利益(同时也是对中国和东亚来说的最高道义)在于尽最大可能同美国、韩国、日本、俄罗斯等国政府合作,尽最大馀地对朝鲜施加影响,以坚决达到使朝鲜同大规模毁灭性武器绝缘的目的。 江泽民主席于1月10日晚上因约就朝鲜核危机同布什总统通电话时指出:中国不赞成朝鲜退出《核不扩散条约》,中国主张实现朝鲜半岛无核化;中国认为维护国际核不扩散体制符合国际社会的共同利益;对话是解决朝鲜核问题的最有效途径;中国将于各方共同努力,推动朝鲜核问题早日和平解决。这些表示实际上已经非常正确地确定了中国在朝鲜核危机上的首要战略目标、首要道义立场和首选战略工具,同时也保留了为达到这目标的工具选择馀地。 对话和外交途径是第一工具选择,也是最好的选择,这至少是因为它能防止一种对所有各方都有异常严重损害的局面:因危机而爆发军事冲突乃至新的朝鲜战争。为此,除朝鲜必须大幅度修改自己的行为方式外,美国至少必须认真考虑正式向朝鲜做出持久性的安全承诺的问题,并且开始切实履行逐渐争取朝美政治经济关系正常化的义务。美国政府还应当认真反思和修改它自「 9.11」事件往后时时异常显著的霸权主义、单边主义和黩武主义态势。说穿了,这些东西不予大反思和大修改,天下将永无基本太平,美国将永无基本安宁。 然而现在看来,对话和外交解决有相当大困难。首先,朝鲜至今为止的行为方式大致是在制造危机之后,以极端的言词和多少接近极端的行动使危机升级。其次,美国不肯做根本性让步,特别是缔结朝鲜所要求的美朝互不侵犯条约,因为这在美国看来,不仅意味著总统、政府和舆论在心理和面子两方面都不能容忍的「重新支付讹诈费」,而且将最终使美国在韩国保持大量驻军失去理由,由此而来的连锁反应很有可能逐步倾覆美国在东亚的很大部分基本战略阵地。第三,外交成功的一个先决条件是反对朝鲜核武化的主要各方的外交协作,但这方面有一个巨大和深刻的障碍,那就是韩美之间近来非常突出的严重分歧和韩国从上到下相当强烈的反美情绪,它们按照《远东经济评论》的就地观察和分析,「可能破坏迫使平壤放弃其核弹计划的努力,并且使韩国安全的关键――历时50年的韩美同盟陷于瘫痪。」此外,朝鲜关于不要「第三国」插手的宣称,观察家们多有谈论的、它对中国外交劝导的抵制,使人隐约感到的它玩弄「俄国牌」的企图,都阻碍著通过对话和外交解决危机并实现半岛无核化。 因此,从坚决促使朝鲜同核武器绝缘这项至高利益或首要目标出发,应当考虑经济手段的替代或必要补充作用。事实上,鉴于美国或国际原子能机构很可能在短期内将朝鲜核危机问题提交联合国安理会,是否同意使用经济手段的问题行将迫在眉睫。尽最大努力使用外交手段,如若不成功就代之以经济手段,或它们和外交手段的结合:这是从根本战略目标和利弊权衡原则出发顺理成章的选择。为此大概需要一种中国外交思维的一种局部创新,即局部「突破」关于使用经济压力手段的「道德自我束缚」,它有时会使得中国无法实现代表最高道义的、合理的最高战略目的。「大道理管小道理」,政治上如此,道德上也如此。同时,要有促使美国节制和慎重的影响能力,就要有原则、有分寸地参与美国主导的某些行动。 自从此次朝鲜核危机爆发以来,越是观察朝鲜问题,就越会涉及它的一些根本性的深层因素。就中国――在其中有著重大的利益、忧患以及机遇的中国来说,需要全面、透彻和深远地重新思考整个朝鲜问题的所有基本方面,连同其所有可能的基本事态发展趋势及其所有可能的基本后果。与此同时,又需要避免在所有这些复杂问题中间左右为难和无所适从。为此,必须将中国主要的安全和发展利益非常自觉地置于首位,而就当前的朝鲜核危机来说,这意味著头号目的在于坚决促使朝鲜同核武器绝缘。作者: 时殷弘 Post by bird-dog @ 10:46 朝鲜问题需要东亚解决方案
2003-10-26 10:45 朝鲜问题闹得越来越大,恶化成为东亚稳定与繁荣中的最大不确定因素。置身于东亚的各个国家,特别是中日韩,甚至东盟,能否从东亚地区主义的角度提出一项关于朝鲜问题的解决方案? 最近一段时间来,笔者一直在思考这样的东亚方案。有趣的是,美国现在避免与朝鲜双边直接谈判,反而却一再强调,“朝鲜的邻国应该积极地卷入危机解决”。美国国务卿鲍威尔最近对东北亚三国的访问,就是美具体要求日、中、韩(按照他访问的顺序)在朝鲜危机中发挥作用。不过,一项有效的东亚方案应不同于美国所说的朝鲜邻国参与解决方案。 朝鲜问题,特别是朝鲜与美国之间充满麻烦与危机的关系,对东亚地区主义具有重大影响。第一,朝鲜问题直接决定着东北亚地区是否稳定。美朝关系、日朝关系恶化可能给本地区带来灾难性影响。相反,如果美朝、日朝关系改善,将十分有利于东亚地区的稳定与发展。第二,朝鲜与韩国的关系将影响着未来东亚经济整合的进程。韩国卢武铉政府继承金大中政府对朝鲜的“融合”政策,已经制定了新的对朝鲜经济关系的政策,那就是“和平与繁荣政策”,准备对朝鲜实行新“马歇尔计划”,支持朝鲜改革开放。韩国新政府的政策基本上考虑到了东亚地区合作的发展进程。因为韩朝经济关系是在东北亚大框架下开展的,离开东亚国家,韩朝经济一体化计划难以推进。第三,朝鲜问题的走向决定着东亚国际关系的未来。如朝鲜成为核国家,而美国又从朝鲜半岛撤军,日本核武装,美日安全关系将调整,现在刚起步的东亚地区主义将有可能从此消失,这个地区将进入新的高度动荡与高危险时期。 从长远看,如果两个朝鲜最终统一发生在东亚地区主义框架存在的情况下,这样的统一对东亚地区国际关系的冲击将不是很大的。相反,如果,朝鲜半岛统一发生在东亚地区主义框架不复存在的情况下,那样的统一将对东亚地区带来重大震荡。再说,美国可以轻易利用朝鲜问题让东亚地区主义进程倒退许多年。实际上,当前朝鲜核危机,已经给自金融危机以来的东亚地区合作投下浓重的消极阴影。 正因为如此,我认为,应该从东亚地区主义的角度出发,为属于“顽症的”朝鲜半岛问题开一个地区主义的“药方”。 回顾东亚金融危机以来历次东亚“10加3”领导人会议,我们知道,东亚合作不仅是经济合作,也包括了政治、安全合作(对话与磋商),而且东亚地区政治、安全合作、协调实际上是东亚经济合作的基本前提。一个在安全上危机四伏,动荡不安的东亚不可能搞什么真正的经济合作。具体用到朝鲜问题上,东亚合作完全可以有所作为。由东亚著名学者组成的“东亚展望小组”2001年向东亚各国领导人提交了“东亚共同体”的报告,该报告呼吁东亚各国之间“加强政治安全合作,以及社会、文化、教育合作”。 美国国务卿鲍威尔2003年2月下旬对东北亚三国的访问,意在跟三个与朝鲜问题最相关的东亚国家一起讨论朝鲜问题解。鲍氏一再强调,朝鲜问题也是东亚地区的问题,所以,美国认为,东亚内受到影响的国家都应该聚在一起,共同讨论、解决这个问题。美国拒绝与朝鲜直接对话,或者双边解决问题,但却要求东亚区域出面解决问题。这本身就是耐人寻味的问题。 然而,本文所说的将朝鲜问题纳入东亚解决框架与美国国务卿的区域参与方法是有区别的。所谓把朝鲜问题纳入东亚框架指的是东亚国家真正在朝鲜问题的解决上发挥主导作用,东亚相关国家在这个问题上统一、协调立场,不只是担当美国的“助手”,而应该强调东亚问题应东亚解决,要求美国充分听取东亚国家在解决朝鲜问题上的意见。 东亚方案不是没有可能的。第一,中国、俄罗斯希望美朝直接对话解决问题。第二,美国的两大盟国韩国与日本其实在朝鲜问题有着不同于美国的利益与关切重点。韩国明确、坚决地反对美国的武力对付朝鲜方案。从日本首相小泉去年9月“破冰”访朝可以看出,日本想在朝鲜问题上单独有所作为,这是与美国不一致的。第三,东南亚一些国家,如马来西亚与印尼明知对朝鲜问题没有多少实质影响,但却希望发挥作用。日朝谈判在马来西亚举行。印尼总统美嘉华蒂也在这个问题上提出过建议。然而,现在的问题是,东亚各国在安全上是分裂的,至少分成三大家:美国的盟国韩日、中俄与东南亚国家。中俄日韩东盟五方如何“联合”起来,共同提出一项有作为的朝鲜问题建议,我觉得应该考虑。其中,韩日对“东亚方案”的兴趣与支持是关键的。作者: 庞中英 Post by bird-dog @ 10:45 朝鲜高层发生了权力斗争?
2003-10-26 10:44 朝鲜领导人金正日已经有37天没有在公开场合露面,引起外界猜测。日本的朝鲜专家茂村友光星期四在接受法新社采访时表示,朝鲜领导层在选择金正日接班人问题上发生权力斗争,金正日正忙于清洗高层领导中的异己人士。 朝鲜问题专家黄英镜博士是总部设在美国首都华盛顿的传统基金会高级研究员,她指出,虽然金正日刚刚过了六十一岁生日,年龄还不算很高,但共产国家最棘手的问题就是安排统治者的接班人, “我不认为朝鲜领导层的权力斗争是要取代金正日,他们是要争取最高权力之下的权力,他们知道谁也不能取代金正日,因为北朝鲜半个多世纪以来,一直在搞个人崇拜,如果金正日下台,北朝鲜的政治制度就会垮台,在平壤参与权力斗争的人都很清楚这一点。” 今年年初,朝鲜劳动党中央委员会书记金容淳在车祸中丧生,原因是酒后驾车,当时在车内的还有一个另外一位劳动党中央委员会书记金己南。日本的朝鲜问题专家茂村友光说,这引起人们的纷纷猜测,有人怀疑这两位朝鲜高级领导人可能在瞒著金正日秘密聚会。黄英镜博士说,朝鲜高层领导可能在金正日接班人的人选问题上有分歧, “我认为谁也不知道金正日的哪一个儿子会成为接班人,接班人肯定是他几个儿子中的一个。金正日的次子金正哲的声势近来有凌驾长兄金正男之势,有可能被指定为北韩下一任领导人。金正哲的生母高英姬上个月出了严重车祸,是否会影响她儿子成为接班人还很难说。” 日本的朝鲜专家茂村友光说,去年8月朝鲜人民军出版社出版了题名为《尊敬的母亲是敬爱的最司令忠臣中的忠臣》的内部学习资料,提高金正哲母亲高英姬的地位,第一次显示金正日的接班人是金正哲。美国罗切斯特理工大学亚洲问题专家朱永德教授说,现在猜测谁会成为金正日的接班人还为时过早。他认为,目前,国际社会更关注朝鲜的核武器问题,在这个问题上中国对朝鲜有一定的影响力。 黄英镜博士说,金正日的长子金正男原先被视为金正日的继承人,但两年前他利用假护照企图进入日本而被日本驱逐处境,造成不良影响。再加上金正男生母成惠琳去年在俄罗斯去世,成氏的妹妹成惠娘又于1996年流亡欧洲。因此金正男已从候选人名单上被拉了下来。 Post by bird-dog @ 10:44 朝鲜的命运危在旦夕矣!
2003-10-26 10:43 这主要是三个方面的问题,一是小金不会向中国发出邀请书,自从邓大人执政以来,中国的外交早已放弃了“尽国际主义责任”的义理外交原则,现在与美国以及世界上的其它国家一切以本国利益为出发点的对外政策并无根本差异,小金有什么理由相信中国几百万大军涌入朝鲜,付出数十万伤亡的代价再次打退美韩联军后,却不会在朝鲜搞一次不流血的政变,请小金下野,建一个亲中的政权?因此可以肯定的是小金即便是覆亡在即,也不会向中国发求教信,没有朝鲜政府的邀请,中国如何派遣志愿军二次入朝? 五十年前中国和朝鲜具有同质性,而今天的中国与朝鲜已有本质的差异,不同血型的输血只会让人死得更快。现在的中国人大多只记得抗美援朝挽救了金日成政权,却不记得当年东北战场在“四保临江”的危机时刻朝鲜政府给予了中共极为宝贵的支持,当年的抗美援朝是不可避免的,中国事实上别无选择。而现在的中朝政府已经没有了当年的战友之情了, 志愿军的旗帜早已从板门店消失,二次朝鲜战争的爆发必然以朝鲜撕毁停战协议为导火索,中国政府将很难有正当的理由介入二次朝鲜战争。 其次是美韩方面不会给中国制造介入战争的机会。五十年前周恩来给“联合国”军划的底线是:“美军必须停在三八线,韩军过可以;美军过,我们要管!”美国人为忽视周恩来的警告付出了难以忘怀的惨痛代价,在二次朝鲜战争中,美国人一定会像遵守自己的宪法一样严守这个底线的,美地面部队不会越过三八线,韩军过,美军主要提供空中打击力量,如同越南战争。 现在朝鲜政府很轻视韩军,的确如果是韩军与朝军单挑,韩军未必是对手,但是美军的海空军和相应的侦测系统投入战斗后,局面将完全不一样,战场将是单向透明的,朝军主力将在美空中力量的打击下被分割成为瞎子聋子困守地下工事的无法机动、互无联系支持的几个集团,可能出现的场面是,韩军在美空中力量的支持下,长驱直入,迅速攻下平壤,然后集中兵力逐个清剿各个孤立集团,当然韩军不要指望什么“零伤亡”。 韩国政府为了搞好同中国的战略关系,十多年来苦心孤诣,从中韩建交谈判起,在经济上对中国作了大量让步,韩国是中国对外反倾销产品调查最多的国家,韩国多以忍气吞声结束,很少报复。事实上目前,中韩关系远优于中朝关系,如果是韩军发动统一祖国的战争,中国有什么理由去阻止,甚至在战场上兵戎相见?人家有充分理由谴责中国入侵“统一的”大韩民国,同时别忘了中国还有一场统一台湾省的大战。为了避免中国介入,韩军甚至可能在中朝边境留出10-15公里的缓冲地带,不与中国军队见面。 最后一个因素是中国政府自身的问题,五十年前我们有气吞万里如虎的将帅,有横扫千军如卷席之势的无敌雄师,毛泽东充分信任自已一手缔造的人民军队,中国人民志愿军是以必胜的信念走向抗美援朝战争的,当然其中有两个误算:一是把美军当作美械装备的国民党王牌军,因为在我国的解放战争时期,我们轻而易举地就消灭了几百万持有“美械装备”的国民党王牌军, 美械装备对我们而言并不可怕;二是认为我军的后勤条件优于劳师万里的美军,结果我们紧靠祖国大后方却缺衣少食,而于本土万里之遥的美军却丰衣足食,闲来没事,还“运来了上百万个避孕套”.如此误算,我军付出了惨痛的教训。 现在的中国军队还是那支上下同心、将士用命、吃苦耐劳、不怕牺牲、英勇善战、久经沙场的劲旅吗?我们和我们的领袖有什么理由可完全信任这支十四年来没对外放过一枪、饱受经商大潮浸蚀的“和平使者”? 伊拉克战争打完后,人们突然发现“三个邪恶轴心”理论美国并不是说说就算了的闲聊,而是布什政府事实上的战略行动指南。 伊拉克战争结束后,摆在美国面前主要有三个目标,老的邪恶轴心国伊朗、朝鲜和新的邪恶轴心国叙利亚。从军事的角度而言,为稳定伊拉克局面,优先打击叙利亚和伊朗是合理的选择,因为上述二国是“外国恐怖分子”潜入伊拉克的主要来源地,而且这两个国家的现政权对美国有强烈的敌意,不摧毁上述国家的现政权,美国难以从根本上稳定伊拉克局势,美军又处在“既要把地板上的水拖干净,又不能关楼上的水龙头”的尴尬局面。 然而无论是打击叙利亚还是伊朗在政治上却极不可取。 伊拉克战后,尽管经过美国的不懈努力,可以说在伊拉克重建上已经取得相当的成绩,石油出口已恢复到战前的一半,各大城市的供水供电和其它市政建设也基本走向了正轨,但美军依然天天挨打,成为被猎杀的对象,随着与什叶派穆斯林的冲突加剧,局面存在进一步恶化的趋势。 之所以目前美国在伊拉克重建上遇上了意想不到的困难,主要是美国没有估计到萨达姆虽弱,但伊斯兰却强的本质,这也是塔利班覆而不亡的根本原因。 冷战结束以后,一个最引人注目的现象是伊斯兰运动蓬勃兴起,正处在方兴未艾之时,许多国家的世俗政权被伊斯兰政教合一的政权所替代,这一运动无论是否合理,是否附合人权的理念,但它具有强大生命力却是不争的事实。而美国已经打击的阿富汗和伊拉克均是信仰伊斯兰的国家,美国的行动无论正义与否,却已在阿拉伯和伊斯兰国家引起了强烈的负面反响。 国家和政权可以被消灭,但人的信仰不可能被消灭,即使美国消灭了本.拉登,基地组织可以再找一个领导人;即使消灭了基地组织,穆斯林还会成立新的更危险更狡猾的组织,除非美国像纳粹灭犹太人那样把穆斯林屠戮干净,这是以美国的体制而言是不可能也不允许发生的事。 如此美国将永远没有完成反恐战争的一天,将永远生活在恐惧之中,因此美国无论如何不能把反恐战争变成文明的战争,不能把反恐战争变成针对伊斯兰文明的“十字军东征”,从这个意义上来讲无论如何不能再连续打击阿拉伯和伊斯兰国家,这样会将把所有的阿拉伯国家和伊斯兰国家推到自己的敌人位置上,尽管从军事上来讲,必要性和可行性都很可观。伊拉克有侵略科威特的前科,萨达姆的统治不得人心,美国倒萨多多少少还有正义的色彩,而叙利亚和伊朗对外不曾有侵略的丑行,对内没有种族清洗的暴行,仅凭美国没有证据的“窝藏恐怖分子”或者是“发展大规模杀伤性武器”单边定罪,无疑将使阿拉伯和伊斯兰国家备感唇亡齿寒,人人自危,必然全力反击,兔子要死还要拚命蹬一蹬呢。 至少他们可以采取如下行动:石油禁运和抽走石油美元,这两样行动都会给美国经济带来灭顶之灾,是美国政府不能忍受之痛。 因此找一个非伊斯兰、阿拉伯国家过渡一下,转移一下视线是极有必要的,对于美国而言,朝鲜无疑是较理想的目标,朝鲜本来与911毫不相关,之所以荣幸进入“邪恶轴心”名单,纯粹是美国找来陪斩的角色,避免人们把“邪恶轴心”同伊斯兰文明划等号。而且打朝鲜最理想的是不需要美国出动地面部队,完全有可能实现零伤亡,而打击叙利亚或者是伊朗,美国都需要动员自己的地面部队。在目前阿富汗和伊拉克已牵制大量美地面部队的情况下,美国恐怕是力不从心了。 从国际上而言,打击塔利班得到国际社会的普遍支持和认同,到倒萨却引起国际社会的深深疑虑,尤其是引起了曾经的铁杆盟友――欧洲社会的强烈抵制,直到现在美国还在苦恼怎么为伊拉克战争提供可信的开战理由,可以想象再打叙利亚或者伊朗的话,会在国际社会尤其是伊斯兰社会和欧洲引起怎样的反美浪潮,甚至连一向跟得最紧的英国和日本也未必再敢支持,日本害怕石油武器远甚于美国。 而朝鲜则不同,老欧洲虽说未必支持,但绝不会反对,因为打击朝鲜不会伤害欧洲的利益,而在叙利亚和伊朗,欧洲存在大量的利益;至于伊斯兰社会,肯定是很高兴美国转移打击对象,而且美国还能找到积极的支持者:日本和澳大利亚。 朝鲜同伊拉克一样,是国际社会的弃儿,极其孤立,没有盟友,没有可信的支持力量,在中国发生频繁的闯馆事件将朝鲜国内的窘况大白于天下.可以说,朝鲜现政权在国际上是极其令人憎厌的形象,萨达姆虽然邪恶,好歹还能养活自已的国民,事实上除了俄罗斯和中国,金正日没有任何可以友好访问的国家。打击朝鲜能够使美国获得所亟需的巨大国际威望,大可以平息阿拉伯和伊斯兰世界的怒气,打朝鲜也不必美国费神掘地三尺找什么大规模杀伤性武器,朝鲜自己就恨不得马上展示给美国看。打下平壤后,美韩联军也不必用扑克牌通缉,只需要对士兵说“抓住那个胖子”,韩军再无能,也不会抓错人。 从美国的国内局势而言,总统大选在即,而眼下伊拉克的局势无论采取什么措施,都不会出现立竿见影的效果,难以有根本性的改观,伊拉克需要的是润物细无声的长期耐心工作,美国有胜利的希望,因为现代游击战争也是需要大量军火,想想当年中国给越南惊人数量的援助,叙利亚和伊朗提供不了长期的和足够的军火支持,伊拉克长期动乱也不符合伊拉克人民的根本利益,抵抗力量发起的具有伊拉克特色的城市游击战争缺乏后劲。但布什等不及了,为赢得大选,有理由再发动一场倒金战争,结束朝鲜的人道主义灾难。 更重要的是二次朝鲜战争能够有力地打击美国的主要战略竞争对手――中国,科索沃战争和伊拉克战争已经将俄罗斯的战略空间挤压到最小,美国没必要再对这只半死不活的老虎穷追猛打,而中国却是一只经济军事力量与日俱增的生机勃勃的小老虎,叙利亚战争和伊朗战争离中国太远,不会产生直接的压力,对俄罗斯的压力远甚于对中国的压力。而朝鲜战争就不同了,难民潮、国际资本大逃亡,对外贸易、旅游的大萎缩,动荡的边境局势将给中国政府以极大的压力,甚至重创中国经济,在国际上,中国多年苦心经营的国际威慑力将荡然无存,战略空间将受到严重挤压,国际威望受损严重,国内矛盾激化,社会动荡,这当然是美国乐于看到的。 随着苏联解体、东欧剧变,朝鲜的先军政治事实上走到了尽头,虽然朝鲜咬着牙勉强又坚持了十二年,但代价是惊人的,看不到尽头的“自然灾害”过了一年又一年……以中国之大,经济实力之强,保有两百万军队尚且倍感艰难,需要不断裁军,直到今年还在拚命地裁,尽管国际局势已进入了高度不稳定的状态。真是难以想象朝鲜以其两千万人口、濒临崩溃的国民经济,是怎么维持住百万大军的。 养活百万大军不难,40万吨粮食而已,但是要保持百万大军的战斗力就难了。没有上万发子弹,是喂不出一个优秀狙击手的;飞行员要有足够的飞行小时,炮兵、坦克兵要有足够的训练基数…没有足够的训练,就不会有战斗力,科学规律是来不得半点虚假的,主题思想不能凭空产生战斗力,这需要大量的油料、弹药等等,需要足够的电力 、钢铁、木材、棉花……来生产它们,总之需要一个强健的国民经济来支撑,但是这十几年来,朝鲜有吗?近年来朝军的训练水平和装备的妥善率是非常值得怀疑的,从这个意义上来讲对朝军的战斗力不可以有太乐观的估计。 但小金本人却不可小视,近年来来观他的军事政治斗争艺术之巧妙,真是令人叹为观止,1994年仅凭炒核武器的概念就迫使克林顿作出让步,把朝鲜迫切需要的粮食、油料乖乖送上来,尽管帮助修建一座核电站是口惠而实不至,想想小金手中空无一物的底牌,已经是非常惊人的成就;与金大中见个面,就轻飘飘地收取了两亿美元的见面费,这可能是世界上一次最昂贵的见面了。总的来说,小金对危机处理举重若轻,挥洒自如。此番重操旧业也实在是迫于无奈。 老金交给小金的江山实际上是一艘危机四伏的破木舟,小金却要用它去搏击海浪滔天,维持至今实属不易。小金实际上在如何建设有朝鲜特色的社会主义也做了不少探索和努力,“改革开放”说得不多,做得不少:建特区,开发旅游线路,工厂独立核算,物价放开等等,与老金相比,已经是革命性的变化。 但由于种种原因,朝鲜的改革开放之路并不顺利,特别是近两年来连遭挫折,郑梦宪之死,断了韩国的资金流;杨斌的被抓,断了中国的民间资金流;美国的海上封锁严重影响了朝鲜军火、生化产品的出口。吸引不了外资,对外开放某种意义上来讲已成了一盘死棋。 对内改革则没有认真研究中国、越南的改革开放之路,在没有条件丰富国内工农业产品的前提下,轻率地放开物价,结果必然走向混乱。市场即便是发出紧缺的信号,朝鲜也无力增加投资扩大生产。发挥不了商品经济的自我调控的优点,至此建立市场经济之路已经走不下去了。 朝鲜改革开放路走不通的根本原因是没有一个安全稳定的国际环境,国防费用太高,当然另一个小原因是小金及朝鲜政府驾驭经济的能力要远逊于驾驭政治军事斗争的能力。越南之所以能顺利完成改革开放的转轨,一个前提条件是实现了与中国关系正常化,结束了边境战争,使得越南政府有机会大幅度削减军费,将资源投入到经济建设中,使国民经济走向了正轨。朝鲜背着百万大军的沉重包袱,如何进行以“经济建设为中心”的转变? 因此,朝鲜迫切需要与美国签订安全条约,因为美国是惟一有能力有决心颠覆金政权的国家。在得到安全保证后,朝鲜方有可能裁军,工作重点转移到经济建设上来,这就是为什么朝鲜要坚持与美国进行双边会谈,因为朝鲜只需要美国的安全保证,最好是互不侵犯条约,至于其它的书面口头上的保证,换个美国总统就不知道还有效不。 问题是如何得到这个互不侵犯条约,反华曾经是个题材,克林顿时代,恶心中国人、向美国献媚的事做了不少,也得到一些回报,但布什一上台,依然是“邪恶轴心”,前功尽弃。何况有韩国在,充其量只能是“二奶”,再炒这个题材没有什么前途;想投降,问题是美国人不接受,一个原因是美国朝野都极为厌恶金政权,更何况萨达姆前车之鉴,无论萨达姆如何求饶,美国都照打不误,利比亚抓住时机投降,依然是新邪恶三轴心之一。 因此只能反之道而行之,以超强硬对强硬,企图重复94年的胜利,问题是美国人改变主意了,两次北京会谈立场没有任何变化,朝鲜只好继续加码了,朝核危机也将进一步加剧。 中国不能有在朝核危机中显示大国地位的念头,否则只有自取其辱,朝鲜在拿自己的国家作赌注与美国进行一场空前豪赌,绝不会让中国在其中借光。北京六方会谈,中国外长赞扬取得成绩的话音未落,朝鲜代表就公然在北京唱反调,丝毫不给东道主留任何颜面。 事实上如果中朝显示出牢不可破的联盟和友谊,美国无论如何是不会动朝鲜的念头,中国也一直企图向世人展现中朝友好关系。小金当选,中国新老总书记一齐向小金发贺电,一再否决各种谴责朝鲜的决议,然而朝鲜在各种场合毫不领情地将中朝分歧公诸于众,显示自己的独立自主,从而将中国制止战争所做的努力付诸流水。 中国现在所能做的只是尽量将韩美的战争决心往后拖,至少要拖过小布什的这一任期,如果新总统上台,必然要对朝鲜局势进行重新评估,如果小布什连任,小金就只好认命吧。 二次朝鲜战争中,代价最大的是韩国而不是中国,因此韩国盼望朝核危机和平解决的意愿比中国有过之而无不及,事实上韩国是和战的关键,只要韩国铁心不参与,美国不可能单方面发起二次朝鲜战争,但中国不可大意,因为韩国不是一个军事外交完全独立的国家,其次二次朝鲜战争,虽说韩国将是代价最大的国家,同时它也将是收益最大的国家:一则可以借助美国的力量实现统一祖国的夙愿;二则可以永久消除朝鲜的军事威胁,毕竟朝鲜万炮齐轰汉城是韩国难以排解的噩梦,为了同朝鲜实现军事对峙,他们已经投入了太多的资源发展军备,严重影响了经济建设,如果有机会结束这个噩梦,韩国还是会心动的 。 实际上二次朝鲜战争国内的压力将大于国外的压力,安抚国内人心的工作一点不亚于当年动员抗美援朝的意义。当前也有必要改变对朝援助的内容,对于朝政府而言,给再多的援助,都不会让他们有丝毫的感激之情,“升米恩、斗米仇”相反还会怨恨中国为什么不能多给点。 对此,中可将对朝援助内容提交人代会讨论,由人代会去否决那些不合适的项目,如此朝政府也许会考虑中国的民意,做一些安抚中国大众民心的工作,不至于像现在丝毫不顾虑中国大众的想法。 对朝鲜人不讲志愿军的业绩情有可原,对中国游客也不提志愿军未免太过份了。中国应向美国学习,充分利用现有的政治架构发出不同的声音,为外交活动提供更灵活的斗争方式。对朝工作应主要着眼于争取民心,对逃入中国的朝鲜人友好些,多给他们一些温暖,雪中送炭好过锦上添花。不过想起中国警察对自己暂住人口的态度,真是有点绝望。 陈清贫、陈忠厚原创作品 Post by bird-dog @ 10:43 90以后访朝的中国主要人士
2003-10-26 10:33 북한의 조선중앙통신과 조선중앙방송이 23일 중국 권력서열 2위인 우방궈(�前���) 전국인민대회 상무위원장 겸 중국 공산당 정치국 상무위원이 곧 방북한다고 보도했다. 다음은 90년 이후 북한을 방문한 중국의 주요 인사다. ▲90. 3 = 장쩌민(江�擅�) 공산당 총서기 ▲91. 5 = 리펑(李�i) 국무원 총리 ▲92. 4 = 양상쿤(����昆) 국가주석 ▲92. 6 = 양바이빙(�畎���) 중국군 총정치부주임 ▲93. 7 = 후진타오(胡�\��) 중국공산당 정치국 상무위원 ▲93.11 = 훙쉐즈(洪�W智) 인민정치협상회의 전국위 부주석 ▲94. 2 = 리수정(李淑�P) 중국공산당 대외연락부장 ▲98. 6 = 자오난치(�w南起) 중국 정치협상회의 전국위 부주석 ▲99.10 = 탕자쉬앤(唐家璇) 외교부장 ▲2000. 8 = 예쉬앤핑(�~�x平) 인민정치협상회의(政�f) 전국위 부주석 ▲2000. 9 = 다이빙궈(戴秉��) 중국공산당 대외연락부장 ▲2000.10 = 츠하오톈(�t浩田) 중국 국방부장 ▲2001.3 = 쩡칭훙(曾�c�t) 중국공산당 조직부장 겸 정치국 후보위원 ▲2001.7 = 장춘윈(姜春��) 중국공산당 정치국 위원 ▲2001.9 = 장쩌민(江�擅�) 중국 국가주석 ▲2002.5 = 자칭린(�Z�c林) 중국 공산당 중앙위원회 정치국 위원 겸 베이징(北 京)시당 서기 ▲2002.5 = 허루리(何魯��) 전국인민대표대회 상무위 부위원장 ▲2003.3 = 첸치천 부총리 ▲2003.7 = 다이빙궈 외교부 부부장 Post by bird-dog @ 10:33